第二部 序章 レコーディング
第261話 潮流
音楽には時代性がある。
昔から舶来品をありがたがる日本においては、音楽だけではなく多くの文化、特に欧米からのものが、好まれて受け入れられてきた。
ただこの舶来信仰は、最近ではあまり見られなくなったと思える。
理由としてはやはり、いいところばかりではないと、はっきり分かってきたからであろう。
ネットは文化の障壁を破壊した。
アメリカだけではなくヨーロッパも、その文化を拾っていくだけならば、ネットでかなりのことが可能になった。
そして音楽を他にではなく、己のルーツに求めることになる。
このルーツというのは日本人としてのルーツではなく、最も日本で音楽が盛んであった90年代ということになるだろうか。
80年代後半あたりから、日本人のポップスは独自のものになっていったのだが。
そして2000年代初頭で、それは一度完成したとも言えるだろう。
その時期あたりから、CDが売れなくなった時代になったのが、痛かったとは言える。
海賊版だけではなく、CDコピーが普通にパソコンで出来るようになった時代だ。
そんな状況の中でも、アイドルなどの特典商法は、かなりの売上を残している。
今もそれはそこそこ続いており、CDショップの売上の話をするなら、これらのCDのおかげで、どうにか存続していると言ってもいい。
だが今はサブスクが主流で、レンタルショップも次々と潰れていっている。
そんな中でもノイズは、CDのフィジカルにこだわっていたりする。
ライナーノーツなども含めて、デザインで売ろうという作業。
ただ大御所などに頼むのではなく、毎度イメージは色々と変えて注文している。
有名デザイナーを使うのではなく、無名のデザイナーの発掘をする。
このあたり俊は、自分に才能はないと言っても、才能を見極める才能はあったりするのだ。
年末のドームでは、物販も良く売れたものだ。
そして年が明けてしばらくは、果てしなき流れの果てに、のマスターレコーディングに時間が取られた。
ここでのミックス作業は、ゴートと白雪の注文を受けながら、俊が必死で行ったものだ。
全くこちらに任せているのに、注文がうるさいのである。
もっともこれで楽曲の、原盤権利を俊がもらうことになってしまったが。
おおよそ二ヶ月間、この一曲の作業に費やした。
MVも作成してもらったのだが、これはアニメーションMVを注文している。
せっかくのメンバーであるのだから、実写の方がいいだろうとも思ったのだが、顔出しをしていないのがいるため、ならばアニメーションとなったのだ。
そしてこれはYourtubeに流れることとなる。
世界中でPVが回っていくようになるのだが、それはまだ少しだけ後の話。
今年の春は千歳の大学入学と、それに伴った行事があるため、ややノイズは活動を小さくしている。
千歳としても春休みには、無事に大学進学を決めた友人たちと、あちこちに遊びに行ったりしているのだ。
もっともそれでもしっかりと、1000人規模のハコにおいて、ワンマンライブはやっていたりする。
そんな千歳が遊んでいる間に、俊は現在の状況について、しっかりと確認をしなおしていた。
四月から始まった期待のアニメとのタイアップで、ノイズの認知度はさらに上がっていた。
また果てしなき流れの果てにのMVも、ものすごい勢いで回転しつつある。
レコーディングによってしっかりと、アルバムの音源は作成が完了した。
俊はノイズの新アルバムに、この二曲を入れる予定である。
それにしても、と俊は思うのだ。
彼が子供の頃と比べても、圧倒的にCDは売れていない。
昔はまだしも特典商法があったとは思う。
だが今はそれすらも、少なくなってきている。
巨大アイドルグループの戦略が破綻したのと同じタイミングで、さらに市場は縮んだのではないか。
もっともライブなどの人気は、むしろ上がっているとも言われている。
コンテンツ過多の時代に、ライブハウスは不足していたりする。
ネットでは楽しめない、一つ上の娯楽とでも言おうか。
ただ人間が人間性を持っている限り、五感で体験するライブというものは、絶対に人気はなくならないのではないか。
それこそ五感の全てをフォローする、VRでも作られない限りは。
