第280話 アイドルの形
ソロのアイドルというのは、もう完全に絶滅したと言っていい。
今はグループアイドルの時代であり、それぞれの個性で箱推しを作ったり、太いファンを作ったりする。
もっともその賞味期限は短い。
また完成されてしまえば、そこで後は伸び代がない。
むしろ完成するまでこそが、アイドルの稼ぎどころと言えるだろうか。
日本のアイドルは、完成したものを見せるのではなく、完成していく過程を見せるという。
俊はそのあたりのことは、ちゃんと知っているのだ。
もっとも月子がメイプルカラーにいた時代に、少し調べた程度ではあるが。
俊の鬱屈した視点で見ると、アイドルという存在はファンから金を搾取し、アイドルから時間を搾取する。
そしてその先に、果たして何が待っているというのか。
女優転身だの、飲食店経営だの、卒業して一般人男性と結婚だの、色々とある。
ただ、上がってしまえば終わりなのだ。
「実力派路線に転向させる」
「……はあ?」
さすがに俊も、そんな声しか出てこない。
だったら最初からガールズバンドでもやらせればいいのではないか。
楽器を弾くフリをしているのは極限にダサいが、別に憎しみは持っていない
つまり阿部の話をまとめると、それなりに楽器が弾けて、それよりも顔がいいバンドがいた。
それをアイドル路線でデビューさせて、キャッチーな曲を歌わせて売れさせる。
次第に音楽方面にシフトしていって、顔のいいポップスバンドにするというわけだ。
「……阿部さん、しょ……本気で言ってる?」
「前例はあるでしょ」
「まあ、あるかな」
ルックス売りのV系バンドなども、コンセプトとしては近いであろうか。
先駆者がいることはいるのだ。
そもそも80年代の男性アイドルバンドというのも、ちゃんと存在している。
生放送で「弾いていない」と色々と言われたらしいが、それでも別に良かったのだろう。
その頃はネットがなかったのだから。
アイドルグループというのは、色々と個性付けしていくか、大規模アイドルグループにしなければ、売れない時代である。
そして大規模のグループとなると、平のメンバーの給料など、安い安いものであろう。
トップアイドルの下に地上アイドルがいて、半地下アイドル、地下アイドル、地底アイドル、深海アイドルという区分けも存在するらしい。
この中でかろうじて、アイドルと言えるのは地下アイドルぐらいまでなのだとか。
「アイドルなんてホストとかキャバクラと同じようなもんでしょ。つーか高級店のキャバ嬢とかなら、むしろ余裕のある人間が接待とかで使うのかもしれませんけど」
「なんだか案外詳しくない?」
自分でもいつの間にこんな知識がついていたのか、ちょっと首を傾げる俊である。
ホストやキャバクラと変わらない。
ひどい言い草かもしれないが、ボトルで10万単位が平気で飛んでいくキャバクラやホストに比べれば、お手軽に楽しめる趣味ではあろう。
もっとも俊の認識としては、夜職と似たようなものだ。
それでもその中から、月子が憧れるような存在が生まれてくる。
「アイドルなんて体育会系の世界らしいし、実際にそれぐらい出来ないと売れないんでしょうけど、ボイストレーニングにダンストレーニングと、事務所が出すんですか? アイドル候補が出すんですか?」
「それは事務所が出すけど」
「……家が太いところの女の子ですか?」
そっと目を逸らす阿部である。
阿部はノイズに対しては、かなり長期的に見てきて勧誘してきた。
そしてインディーズでデビューするのに対し、新たな事務所まで作ったのだ。
もっともその事務所は、他の大手事務所の一角にある。
メジャー傘下のインディーズレーベルという、よく意味の分からない存在で、ノイズはデビューしている。
ただこれによって、ちゃんと大きな利益は出ている。
むしろまだ三年ほどなのに、ここまでの利益が出ている方がおかしい。
アイドルグループの場合は、どうやら逆なのだろうか。
短期間でしっかりと売って、路線変更などをさせる。
また家が太いということは、それだけ事務所の持ち出しは少ないのだろう。
