第283話 灼熱の森
フォレスト・ロック・フェスタには二度目の登場となるノイズである。
一番大きなステージで、トリのヘッドライナーの前のステージ。
それまでの格などを意識してヘッドライナーが選ばれることを考えれば、もう日本のトップクラスと言っても間違いではない。
多くのステージにミュージシャンやアイドルまでが出場する。
「よく見たら小さいステージにフラワーフェスタも入ってるんだな」
「何をいまさら」
千歳が呆れたように言うが、俊は本当に他の出場グループなどは意識していなかった。
このフェスでノイズがすることは、セットリストの通りに全力で演奏をすること。
むしろ他の部分で、俊は用事があった。
「シカゴのフェスか。タイミングが悪かったね」
今年も同じく出場している、MNRの白雪である。
同じホテルに泊まっているので、海外での経験を聞きたかったのだ。
「確かに私たちは、一気に海外のフェスまで行ったけど」
MNRではなく、もう10年以上も昔の、ヒートにいた頃の話だ。
さほど大きなステージではなかった。
そしてそのすぐ後に、ヒートは解散した。
夢のような一年。
ヒートの活躍期間を、そんなように呼ぶ人間もいる。
「海外フェスならゴートが詳しいと思うけど」
永劫回帰が評価を決定的にしたのは、幾つも要素がある。
だが海外の有名フェスに出たから、というのもその一つだろう。
実際には日本には、海外でのフェスの常連がいたりする。
海外での評価はほどほどであるが、日本での評価は永劫回帰。
もっとも長く続いているという人気では、パイレーツが一番とも言う。
永劫回帰のゴートは、性格は全く違うが、戦略を持っているという点では俊に似ている。
スタイルはハードロックにメタル調と、幅もノイズよりは狭い。
ただその特徴を、ひたすらしっかりと維持している。
世界的なフェスでも、それなりに参加しているのだ。
もっともメインステージで演奏するほどの、圧倒的な人気ではない。
それにフェスでの人気がそのまま、イコール本物の人気とも限らない。
たとえばサブスクで聞かれている回数などは、今はノイズやMNRが上回っていることさえある。
永劫回帰は今が人気の絶頂。
ここからは落ちていくだけであるのか。
しかし人気が落ちていく理由がない。
単純に言うならば、伸びがかなり鈍化している、ということは言えるのであろうが。
俊はノイズの音楽に、拡張性を持たせておいた。
そのため今もまだ、ファンの数は増えているし、再生数は伸びている。
むしろ最初のダッシュから、ほとんど減速していない。
わずかに後発のMNRに抜かれたが、またその差は縮んでいる。
俊がそのために何をやっているのか。
とにかく音楽の幅を広げるということである。
フェスの一日目、ノイズのメンバーはゆっくりとステージを見て回る。
このバンドの中では、顔が売れていてファンに囲まれるという人間は、一人もいないのだ。
ルックス売りをしていないし、顔が明確にいいのは月子と暁、そして信吾あたり。
そして月子は顔を隠しているし、ステージ衣装でない暁はガーリーファッションで、目立たないようになっている。
千歳としてもステージには、少しだけ濃い目の化粧をして立つようになった。
それと比較してみれば、一般人オーラしか持たないので、気づかれないのだ。
ロックスターにはカリスマ性というものがあるような気がする。
本当にそんなものがあるのかどうか、俊にはちょっと分からない。
ただ白雪などは軽く変装していても、すぐに人混みの中から見つけられる。
ゴートなどは髪をキレイに脱色しているので、それが特徴的であったりする。
さらに普段はサングラスもしているのだ。
新しい胎動というのは、下からは感じない。
花音がフラワーフェスタと足踏みをしている間に、ノイズはまた少しの差をつけている。
兎と亀の競争に似ているだろうか。
ただ兎と亀ほどには、その速度に差はない。
花音はもう、才能を無駄にしているようにも思える。
だが弾き語りが出来ない今の彼女は、バンドを組んで演奏をしたいというのも分かるのだ。
ある意味ではノイズと同じように、表現の幅が広い。
