第271話 サバト

 イメージの共有というのは、集団で作る作品には、本当に必要なことである。

 アニメというのはそれこそ、原作からのイメージが変わることもある。

 四コマが原作であると、特に変わることが多い。

 そして活字から映像へというのも、やはり大きく変わるものなのだ。


 文章から映像へと変わる中では、やはり一番アクションシーンなどが変わりやすい。

 現在のアニメはアクションが命、という極端な視点で見ている人間もいる。

 実際にそれは、分かりやすいものではあるのだろう。

「アップテンポなのにオルタナティブ系統か……」

 事前に用意していった音源に対し、一番近かったイメージを言われて、その場である程度作ってみた。

 そして感覚が一致したので、悪いことではない。


 また俊はアニメ化しない、二巻目以降も読んでみた。

 登場キャラは同じであるし、ストーリー性も高いが、印象はかなり変わってくる。

 共通した部分を、楽曲の中に盛り込んでいく。

 二巻目以降が挿入されないと知らなかったら、思いつかなかったことである。


「て~か、これって三巻が一番面白くない?」

「こなれてきた、という印象は確かにあるな」

 千歳の意見には俊も賛同する。

 扱っている題材も、かなりシリアスであるのだ。

 そのくせ相変わらず主人公たちの癖が強いため、そこで笑うことが出来る。


 そこまでアニメ化する構想があるのか。

 出版社的に期待度が高いなら、それもあるのかもしれない。

 しかし最初は1クールと決まっているのだ。

 そのあたりどう考えているのか、むしろアニメ制作会社ではなく、出版社の人間に聞きたいものだ。

 もちろん教えてくれるはずはないだろうが。


 とりあえずこのクールに関しては、原作でも二巻目以降の、シリアスな笑いが入っているのだという。

 それを合わせて考えると、自然と歌詞やメロディが浮かんできた。

 そしてタイトルも決定した。

 サバト。

 魔女たちの宴である。




 回り道をしたような気がしたが、むしろ深く理解出来たように思う。

 そしてメインボーカルを、千歳にすることにした。

 音階の使い方からして、月子ではないのか、とメンバーの視線が問いかけていたが。

「この曲はむしろ声に雑味があった方がいいと思った」

 月子にはサビや間奏のコーラスで、高音のゴスペルっぽいところを歌ってもらう。

 タイトルがサバトなのにゴスペルというのは、皮肉の利いたところであるかもしれない。


 まだマスターにまでは至っていないが、演奏してみてかなり、これまでとは明確にイメージが違うのに気づいた。

 前回のタイアップもしっかりとイメージを意識していたが、これはかなり作品の印象を拡大するものではないのか。

 悪くないと言うか、明らかにいい曲だ。

 しかしいい曲すぎないか、という印象もある。


 星姫様の時にも、OPだけは良かった、などと言われたものである。

 それでもクオリティを下げる、などという選択があるはずはなかった。

 この曲を提出してみて、果たしていいものだろうか。

「しかもこれって、来年の放送まで公演では演奏出来ないんだよね」

 暁の言う通りで、まずはアニメの放送前のPVで、最初に公開されることになる。

「せっかくいい曲なんだし、もうちょっと違う曲を提出するとか」

「これ以下の曲を出すのか? この曲があるのに?」

「……ないね」

 珍しく暁が、日和った意見を言ったものである。


 一日では完成まで持っていけない。

 いくらメロディが出来ていても、それに肉付けをしていくのは俊以外のメンバーもいるのだ。

 今までのノイズの曲とは、また違ったイメージになる。

 オルタナティブロックと言うよりは、もっとグランジと言ってしまうべきか。

 もっともこの両者の間に、大きな違いというものはない。


 とりあえずそれなりのアイデアを出してもらって、もう少し俊が煮詰めることに決まった。

 そして暁と千歳に栄二は、それぞれの家に帰っていくのである。

「信吾、ちょっと頼みがあるんだが」

「うん?」

「アキが何をやってるか、確認してやってくれないか?」

「……どういうことだ?」

「いや、この間の千歳との間で、ちょっとあっただろ?」

「あれは解決したじゃないか」

