第270話 最善のために

 現在はタイアップにおいて、作品のイメージを損なうことは、かなりミュージシャンの名を下げることになっている。

 少なくとも音楽よりも、アニメの方が強い。

 市場的な意味ではなく、影響度という問題だ。

「さて、原作を読んできたわけだが……」

「一応コミカライズもしてるけど、アニメやったら追い抜いちゃうよね」

 マンガはともかく原作までしっかり読んだのは、俊と千歳の二人だけである。


 千歳は元々、そこそこライトノベルと呼ばれるジャンルも、中学時代は読んでいた。

 しかし実の叔母の作品を読んでからは、むしろ児童文学に読む方向がシフトされている。

 俊の場合は基本的に、一般小説しか読まない。

 純文学を案外読まずに、大衆小説を読むのだ。

 あとは往年の海外小説や、絶滅危惧種の日本SF小説。


「ライトノベルの市場って、かなり落ちてるんだよな」

 わざわざデータ分析までして、俊はそう言っている。

「あ~、売上落ちてるね」

「しかもこれは、売上だけの数字だからな」

「と言うと?」

「文庫じゃなく文芸サイズで出しているのに、この売上低下が起こってる」

「つまり売れてる冊数はさらに落ちてるってこと?」

「まあ電子書籍の売上が、どうカウントされてるのかは知らないけど」

 このあたりはおそらく、現場の書店に行っても現実は分からないだろう。

 俊は比較的紙の本も買う人間だが、それでも電子書籍の方が嵩張らない。

 むしろ電子で読んでみて、面白ければ紙でも買うというような、コレクター気質を持っている。


 読む媒体がPCかスマートフォンか、というのでも変わってくる。

 正直なところスマートフォンでは、読むのが疲れるというのはある。

 まだしもタブレットならばいいのだが、東京の混雑する電車内では、それも嵩張るものである。

 基本的には薄型パソコンが、俊の携帯しているものだ。

 もちろんスマートフォンは、アプリの利用などのためにも使っているが。


「それで、内容はどうだったんだ?」

 栄二が訊いてくるのは、わざわざ読んでいないからだ。

 前の依頼、つまり現在放送されている作品は、元々掲載誌もメジャーどころであった。

 そのアニメ化なのであるから、もちろん期待度は高かったはずである。

「う~ん、俺はそこそこ面白かったと思うけど、あのジャンルを普段は読まないからなあ」

「あたしも面白かったと思うよ。ライトノベルの中では比較的、独自性もあったし」

「ああ、やっぱりそうなのか」

 シリーズ物の第一作なので、この先がどうなるのか気になるところではあったのだが。


 そもそも話としては、完全に一冊で完結している。

 もちろんキャラクターが全員死亡とかいうわけでもないので、続編は作られているわけだが。

 ただ原作が三冊しか出ておらず、コミカライズはまだその原作一冊分も終わっていない。

 これをアニメ化するというのは、かなりの冒険ではないのか。

「ラノベってマンガより市場が小さいくせに、似たような作品ばっかってのが俺の印象なんだよな」

「俊さんの印象は間違ってないと思うよ。まあ例外はやっぱり売れてるけど」

 やや女性向けの作品名を千歳は挙げた。

「でも悪役令嬢と溺愛物はもうほとんど、何がいいのか分からない。何がどう違うのかも分からない」

 そのあたりは現実で成功している人間には、おそらく共感出来ないものなのであろう。


 千歳は基本的に、コミュ力の強い陽キャであるのだ。

 なので集団の中、つまり現実で満たされている。

 単純に共感性だの、そういうものを求める読者向けの作品は、フィーリングが合わないのだ。

「まあこれはテンプレ要素弱いからな。公募作品か?」

「どうだっけ? 今はもうネットで公募やってるから分かんないや」

 このあたりインプットは、俊と千歳の二人が秀でている。

「今やってるアニメは面白いけど、それと比べるとどうなの?」

「今やってる方が断然に面白い」

 月子の問いには、俊が逡巡せずに答えた。




 競争率の差、とでも言えばいいのか。

 純粋に週刊マンガで連載し、そのままアニメ化するような作品は、そもそも化物なのである。

 もっともそれを言うならば、絵は必要なく文章だけで勝負する、ライトノベルも競争は激しいだろう。

 さらにマンガと違って、読む人間がそもそも少ない。

 そこからコミカライズ、さらにアニメ化というのだから、本当はものすごいポテンシャルを持っていてもおかしくないのだ。 

 それなのにマンガの方が、圧倒的に面白いという。


 このあたりの事情は、ミュージシャンにはいまいち分からないだろう。

 けっこうそういったものを好きな千歳でも、いまいち分かっていない。