インディーズの事務所からであっても、ノイズと同じ事務所である。
なるほど、箔付けには丁度いいではないか。
そして俊は気づいた。
「コネ強化ですか?」
またもそっと目を逸らす阿部である。
事務所を大きくすれば、それだけノイズの売り込みにも労力をかけることが出来る。
ある程度の売上が期待できる存在があれば、そこの儲けで次の弾が買えるわけだ。
「資金があれば営業もかけやすいし、この間の海外オファーも国内向けをぎりぎりまで待っていられたでしょ」
そうかもしれないが、そもそも海外はまだ先のことだろうと思っていたのだ。
ノイズをより売るために、事務所の力も上げなければいけない。
それにノイズを成功させたことにより、阿部の名前の価値も上がっている。
俊がかなりの現場の裁量を持っていても、大きなイベンターなどとの交渉は、まず阿部がやっている。
彼女の人生のキャリアを考えると、ここいらでもうちょっと大きくなりたい。
そしてそれがノイズの不利には働かないので、俊としてはもう何も言うことがない。
「ただ、前座としてちょっと歌わせたりはするかも」
「それは……実際のパフォーマンスを見てからでもいいですか?」
注意したつもりでありながら、関わっていってしまう俊である。
昨年の東京ドームコンサートは、もちろん人脈的な中心は、ゴートであったろう。
また白雪もしっかりと、自分に出来ることをやっていた。
だがあのメンバー数でしっかりとまとめたのは、楽器の割り振りを俊がやったからでもある。
俊の欠点は、未熟な音楽を聞いてしまうと、矯正してしまいたくなることだ。
それも徹底的に下手ならば諦められるが、中途半端に上手いとより良くしてしまいたくなる。
メイプルカラーに手を加えたのも、俊のやっていたことなのである。
アイドルグループに歌わせたり躍らせたり。
そういったことに対する意見を、俊からは是非聞きたい。
もちろんノイズの活動が優先なので、あくまでもこちらはおまけ。
将来的にはおそらく、プロデューサーになるのでは、というのが阿部の見立てなのであった。
だからこそこういった体験も、俊のためにもなると思えるのだ。
アイドルグループを前座に使うために、その実力を見に行く。
メンバーにそう言ったところ、月子が猛烈に食いついてきた。
いまだにフェスなどに行けば、アイドルのステージを見に行くのが月子である。
一方で他のメンバーは、暁と栄二に千歳までが、アイドルには否定的である。
そもそもアイドルはアイドルであって、音楽はあくまでもそれを構成する要素の一つ。
栄二などはそのバックでドラムを叩いたこともあるので、比較的寛容であるが。
アイドルとは全く別方向であるが、ヒップホップもラップにダンス、アートにファッションまで、全て含めてヒップホップだ。
さてアイドルの条件というのは、果たしてなんであろうか。
まず第一には歌ではなく、ルックスであるだろう。
そしてルックスの次には、スター性というものが上げられるだろうか。
ダンスや歌唱は、そこまで重要なものではない。
センターと呼ばれる存在の、さらに上がエースとも言われるらしい。
これはもうカリスマが、その力となっているわけだ。
単純に整った美人がいい、というわけでもない。
はっきり言えば月子などは、メイプルカラーの中でも土台は、かなり上のほうであったのだ。
ただ自信がなかったために、全てが燻っていた。
今の月子は顔の半面を隠していても、オーラが漂ってくるものだ。
結局そのレッスンなどを見に行くことになったのは、俊の他には三人の女性陣。
栄二はともかく信吾は来ないのかと思ったが、信吾としては乳臭い子供には興味がないらしい。
そもそも妹がいるので、年下の女の子はあまり、恋愛の対象になりにくかったのだとか。
月子はとにかく肯定的で、暁は最初から否定的、そして千歳は面白そうだから。
女性メンバーばかりを連れている俊は、どうも居心地が悪かった。
レコード会社が所有しているレッスンスタジオ。
演奏用ではなく、ダンスまで行うスペースが存在する。
四人が阿部に連れられて来たのは、丁度そのレッスン中であった。