「前のアキならああいう怒り方をしたかな?」

「……しなかったかもしれないな」


 千歳の環境は変わったが、暁の環境も変わっている。

 二人のうち、確かに千歳は集中力を欠いていたかもしれないが、暁も対応がキツすぎた。

 もちろんそれだけ、お互いに遠慮がなくなってきたとも言える。

 ただ俊としては、気になったまま放置しておくことは出来ないのだ。

「つっても尾行とかするわけにもいかないよな」

「普通にバイト先に行ってみてくれればいい。ギターショップだけどベースも置いてるだろ」

 仕事の様子を見に行く、というわけだ。

 まるで保護者であるが、年長組の仕事ではあるだろう。


 本当なら俊が行きたいところであるが、忙しさが全く違う。

 それに俊はギターに関しては、そこまでの関心はない。

 いくら興味の範囲が広くても、限界というものはある。

 暁がギターに執着するほどには、俊は一つのことには執着していない。




 言われてみればそうかな、と信吾も納得する。

 確かに千歳が戸惑っていたのは分かるが、環境が変わったのは暁も同じであるのだ。

 フォローしてやるのは、年長者の役割であろう。

 もちろんいつまでも、子ども扱いするのとは違う。

 大人であってもフォローすべきところはあるのだ。


 月子はなんだかんだ言いながら、そもそも他人をほとんど信じていない。

 だからかえって、安全なところはある。

 また顔出ししていないというのも、重要なことだろう。

 暁と千歳は二人とも、高校を卒業した18歳。

 経験は充分な成人ではあるが、完全な大人とは言えない。


 信吾はなんだかんだ言いながら、仙台から一人で出てきたのだ。

 それからバンド仲間との付き合いもあったが、一人で生活してきた。

 かといって孤立していたわけではなく、女性関係は派手であったりもした。

 ただこの女性関係は、俊も心配していることではあるのだ。


 そもそも俊は女性関係は、高校時代も大学時代も、向こうからアプローチがあって、向こうから振られている。

 そのあたりは他の人間に、とてもアドバイス出来るようなものではない。

 ノイズはそれ以外、問題になりそうなところはない。

 だいたいミュージシャンに限らず芸能関連は、そのあたりの問題は多いのだ。

 また人格を求められるような、そういうポジションでもない。

 これまで問題にならなかったのだから、放置している。


 ただ俊は自分でも気づいていないだろうが、信吾に対しては薄情なのだ。

 同じ男であり、一つ年上ということもあって、守ってやる意識がない。

 それにバンドリーダーとして考えた場合、守ってやる必要性もあまり感じない。

 月子や千歳、そして暁と違って、代替出来る人間だと思っている。

 だからこそ逆に、信吾や栄二が他に、ヘルプに入ることを止めないのだ。


 俊は元々、誰かに頼る対象が、極めて少なかった。

 同年齢の人間に対しては、特に期待するところが少ない。

 両親の離婚や父の死など、メンタルにダメージを負うことはそれなりにあった。

 母親の愛情というのも、あまり感じたことがない。

 ただ岡町以外にも、父の仲間であったメンバーは、時々会うことがある。

 そういった大人との関係が、俊を安定させた。


 アーティストはある程度、不幸な経験があった方がいい。

 自分自身が、不幸だとか不運だとか、そう感じる鬱屈だ。

 周囲から見てどうかではなく、自分自身がどう考えているか。

 そういったところから感情が飛び出して、メロディやリズムになったり、歌詞になったりもするのだ。




 自分では気づいていないが、俊はかなりのゼネラリストになっている。

 これは純粋に出来ることが自分で増えれば、表現も広がっていくと思ったからだが。

 それに楽器の演奏から作曲まで、エンジニア領域にまで入ってくると、他の人間の手間がかからなくて済む。

 すると当然ながら、バンドに多くの儲けを残せるのだ。


 一人でやってしまえば、誰かに任せるにのに比べて、情報を伝達する時間もいらない。

 もちろん他に任せてしまった方がいいと思えば、それはやっていけるのだが。

 今回の暁と千歳のことなどは、リーダーが確認しておくべきことであった。