 分かっているのは大学で、そういったもののマーケティングを学んだ俊だけである。

 もっともこれは自分でも納得はしているが、本当かどうかは分からない。

「コンテンツの訴求力と、あとはマーケティングに失敗なんだろうなあ」

 だがこの数年、また傾向は是正されてきているとは思う。


 コンテンツ過多の時代である。

 その気になればSNSなどの媒体で、無料の作品が読めたりする。

 本屋ではマンガのみならず、ライトノベルさえパッケージされている時代だ。

 なおあれはシュリンクという。

 この中では無料の小説投稿サイトが、大きな成長を遂げた。

 そしてそこから商業化していった作品は大量にある。


 この大量の作品群は、時期によってどんどんと流行の傾向が変わっている。

 一部の超有望株を除いては、コミカライズ原作としての面が強い。

 話のプロットが似たようなもので、下手をすれば序盤がほとんど同じ。

 それが何作もコミカライズするというのは、音楽で似たような曲ばかりが出てくるのと同じこと。

 普通ならば独自性を出して、差別化を考えるのが当然だろう。

 それなのにこの分野は、似たような作品ばかりを商業化する。


 完全なレッドオーシャンである。

 俊のノイズの売り方は、市場はかなりレッドオーシャンに近かったが、ノイズと言うよりは月子のボーカルに、強烈な独自性があった。

 だから売れた、ということは言えるのだ。

 そしてメンバーを多くして、表現出来る範囲を拡大した。

 ジャンルを広げて、音楽性の範囲を広げたのは、むしろどっちつかずになる可能性もあった。

 結果としては成功しているが、果たしてこれで本当に良かったのか。


 現在のライトノベルは、公募とネットからの商業化、二つのうち後者が大きなものとなる。

 そもそもネットで公開しながらも、公募に応募できるというものになっている。

 俊も一応は、人気の作品などを読んでみたことはある。

 そしてほとんどの場合、時間をかけて読む価値があるとは思えなかった。

 物語の構成が、酷似しているものが多い。

 さらにはキャラクターに、独自性というものがない。

 あとはいつまで続くのか、だらだらと終わりが見えない。

 それでも商業化したり、コミカライズ原作になったりする。


 このあたりはおそらく、無料で暇つぶしが出来るものと、金を出して買ってまで読むものの差があるのではなかろうか。

 それなのに最初の売れた作品に、類似製品がどんどんと出てくる。

 その中では比較的、オリジナリティはあったと思う。

 主人公は変態であったが、主要登場人物に変態が多いので、奇妙なバランスがあった。

 題材は完全にシリアスなのに、そういったキャラクターはコメディチック。

 そこが新しく感じられて、今回のアニメ化にまでつながっているのか。




 音楽にもある程度、流行というものはある。

 それこそ俊の父は、自分でムーブメントを築いたようなものだ。

 しかし今聴けば、どの曲もある程度の類似性がある。

 新しいとは、今は感じない。

 もちろんこれを土台として、今の日本の潮流にもなっているから、既に古典となっているのだろう。


 コード進行など、完全に一つのテンプレとなっているものなどもある。

 こういったことを考えていった場合、果たしてミュージシャンがライトノベルを馬鹿にする資格などあるのか。

 そもそもの話、俊は馬鹿にするのですらなく、時間の無駄と考えてほとんど読まないのだが。

 最初から商業作である一般小説の方が、絶対に歌詞の参考などになる。

 千歳の叔母の文乃の作品と比べても、ライトノベルは劣化ファンタジーが多いと言えようか。

 設定だけは面白く、しかしすぐにストーリーが陳腐化する。

 おそらくネットの無料小説が読まれるのは、一つには時間潰し。

 もう一つはパターン化による安心感を得たいのだろう。


「音楽だってサブスクじゃなく、Youtubeで聞けるしね。広告入るけど」

「うちのMVをしっかり作るのは、視覚的にも楽しんでもらうためか?」

 千歳と信吾の問いに、俊は少し考えるところがある。

 俊が全く面白くないと思っている小説が、ライトノベルとして売れている。

 ただ本当に爆発的に売れているのは、ごく一部でしかない。

 商業出身の作品の方が、爆発的に売れているものとなっている。


 もっとも本当に売れているのか、俊には分からないところがある。

 本の発行部数などは、さすがに調べていないからだ。

 ただサブスクについては、ほとんど儲からないというのは言われている。

 実際に過去に大ヒット曲などを持つアーティストが、サブスクに加入しなかったり、引き上げたりしているのだ。

