第266話 アクシデント
京都でライブを行った翌日には、もう大阪でのライブが入っている。
とはいえメンバーはそのまま電車を使えばいいだけで、セッティングはほとんどスタッフ任せ。
「そのうちもっと余裕のあるツアーしたいなあ」
「するとあまり儲けが出なくなるんだよな」
千歳のぼやきに対して、俊は冷徹な事実を告げる。
ここで大事なのはお金じゃない、と千歳は言ったりはしない。
「大事なのはお金だけじゃないでしょ」
暁は言う。
「まあ武道館がそもそも、あれだけの事前準備の割には、それほど儲かってもいないんだけどな」
俊はここで、暁に正面から反論はしない。
年少組二人には、どうしても金のない辛さが分からないのだろう。
信吾にしても女に食わせてもらっている、というのに近い時期はあった。
月子もアルバイトを掛け持ちして、アイドル活動ではほとんど給料も出ていなかった。
なのでこの、しっかり音楽をやっていて、貯金が貯まっていく生活が不思議に思えていたりもする。
商業主義に陥るのか、それとも純粋にロックをやるのか。
俊としては特に暁などには、純粋にロックをやってくれていいと思う。
彼女の技術とパッションを、金に替えるのが自分の役割だとも思っているからだ。
作曲にしろ作詞にしろ、俊はバランスを考えている。
ただキラーチューンだけは、さすがにインスピレーションが必要だ。
一つ核となる曲が作れれば、似たような傾向の曲が複数は作れる。
徳島ならそれは発表しないが、俊はタイミングをずらした上で、発表していくのだ。
常に新しいことに挑戦していく。
そんな徳島のコンポーザーとしての姿勢は、とんでもないものだと思う。
しかも彼は作曲の仕方などを、さらりと作ってしまうタイプではない。
没頭の末にようやく生み出す、圧倒的な執念がその曲に詰まっている。
いつかそのうち死んでしまうのではないか。
俊がそう思うような現代のミュージシャンは、徳島ぐらいである。
ゴートも白雪も、コンポーザーとしては俊よりも上だ。
特に白雪はあの曲を、MNRには合わないというだけの理由で、しっかりと封印していたのだ。
もちろんノイズならメンバーが多いということもあるが、俊ならば絶対に公開していた。
それを死蔵させておくあたり、白雪も天才性が高いと言おうか。
ゴートも前のバンドから、いくつもの代表曲と呼べるものを生み出した。
俊はそういうコンポーザーにはなりえない。
ただ分析した上で、必要とされるようなものは、しっかりと生み出していく。
そのあたり時代性に合わせて売れた、父親に似ているのかもしれない。
本人もそれを自覚しているのが救いだ。
ほんの一時的に天下を取りながらも、音楽の歴史の上ではほとんど意味がないような、アイドルなどの歌。
俊はそういったものも、すぐに作ることが出来た。
おそらくゴートや白雪であれば、そういった依頼自体を受けないであろう。
もしくは高度なものをそのまま渡すか、簡単なものとするのに非常に悩むか。
俊の持っている能力は、本当に使い勝手がいいのだ。
打率がかなり高い上に、時折ちゃんとホームランも打ってくれる。
野球で例えるならば、そういうタイプのバッターだろう。
基本的にミュージシャンというかコンポーザーは、全てホームラン狙いである。
そしてホームランのなり損ないが、ヒットというぐらいで。
最初から無難な曲の、数を求められる人間もいる。
実際にBGMとして使うならば、むしろ音楽が主張しすぎていない方がよかったりもするのだ。
ただ本物なアーティストというのは、状況に応じた曲を、しっかりと作っていくべきであろう。
俊などは器用に、そういったムードの音楽は作ってしまえる。
ボカロPであった俊は、平均点の曲はいくらでも作れる、という自信があった。
適当にBGM程度として使うには、都合がいいものだ。
引き出しの大きさだけならば、俊は相当のものがある。
もっともゴートや白雪が評価するのは、むしろ作詞の能力であったりするのだが。
ただ俊は歌詞の作成には、ボーカルの意見を相当に盛り込んでいる。
バランス感覚がいいというか、他人の意見を取捨選択する能力に長けている。
元になるような原曲を、まずはボカロPのサーフェスとして発表してみる。
それが好評であるようなら、そのタイプの曲をブラッシュアップしていく。
もちろん最初から、メンバーに聞かせてみることもある。
ただボカロ曲として受けるのと、売れるぐらいに受けるのとは、ちょっと違うのだ。
ボカロ曲はネタ曲が、しっかりと回転したりする。
だがそれが一般層まで受けるかというと、ちょっと難しい。
ボカロ曲はネタ曲であっても、それなりに需要があったりする。
