第279話 世界戦略

 穴埋めのためとはいえ、アメリカでも注目される程度の認知度はあることが分かった。

 それだけでも充分に、あのことには価値があったと思う。

 業界内ではノイズが、先約であった国内フェスのため、海外のフェスのオファーを蹴ったという美談が流れている。

「上手くやったもんだな」

 岡町からはそんなことを言われた。

 マジックアワーでさえ、海外進出はアジアが限界であったのだ。

 もっともそれは時代性が関係していて、今ならば通用していただろうな、とも思う。


 俊としてはやはり、今でも迷いはあるのだ。

「チャンスを蹴ったことにはならないですかね」

「それはある。もちろんあるけど、既に入っていたスケジュールを蹴ってまで、やる必要は全くない」

 この業界は足の引っ張りあいなところはある。

 だからこそ逆に、信用は大事にしないといけない。

「向こうで成功したら、確かに大きな自信になるし、認知度も高まるだろうな。でも先約を優先したのは正解」

 こうやって肯定してもらえるとほっとする。

「まあ80年代ぐらいまでのロックバンドなら、そんなの無視して向こうに行くのが正解だったかもしれない」

「どういう時代ですか」

 ロックスターがエゴイスティックでいられた時代は、もう遠い昔の話なのだ。


 違約金を払って向こうでやる、という選択肢も悪くはない。

 結果が定まっていないのだから、いいか悪いかは分からないのだ。

 しかし今回は、海外の大型フェスを蹴って、国内のフェスを選んだ。

 海外向けには先約があるから、で通る。

 もっともあちらはあちらで、そんな国内のフェスなんかより、アメリカの方がすごいぞ、という傲慢さを持っているかもしれないが。


 基本的にロックや、ロック・ポップのジャンルというのは、アメリカでは非主流。

 だが日本のロックバンドは、案外向こうで人気も出ているのだ。

 俊としてもアメリカで成功することの意味は分かっている。

 だからこそ本格的な準備を始めた。

「英訳は、してもしなくても売れるのは売れるけど、やっぱりあえてこっちに踏み込んできてくれるんだな、と嬉しく思うのは日本人」

「アメリカではそうでないと?」

「うん、あいつら世界の中心が自分と思ってて、実際にそうだから、むしろ媚びてるようにしか見えなかったりもする」

「場合によるんですか?」

「そうそう。最初から英語でやってたら覚悟決まってるなと思うけど、途中から変えたりしたらな、それも場合によって違うけど」

「あ~……」

 ノイジーガールの英語版。

 それこそまさに、そういうものではないのか。

「いや、このタイミングなら、むしろ国内向けに宣伝すればいい」

 それこそノイズに、海外の大規模フェスからオファーがあったのなら、今後の展開も考えてという理由は立つ。


 そもそもノイジーガールはノイズにとって、初めての曲である。

 しかしライブにおいて演奏する際は、初演の時点とはかなり変わったアレンジになってしまっていた。

「だから新しくMVを作り直して、ついでに英語で歌うのは、少なくとも無駄じゃない」

 英語圏の人間は、普通に他の外国語も喋れたりする。

 そもそも日本のような国家の方が、珍しいのである。

 日本語に最も似た言語は、朝鮮語であるという指摘もある。

 もちろん全ての言語を調べたデータではないが、欧米圏は基本がギリシャ語とラテン語から発展したものだ。


 国内に対しても、今後の世界進出を意味づける。

 さらにノイジーガールをリメイクする。

 ノイジーガールのパターンを元として、アップテンポのロックは幾つも作った。

 だが結局このタイプの曲では、ノイジーガールを上回った曲は出来ていない。

「あとはスケジュールを、どう管理するかだな」

「それが難しい」

 俊としてもそのあたり、さすがに限界ではあるのだ。




 ノイズはインディーズだからこそ、楽曲で金が入ってくる。

 印税ではなく、原盤権であるので、これは作曲と作詞をする俊だけではなく、メンバー全員で分けるものだ。

 またライブ、そこでのグッズ販売、CD販売などもやっているため、そこで収入を稼ぐのだ。

 ライブをたくさんすればするほど、チケットが売れる状態。

 間違いなく今は、いい循環の中にノイズはいる。


 海外のフェスに呼ばれたらどうするのか。

 今年のフェスであっても、日本のものが正式発表される前なら、まだしも変更の余地はあったか。