 しかしサブスクの運営をしている側も、やはり儲からないなどと言っている。

 だがアメリカなどでは、ものすごく儲かっている一部のアーティストがいる。


 本当のトップクラスは、むしろ大金を得ている。

 だがかつてならば売れていたぐらいのミュージシャンが、どうにも売れなかったりするのだ。

 プラットフォームがいくつもあるから、というのも理由ではあろう。

 そして大金を得ているミュージシャンなどは、独占契約を結んでいたりする。

「日本のアニメも大ヒットしているとか言ってるけど、一割から二割ぐらいが本当に売れてるもんじゃないかな」

「そうか? 毎年すごい作品が出てる気もするけど」

「1クールで50本とか60本も放送されてるんだよ? その中で本当のビッグヒットって2~3本じゃない?」

「言われてみれば、わざわざ見てるのは、千歳がお勧めしてくるものだけか」

 注目するミュージシャンがOPやEDを歌っていたりすると、それだけは見たりするが、本編までは見ない。

 基本的に千歳の推薦する作品は、女性向け以外は俊の嗜好と合致する。


 それにしてもこの作品は、いったい何が売りなのか。

 今放映中の作品は、人間の社会の歪みや、人間関係の醜さ、そういったある程度普遍的なテーマをもって作られている。

 対して今回の作品は、確かに頭脳戦やバトルの要素はあるが、テーマ性に薄いのではないか。

「ゲーム要素が強いからかなあ」

 そういう千歳は、ゲームは全くしない。

 ノイズメンバーの中では、俊がゲーム音楽を少し聞くぐらいで、ゲームをやる人間はいないのだ。


 新しいインプット先になるかもしれない。

 今回の案件も、ゲーム的な要素が強いと言えるだろうか。

 サバイバルでバトルロイヤルなところは、純粋に面白いのだろう。

「それを言ったらドラゴンボールなんて、無茶苦茶面白いけどテーマなんてないだろ」

「少年誌の作品はそうか」

 栄二の言葉に、頷く俊である。

「少年誌でも進撃の巨人なんかは、強烈なテーマ持ってたけどな」

「でもあれ週刊誌では出来なかったし、月刊でもやってなかったよね」

「いや、月刊だったよ」

「そうだっけ? コミック派だったから憶えてないな」

 信吾でも読んでいる、というぐらいだったら知名度もテーマ性も高いとは言える。


 正直なところ俊は、週刊の少年マンガなどは、さほどテーマはなくてもいいと思っている。

 実際に過去のヒット作を見ても、そう深いテーマなどは感じられない。

「別にテーマなんてもっと、緩いものでもいいだろ。重要なのは文学性じゃなく娯楽性なんだから」

 栄二の言葉に、はっと気づかされる俊である。


 千歳の推薦には、彼女なりのバイアスがかかっているのは当然だ。

 そして千歳という人間は、どうしても世の中のことを考えてしまう。

 死というものを身近に感じた人間で、それが自分の人生に、何か意味を見出したいという欲求になっている。

 そんな千歳でもさすがに、恋愛願望はあるらしいが。

 実際には告白されても、ピンと来ていないということが高校時代にはあった。




 俊としてはどういう傾向で作曲と作詞をするか、しっかりと考えていかなければいけない。

 前回は青年誌の作品だったので、大人向けのテーマ性というのも高かったのだ。

 ただ今回はライトノベル。

 購入層は案外、成人で年齢層が高いらしい。


 娯楽の中に芸術性のテーマは必要ないのか。

 ただ面白い娯楽というのは、芸術性にも優れている場合が多いではないか。

 文字でわざわざ作品を読むというのは、そういった文学性を楽しみたいのではないのか。

「最近はもう商業化なんて、コミカライズ前提みたいな感じはあると思う」

 深い芸術性ではなく、展開の面白さとスピーディーさ。

 求められているのはそちらなのか。


 分からないでもない。

 大金をつぎ込まれて作られるハリウッド映画など、アクションの多い痛快娯楽物であれば、それなりに今でも受けるのだ。

 ただスーパーヒーロー物はもう、日本のアニメに取って代わられている、とも言われているが。

「まあ原作は読んだけど、これって1クール分あるのかな」

 俊はなんとなく、そんなことも考えている。

「それは俺たちの考えることじゃないだろ」

 そう、栄二の言っていることは正しい。


 前回と違って今回は、制作スタジオやプロデューサーと、綿密な打ち合わせをしていない。

 それはまあ制作会社によって、スタンスは違うのだろうが。

「う~ん……」

 当たり前の話だが、GDレコードがスポンサーには入っている。

 しかしプロデューサーが違うと、予算なども当然変わってくる。

