第269話 続くタイアップ

 芸能界で売れていくというには、それだけ知名度が必要となる。

 今ではネットでバズった素人が、そのまま事務所からスカウトされる時代だ。

 テレビや雑誌の影響力は、昔ほどではないという時代。

 それでも全く興味のなかった層が、初めて目にするものというと、テレビや雑誌である場合が多い。

 興味のあるものには、自分から検索していく時代。

 一番知名度を上げるのに大切なのは、巨大な影響力を持つものに、告知してもらうという点では変わらない。


 ノイズにとってそれは、他のメジャーバンドとの交流であった。

 これだけの人気になっていて、それでいて露出が少ないのは珍しい。

 品薄感を煽ることによって、より実体を大きく見せようという戦略ではある。

 ただそれにも色々と限度はあるだろう。

 契約を見直して、レーベルなどを変更していくか。

 そういった判断を、俊が最終的にしているのだ。


 金に困った生活を送ったことなど、一度としてないのが俊だ。

 しかしバンド活動に関しては、金がかかることは分かっている。

 そして単純にメジャーデビューしたところで、それで一生食っていけるわけではない。

 そのあたりの事情は、父親のバンドのメンバーであった、岡町などからも聞いている。

 大学の講師、スタジオミュージシャン、そしてドラムは不動産と飲食店。

 日本最強と言われたバンドでも、音楽の世界からは完全に身を引いた人間もいるのだ。


 浪費による父の失敗を知っている俊は、そのあたりから金に厳しくなったと言うべきか。

 そもそも音楽に関するもの以外は、あまり贅沢に興味もない。

 信吾や栄二などから見れば、充分に金持ちの生活ではあるのだが、少なくとも浪費はしていないという意識なのだ。

 母親の資産で生きていて、自分での稼ぎは少ない。

 そんなことを考えているから、バンドの収入を増やすことまで考える。


 やはり考えることが多すぎるのだ。

 本当ならばマネジメントなども、大枠だけは伝えて阿部や他のスタッフに任せた方がいい。

 ただそういう細かいところまで、やってしまうのが俊なのだ。

 だからといって音楽の方に、手を抜くわけにはいかない。

 そのあたり奇妙なアーティストだと、メンバーにさえ思われている。


 アーティストではあるが、同時にプロデューサーやマネージャーの役割もしている。

 さらに根本的には、ビジネスマンの要素も持っている。

 こんな人間がリーダーをしているというのは、他のバンドを知っている信吾や栄二からすれば、ちょっと信じられない現実である。

 ただ一人が多くの部分を掌握することによって、ノイズの動きが良くなっているというところはある。

 バンドの方向性などを、しっかりと管理する。

 千歳の一件に関しては、それがちょっと及んでいなかったが。


 今年も夏にはしっかり、二つのフェスに出る予定はある。

 アリーナでのライブもあり、そちらは動員数で武道館以上となる。

 もっともアクセスなどを考えると、ちょっと厳しいところなのだが。

 本当なら今の時期、どんどんとライブをして告知もするべきなのだろう。

 もう一度ぐらいテレビに出演しても、悪くはないと思うのだ。


 この間はテレビで、MNRの結成秘話などというのがされていた。

 永劫回帰もやっていたし、有名バンドのバックボーン紹介は、それなりに反響があるものらしい。

 ただノイズは音楽好きならまず知っているが、一般人はあまり知らないという知名度になっている。

 理由としてはやはり、一般層に向けてまで、認知される宣伝をしていないからか。

 それでこれだけ動員出来るのだから、むしろ凄いのであろうが。




 ライブの魅力というのは、確かに存在する。

 動く金額も大きく、また仕事も発生する。

 ただノイズがやらなくても、そういった仕事はいつでもあるのだが。

 一時期のコロナ騒ぎの頃は、ちょっと仕事がなくなって、アーティストだけではなくそういった会社も、相当のダメージを受けた。

 しかしその時に他の業種に変わってしまうと、少子化で労働人口の減っている現在、またもとの仕事に戻るのも難しかったりする。


 イベント屋は相当の損失を出しながらも、その頃を耐え切った。

 経済的な損失は、文化的な損失にもつながったものだ。

 もっともこの移動制限により、ネット発の文化は拡大したとも言える。

 今はまたライブなどの需要が多く、ボカロ界隈もあの頃ほどに盛況ではない。


 ノイズは楽曲の原盤権を自分たちが持っている。

 そのため継続的に入ってくる金は、他のミュージシャンよりもずっと多い。

 著作権は作曲と作詞の俊がほとんどを持っているが、マスターから入ってくる金額はバンドの中で六等分だ。

 これが出来るからこそ、ノイズはインティーズであり続けるのだが。


 フェスとライブ以外にも、また頼まれたタイアップがある。