 いや、暁を説得するのが、大変になっていただけだろう。

 メンタルもスケジュールも、準備が足りていなかった。

 ただ今回のプロモーターが、次回にも候補に入れてくれるかどうか。


 重要なのはアメリカでの認知度を高めること。

 そのためにはどうすればいいのか。

「積極的にタイアップを狙っていく」

「今までもやってたことだな」

 俊の言葉に信吾が、身も蓋もないことを言う。

 確かにそれはそうなのだが、積極的に営業をかけていけるのか。


 実はノイズとMNRは、アニメスタジオ側のプロデューサーや監督などからは、高い評価を受けている。

 それは皮肉なことに、ヒットした作品の主題歌を担当したからではない。

 商業的にも失敗し、駄作と言われた星姫様。

 あれでしっかりとした曲を作ったからだ。


 それなりの制作時間しかなく、また縛りも少ない条件であったのに、しっかりと作風に合った楽曲を作ってきた。

 あれがあったからこそ、その後の二つの作品につながっていると言える。

 もちろん霹靂の刻が、変則的な形で、アメリカで使われたということもある。

 しかしあれは例外的なものだ。


 アニメタイアップは、欧米で一番届けやすいものだ。

 CMタイアップなどは、これも一つの大きな仕事ではある。

 ただ単発の収入にはなっても、後々まで大きな影響ということにはならない。

 アニメタイアップとなれば、1クールはそれを見られるというわけだ。

 もっとも人によっては、90秒を飛ばしてしまう視聴者も多いだろう。

 このあたりはネット配信になったことによる、弊害と言えば弊害であろうか。


 ただそれでもお得なのは、MVとして宣伝されるからだ。

 最近は作品によっては、90秒バージョンとフルバージョン、二つのMVを流す作品もある。

 俊が期待しているのは、そういった特別扱いだ。

 とりあえずノイジーガールは、とてもキャッチーな曲には間違いない。

 従ってそのアニメーションMVも、リピートされやすいと思うのだ。

 実際に昔、お手製で作ったノイジーガールは、引き続きPVが伸びている。




 今見てもノイジーガールのMVは、よく出来ている。

 予算もかけずに、ほとんど手探りで作ったようなもの。

 もちろん俊には、映像編集の技術はあったのだが。

 レコーディングにしても今なら、さらに洗練されたものとすることが出来るだろう。

 しかしこの、あえて荒々しさの残る、ライブ感がむしろ魅力だ。


 俊が何度も見返す映像の中には、LIVE AIDのQUEENのものがある。

 フレディの声自体は、完全なものとはもう言えなかったであろう。

 既にあの時点で、病気の影響が出ていたかどうかは分からない。

 ただパフォーマンスとしては、素晴らしいものであったとは思うのだ。

 今のセンスからいうと、明らかにダサいのにカッコイイ。

 そう思えてしまうのは、ファンの贔屓目であろうか。


 ノイジーガールのMVを作った頃は、まだライブハウスでもがいていた頃だ。

 将来への自信はあったが、もちろんそれは確信ではない。

 これだけの人間がいて、それでも通用しないとしたら、果たしてどうやればいいのか。

 そう思っていたことも確かなのだ。


 たとえばMNRは、白雪の圧倒的なコネや実力があったとは言え、ノイズよりも後発で爆発的に売れた。

 今はほぼ同等の評価と言ってもいいだろうか。

 だがあちらは比較的、露出をもっと多くしている。

 ノイズはかけている金が違うというのもあるが、一歩以上はリードされている。

 それでも海外からのオファーはあったのだが。


 色々と考えたが、結局はノイジーガールのレコーディングは、録り直すことは決めた。

 それも英語バージョンである。

 ただこれを完全に月子と千歳に歌わせるには、相当の難易度となる。

 そもそも同じ英語と言っても、南部のブルースとイギリスのロックでは、かなり歌い方も変わる。

 それこそ関西弁のポップスが、日本でもあるように。

 もちろんノイズの場合は、ブリティッシュスタイルとするべきであろう。


 レコーディングをしてみるが、その前に練習をする。

 そしてライブで試してみるのだ。

 そこで反応が悪ければ、MVの話は改めて違うものとする。

 ノイジーガールが駄目なら、他のものを考えなければいけない。

