第二部 二章 バケーション

第287話 充電

 真夏のフェスの後に二日間で四回のステージ、そしてまたもフェス。

 さすがに疲れてしまって、わずかな休養を与えられたノイズである。

 もっとも止まると死ぬのが俊という人間で、楽曲作りの他にはMVのコンテまでも作成。

 同じようにギターを弾かないと死んでしまう暁でさえ、ちょっとだけ心配になったものだ。


 世間では学生の夏休みも、ある程度終わったところ。

 それぞれがそれぞれの、個人的な事情を優先する。

 しかし優先順位は、しっかりと決めておかないといけない。


 既に決まっている予定は、まずブラジルのフェスである。

 これが三月から始まる。

 日本全国ツアーは、まだ完全には日程が決まっていないが五月から。

 ただしこの日程を、ずらす必要が出てきた。

 もしも海外のフェスに参加する場合、日程がある程度は予想される。

 ほとんどのフェスは初夏から晩夏に行われるのだ。


 いっそのこと日程を早めるか。

 だがそうすると設営などが、特急料金になってしまったりする。

 また冬場の動員力は、一般的に落ちてしまうものだ。

 まして今回は全国ツアーで、北海道や北陸東北も予定している。


 そのあたりも考えて、出場するフェスをある程度、絞ればいいかと思った。

「ただ海外フェスというだけなら、別に出られるわけだから」

「権威のあるフェスに絞って、そこの日程を先に空けておくわけですか」

 俊を休ませるために、この話を持ってきた阿部である。


 同じ家に住んでいる月子が、阿部に報告してきたのだ。

 信吾はこの間に、彼女たちの間を動き回っている。

 そもそも信吾の三股というのは、明らかな問題ではないのか。

 月子はそう思うし、女性陣だけではなく栄二も心配しているのだが、俊は特に気にしていない。

 そのあたり普通の人間のフリをしているが、俊の倫理観もそれなりにバグっている。


 70年代あたりならば、ロックスターの性倫理が壊れていても、それは許容されていた。

 だが近年であればそれは、どういうことになるのだろうか。

 もっとも結婚して不倫をしているというわけでもなし、単にモテまくっているというだけである。

 俊も阿部もあえて、信吾の女性関係については、詳しく知らないようにしていた。




 暁はこの間に、バイトのシフトをしっかりと入れている。

 ギター作成のための技術を、学ぶための時間である。

 月子は図書館で、朗読型の図書テープなどを聴いている。

 また様々な映画も見ていたりするのだ。

 栄二は家族の時間を作り、千歳はようやく免許を取ってからの、本格的な運転を開始。

 もっとも車を買うことはしないのは、彼女の節約精神の故か。


 安いポルシェなどであれば、充分に買えることは買えるのだ。

 しかし千歳は自分のために、両親が遺産を残してくれたことを知っている。

 保護者である叔母は、小説家の中でも特に、継続的に売れることが多い、児童向けのファンタジーでロングセラーを続けている。

 そのためある程度の金が、毎年入ってくるという小説家の中では勝ち組だ。

 それこそアニメにでもなれば、さらに大きく金が動くような。

 実際に小学生から中学生あたりの、本来の読者層以外にも、しっかりと売れているらしい。

 本格的なファンタジー小説という括りだ。


 同じ自営業者であるため、千歳には同じ税理士がついている。

 ちなみに俊の場合は、自分でやってしまっている。

 ここでも経費の使い方によっては、税金がかなり安くなるはずなのだ。

 資産運用というものを、文乃は考えていない。

 千歳も同じように、あまり積極的ではない。

 それよりは節約して、将来に備えた方がいいだろう、という考えなのだ。

 もっとも文乃は、ある程度たまった金によって、今のマンションをキャッシュで買ったのだが。


 歴史小説などもそうだが、あとは児童向けのファンタジーなども、かなりロングヒットになることが多い。

 意外なほどのブルーオーシャンと言うべきか。

 それに児童向けの小説であると、各地の図書館や、学校の図書室で、購入されることもある。

 紙の本があまり売れなくなったという時代でも、そういったルートでの販売は大きい。

 このあたり音楽に例えるなら、果たしてどういったものになるのだろうか。


 特定の季節になると、多くカバーされたり流されたりする楽曲を作る。

 たとえばクリスマスソングで一曲上手く作れれば、毎年印税が入ってきたりもする。

 あとは春の卒業シーズンの曲なども、継続的に売れるものであろう。

 夏は夏で、かなり長く売れるものがあったり。

 あるいはCMで何度も使われるような曲を、上手く作り出したり。


 しかしそんな曲は、狙って作れるものではない。

 そもそもクリスマスソングなどというのは、俊の感性で上手く作れるものではないのだ。

 音楽性の幅が、かなり広いノイズだが、不向きなジャンルもある。

 テーマの不向きというのもあるし、ヒップホップはいつまでたっても取り入れることはない。

 ラップを使っただけでも、充分に新しい試みだろう。

 10月からのアニメで、サバトはいよいよ流れるのだ。




 アニメタイアップとしては、霹靂の刻を合わせて四曲目となる。

 前回の業はかなり、タイアップとしても上手く受けてくれた。

 新曲もまた、かなり作品イメージに寄せたので、売れてくれると思うのだ。

 加えてアニソンカバーアルバムも、何を選ぶかを考えていく。


 過去にライブなどでやった時に、反応が良かった曲も記録してある。

 また以前はやっていなかった、EDMを使ったユーロビートなども、候補に入れている。

 もうロックバンドではなく、完全にポップスだと言えるだろう。

 だがポップスの曲をやっているのに、ロック調になってしまう。