ただノイズと違って、土台がしっかりとしていないと言おうか。
自由度が高い分、それだけ安定していないとも言える。
ノイズはリズム隊が他のことをすることはない。
そして月子と千歳は、必ずどちらかがメインでボーカルを歌い、もう片方がそれをコーラスしたりデュエットする。
暁は言うまでもなくギターソロを弾く。
ノイズの自由度は、俊の持つ自由度なのだ。
深く潜っていく能力はなくても、浅く広く集めていく。
それを上手く組み合わせれば、どことなく新しい楽曲になっていく。
もっとも曲の一部分が、他の誰かの曲の一部であることは、普通にあるのだ。
60年代から70年代の著作権の緩い時代だと、普通にパクリがトップレベルでも存在した。
当人たちにはパクリという意識自体がなかったろうが、レッドツェッペリンはよくその例に挙げられる。
フェスの一日目、俊はのんびりとステージの間を移動していた。
千歳のように怪我をすることなどないように、それは気をつけて動いていたものだ。
さすがに集中力を明日のステージに向けて高めておく。
参加するミュージシャンを見ていると、去年からある程度顔ぶれは変わっている。
音楽業界の新陳代謝は、若者向けはとても早い。
それを永遠にしようと思えば、バンドを解散でもした方がいい。
福岡を拠点として活動していたGEARは、徳島なども認めていたようにかなりの期待株であった。
だがそこからわずかにボタンを掛け違えて、今は解散してしまっているという。
メンバー全員が、音楽業界から引退したわけではないだろう。
それでもあれだけ期待されていたバンドが、あっさりと解散してしまう。
もちろん実際は色々な事情があったのだろう。
しかしタイミングが悪ければ、そういうことはあるのだ。
フラワーフェスタはどうなるのか。
俊はそこが気になっている。
音楽業界は、限られたパイを切り分けるという業界ではない。
多くのミュージシャンはそこが間違っている。
強烈なパワーを持ったアーティストが誕生すれば、そのパイの大きさ自体が変わっていく。
また技術的な革新によっても、変化というものはあるのだ。
現在はネット社会で、サブスクが充実してはいる。
自分の好きな音楽でリストを作るのでもなく、勝手に傾向を見てAIが音楽を選んでくれたりもする。
ただここにほんのわずかに、手を加えることが出来たらどうか。
あなたへのオススメと言いながら、売り出したいアーティストを流していく。
それを実際にやってしまえば、恣意的な選出と言えるのではなかろうか。
プロデュース次第で売れる、などと言われた時代もあった。
実際に確かに最初は売れるのだが、売れ続けることは難しい。
俊の父がプロデュースしたミュージシャンは、多くがヒットチャートの一位になったものだ。
しかし今もトップレベルにいるミュージシャンは一人もいない。
ただ音楽の世界からは離れても、成功している人間はそれなりにいる。
今もまた、プロデュースでそれなりに売れる時代だ。
強力なインフルエンサーの発言によって、知名度が一気に上がる時代でもあるのだ。
俊の場合はサリエリとして、ボカロPの名前をかなり売った。
その土台の知名度があったからこそ、ノイズはインディーズでもかなり売れたのだ。
過去の他人の楽曲で、今も多くカバーされている、というものをアルバムに入れた。
そこの著作権は入ってこないが、それでも知名度を高めるためには、既存の有名曲をやる意味はあったのだ。
プロデュース次第ではあるが、プロデュースの仕方が変わっている。
それが分かっていないと、売ることが出来なくなっている。
音楽業界というのは、ミュージシャンのほとんどは捨て駒のようなものだ。
あまりにひどいものだと思うなら、消耗品と言えるだろうか。
賞味期限というものが、ミュージシャンのほとんどにはある。
だが芸能事務所であったり、レコード会社であったりのお偉いさんは、それよりもずっと長く業界で生きていく。
スポーツ選手に比べれば、ミュージシャンだのマンガ家だの、そういった職業はまだしも長く続けられるように思えるかもしれない。
だが実際にはミュージシャンも、その旬は短い。