ライブハウスのチケットを買って、さらにそこまで移動して、実際にライブに参加する。
そう、単純に聴くのではなく、ライブとは参加して体験するものなのだ。
金と時間に余裕のある人間に許された、贅沢な楽しみ。
これも日本人全体が貧乏になれば、なくなっていく文化なのだろうか。
貧乏にならなくても、音楽がただのBGMになってしまえば、やはり参加しようという風潮はなくなってしまうだろう。
単純に心地いいだけでは、やはり駄目なのだ。
そこに足を運ぶ価値がある、と思わせなければいけない。
ノイズは既にかなりのファンを獲得した。
しかしファンはいずれ、去ることも計算しておくべきだ。
そのために常に、新しいファンを生み出していく。
また新しい曲によって、ファンをつなぎとめておかなければいけない。
この点ではいつものノイズの音楽と、今までとは違ったノイズの音楽を、上手く交互ぐらいに発表していかなければいけない。
ファンはいつものアレ、を期待してライブに来るのかもしれない。
しかし下手にスタイルを決めて、縮小再生産をするのなら、それはアーティストとしては死んだも同然だ。
面倒なことにアーティストというのは、常に新しく生み出さなければいけない。
そういうことを考えると、新鮮な演奏をするためには、人数の多いノイズは向いている。
ツインボーカルの役割を、時には前の曲と変えることによって、イメージを変えてしまうのだ。
千歳としては四月から、ようやく大学生活。
もう働いてはいるのだが、まだアルバイト感覚が抜けない。
ただそれだけで食っていけるなら、もうミュージシャンを名乗ってもいい。
実際にインディーズではあるが、ノイズはミュージシャンに分類されるであろうし、別にインディーズで食っているのはノイズだけでもない。
(サークル活動とかもするのかな)
高校と違って大学は、時間の融通が利くはずである。
それに今こそ売り出していく時だとは、千歳も気づいているのだ。
音大というのは医大の次ぐらいに、学費が高い。
もちろん大学によって違うが、私立であると高いのは間違いない。
しかしこれを自分で出せるほど、千歳は稼いでいる。
感覚としては俊の言うとおりに色々とやって、それで金を貰っている感じなのだが。
自分が主体的にやっているというのは、あのカバーをやりたいと言う時であろうか。
ノイズはカバーバンド、などとも言われているのだ。
今度のアルバムは、またカバー曲で一枚作ろうかという話になっている。
アニソンカバー第二弾である。
ただそれよりも先に作るのが、タイアップと合同曲二曲を入れたアルバム。
MV自体もそれに合わせて、かなりの金と労力と時間をかけて作られた。
もっともアニメタイアップの方は、昨今流行のアニメコラボのPVとなる。
OPの90秒バージョンの他に、楽曲全体バージョンもあるというわけだ。
千歳は高校時代からの付き合いを、もちろん維持してはいる。
だが音大に来た友人などというのは、ほとんどいないのである。
ただポップスを主にやっている大学なだけに、メジャーデビューしているミュージシャンや、インディーズで活躍している人間、そしてこれから活躍を夢見る人間もいる。
一応は進学校の普通科高校に通っていた千歳には、かなり新鮮な環境である。
そしてかなり、俊や暁が自分に対して、分かりやすく説明しているのに気づいた。
千歳としてはかなり、カルチャーギャップを感じる。
それでも音楽に関しては、用語自体はもちろん分かる。
ただ周囲から見れば、むしろ印象は逆であるのだ。
高校生で既に、武道館に立っていたバンドのギターボーカル。
それが同じ大学にいる。
「ノイズのトワやんな?」
一応は存在するゼミにおいて、いきなり隣に座った女子から、そう声をかけられた。
「そうだけど」
にっかりと笑う金髪の女の子は、関西弁で語りかけてくる。
「ツアーの時、見せてもらってたわ。うちも高校の時、バンドやってたんよ」
実は微妙に京都弁も混じっているのだが、それは千歳には分からなかった。
「バンドのために上京してきたの?」
「そういうわけやないことにしとかんと、上京なんてさせてもらえへんからね」
見た目はピアス穴をたくさん開けたり、化粧が濃かったりと、典型的なヤンキー系な外見である。