 そのあたりはやはり、魂がロックだと言えるのであろう。


 正気か、と言われるかもしれないが、今回の選曲には懐かしい曲も入っている。

 基本は新しすぎない、平成の楽曲を考えてはいる。

 しかし新しい曲だからこそ、ノイズの演奏で聞きたい、という意見もあるのだ。

 たとえばMNRの曲などは、ノイズならばさらに、厚みのある音楽に出来る。


 名前のない怪物、紅蓮の弓矢、紅蓮華といったあたりは、外れのない曲であろう。

 また手続きが面倒ではあるが、鳥の詩というのも候補に上がっている。

 いっそのことアニソンカバーライブでもやるか、という話にもなっている。

 前回のアニソンカバーアルバムと合わせれば、二時間を埋めることは簡単であろう。


 アニソンカバーのアレンジと、ノイジーガールの英訳の完成。

 まずはこの二つをやっていかないといけない。

 権利関係の許可は、マネージャーの春菜にやってもらう。

 実際にもう、そちらはほぼ終わっているのだ。


 ノイジーガールの英訳も、一応は完了していた。

 あとはここから実際に歌ってもらって、微妙なところを修正していかなければいけない。

 そしてそこのレコーディングが終わったら、アニメMVの作成である。

 一応は以前と同じく、MAXIMUMに依頼する予定ではある。

 ただ向こうのスケジュールも、本来ならば埋まっている。

 今の時代能力の高いアニメスタジオは、二年から三年先まで、埋まっているというのが現状である。

 だがアニメーションMVというのは、カットこそそれなりに多くなるが、料金としてはかなり旨味があるものではあるのだ。


 それでも優先してやってもらう、ということは難しい。

 既に受けている仕事は、やはり完成させなければいけない。

 なんだかんだと言いながら、信用がないとこの世界、成り立っていかないのだ。

 もっとも今はアニメスタジオは、特に能力のあるアニメスタジオは、完全に供給が追いついていない。


 日本のアニメが世界で大人気、というのは本当のことである。

 だが日本のアニメならなんでも、というのは間違っている。

 当然ながらクオリティの高い作品でないと、向こうとしても受けることがないのだ。

 一部のネット配信は、完全に限定した上で、独占配信をしたりもしている。

 しかしそんな独占をしてでも、視聴者が見たいと思うような作品は、逆に独占がしにくいのだ。




 今のノイズというか、事務所である陸音がやっているのは、空きが出たところへの予約である。

 単価の高い仕事であるので、割がいいことは確かなのだ。

 ラインを抑えるというのは、かなり難しいことである。

 ただ普通のアニメと、MVなどのアニメーションでは、全く意味が違ってきたりもする。

 俊はカットこそ多くなるが、ループする場面などを多くしたり、あるいは遠景を使ったりと、労力が少なくなるように考えている。


 五分の尺のMVを作るのに、予算としては3000万円。

 これが妥当と考えるか、それとも安いと考えるか。

 もちろん実際に、どれだけのクオリティで仕上げるか、というのでも話は変わってくる。

 完全なテレビや映画のクオリティに合わせるのならば、ちょっと安いという話になってくる。

 だがMVとなるとまた、話は変わってくるのだ。


 今は普通にCGも使う時代である。

 俊も大学でわずかながら、そういったものでアニメを作る作業はやってみた。

 正直なところ俊自身は、とても商品に出来るアニメは、作ることが出来なかった。

 だが上手い人間が作るならば、どういった感じで作るのかというのは、学ぶことが出来た。


 ノイジーガールは既に、実写版が存在する。

 英訳版に合わせて、改めてアニメーションのMVを作るわけだ。

 イメージは既に出来ていて、実写版では出来なかった表現を、アニメならばやっていける。

 そもそも実写版は、ノイズメンバーがほとんど手作業で作り出したもの。

 その割にはよく出来たものだ、というレベルの作品ではある。


 ただこれは本当に、ノイズメンバーの中でも最初の三人、俊と月子、暁にとっては特別な曲なのだ。

 もちろん何度もリマスターして、バンドメンバーが六人になった時に、やっと完成したとも言えるのだが。

 下手なところには回せないが、MAXIMUMなら信用できる。

 低予算でありながら、上手くCGの流用などもして、実写を取り込んでアニメにもする。

 よい意味での手抜き、というのを俊は許容する。


 そもそもイメージを上手く伝えれば、それでいい話なのだ。

 ただひたすら動き回る、というのがいいものだというのは、ちょっと分かっていないだろう。

 この予約についても、まずはレコーディングを終わらせないといけない。

 これが終わってからようやく、アニソンカバーに入ることが出来る。


 英語で歌うというのは、発音の問題が大きい。

 英語の歌詞を渡して、さらにそれにカタカナを振って、実際に英語圏の人間に歌ってもらう。

 この三つをボーカルの二人には渡すわけだ。

 はっきり言ってごくわずかに変わるだけの、楽器演奏は楽である。

 しかし実際に歌ってみれば、演奏の方を変えるしかない、ということも出てくるのだ。


 レコーディングは楽器の方は、すぐに終わることが出来た。

 しかしボーカルは、休み休みをやりながらも、何度もやり直すことになる。

 最終的には切り貼りをして、上手く聞こえるようにする。

 これをまたやっているのが俊なので、やはり忙しさは変わらない。

 そんな忙しい俊に、阿部は改めてプロモーターとの話を持っていく。

 ここもまた俊が判断しなければいけない、大変なものとなるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る