 こちらも阿部が取ってきた仕事である。

 世の中のサイクルは、一つの大きな仕事をしっかりとやると、また大きな仕事が入ってくるようになっている。

 そして期待に応えられなくなれば、それがアーティストとしての限界となる。

 それまでの蓄積によって、地方のバンドツアーをしたり、ミュージシャンの傾向によってはディナーショーをやったりもする。

 だがノイズのようなバンドにとっては、そういった方面への路線変更は出来ない。


 ライブバンドからレコーディングバンドになったのはビートルズだ。

 そしてその状態からも、それほど経過せずに解散してしまった。

 全盛期での解散というのは、色々と理由はあるだろう。

 一応の説明はされていても、内実は単純に金の問題であることが多い。

 少なくとも金の問題にならないように、俊は難しい路線を選んできたのだ。


 父親の大成功を知っている。

 それは俊が、まだ幼かった頃の話だ。

 その後の破滅については、音楽とはまた別のところに理由がある。

 なのでそこは、反面教師になっている俊である。


 また岡町のように、業界の事情に詳しい人間とも、古くから知り合っていた。

 利権構造を知ってさえいれば、メジャーデビューなど単純には目指さない。

 それでも目指す理由は、単純にノウハウを持っていないからだ。

 インディーズの方が、同じだけ売れても得になる。

 そこまでは分かっている人間が多いのだが、メジャーのレコード会社のノウハウや宣伝なしに、売り出すのは難しいのだ。

 まずそこを学んだのが、大学にまで進学した理由か。




 千歳は現状を自分でも理解した。

 言語化したことによって、ようやく調子を取り戻してきた。

 そして俊としても、彼女の苦悩に接してみて、表現の幅を広げる。

 誰かの不幸や苦悩を、歌にすることに罪悪感はない。

 むしろそうすることによって、昇華されるものだとさえ思っているのだ。

 もちろんそうすることによって、他者からは悪意を持たれるだろうことも分かっている。


 歌詞を作るというのは、人の傷ついた経験さえも、ネタにしてしまうのだ。

 俊が他のメンバー、特に千歳に歌詞を書いてみろというのは、彼女には色々と鬱憤があると分かっているからだ。

 ひどい話だが、千歳はあのひどい経験がなければ、今のようには歌えなかったであろう。

 そして今も定期的に、何かに傷つくことがあって、それを声に乗せている。

 オルタナ系であるな、とは思う俊である。

 もっともノイズの音楽は、もうちょっとメタルやハードロック、ポップスに近いのだが。


 ジャンルを音楽で考えると、おかしくなってしまうのだ。

 完全に商業主義ではあるが、魂を燃やせばロックになるのだ。

 少なくとも暁は、いつもそうやっている。

 だが単純にパワーで演奏するだけでは、それも違うだろうと思う。

 60年代から70年代の洋楽ロック全盛期の音楽には、明らかにポップスであろうという楽曲もあるのだから。


 暁は子供の頃から、多くの著名なギタリストを、カバーして演奏してきた。

 その中には単純に難しいのではなく、哀しさを秘めたギターの音もあったものだ。

 あれを表現するためには、人生経験が足りなかったのか。

 だが技術的には、しっかりとトレース出来るようになっている。

 もっともギターに乗る感情というのは、極めれば雑音のようなものなのだが。


 ジミー・ペイジ下手ウマ論争というものがある。

 世界三大ギタリストなどとも言われるジミー・ペイジだが、そのギターの弾き方は譜面などと比べると、外れたりしているからだ。

 それをもって下手だけというのならば、演歌をカラオケで歌ったら、こぶしを利かせるほど点数が下がるのと同じことだろう。

 不快な音と、より引き付ける音。

 この二つの間には、微妙な差しかない。

 譜面通りに弾けばいいというのなら、それこそ打ち込みで充分なのだ。


 千歳は練習において、暁のリードギターのパートを、ある程度弾いてみることにしている。

 俊は何もギターソロを、とにかく難しいものにばかりしているわけではない。

 簡単なメロディーを、如何に響かせるか。

 それもまたギタリストの、力の内と言えるであろう。

「う~ん……歌うようにギターを弾けば、千歳ならいけると思うんだけど」

 暁からの駄目出しが入るが、今はちゃんと愛情が含まれている。


 暁にとってギターを弾くということは、言葉で何かを伝えるよりも、よほど簡単なことなのであろう。

 だが千歳はギターを始めて、まだ三年と少しばかり。

 才能があるかどうか、などということは暁は考えない。

 少なくとも徐々に上達しているのは、技巧的には間違いないのだ。


 下手であってもフィーリングでどうにかなる。

 ギタリストの中には、そんな考えで弾いている人間もいるのだ。

 だが暁はその考えを否定する。