 ただそんな曲が作れるのなら、タイアップの営業をかけるのが、事務所の意向であろうが。




 俊としてはそのあたり、自分の才能の限界を感じる。

 なんらかの強力なインプットがないと、名曲などは作れない。

 もっとも業に続いてサバトも、プロデューサーは大層喜んでくれたものだ。

 アニメタイアップの曲を作るのは、自分には向いているのでは、と俊は思う。

 インプットに関しては作品をしっかりと消化しないといけない。

 それだけの労力が必要となるが、結果が出るならばそれで問題はない。


 ストーリーが必要なのだ。

 それも俊の場合は、本能を刺激するようなストーリーが。

 霹靂の刻は別として、他の三つのアニメタイアップ作品は、原作に共通したところがある。

 極めて単純なものではあるが、バトル要素があり人が死ぬ、というものだ。

 死というものに対して、俊は自分のナイーブなところを刺激される。

 そのため精神的に苦しくはなっても、いい曲と歌詞を生み出すことが出来るのだ。


 サバトはメタル調で、それは業も同じなのだが、かなりメタル要素を強くしたし、ラップまで入れた。

 あれは間違いなくラップではあるが、俊の感性からすれば、実はラップではない。

 あれは読経であるのだ。

 宗教的な要素のある作品ではないが、完全に無関係というわけでもない。

 神秘性を持たせるために、宗教イメージを必要とした。


 日本人は西洋の影響で、ゴスペルなどもそれなりに馴染みがある。

 教会音楽はクラシックと、強く結びついている。

 そこに持っていくのが仏教である。

 宗派によるが木魚の音は、一種のリズムではあるだろう。

 いっそのことコーランの節でもぶっこんでやろうかとも思ったが、さすがにそれはやらなかった。

 冗談ではなく命の危険があるからだ。


 ロックスターは命知らず。

 そんなイメージがあったのは、せいぜい70年代までであろうか。

 長く見積もっても、カート・コバーンの自殺ぐらいまでであろう。

 今は普通に老人になった、かつてのレジェンドバンドがそれなりに活動している。

 ただあれはスタッフを食わせるため、とも俊は聞いているが。


 なお俊はメタルを聞くし、暁もまたメタルを聞くが、シャウトだけで成立したものは聞かない。

 そこはもう好みと言えるであろう。

 もちろんそれと、ギターリフなどの好みは違う。

 メタルのギターリフは明らかに、技術的には高度なことをしている。


 こういった方針を、俊はメンバーにも春菜にも伝え、阿部にも伝えてある。

 最終的にプロデュースしてくれるのは、やはり阿部であるからだ。

 そして今年のノイズは、夏のフェスを二つと、アリーナ公演二日が重要となる。

 だがそこまでにノイジーガールの英語版が、果たして間に合うかどうか。

 これは俊の力だけではどうにもならず、紹介してもらった翻訳家の仕事のスケジュールにもよる。

 戻ってきた歌詞を上手く、メロディに乗せることが出来るかどうか。

 相当に難しいことは分かっている。




 挑戦は重要なことだ。

 しかしプロとしては、プロのクオリティの曲を、オーディエンスに届ける必要がある。

 ノイジーガールが完成しても、そのステージで使えるかどうか。

 もちろん出来ることなら、大舞台で初披露したいところだ。


 七月に入ればライブもそこそここなしながら、フェスとアリーナのセットリストや演出を考えていかなければいけない。

 アリーナ公演のチケットの売れ行きが、無事にソールドアウトしたのは、とりあえず事務所やイベンターも胸をなでおろすところである。

 フェスに関してもメインステージで夕方の出演。

 ただトリのヘッドライナーとなるには、まだ政治力と認知度が足りない。

 そこは別にこだわっていないというか、むしろヘッドライナーだと他のステージが見られないので、今はそれでいいと俊は考える。


 だが阿部としては、ここからのノイズのキャリアとしては、トップを走ってもらいたい。

 事務所が儲かるというのは当然だが、ノイズ自体も価値を高めていってほしいのだ。

 それで事務所もミュージシャンも、両方が儲かる。

 またノイズの売上を当てにした上で、阿部は事務所の拡大を考えている。

「インディーズで売り出すんですか? 正直止めた方が」

「まだ先のことだけど、事務所の規模を大きくしたいのよ。そしたらそれだけ、こちらも使える金額が増える」

 ノイズのような成功例は、確かに過去にもある。

