第二部 一章 ロード

第272話 スケジュール

 俊はノイズのリーダーであるので、バンドに対する責任がある。

 しかしその責任が、どこにまで及ぶかというのは、意見が分かれるところであろう。

 バンドのパフォーマンスに影響があるなら、メンバーの生活に口出しをしてもいいのか。

 あるいはそれは各自の役目であると割り切るのか。

 またメンバーによって、その対処も変えていったりする。


 信吾と栄二に関しては、特に心配はしていない。

 月子に関してもおおよそは、問題がないようになってきたと思っている。

 なんだかんだ言いながら、一人で東京に出てきて、運もあるが生き残ったのだ。

 それに同居しているだけに、状況もすぐに分かる。


 年少の二人のことは、まだ心配している。

 それは未熟だからと言うよりも、自分の統制下にないことも理由ではあろう。

 ただ近々、引越しの予定などを考えているらしい。

 積極的なのは暁の方で、千歳もそれに合わせて叔母のマンションからは出ようかなどと考えているらしい。

 俊からすると二人とも、物件をどうやって探すのか、というところは気になる。

 暁は今のマンションに、父親の作った防音室があるし、千歳は小説家の叔母と二人暮らし。

 共に今のままの環境の方が、いいのではと思ったりもするのだ。


 今回の俊の受けた、ノイズのタイアップ曲。

 サバトと名付けたものであるが、これの作詞を千歳に任せられないか、と俊は思っている。

 もちろん自分が監修して、ブラッシュアップしていく必要はあるだろう。

 しかし千歳のためを思えば、彼女の能力を伸ばしてやりたいとは思うのだ。


 千歳の伸び代は、やはりいまだに一番大きい。

 だがそれだけに音楽以外の、生きていく道もあるのでは、と思ってしまうのだ。

 今の彼女はおそらく、インプットがものすごく多くなっている。

 それを処理するために、脳の働きが使われている。

 集中できないというのは、処理能力を超えているため。

 あっさりと切り替えられる者もいるが、千歳はそこまで器用ではない。


 ここでさらに作詞など、処理能力は限界のはずなのに、仕事を割り当てる。

 俊の割り当ては鬼畜だが、自分基準で物事を考えている、という面はあるだろう。

 俊は天才ではないのだろう。

 だが単純に基礎能力が高く、スキルをたくさん持っている。

 まさか千歳にまで、自分と似たルートを歩めと言うのか。


 そんな俊であるが、信吾からの報告を聞いていた。

「まあ普通に働いてたけど、やっぱり憶えることが多いだろうな」

 ギタークラフトとリペアの店なので、知識も必要だし経験も必要となる。

 だいたい四年ぐらいかけて、イエロー・スペシャルを作り出すつもりらしい。

 高校時代に比べれば、やることが多くはなっているのだろう。

 やや余裕がなくなっているのも、仕方のないことだ。


「二人のメンタルケアは、ちゃんとやらないとな……」

「普通の事務所なら、マネージャーとかの仕事なのかもな」

「いや、それでもうちは六人だし、出来ることはやっていかないと」

 俊はそう言っているが、いつもキャパシティオーバーしかけているのは、その俊だろうと信吾は思うのだ。

 確かに色々なことを、それなりに出来てしまう。

 ただ人間関係の修復などまでは、さすがに不得手に見えるのだ。