 ライブのノリの中では、それで案外通用してしまったりもする。

 しかしそれだと、レコーディングは他のミュージシャンに任せることになってしまうのだ。


 譜面通りに簡単に弾けた上で、あえてわずかにずらしていく。

 楽しく弾くことは重要だが、適当に弾くのを楽しんではいけない。

 自分の思い通りの音が出せるようになること。

 暁にとってはまず、それが第一であるのだ。

 そもそもレコーディングに他のスタジオミュージシャンを使ってしまったら、音源の原盤権などを主張することが難しくなる。

 エンジニアの役目まで俊がやって、ようやく金になるというものなのだ。




 また新しいタイアップの依頼があった。

 今度もワンクールアニメのOP曲である。

「そういや今やってるやつ、もう続編の制作は決まってるんだろ? あれのOPをまた依頼されたりってしないのか?」

 信吾としては原作も面白かっただけに、次のシーズンも担当していいのでは、と思ったのだ。

「それは俺もそう思っているけど、そういうのを決めるのはスポンサーだろ?」

 俊としてはそのあたり、よほど監督に力でもない限り、スポンサーの意向でプロデューサーが決めるとは知っている。


 前の主題歌を担当していたのが好評だったのなら、その次も同じミュージシャンの方が、ファンも嬉しいのではないか。

 そう考えるのだが、そこには売り出しの思惑が関わっている。

「成功したアニメっていうのは、次も注目されるでしょ? だから二期目は売り出したいアーティストに変更することはあるのよ」

 このあたりちょっと、俊たちにも意味が分からなかった。

「例外もあるけど人気のあるアニメの主題歌なんて、取り合いになるわけなのよ。ただその一期目には、アニメがヒットするかどうか分からない。だから伸びているアーティストを使ったりしてね」

「ああ、音楽の宣伝媒体としては、たくさんのアーティストをアニメで紹介したいわけか」

「そういうこと」

 言われてみれば分かるが、完全に売る側の都合しか考えていない。


 もちろん例外もあって、当初予定の通りに何期かまで、既に担当が決まっていたりもする。

 それも人気が持続して、何クールも作られるようになれば、やはり他のアーティストを使うわけだ。

 よほどそのアーティストと、作品の親和性が高ければ、それはまた変わってくるだろう。

 またちょっと昔であれば、声優ソングが使われていることも多かった。


 最初はそこまでの期待度がなく、アニソン歌手が使われてから、人気が出て一般歌手に、という例もある。

 もっとも昨今は急激に、アニメの海外人気が高まっているので、最初から一般歌手の事務所による取り合い、という話も聞く。

 基本的にはレコード会社が、アニメのスポンサーには入っている。

 そしてそのレコード会社のレーベルから、楽曲が出るのは当然なのだ。


 ノイズが担当した星姫様は、予算の関係もあってどうにもならない、というところを引っ張ってきたという話もある。

 今やっているアニメに関しては、最初からそれなりの期待値があった。

 しかしながらそれだけに、成功すれば他のアーティストも売り出したいレコード会社が、他のアーティストを持ってくるだろう。

 ある程度はプロデューサーの意向が反映するだろうが、それすらも上回るのがスポンサーである。

 もっとも第二期OPが、あまりにも合っていないなどと言われることは、アニメの世界では普通である。

 それを避けるために一般のアーティストであっても、ちゃんと作品の世界観に合わせるようにされているのが昨今の事情だ。


 前回のノイズに持ってこられた作品は、現代を舞台としたバトルとサスペンスが題材であった。

 今度の作品は、またも現代バトルものではある。

 テーマは似ているが、ややマイナーな作品である。

 現代ファンタジーに分類される作品で、原作はマンガではなくライトノベルらしい。

「読んでないなあ……」

 千歳はそう言っている。だいたい最近の小説は、人気が出ればコミカライズされるのだ。


 無人島を舞台にしたサバイバルバトル物。

 一応は既に、もう完結しているものであるらしい。

 シリーズ物の第一作で、これが売れれば二作目以降もアニメ化するのだとか。

 さすがに売れるかどうかというのは、OPだけで決まるものではないだろう。

「まあ断るっていう選択肢はないけど、原作が小説っていうかライトノベルなのか……」

「コミカライズしてないのに、アニメするんだ?」

 千歳としてはそのあたり、気になるところであるらしい。


 どれぐらいの期待値があるのだろうか。

 それも全て読んでみなければ、やはり分からないものだろう。

 俊は基本的に、読書が嫌いなわけではない。

 しかしライトノベルというジャンルに関しては、あまりいい印象がないのであった。

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