マンガ家にしても、下積み期間がとても長く、また一発屋であったりすることは珍しくない。
名前が売れるのは確かに、創作を行うアーティストである。
しかし実利を得るのは、さほど名前の出てこない人間だ。
もっとも業界内で言うのなら、ある程度名前は知られていく。
会社に所属するサラリーマン、そして経営者であることが、結局は金銭的な成功を得ることになる。
俊としてもそれは分かっている。
音楽の世界もおおよそ、トップレベルが大金を稼ぐのは間違いないのだ。
それが分かっていたからこそ、自分たちでプロデュースまでを行った。
まだ日没まで、随分と時間がある。
それでも太陽は真上から、随分と傾いた位置に移動した。
50分のノイズの出番が迫っている。
メンバーは問題なく、もう一時間は前から準備している。
千歳は去年、手首を捻挫してしまって、助っ人を頼んだ苦い経験がある。
そのためかなり慎重にはなっているが、全く他のステージを見ないというわけでもない。
フェスというのは今の音楽業界の、縮図になっていると言ってもいい。
俊にしてもタイムテーブルを見ながら、それぞれのステージを見て、潮流を把握していくのだ。
俊は自分たちの音楽で、世界を変えようとは思っていない。
世界に合わせてまず、自分たちの音楽を聞かせるのだ。
その数が充分になってからこそ、本当に世界を変えることが出来る。
もっともこのノイズの形式というのは、なかなか難しいものだろう。
バンドの形態としては、俊が色々と小器用な以外は、ないでもないものだ。
ただ力のあるボーカルを二人揃えて、バランスの取れたバンドを作る。
さらにプロデュースまでも自分たちで行うというのが、かつてのバンド時代とは違う。
今はボカロPなどは、既にその時点で自己プロデュースを行っている。
受けるまでは難しいが、受けた後をどう次に結びつけるか、それもまた難しい。
それでもここまではやってきたし、海外進出も見えている。
おそらく成功と言うのを金銭的なことと考えれば、この時点でもう成功と言えるのだろう。
その中でも著作権を多く持つ俊は、このまま一生食っていけるかもしれない。
ただもしも母が亡くなったとしたら、その遺産を相続するのに、どれだけの税金がかかるか。
世田谷の広大な土地であるのだから、億の単位は用意しておく必要がある。
また自分以外のメンバーが、果たして将来どうやって食っていくのか。
他のメンバーはともかく、自分が引きずり込んだ月子だけは、どうにかしてやらないといけないと俊は考えている。
そもそも千歳などは、両親が死んだ生命保険で、相当の金を持っている事実もある。
暁などは一生、ギターだけで食っていくような気もするが。
ただ時代というのは変わるものだ。
今はまだギタリストにも、需要はちゃんとある。
だがバンドを見ればドラムなど、打ち込みでやっているバンドも少なくはない。
ボーカルだけはいまだに、その特色は個人に依存している。
楽器の演奏もそれぞれ違うのだが、機械の打ち込みで充分と考える人間が増えた。
ボカロPというのは基本的に、打ち込みで音楽を作っている。
もっとも生のライブ感が欲しくて、自分の演奏で曲を作っているPもいないわけではない。
ノイズの音楽は、ライブでこそ映える。
ロックというのはそもそも、ライブが魅力的だとも言われる。
ただライブ感というのなら、ヒップホップもそうではないのか。
しかしヒップホップは、セルアウトするようなものはダサい、という価値観があったりする。
ストリートから発生したのが、ヒップホップであるという。
アートにダンスなどは、確かにその要素が強い。
もっとも実際はDJの技術など、立派に勉強して成長するものでもある。
そもそもヒップホップの本質を言うなら、アメリカの黒人のスタイルを真似する時点で、ダサいのではなかろうか。
ロックは魂の方向性だ、と考えている暁などはそう思う。
日本でヒップホップでもするならば、タトゥーは当然ながら和風。
そして着流しの着物でも着て、和歌を歌うように韻を踏んでいくべきだ。
いやいやそんな、と笑う人間が多数だろう。
「じゃあ女の子はセーラー服のまま、ディスっていくのが日本流かな?」