「ノイズの選曲ってめちゃくちゃやけど、それがおもろいねんな。あれってリーダーが決めてるん?」
「いや、だいたいあたしかアキ……アッシュが無茶言って、それにしぶしぶ頷くっていう場合が多いけど」
「アッシュって古い洋楽好きやんな。そういえばトワも本名じゃないんやろ?」
「ああ」
そう言えば、最近はほんの仲間内以外では、トワと呼ばれるのが多くなっていたものだ。
千歳は気づいていないが、このゼミの中でもかなり目立っている。
この大学は音大ではあるが、芸術系の大学として、美術関連のことなども学ぶのである。
そんな中に既に、トップレベルのバンドのメンバーが新入生として混じっているということ。
俺TSUEEE展開が始まってしまうのかもしれない。
「香坂千歳。べつにトワでもいいけど、ちーとか千歳でもいいよ」
「うちは前田珠子。バンドではシュリって名乗ってたけど」
どうにか新しい環境で、ぼっちにはならなくて済みそうな千歳である。
音大といっても様々な形態がある。
この大学は基本的に、現代音楽を学ぶようなところなのだ。
一般的には音大というと、クラシックのイメージが強いであろう。
ただアメリカにしても、クラシックならジュリアード、ジャズならバークリーなどといった感じで、ちゃんと分かれてはいるのだ。
昨今のアメリカの音楽が、ヒップホップかR&B以外、さらに言うならロックが大きく流行らない理由。
それはロックの理論化にあるのでは、などと俊は言ったりしたものだ。
この大学では入学早々に、大学祭がある。
学科が一応作曲をやるところだけに、まずはゼミ内でバンドを組んで、オリジナルをやってみようという祭りがあるのだ。
大学のサークルとして軽音学があるのではなく、ゼミの内容としてまずバンドというのがある。
もちろん掛け持ちも自由、ということになっている。
サークル活動については、あまり出来そうにないが、所属ぐらいはしておくか、というのが千歳の考えであった。
だがゼミの一環として、いきなりバンドを組もうというのは新鮮だ。
俊から話は聞いていたが、五月のゴールデンウィーク前に、既にそれが行われる。
しかし既にメジャーシーンおトップに立つ千歳が、わざわざそれに参加する。
なんかやっちゃいましたか、という展開が期待されているのだろうか。
もっとも演奏出来る楽器が、それぞれ分かれているはずもない。
特にドラムなどは、複数のバンドを兼任することになる。
現代音楽、つまりはポップスなわけであるが、日本のポップスはロックも含まれている。
いわゆるジャンルとしては、J-ポップで一まとめになっているのだ。
強引なまとめ方ではあるが、実際に合っているな、と千歳も思うのだ。
そんな千歳には自然と、組まないかという声がかけられる。
ただ千歳はボーカルとしてはともかく、ギタリストとしてはそこまで、傑出した存在ではない。
この大学の学生の中にも、単純に技術であるなら、千歳よりも上手い人間はいるだろう。
「うちと組まへん?」
「いいよ」
千歳としては、学内のバンド活動というのは、あくまでもついでのようなもの。
本気でやる音楽は、ノイズの音楽であるのだ。
ただ気楽にやる音楽というのも、悪くはないだろう。
別にノイズでやる音楽が、真剣すぎるというものでもなかったが。
シュリはギターを弾くが、ピアノも弾けるという、外見とはちょっと違うバックボーンを持っていた。
そもそもがピアノをずっとやっていて、ギターは中学からなのだという。
バンドをやるならばドラムとベースはやはりいるだろうか。
打ち込みでどうにか出来なくはないが、それではバンドを組む意味がない。
だがシュリが積極的であったというだけで、他にも千歳と絡みたがっている人間は、たくさんいるのだ。
そこに打算などがないわけではないが、千歳としてはそれに気づかない。
ノイズの中でも一番、音楽業界に擦れていないのが千歳である。
また月子などであれば、そもそもコミュニケーションを取るところから難しかったであろう。
千歳はギターボーカルかボーカルをやって、シュリがギター。
そしてドラムとベースは、普通に男子が立候補してきた。
千歳と組みたがる者が多かったので、競争になってしまったりする。
(モテてる!?)