MADが作られたりもするし、ゲームの中に取り入れられたりもする。
だがやはり一般層にまで届かなければ、金になっていかないのだ。
その一般層自体が、もう金をたくさん出して、音楽というコンテンツに使う時代ではなくなっているのかもしれないが。
中国などの海賊版に比べれば、日本はまだしもまともである。
しかしアメリカなどの方がさらに、こういう権利ビジネスには厳しい。
俊としてはやはり、アメリカを一度通してから、アジアやヨーロッパに届けるべきだと思っているのだ。
大きなパイを取りにいかなければ、日本の市場だけでは限界がある。
今の日本の音楽市場は、そもそもアメリカをはじめとする洋楽を、あまり必要としていないのだが。
俊は自分自身がボカロPとしてそこそこ活躍したため、ボカロ曲を過剰に評価しているかな、と思わないでもない。
だが実際にボカロP出身のコンポーザーは、いまやあちこちに溢れている。
もっともどのボカロPがメジャーレーベルのメジャーシーンで売れるのか、それはまた別の話だが。
有名ボカロPであっても、楽曲提供などをしていない者はいる。
それは純粋に、実力が足りないというわけでもない。
ボーカロイドを使うならば、おおよその曲は歌わせることが出来る。
しかし実在の人間の喉には、限界というものがあるのだ。
TOKIWAはそういったあたり、ちゃんと人間に合わせるのが上手かった。
だからこそ今、人気のコンポーザーになっている。
徳島は妥協をするのが難しい性格をしていた。
だからこそツインボーカルのユニットで、彼の曲を歌うことが可能になったわけだ。
もっともライブになると、まだメッキがはがれるところであるが。
ノイズの場合もツインボーカルだが、楽曲を月子が歌えないから、という理由ではない。
月子と千歳が合わさった時に、さらに大きな可能性の扉が見えた。
千歳をあんな段階でノイズに加入させたのは、俊の気まぐれなどではない。
ノイズの完成形への道を、千歳が加わることで見せてくれたため、彼女をラストピースとして入れた。
そんな千歳が大阪での公演では、上手くフォローしてくれた。
暁は基本的に、ギターを弾く時間がものすごく長いため、弦をしょっちゅう張り替えている。
それはもう消耗品であるのだから、当たり前のことではある。
今回のツアーも出発の三日前に、新しい弦に張り替えていた。
普通ならばそんな短時間で、弦の寿命が来るはずもない。
しかし大阪での公演の演奏中、実際に切れてしまったのだ。
暁はレフティであるために、他の人間のギターをすぐ、借りて弾くなどということは出来ない。
そのためライブの時はほとんど、サブのギターも持ってきている。
だが今まではそれが、本当に必要になる時はなかった。
なので対応するのには、わずかな乱れが発生する。
本来の出したい音ではないのだ。
もちろん弦が一本切れても、どうにかなるのがギターという楽器だ。
イメージとわずかにずれるが、ライブの中ではそれもあまり関係ない。
ただ演奏する暁の内面に、影響があるのだ。
レスポールがこれまで、頑丈すぎたと言ってもいいだろうか。
愛機以外のギターを使う必要が、初めて出てきた。
俊は暁の技術なら、余裕で弾けるだろうという計算で、曲を作っている。
だが弦が一本切れてしまえば、それだけ使う音階を弾くのに、余計な手順がかかる。
それでもピックアップや電装が壊れてしまうよりは、はるかにマシなのであろうが。
MCでつないでいる間に、サブのレスポールタイプを手にする。
今回持ってきているのは、オーダーメイドで作ってもらった、レスポールタイプのワンオフだ。
ピックアップや電装を変更して、愛機と同じような音が出るように制作されている。
ただ本来の暁のギターの、わざと不安定になりかけている部分が、このギターにはない。
ノイズを徹底的に排したギターは、確かに精密ではある。
だがその歪んだところに、ギターの表現するライブ感はあるのだ。
こういうギターはMNRの紫苑が好きなのだ。
彼女は基本的に、譜面に完全に忠実に弾く。
その中でどこをどれだけ歪ませたりしていくか、スタジオでの練習で相談していた。
おそらくはどんなバンドとでも、一発である程度は合わせていけることが出来る。
しかし本当にその魅力を出すには、かなりの時間が必要になるのだ。
別に珍しいことではなく、暁も同じことが出来る。
慣れたギターに比べると、どうしてもやや音が弱く遅くなる。
それは本当に、レコーディングスタジオで聴くような場合でもなければ、気づかないようなものだが。
しかしノイズのメンバーは気づいている。
そしてリズム隊は上手くテンポを落として、千歳がギターの音を大きくした。