 またこういったタイアップの場合は、ノイズだけで勝手に音源を作るわけにもいかない。

 それでも実績によって、いい契約を結ぶことは出来るのだが。


 この業界には金よりも重要なものがある。

 もちろん最低限、食っていくだけの金は必要だが。

 それは将来につながる信頼である。

 あそこなら大丈夫、あの人なら大丈夫。

 そう思ってもらえれば、仕事が途切れることがない。

 もっともTOKIWAなどはそういうタイプだが、徳島は違う。

 彼はもう、期待していたものよりも、ずっと凄い曲を上げてくる。

 そういう評価が定まっているのだ。


 制作会社の人と、ちゃんと話し合う場所を作った方がいい。

 俊はそう考えた。

 もっともそれは阿部から、向こうのスタッフにも話がいくことだ。

 あちらのスケジュール次第では、それも無理になるのかもしれない。

「何曲かデモ作って、話し合ってみたいんだけどなあ」

 このあたり俊は、妥協するところと妥協しないところ、しっかりと分けている。


 仕事において重要なのは、何よりも完成させることだ。

 実はクオリティよりも、そちらの方が重要なのである。

 パーツが間に合わなければ、全てを組み上げることが出来ない。

 だから〆切りというのは、絶対に守らないといけない。

 これが自分たちだけのライブなら、完成度は演奏していくうちに、変化していったりもするのだが。




 俊としては何かこの案件、違和感があるのだ。

 そして千歳は違和感ではないが、前回よりも力が入ってないのでは、と感じる。

 下手に作って納品して、それでは駄目な気がするのはなぜか。

 アーティストの直感、などという高尚なものではない。

 むしろビジネスマンの保身、という面であろう。


 もちろんこのままのイメージで作っても、悪いところはないのだろう。

 それなりの物は作れると思う。

 だがこういった違和感がある状態で作ると、いらないノイズが入ってしまう。

 そう考える俊は、実は歌唱曲だけではなく、サウンドトラックなどの作成にも向いているのかもしれない。

 ノイズの活動をやっていれば、とてもそちらまでは手が回らないが。


 阿部に連絡をして、向こうのスケジュールを確認する。

 直接の面談が無理なら、ネットでビデオ面談も出来ないだろうか。

 それまでに数日かかるなら曲のイメージだけでも作ってしまいたい。

 そんなことを考える俊は、やはり音楽中毒であろう。


 話し合いとは別に練習もして、メンバーは解散する。

 早速俊の方は、デモを作っていくらしい。

 こういう時には月子がいるので、最低限のボーカルも入れていくことが出来る。

 小回りが利くあたり、ノイズは本当にスピード感がある。

 変に大物ぶって、時間をかけることなどないのだ。


 そして向こうのスケジュールに合わせてだが、対面での話し合いの機会を設けることは出来た。

 話し合ってみれば違和感があったのも、当然であると分かった。

 ストーリーの流れ的に、原作一巻で完結するのが、いいタイミングだと思っていた。 

 しかし実際には回想などに、二巻以降で明らかになる要素や、オリジナルの要素も入れていくというのだ。

 こういう場合オリジナル要素は、ほとんどが原作を無視することになる。

 ただ原作者自身が、そのオリジナル部分の作成に関わっている。

 文章ではあえて簡潔にしたが、実際にはビジュアルのイメージがあったところなど。

 そこがアニメ化されるので、一巻の範囲だけでは足りなかったのだ。


 原作の量が充分にあったとしても、2クール目以降が作られるほど、人気が出ることは少ない。

 アニメスタジオがそもそも、仕事を受けすぎているというところはあるのだ。

 そして二期目はスタジオが変わって、ファンからはブーイングの嵐ということもある。

 なのでもし二期目が作れるなら、ということも考えてストーリーを構築する必要があるわけだ。

「分かりました。お忙しいところ、ありがとうございます」

「こちらこそ。個人的には二曲目の曲調が、合っているとは思います」

 極めて良好な関係で、面会を終えることは出来た。

 ここからはもう、自分のあった違和感を、埋めていく作業である。


 今回は少し、〆切りの予定が早い。

 それでも充分に、夏を使って作曲が出来る。

 ただ歌詞については、ネタバレになりそうなところがないか、チェックが入るという。

 面倒だがリテイクが入るのは、仕事としては当たり前のこと。

 こういう面倒なことを、楽しそうにやってしまうのが、俊という人間であった。

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