「いいね!」
暁の感性には、俊だけはちゃんと反応したものだが。
自然に囲まれた中で、メインステージに立つ。
とりあえずトップではないにしても、トップクラスの中には入った。
これを維持し、さらに拡大させていくには、海外進出は一つの選択肢だ。
むしろ海外でも認められた、というのが箔付けになるであろう。
アメリカのビルボードチャートトップ10に入れば、おおよそ一生食っていけると昔は言われていた。
だが現在は分からないし、今後もどうなるか分からない。
基本的に新しいビジネスモデルは、生み出して一気に資本投下をすれば、それで勝つことが出来る。
その中で音楽は、どうやればいいのか。
実際のところ90年代ぐらいまでのミュージシャンは、そこまでの楽曲だけで、もう食っていけるという場合がある。
もちろんそれは、トップクラスの話であるが。
俊はノイズの力で、歴史に名を残す楽曲を作りたい。
いや、既に霹靂の刻は、相当数が連続して回っている曲ではある。
またアニメタイアップの曲も、どんどんと回っている。
ただこれがずっと続くか、というとそれは疑問である。
作曲やプロデュースをしていけば、俊はどうとでも生きていける自信が出てきた。
しかし他のメンバーのためには、さらに大きなステージに進む必要がある。
このメインステージには、六万人ほどのオーディエンスが集まっている。
これを全力で満足させるのだ。
一応は目当てにはしていても、単独のコンサートなどで集まっている人間はそれほどでもない。
ライブによってノイズの音楽を、脳に焼き付けなければいけない。
本番の演奏となると、やはりフロントが走り出す。
この真夏の熱量に、負けないだけの力が必要になるのだ。
空調の利いたアリーナなどならともかく、野外での演奏には限界がある。
上手くリズム隊が抑えて、最後までスタミナ切れにならないようにしなければいけない。
爆音が森の中に響いていく。
正直なところこれは、ロックと言うにはもっと原始的な感情が流出している。
もちろん演奏のクオリティが低いとか、そういうわけではない。
ただ音の圧力が、オーディエンスを圧倒しつつも熱狂させていくのだ。
押さえ込まれることによって、逆に爆発していく。
バンドとオーディエンスの、幸福な循環がある。
普段よりも限界を超えたパフォーマンスを出していく。
そしてそれはオーディエンスをも、さらなる熱狂に導いていくのだ。
ライブバンドとしてのノイズの姿。
俊は正直なところ、こういったフェスでの演奏では、自分の管理が届かないと思っている。
アリーナなどの音楽用の施設であれば、もっと演出が分かりやすい。
ただ音楽の原始的な衝動は、この野外フェスの方が伝わっていく。
音楽の大きなムーブメントというのは、一つのバンドだけで作れるものではない。
ビートルズにしても、その前にアメリカのロックンロールの流行があったわけだ。
そしてビートルズとほぼ同時代に、伝説的なバンドは生まれていった。
バンドだけではなくジミヘンなども、死んだのがビートルズの解散と同じ年である。
このフェスにしても、他の多くのバンドやミュージシャンがいることで、ここまでの集客が出来ているのだ。
ただ昔と違って、海外の大物アーティストというのは少ない。
それはやはりアメリカの主流がヒップホップであることと、それが日本ではあまり受けていないことが理由であるのか。
ただ本物の古いレジェンドなどを、つれてくることはある。
QUEENなどは日本から売れ出した、という説もあるだけに、今でも日本びいきであったりはする。
海外には確かに、目標がある。
しかしかつてのような、ハードロックからメタル、グランジに至る動きというのは、ロックの路線では控えめになった。
音楽というのがどうしても、何かに抵抗したいというところから生まれるからだろうか。
実際のロックというのは、その初期は別に反抗的なものとは言えなかった。
ノイズの演奏は、森の中に響いていく。
そしてそれに応じる歓声も、大きく響いていくのであった。
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