本来ならばやらないことだ。
だが今は、暁のリードギターとしての役割を、やや軽めにしている。
演奏のバランスがこれで、上手く機能することになった。
俊としてもこれで、今日は最後まで流すしかないと判断する。
暁が足手まといになるというのは、ちょっとない状況である。
もちろん走りすぎて、リズム隊が必死で止めることなどは、今までもたくさんあったが。
おそらく聴いている方は、そんな状況にも気づいていないであろう。
既に熱狂に支配されているハコの中では、勢いだけで最後まで突っ走るしかない。
そして数曲の後には、暁も吹っ切れた。
普段のレスポールとは違うが、かなり重量なども近くした、レスポールタイプであることは間違いない。
それでもギターというのは、アコギだけではなくソリッドのエレキギターでも、あちこちの違いで音が変化する。
調整はアンプやエフェクターで行っているが、そのわずかな設定を暁は、MCの合間に感覚で変更する。
そんなことをやっていて、逆に音が外れていく可能性の方が高いだろうが。
大丈夫なのか、と他のメンバーは考える。
暁は間違いなく天才であるが、どこをどうやったら音作りが上手くいくかは、経験と何度もの調整が必要となる。
そしてやっぱり大丈夫ではなかった。
暁のギターは次の曲、これまで以上に大きく弾けていた。
パワーが断然違う。
正確さよりもフィーリングで、空気を変えていく。
お前らが合わせろ、と言っているようなものだ。
そしてボーカルもリズム隊も、やってやるぜと合わせていく。
一番大変なのは、打ち込みを調整しながら、同時にシンセサイザーも扱う俊である。
ただこのメンバーでライブをするのは、もう100回を優に超える。
またスタジオでの練習は、それよりもはるかに多い。
お互いのことが、演奏していれば全て分かるのだ。
だから俊に対しても、これぐらいなら出来るだろう、という考えであるのだ。
(期待が重い!)
まったくもって、やりすぎであろう。
破綻しかけの演奏であるが、それだけに暁のギターは破壊力が高い。
それについていっているメンバーも、やはり合わせる力はあるのだ。
単純にライブの空気だけなら、この破綻しかけた雰囲気の方が、むしろ面白いであろう。
はっきり言ってしまえば暴走だ。
極めてぎりぎりのバランスの上で、これは成立している。
しかし、テンポの遅くなるバラードまでは、これでやりきった。
ようやく俊は落ち着いて、演奏を行うことが出来る。
暁もわずかだがペグを操作し、分かりやすく音を歪ませることにする。
これ以上付き合ってもらわなくても、今のギターの状態がどんなものか、ここまでの演奏で把握した。
アルペジオの多い楽曲。
一つ一つの音を、しっかりと聴かせていくリードギター。
おおよそギタリストの中でも、リードギターはナルシストが多いという。
ただ暁の場合は、過去のギタリストたちのコピーをするのに、熱心であった年頃がある。
おおよそのギタリストにとっては、誰かがその元であるのだ。
暁の場合は父親の影響が大きいが、それでも他のギタリストも影響している。
ちなみにジミヘンの影響はあまりない。
直接的な影響は、と言うべきであるかもしれないが。
そもそも当時のギタリストの全てが、ジミヘンの影響を受けたと言った方がいい。
そこからさらに影響が拡散していったのだから、あえてジミヘンに遡る必要はあまりないのだ。
パープル・ヘイズなどはカバーしたことはあるが。
もっともストラトを使っていたジミヘンなので、完全なコピーなど出来ようはずもない。
どうにか大阪でのステージは終わった。
アンコール後に楽屋に戻ってきて、ぐったりと座り込むメンバー。
「疲れた……」
そう言ったのは必死でリズムキープをし続けた、栄二であった。
「まさか弦が切れるとはな。そんなに前じゃなかっただろ?」
「ツアーの三日前に張り替えたから、まさか切れるとは思わなかった」
「ピックが原因か?」
「それは普段の五円玉を使ってたんだけど」
弦が切れてしまうというのは、管理の問題である。
だが暁はそれに対して、しっかりと対処をしていたのだ。
むしろ信吾の爪が割れたとか、千歳のピックが割れたとか、そういったトラブルの方がずっと多い。
これまでライブ中に、切れなかった方がおかしいぐらいであるのだ。
反省する問題ではなく、原因を調査するのが重要だ。
ただ普段よりも違う脳を使ったので、疲労しているのは確かであるが。
「まあ弦も、たまには外れがあるか」
俊としてはそれで納得するしかない。
コインは金属製であるので、そこが原因である場合もないではない。