 リーダーと言ってもそのタイプは、いくつかに分かれている。

 俊は調整型のリーダーであり、確かにメンバー間を取り持つのも仕事だろう。

 しかし抱えていることに、限度というものがあるのだ。


 信吾はなんだかんだ言いながら、女性陣には白い目で見られることが多い。

 三股しているわけであるのだし、あまり相談事にも乗ることは出来ない。

 栄二は妻子持ちで、妻も働いている。

 バンドに全力を捧げるというのは、さすがに難しいであろう。

 するとやはり、俊がやらなければいけないのか。

 せめて阿部に相談した上で、役割分担などをした方がいいだろう。

 そもそも年頃の女の子を、俊のような隠れた頑固者が、どうにかするのは難しい。




 現在のノイズに対する、事務所のスタンスとしては、阿部が一応はプロデューサーのような立場である。

 マネージャーもいるのだが、基本的にスケジュール日程を確認したり、細々とした用を頼んだりするだけだ。

 事務所の機能の拡大を考えるなら、それなりに金がかかることを意識しなければいけない。

 そもそも今のノイズの規模で、しっかりとした専属のマネージャーがいないというのが、おかしな話でもあるのだが。

「そちらにお金をかけた方がいいわね」

 阿部も現在の損益を考えると、ノイズのパフォーマンスを最大限発揮するため、経験豊富な専門のマネージャーを準備した方がいいと思うのだ。

 今は事務職と兼任しているので、最低限の連絡をしたりするので手一杯。

「新キャラ登場回ですね」

「……トワに毒されてきてない?」

 否定できない俊である。


 マネージャーと言うとやはり、アーティストの管理が重要となる。

 俊は特に、年少の二人のケアを頼みたい。

 他の四人のうち三人は、一緒に暮らしているという強みがある。

 それに月子に関しては、また別の問題を抱えているのだ。

 これに関してはむしろ、医者の世話になるようなことだろう。


「すると女性がいいかしら」

「男には言えないこともあるだろうし。年齢層は……気軽なお姉さん枠か、頼れるお母さん枠か……」

「相性もあるのよね」

 そして下手にマネージャーとしてくっつけても、かえってパフォーマンスを落とせば最悪だ。

 阿部としても確かに、女性陣には変な虫がつかないよう、気をつけたほうがいいとは思う。

 それと俊の作業も、代行できるなら振り分けた方がいい。

 若いから無理をしているが、間接的に聞くだけでも、処理能力の限界を超えていると思うのだ。

 俊はむしろそれをこそ、望んでいるような気もするが。


 追い込まれて生み出せる、というものはある。

 だがそれをやりすぎると、酒に溺れたり薬物に手を出したり、ろくなことにならないこともある。

 そのあたりどこにラインを引くかは、本当ならマネージャーの仕事でもあるのだ。

 ロックスターが早死にして喜ばれた時代は終わった。

 それでも繊細な人間が芸能界に入ってしまうと、心を病んでしまうことがあるのだ。

 特に俊はこだわりが強いし責任感もある。

 薬物などに逃げることはなさそうだが、メンタル的に参ってしまう可能性はあると思える。


 果たしてどういった人間を付ければいいのか。

 まずはお試しで付けてみても、どこから人間を引っ張ってくるか、それが問題ともなる。

(プライドの高いところはあるからなあ)

 しかしそれを認めようとはしない。

 むしろ自己認識では、謙虚であると思っているかもしれない。

 もしくはこれだけやらなければ、という行き過ぎたプロ意識とでも言おうか。


 間違っているわけではない。

 むしろアーティストというのは、そういうものであるべきだ。

 ただどこかで、もう少し気が抜けた方がいいのではないか。

「……ぴったり合いそうな人は、ちょっとすぐには手配出来ないだろうし、とりあえず相談しやすそうな子には心当たりあるから」

「お願いします」

 メンタルが逼迫しているのは、俊も同じであろう。

 ただここで止めてしまっても、逆効果であることすらありうるのだ。




 ノイズメンバーというのは、普通のバンドと比べても、かなり仲はいい方だろう。

 オーディションなどの選考で決めたわけではなく、主に俊がスカウトするか、選出していったからだ。 

 相性が悪いと思ったら、声をかけることはなかった。

 もっとも暁の圧倒的な実力に関しては、そういった基準ではなく採用している。

 父の伝手から巡ってきた話だから、というのもあるが。


 月子と二人だけのユニット。

 それでも成功したかもしれないが、過去の分岐に戻ることは出来ない。

 現時点で日本トップクラスと、また海外にもある程度知られている。

 これ以上のステージに上がっていたかは、かなり疑問である。


 そしていよいよ、ちゃんとマネージャーを付けるということになった。

 ただお試し期間というのは、どういう考えであるのか。

「うちの姪っ子を付けるから、相性を見てみよう」

「身内人事か」

 遠慮なく俊は言ったが、逆にそれだけ入れ替えもしやすい。


 翌日、俊の家の方に、彼女の方からやってきた。

「馬渕春菜です」

「新卒で入った会社辞めたばかりだから、駄目だと思ったらすぐ言ってくれていいし」

「ひどい!」

 聞く限りでは彼女も、それなりに音楽をやってはいたらしい。

 大学まではバンドではなく、地下アイドルをやっていたそうだが。

「So Sweetって知ってます。けっこう有名じゃなかったでしたっけ?」

「嬉しいな~。でもメジャーデビューする時に、切られちゃったんだよね」

「ええ! 業界に親戚がいるのに!?」

 とりあえずどうでもいいが、顔のいいマネージャーであった。


 アイドルの話について、月子とは盛り上がっている。

 むしろ彼女のいたメイプルカラーよりも、よほど格上のグループではあったようだ。

 しかし伝手やコネがあれば、断然有利な芸能界。

 そこでもアイドルとしては、成功しなかったというのか。

 もっとも芸能界の中でもアイドルというのは、中途半端に成功するのはむしろ危険かもしれない。

 一般人として生きていくほうが、ずっと堅実なのであろう。

 それでも普通の会社では、もう合わなくなっていたということか。


 業界の中で生きていくには、充分な知識がある。

 ただそれはフォローする側の知識、とはまた違うのではないか。

 もっとも期待しているのは、年少組のケアである。

 ついでに月子の特徴についても知ってもらっていれば、より頼れる存在になるのかもしれない。


 今のノイズが抱えている、主な仕事は四つ。

 夏の大規模フェス参加が二つ、アリーナ二日公演、そしてアニメタイアップの楽曲作成である。

 この中で一番、〆切が遅いのはアニソンタイアップだ。

 しかしこれとは別に、やらなくてはいけない仕事も一つあって、それがテレビ出演。

 これもまた絶対に、予定を動かすことは出来なくなっている。




 六月、夜の音楽番組に、ノイズは出演する。

 これに関しては事務所の意向ではなく、レコード会社の意向が入っている。

 むしろ四月か、あるいは五月に出演させたかったのだ。

 ただその時点では、タイアップした曲が果たして受けるかどうか、微妙という意見はあっただろう。

 週刊青年誌連載の作品に、しっかりとしたタイアップ曲。

 イメージが合っていたこともあって、ちゃんと受けてくれた。


 日本のアニメが海外に受ける理由。

 それはバトルシーンのアニメーション、というのがかなりの評価を占めるところはある。

 だがそもそも日本のアニメは、その原作からして、テーマ性が強い作品が多い。

 掲載される雑誌によっては、そのテーマ性の方向も変わってくるだろうが。


 もっともテーマ性などとは別に、アクションのアニメーションの高さ、というのも重要になってくる。

 もっとも最近では、ラブコメなどもしっかりと、数字が取れるようになっているらしい。 

 俊の場合は基本的に、ラブコメは苦手である。

 コメディ要素の強い作品でなくては、口から砂糖を吐いてしまう感じだ。

 ただ女性誌にあるような、サスペンス作品も嫌いではない。

 そういった作品はおおよそ、ドラマ化してしまうものだが。


 マネージャーとして付いてくれた春菜は、特に問題もなくしっかりと、スケジュール管理などをしてくれている。

 スムーズに行くのは、やはり自分もインディーズながら、アイドルなどをしていたからか。

 とにかくスケジュールをしっかりと守るのが、彼女の中では重要であるらしい。

 かなりの余裕をもって、移動などの時間も考えている。

 もちろんこれは悪いことではない。


 俊はなんだかんだ言って、スケジュールを破ることはない。