パッと見て歌唱とダンス要員が三人に、ギターとキーボードが一人ずつ。
五人組のアイドルグループであるが、実際に演奏まで本当にさせている。
本番ではしないのかもしれないが。
「可愛い子がいる!」
嬉しそうな月子の声に対して、暁は冷淡な表情をしていた。
俊は一瞬で観察する。
メインボーカルが一人いて、これがエースなのだろう。
そしてサブボーカルの二人は、ダンス要員でもある。
ギターとキーボードの腕前は、ギターもキーボードも普通に上手い。
アイドルをやっていくなら、それよりは顔が大事。
少なくとも可愛いのは確かだな、と俊は客観視する。
他に一人いるのが、このグループのマネージャーなのだろう。
それなりに年を重ねた、まさにやり手と思わせるような女性でパンツスーツを着こなしていた。
一曲が終わったところで、阿部が手を叩く。
主に動きの多い三人は、かなりの汗をかいていた。
本番ではどういう衣装を着るのかは知らない。
だが今の楽曲を聞いた限りでは、普通にポップな路線ではある。
アイドルグループではあるが、バンド的な要素もある。
ギターとキーボードというのは、ピアノをやっている人間が多いことを考えると、妥当な人選なのだろう。
ベースとドラムに関しては、打ち込みで流されている。
ならいっそギターとキーボードもそれでいいのでは、と思わないでもない。
ただ楽器演奏が両脇にいると、見栄えがいいのは確かであろう。
音楽は昔から、衣装などの見栄えも重要であった。
ビートルズのマッシュルームカットが、代表的な例であろうか。
その前の時代だとプレスリーも、セクシーな衣装が印象的である。
……フレディの白タイツはさすがに変態だと思うが。
それを上回る変態に、ペニスケースだけでステージに上がるというレアケースもあったりする。
まあ下の話をするなら、割と最近でも脱ぎすぎて、警察の厄介になった人はいる。
まだグループ名も決まっていないこのアイドルたちのコンセプトは、エレガントというものである。
衣装などもそれに合わせて、かなり立派なものにするのだとか。
月子以外は全く衣装に金をかけない、ノイズとは対照的だ。
もっとも暁などは、バンドTをかなりコレクションしているのだが。
俊たちに阿部は彼女たちを紹介する。
だが俊の脳は、彼女たちの名前を記憶することを拒否した。
相貌失認は伝染病ではないが、興味のないことを記憶しないのは、普通の人間にはあることだ。
そして月子は可愛い顔とは分かっても、やはり区別はつかない場合が多いらしい。
人間の顔の平均は、実は美人になるらしい。
特徴が失われていくと、平均値は最も変な個性からは遠くなるからだ。
美人が多くても区別がつかない。
ただこのグループはアイドルと言いながらも、髪を金髪にしていたり、メッシュに染めていたりする。
ふわふわした心地よさではなく、個性の強さを前面に出している。
自分の知ったことではないが、まあこういう路線もいいのではないか、と俊は考える。
世間一般においては、二匹目の泥鰌を狙うほうが、失敗する可能性は少ない。
ただ三匹目四匹目となるにつれ、成功する可能性はどんどんと減っていく。
考えてみれば当たり前のことなのだが、同じ型にはめ込んだアイドルなら、特に選ぶ必要はない。
もっともドルオタというのは因果な性癖を持っており、完成されてしまえばそこで、もう興味を失ってしまったりする。
そんな中で阿部が考えているのは、俊としても分からないでもない要素だ。
所謂ギャップ萌えである。
歌唱力はそれなりに高く、歌詞の内容はロックテイストの混じったポップス。
ダンスにしてもメイプルカラーのやっていたようなものではない、本格的なものだ。
むしろヒップホップやハウスとか、ああいったもので使うような、本物の技術を持っている。
楽器の演奏に関しては、曲の力に頼っているところはあるが、とりあえずは悪くはない。
ただ俊としては、特にダンスに関しては、アイドルがこれでいいのか、と思わないでもない。
むしろソロシンガーの後ろで、激しく踊っているバックダンサー的な、そういうものではないのか。
俊の父親がプロデュースした中に、そういったユニットもあった。