 ただ暁のことに関しては、信吾に任せてしまっている。

 俊自身は他人の悩みなどを、はっきりと言われなければ気づかないタイプでもある。

 信吾の方が女慣れというか、子供のことにも慣れている。

 何せ妹がいる家庭で育ったのだし。


 暁の場合は一人っ子で、父子家庭で育っている。

 もっとも子供の頃は、父方の祖父母の世話になることが多かったらしい。

 精神的にはかなり、独立したものと言えるのかもしれない。

 だが他人とのコミュニケーションを、積極的に取っていくタイプでもない。 

 趣味が共通であれば、いくらでも喋ったりはするのだが。


 千歳にどうこう言っていたが、暁は単に羨ましかったのではないか。

 俊がそう思うのは、彼女が一般的に上手く交流しているからだ。

 バンドに集中してほしいのは確かだが、それが完全な本音というわけでもないだろう。

 それに俊の知っている範囲内だが、バンドでプロを目指しているという割りに、随分と甘い人間はたくさんある。

 千歳は少なくとも、バンドを好きで全力でやっているとは思う。

 単純に処理能力の上限を超えたため、ああいうことになったのだろう。


 本当ならこういったことも、マネージャーの領分なのだ。

 しかしノイズのマネージャーは、一人一人の愚痴を聞くのが仕事ではなく、ノイズというグループのマネジメントを行うのが仕事だ。

 阿部もそのあたり、俊を信頼して、自分たちは営業をかけている。

 ただ俊としては自分の仕事は、作詞作曲だとも思っている。

 いい曲を作ることこそが、何十年先でも、芸術として世界に残る。

 ついでに不労所得にもなるのだ。


 アメリカの市場を、とにかく一度は通過したい。

 すると世界中に届き、ビルボードのチャート一位にでもなれば、相当の稼ぎになる。

 マイケル・ジャクソンの遺産などは、いまだに年間数百億の稼ぎを出しているとも言われる。

 ビートルズにしたところで、それと似たようなものだろう。

 いい物は時代を超えて残る。

 そう思うからこそ、楽曲を作っていくモチベーションになるのだ。




 出来るだけ全員が集まるようにするが、それが無理なら俊が代表して聞く。

 それが阿部との話し合いになっている。

 夏はフェスが二つに、横浜のアリーナのライブコンサート。

 この三つが大きな仕事になっている。

 そして急遽入ってきたのが、またテレビの仕事である。

 現在放映中のアニメのOPとして、認知度が高まってきたからだ。


 これに関してはメンバーの予定を、どうにか調整したい。

 コンサートのチケットは夜の分はともかく、昼はまだ残っているからだ。

 まだ二ヶ月ほどの時間が残っていても、早めに売り切れてしまった方が評価が高くなる。

 ガラガラの席の有様では、採算が取れていても成功とは言えない。

 コンサートのチケットなどは、全てが即座にソールドアウトするべきものなのだ。


 根本的な宣伝に、金をかけていないからだとは言える。

 それこそ雑誌にでも広告を入れれば、認知度は高まる。

 ノイズは主に、首都圏の動員が強いのだ。

 ただ関西で行ったツアーは、ハコがそこそこの大きさだったと言っても、完全にチケットは売り切れていた。


 夏休みに横浜まで行って、そのライブを見る。

 場所にもよるがチケットより、交通費の方が高くなったりもするだろう。

 それでもライブを体験したいと、思ってやってくるお客さん。

 これは絶対に大切にしなければいけない。

 ただやはり地方での公演を、どうにかしたいという気持ちはある。


 ネットによって今は、すぐに音楽が聞ける時代にはなった。

 プラットフォームも充分に、無料のものというのはある。

 しかしそれとは別に、ノイズは音源をDL販売もしている。

 誰もがアクセス出来るものと、意識して獲得しなければいけないもの。

 とりあえずインディーズレーベルから、アニソンカバー第二弾を出したいとは決めている。


 ただこれは手間隙の割りに、そこまでの利益にはならない。

 それなのにやろうと思うのは、現在のアニソンタイアップ路線に対して、ノイズは前向きであると知らせるためでもある。

 海外も含めれば、今度の曲を合わせて四度目のアニメタイアップ。

 アニソンバンドと思われかねないが、もちろんそんなはずもない。