 ただそれはスケジュールを守るのではなく、求められたらさっさとやってしまうからだ。

 夏休みの宿題を、スケジュールどおりにしっかり終わらせるのではなく、夏休みに入ってすぐに全部終わらせてしまう。

 そういった感覚で仕事も、すぐに終わるようなペースでやっているのだ。


 基本的に依頼があれば、断らないのが俊である。

 ただスケジュールについては、無理があれば伸ばしてもらうように交渉はする。

 前回のアニメタイアップにしても、完成させて渡すのがかなり早かった。

 こういった早さというのも、業界では信用の一つになるのだ。


 もっとも好みではない仕事、というのは必ずある。

 ノイズはそれなりにルックスに優れたメンバーもいるので、音楽雑誌でも特集をしないか、という仕事はあるのだ。

 別にそれはいいのだが、純粋にインタビューと簡単な写真などならともかく、スタジオをわざわざ借りた上で、写真を撮影するというレベルのことは断っている。

 ルックス売りをするならば、もっと早くに月子のマスクは外させている。

 月子の場合は素顔バレすれば、下手にファンにあった場合、対応出来ないかもという危険性がある。

 あと単純に暁は、人嫌いのコミュ障である。

 それでも店でのバイトの方は、どうにかなっているらしい。

 話す話題がギターのことであれば、問題なく話せるのだろう。

 もっともギタークラフトとリペアといっても、ベースも扱っている店だが。




 今回の番組は、生放送ではない。

 なのでわずかながら、リテイクをする余裕もあるわけだ。

 また短いながらインタビューもある。

 それが終わってから、収録ということになる。


 実際は何度か撮影してみて、映像と音は違うテイクを、合成してみたりするらしい。

 もっともノイズの場合は、派手なパフォーマンスというのはまずやらないのだが。

 暁はやろうと思えば、出来るものも色々とある。

 だが演奏のパフォーマンスを第一に考え、下手に派手なことはしない。


 この時期はもう暑いので、上着を脱いで水着姿になって演奏してもいい。

 ただあれはライブのノリだからこそやるもので、レコーディングではほとんどしない。

 正確に弾くだけでは駄目だ、と判断すれば髪ゴムを外すぐらいはする。

 そしてこの収録でも、髪ゴムを外して演奏していた。


 俊は昔から疑問ではあるのだが、同時にどうでもいいので質問しなかったことを、ちょっと尋ねてみる。

「水着の露出なんて、下手すりゃ下着より多いのに、水着は恥ずかしくないんだな」

「そりゃ見せていいものと、見せないものじゃ違うでしょ」

 暁ではなく千歳が言うのだが、そのあたりはよく分からない。

 世の中には見せパンというものもあるからだ。


 生地が薄いのか、それとも面積が小さいのか。

 そのあたり正直、男性陣には分からないものである。

 ただこの歴史はむしろ、男の側から発生していたりするらしい。

 ヒップホップ系列の、ジーンズなどの腰履きあたりが元なのであるとか。


 ただスポーツタイプのブラジャーや女性向けボクサーパンツなどは、確かに見られてもいいのかなと思わないでもない。

 あとは今ではないものだが、ドロワーズなどは見えても色気はないだろう。

 要するに見せてもいいかどうかは、むしろ見せるためのものかどうか、によるのだ。

 水着の場合はやはり、肉体の見せたい部分を見せるのが重要で、それ以外はしっかり隠している、という考えなのだろうか。

 俊はヒップホップスタイルの服は着ないし、ジーンズもまず履かない。

 普段からスラックスで、家でもそのあたりは同じだ。


 見せてもいいかどうかというのは、結局本人の意識なのではなかろうか。

 今でもライブで局部を見せてしまって、捕まるミュージシャンというのはいるのだ。

 そんなどうでもいいことを考えながらも、無事に収録は終わった。

 後は放送されるのを待つだけだが、どうせ配信は既にされているのだ。

 予算が潤沢にある場合、本来のOP映像だけでなく、楽曲全体の映像も作ってしまったりする。

 もっともそうなると、あまり長い曲になると、それだけで予算が多くかかるのだが。


 とりあえず一つは仕事が終わった。

 順番的に考えれば、次に終わらせるのはタイアップ曲である。

 マスターのフルバージョンと共に、90秒バージョンも必要となる。

 最悪90秒バージョンの方だけでも、先に作ってほしいというものだ。

 確かにフルの方を作ると、暁がソロやアレンジで遊んでしまう。

 ここはやはりプロとして、間に合わせるのが重要であるのだ。


 イメージとしてはオルタナ系列のダウナーな曲である。

 だがOPでもあるので、ある程度のテンポの速さも必要だろう。

 一応はバトル物であるが、サスペンス要素や頭脳戦の要素もある。

 派手すぎるのも違うな、というのが俊と千歳の認識だ。

 マンガならばともかく、小説であると月子の読むのが大変になる。

 もっとも現在では、読み上げアプリを使うわけだが。

 時代によってその才能を発揮するのが、簡単になった部分はあるかもしれない。

 昔であれば田舎の地方から、才能がそのまま発信されるなど、なかったのであるから。

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