しかし暁はちゃんと、わずかに磨耗しているコインを使っているのだ。
ここはブライアン・メイリスペクトであるのだが、単純にピックを使うよりも、コインを使った方が安くつく、という理由もある。
実際にプラ製のピックなどを使っていれば、もっと頻繁に割れていたであろう。
ピックにはいろいろなものを使う人間がいる。
もちろん自分の指でも、弾く人間は多いのだ。
ただ弦が切れるよりは、ピックが壊れてしまった方が、すぐに交換は利く。
今後はどうするか、考える必要もあるかもしれない。
暁としては慣れたコインを、ピックに変更するのも悩ましいのだが。
替えの弦は当然ながら、持ってきている暁である。
ここでさっさと張り替えてしまって、あとは明日のリハなどで調整していく。
神戸で行われるコンサートも、同じ規模のハコで行われれる。
それで関西遠征は終了である。
通常の大型ツアーなどでは、週末などに間隔を空けて行われる。
今回の場合はゴールデンウィークを使っているので、仕方のないところではあるが。
今年の予定は夏までは、ほぼ埋まってしまっている。
そして来年からは本格的に、忙しくなってくるだろう。
もっとも今年にしても、色々とやらなければいけないことはある。
飛躍の年の後に、爆発の年がやってきた。
そして今年は去年から残っていた課題や、千歳の問題を優先している。
ゴールデンウィークまでは上手く動けないと、それは分かっていたのだ。
ちゃんと計画立ててあるのは、夏のフェスまで。
秋からの動きはまだ、暫定的なものである。
俊としてはこの間に、しっかりと新曲を作っていきたい。
またタイアップの依頼も、さらにやってきている。
こういった指名の依頼は基本的に、全て断りたくはない。
だが練習とライブをすればいい他のメンバーと違い、俊は作曲と作詞がある。
本当にもう、人間の限界に近い仕事量になるのではないか。
ただ徳島などは、依頼の有無に関わらず、ずっと同じような生活をしているらしい。
もっとも彼はコンポーザーであって、ステージの上で演奏する人間ではない。
いずれは他のミュージシャンに対して、歌えると思ったなら提供もしていくのかもしれない。
俊はとにかく、ノイズで出来ることをやっていくのみだ。
他のメンバーは遊ぶなり学ぶなりヘルプに入るなり、好きにやっていけばいい。
だが俊は自分の人生を、ほぼほぼ音楽に捧げている。
もっともずっと音楽に向かい合っているだけで、どうにかなるというものでもない。
他のところからの刺激によって、音楽に伝わるという可能性はある。
本を読むのでもいいが、俊は古い映画や最近のアニメなど、このあたりが脳を刺激してくれる。
映画でも最近の洋画は、ほとんどが外れなので見ることがなくなってきている。
アニメにしても千歳は薦めるが、俊としては20話や30話以上もあるという作品は、なかなか見れるものではない。
まず12話ほどで終わってくれて、次のシーズンが作られるという作品であれば、なんとなく納得もするのだが。
しかし昨今の大ヒット作というのは、24話から26話で終わるというパターンが多いか。
ただ原作つきかアニメオリジナルによってかで、それも傾向は変わる。
今はほとんど、オリジナルで2クールを作れるというのはない。
また一年を通してのアニメなど、プリキュアぐらいしかないではないか。
このあたり千歳も、昔のアニメは今と全く、事情が違ったと言って来る。
重要なのはスポンサーの存在だ。
初代ヤマトや初代ガンダムでも、実は打ち切りであったという。
ちょっと今の人間が聞けば、意味が分からないであろう。
対してマジンガーZは、相当に長く続いている。
俊からしてみるとその時代の作品は、水戸黄門や暴れん坊将軍を見ているような、一話の流れが完全に同じであったりする。
プリキュアだろうが、その前のセーラームーンであろうが、本当に転機となる話以外は、同じパターンで一話が作られていくのだ。
オリジナルアニメであっても、ロボット物は絶対に、ロボットを出さないといけない。
おもちゃメーカーがスポンサーであったからだ。
しかし評判が良かったにもかかわらず、打ち切りになっている作品もあったりする。
そういった意味不明の時代に比べると、今のアニメは背景もしっかり分かるのだ。
神戸のライブは、しっかりと暁が元の音を取り戻せるか。
だが昔のような、走った演奏についていったのも、悪くはなかった。
東京に戻れば、また作曲と作詞に専念する日々が再開する。
ただ何か新しい要素がほしいな、と俊も思ってはいるのだ。
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