そもそもこのダンスの系統は、アイドルのダンスではないだろう。
アイドルが踊るにしては、スタイリッシュすぎる。
ギャップ狙いにもほどがある。
ただ分からなくもない。
アイドルだと思っていたものが、歌唱力はしっかりとしていて、ダンスは本格的で楽器も演奏する。
これはそれなりに新しいスタイルとは思う。
だがアイドルらしくはなく、アイドルの持っているストーリー性が少ないのではないか。
クールな感じで歌い踊り演奏する。
しかしそれが終われば、アイドルというスタイルに戻る。
「受けるのかなあ」
「受けるよ!」
俊が首を傾げるが、月子は断言する。
アイドルと言うよりはこれは、アイドル要素も含めたユニット、と言った方がいいのではないか。
そしてアイドル好きの月子は、これなら受けると思っている。
他のメンバーはどうなのかと思うと、暁は完全に興味をなくしていた。
アイドルにしてはギター上手いね、としか言いようがない。
ただ千歳の意見は肯定的だった。
「聞きやすい」
ロック風味ではあるが、ポップス要素は強い。
アイドルソングであるならば、下手に凝ったものにする必要はないのではなかろうか。
俊としてはこれが、果たして売れるのかどうか分からない。
興味がないだけに、アンテナが立っておらず、評価が出来ないのだ。
ただメイプルカラーよりは、ずっと個性があるなとは思う。
「それで俊君、お願いがあるんだけど」
「嫌です」
聞く前から答える俊である。
「いや、考えているようなことじゃないの。メイプルカラーに提供していた曲、こちらで使わせてくれない?」
ああ、それなら確かに問題はないか。
メイプルカラーに提供していた曲。
確かにあれはノイズで演奏するようなものではないので、死蔵された状態になっている。
だから別に、誰かが使いたいというのなら、問題はない。
普通に著作権の分の金銭は入ってくるし、アレンジの許可も出す。
「けれどあれは、こういったアイドル向けの曲じゃないですよ?」
「そこはこちらの編曲で、向いたものにするから」
それならばまあ、別にいいのか。
手先で書いたような曲である。
ある程度は受けるような曲だが、確かにメイプルカラーのものとも、少しイメージは違っていた。
そもそも俊に、本当のアイドル向けの曲などが作れるはずもない。
それでも価値があるとしたら、それは作曲と作詞をした人間の名前にある。
ノイズのサリエリが作った楽曲。
これだけでもある程度は、宣伝の効果があるだろう。
変に実験的なわけでもなく、テンプレにはまっているだけに、むしろ受ける要素は強い。
ただノイズでやるには、あまりにも普通すぎるのも確かだ。
アレンジをかなり加えれば、やれないこともないだろうが。
俊のイメージを変えてしまうかもしれない。
だが既に世に出た楽曲を、死蔵させるよりはいいだろう。
個人的な話で言うなら、著作権料が入ってくる。
それにノイズの前座をやらせるというのなら、同じサリエリの曲をやるのもおかしくはない。
俊自身が何かをするのは、かなり面倒なものである。
だが他人が何かをするのを妨げようとも思わない。
これまでノイズはカバー曲で、かなりのアレンジの許可を取ってきた。
自分の曲だけは嫌だというのは、それもおかしな話だろう。
それにこのレベルの前座なら、良くも悪くも影響はないだろう。
もっとも大きなステージの前に、しっかりと経験を積んでおく必要はあるだろうが。
それにメイプルカラーに向けて作った曲は、サビの部分などは、ちょっと工夫しないと歌いにくい。
あれは月子のために作った曲だからだ。
そのあたりを全て含めても、阿部が使うと判断したならばいい。
(事務所の力を大きくするには、抱えるミュージシャンとかを増やすしかないしな)
ノイズ一本だけで、確かに今は維持出来る。
だがいつまでもインディーズで、ノイズだけを抱えていくには、事務所の存続を考えるならば、阿部のやっていることは理解出来るのであった。
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