 だからこそ俊もその路線を通ったのだが、基本的にはメジャーレーベルを使った方がいいだろう。


 音楽業界というのは基本的に、ミュージシャンの夢を食って、事務所やレーベル、レコード会社のサラリーマンが生きていく。

 プロスポーツの選手と同じで、ものになるのはほんの一握りだ。

 そしてデビューして売れたとしても、売れ続けることは本当に難しい。

 ヒットチャートの一位になったミュージシャンやバンドが、10年後にはどれだけ生き残っていることか。

 実際にはドサ回りで、それなりに生き残っていたりはする。

 しかし大きなスポットライトの当たるところでは、ずっと長くいられるわけではない。


 ただ今は、コストもリスクも少なく、音楽の道を続けることが出来る。

 それがネットでの配信である。

 昔ならばライブ以外に、そうそう発表するところのなかった舞台。

 しかし今はネットのチャンネルで、いくらでも拡散することがあるのだ。

 そもそもノイズがそれなりに、スタートダッシュから成功した理由。

 それは俊がサリエリとして、それなりのフォロワーを持っていたからである。


 いよいよそれが、ボーカルと組んでユニットとなる。

 実際のところはユニットではなく、バンドにまでなってしまったのだが。

 ただボカロPとしての技術と、大学での人脈や知識、そのあたりを総動員すると、俊の成功はこの路線が良かったのだと思える。

 それに対して阿部は、どういったものをプロデュースするというのか。

「女性アイドルグループ」

「いやいやいや」

 思わず俊も首を振ってしまう。




 現在のアイドル業界というのは、本当に頂点から底辺まで、とんでもなく裾野が広くなっている。

 これもネットの登場が、かなりの影響を与えている。

 ご当地アイドルというものが、ネットで全国に配信出来る。

 しかもこのご当地アイドルの活動が、地方ではしっかりと支持されたりもする。


 それとは逆に東京で、まさに底辺アイドルという存在もある。

 ニッチな需要というのは、確かにいくらでもある。

 だがせいぜい10人ぐらいしかいない場所で歌って、それで将来があるのか。

 俊が月子を引き抜くときに、それなりにアイドルの現状は調べたのだ。

 そして結論付けたのが、個性をどう売るかという問題だ。


 正直なところ、シンガーとして通用するようなボーカルに、アイドル売りをさせるぐらいしか、俊には成功の手段が見えない。

 またダンサー役としても、ルックスや能力は絶対に必要だ。

 そしてアイドルに必要なのは、成長のストーリーである。

 日本のアイドルの特殊性というのは、そのあたりにあるものだ。

 もっともこれが行き過ぎて、今ではアイドルの青田買いのようなことが、アイドルオタには起こっていたりもする。


 そういった事情は阿部も、全て知っているはずだ。

「だから地方のアイドルを、こっちでインディーズとメジャーの中間ぐらいの扱いで売り出すの」

「それもおかしいでしょうに」

 音楽業界の売り出し方は、とにかくプロデュースが重要であるのだ。

 ノイズの売り出し方は、とりあえず口コミのSNSなどで広がる、特異な例外であった。

 純粋な実力があったからこそ、今はこうやって売れている。

「まあ俊君の意見も聞きたかったし、今度見せてあげるわ。ただ事務所の方針を決めるのは、あくまでも私だから」

「事務所を沈没させないでくださいよ」

 そうは言うが俊としても、阿部の目には信頼を置いている。


 ノイズをここまで目をかけた、というのはかなりのリスクを取ったものだ。

 なんだかんだ言いながら、阿部の力がなかったとしたら、ノイズが売れるのにはもっと時間がかかったろう。

 しかしどれだけの敏腕プロデューサーでも、打率が10割ということはないのだ。

 もっとも駄目なら駄目で、投下資金を回収する方法は、芸能界にはあったりする。


 その路線は阿部は絶対に取らないだろう。

 俊としてもそこは、信用しているのは間違いない。

 事務所が大きくなるのも、それはそれで悪いことではない。

 そもそもアイドルの姿自体を、全く見ていないのだ。

 俊は夏場を前にしながらも、また色々と考えることが出来てしまっていた。

 悩みの種は尽きないものであるらしい。

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