 自分たちだけの利益を考えるのもよくない。

 ライブをすることによって、音楽業界は全体が回るのだ。


 動員力のあるバンドやミュージシャンは、出来るだけ大きなハコでやるべきだ。

 すると業界全体、裏方まで金が回っていく。

 結局のところ金の回らない業界は、一時的にはよくても次第に落ちていく。

 ただ音楽に関しては、若者の需要が離れているのでは、という分析もある。

 日本に限って言うならば、確実に若者が音楽に使う金額は、ほぼ右肩下がりである。

 CD販売数の減少と、レンタル店の減少。

 今までの体制では、もう食っていけないのは確かだ。




 全国ツアーをやってみるべきか。

 阿部からはそんな話も出てきた。

 もちろん今すぐではなく、来年になってからになるであろう。

 そしてそのツアーにしても、主に週末を使って行われる、ハコの確保も大変になるようなものだ。

 メンバーの移動は、おそらくは前日。

 機材や楽器はスタッフで運ぶのだ。


 イベンターなどとの折衝は、さすがに阿部が主導で行っていく。

 どうやっても開始は、来年以降になっていくだろう。

 都道府県のうちどれぐらい、回ってみるべきか。

 さすがに全都道府県、などということは言えない。

 字面はいいかもしれないが、コストに見合った利益が出ないところも、必ずあるはずなのだ。


 たとえば山陰地方や、東北の各県。

 そういったところでも、それなりにライブハウスはある。

 だが300人規模のハコは、ちょっとなかったりする。

 公共のやっているコンサートホールなどは、ちゃんとどこにでもあるものだ。

 しかしそこで演奏するためのセッティングなど、人件費で赤が出る可能性もある。


 30箇所ほどで開催すれば、おそらく黒字をしっかり出せる。

 今までのバンドやミュージシャンのツアーのデータは、ある程度参考に出来るのだ。

 ただノイズというバンドのカラーは、ちょっと他にはないものであるかもしれない。

 そもそも六人のバンドという時点で、その人件費がかかってしまうことは確かなのだ。


 俊と月子と暁、あの三人だけでもどうにかなっていた。

 しかし発展性や安定性は、三人ではどうしようもなかった。

 試行錯誤してバンドメンバーを増やしつつ、最後に入った千歳でハマった。

 表現をいくらでも広げていくためには、今のメンバーが絶対に必要である。

 そしてそのためには、かかる費用を抑えなくてはいけない。


 メジャーシーンに乗っているが、メジャーレーベルではない。

 そんなノイズだがタイアップともなると、メジャーレーベルから出していたりもする。

 これは知名度こそ上がるものの、爆発的な利益、などというのは出せないものだ。

 ただノイズと事務所だけでその儲けを出すぐらいなら、他のバンドやミュージシャンに任せてしまう。


 普段はインディーズでやっているからこそ、大きな利益を自分たちで持つことが出来る。

 ただこれはほとんど、俊の技術や伝手によるものだ。

 他のバンドでこれが出来るかというと、それは大いに疑問である。

 むしろノイズが特殊であると言える。

 しかし過去に例がないわけではなく、そのため今でも大金が入ってくる、というミュージシャンはいるのだ。

 俊の父も、そういったことが出来ていれば、相続放棄はしなかったかもしれない。

 もっともあの時代に、そんなミュージシャン側に、都合のいいことが出来たかどうか。


 レコーディングから何から、全て自分でやったならば、シングル一枚で数億円は稼げた、という時代である。

 作詞と作曲の印税だけで、とんでもない大金になっていたのだ。

 それを母が平気で、放棄すべきと言った時は、本当に哀しかったものだ。

 今ではそれが正解であった、とちゃんと分かっているのだが。

(アニソンカバー、今度は比較的新しい曲にするべきだろうな)

 それこそ誰もが知っているような曲を、混ぜてしまってもいい。

 ただ前のアニソンカバーは、アニメの視聴率が20%だの出ていた時代の楽曲があった。

 そのあたりも考えなければ、全く売れないという可能性も充分にあるのだ。

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