勘違いであるが、完全な間違いというわけでもない。
順当に実力で選んで、とりあえず四人組ということになった。
「ちゃんとこっちの活動の方を優先するとは言ったのか?」
俊の確認に、千歳も頷く。
「もちろん。俊さんはあたしのことをまだ、何も分かってない高校生に思ってるんじゃない?」
そんなことを言ってはいるが、俊としては心配もあるのだ。
「まあ俺も臨時講師とか助手で入るから、そこは頼ってくれてもいいんだが」
「あ、そういえば練習するスタジオって、俊さんはここを使ってたの?」
「いや、ここにはノイズメンバー以外は呼んでない。基本的に大学のスタジオと、金を出し合ってレッスンスタジオを借りてたな」
ただそこまで真剣にするほど、大学のバンドには力を入れていなかった。
俊としては気になるのは、千歳の交友関係だ。
さらに言えば男子との、交友関係が特に気になる。
男にのぼせ上がって、それで音楽への比重が軽くなっては、音大に進学した意味がない。
千歳にはとにかく、音楽の土台をもっと、身につけてほしいのだ。
「けど音大って、本当に上手い人が来るもんなんだね」
「あたしみたいなギターっていた?」
「アキみたいなのがいるわけないじゃん」
そうは言うが千歳としては、高校までの軽音部に比べれば、圧倒的にレベルが違うと思うのだ。
一年上にいた、三橋京子は別格と思っていたが、あのレベルが普通にいるのが音大である。
この春、ノイズは千歳の入学などの関係で、大きな活動が出来なかった。
だがゴールデンウィークには、また大きなハコでのコンサートが控えている。
現在アニメで流れている、新曲も演奏されるのだ。
他にも新曲を、色々と用意したコンサートになる。
今年のコンサートの予定は、既にかなりの部分が入っている。
特に夏場は、フェスが二つにアリーナのコンサートが二日間。
そちらは一万人単位のものであり、1000人単位ならもっと多くやっていく。
残念ながら武道館は、今年が不可能だ。
そもそも去年は、彩の譲ってくれた枠、というものであったのだから。
ただ武道館コンサートは、バンドとしての格を落とさないために、毎年やっていけないだろうか。
そうは思うがこの規模であると、レンタル料金の安さもあって、随分先まで予定が埋まっているのだ。
逆に各地のドームなどは、動員数がそこまで大きなミュージシャンは少ないため、それなりに取れたりもする。
今年の夏はフェスと、一万人規模のアリーナというので、埋まったと思ってもいい。
またこれはライブではないが、またタイアップの仕事が入ってきている。
これまでの実績からして、ノイズならば大丈夫と思って、レコード会社がプッシュした結果である。
他にも推したいミュージシャンはいるのだが、ここのところのタイアップは、また傾向が変化してきている。
推したいミュージシャンを無理にタイアップさせても、上手くフィットしない場合が多いのだ。
それに比べるとノイズは、その演奏の幅が広い。
イメージに合った曲を作ってきて、確実に売れてくれる。
そういったミュージシャンを、レコード会社は当然ながら推す。
ノイズの場合は契約が、やや面倒というものはあるが、それを片付けるのは現場の仕事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます