第259話 行く年
東京ドームでのコンサートは、大盛況のうちに終わった。
全てを出し尽くした、と言えるようなコンサートであった。
その上でまだ、演奏している側には、不満が残っていたりもした。
「まだ改良の余地があった」
俊が言うのは、果てしなき流れの果てに、の件である。
彼自身が一番、アレンジに手をかけていた。
だからこそ、ポテンシャルがまだあった、と思えるのだ。
他の新曲は、それぞれのバンドのものである。
たとえばノイズの新曲「君の名を呼べば」などは新しく作られたアルバムの中に入っている。
しかし、果てしなき流れの果てに、はそれぞれのバンドが収録自由という条件で契約されているが、レコーディングは終わっていない。
そんな暇があれば、ぎりぎりまで合わせる時間が必要だったのだ。
年明けにまた集まって、マスター版を作ろうという話にはなった。
年末はまだ、フェスがあったり紅白があったりする。
MNRは今年、レコード大賞にノミネートされている。
永劫回帰がされていないのは、スポンサーなどとの都合である。
おそらくノイズは、今の方針で行く限り、絶対に取れないだろうとは言われている。
もっとも俊はそんなもの、どうでもいいと思っているが。
ノイズはまず、紅白に出場してそこで歌うのだ。
曲は海外でも使われて有名になっている、霹靂の刻を歌う。
ノイズの中では数少ない、俊以外が作曲したものである。
信吾なども作曲はしているが、俊以外が作った曲の中では、圧倒的に霹靂の刻が一番であり、二番目当たりにツインバードが入ってくる。
紅白に出たいなどと言ったのは、月子だけである。
千歳は多少、友人に紅白出場を祝われたりもしている。
未だに紅白は、視聴率が20%以上はある番組だ。
テレビ出演をさほど重視しないノイズと言うか俊であるが、まあ出てもいいかな、と思える程度には宣伝効果がある。
来年は早々から、マスター作成をしようと、三つのバンドと花音は話し合っている。
ストリングスに生ピアノ、そしてギターの複雑なハーモニー。
白雪の出した曲は、間違いなくキラーチューンとなる。
これを自分たちのアルバムに収録できるというだけで、ノイズも永劫回帰も得ではある。
もちろんMNRのファンは、MNRの音源で買うのだろうが。
しかしボーカルはほぼ、月子と花音で重要部分を占めている。
白雪も千歳もコーラスで入ってはいるが、基本的にはこの二人のボーカルと言ってもいいだろう。
そして花音はまだしばらく、音源を出すつもりはないらしい。
ノイズのボーカルである月子が、花音と共に歌っている。
おそらく女性のシンガーとしては、この二人が今の日本のトップ2だ。
もっとも歌手の魅力や実力というのは、単純に音階が広いとか、声量があるとか、そういうものだけであるのではない。
言ってみれば個性的な声というのが、求められるのである。
月子も花音も、透明感のある声だ。
しかし似ているようでいて、受けるイメージは大きく違う。
ボーカルとしてのイメージは、月子は千歳と上手く合うようになっている。
一応は月子がメインボーカルと、世間では認識されているノイズである。
しかし実際には、千歳が大部分を歌う曲なども、ちゃんとあるのだ。
ツインボーカルであるし、基本的にはリードギターは暁だが、曲によってはツインリードになることもある。
そんなノイズは他のバンドと比べると、圧倒的に曲が重層的になる。
打ち込みの多用と、シンセサイザーを使ったサンプラーの音。
ここに月子の三味線までもが入ってくるのであるから。
実のところ日本は、今では市場規模において、割合ではアメリカよりもずっと、ロックの割合が多い。
そのロックにしても、本当にロックなのかどうか、微妙なところもあるのだが。
ポップスの中にロックの要素が入っていて、バンドミュージックが活発。
アメリカでは絶滅とまでは言わないが、かなり少なくなっているタイプの音楽だ。
そこに三味線の音などを使ったロックがあったので、霹靂の刻は印象的に受け止められたというのはある。
年末、東京ドームでのコンサートが終わって、一日の空いた次の日には、もう紅白当日である。
これで本当に、今年が終わる。
去年も飛躍の年ではあったが、今年は爆発の年であったとでも言えるだろうか。
若手の注目株から、若手のトップにまで飛び出した。
ただし花音が、そのキャリアのスタートのさせ方に、失敗したとも言えるだろうが。
彼女はソロのシンガーでやるべきであった。
それは一緒のステージでセッションしてみて、はっきりと分かった。
なのにバンドを組んでいるというのは、やりたいからとしか理由がない。
もっともそれは花音の理由であって、アメリカからやってきたジャンヌとエイミーには、他の理由もあるのだ。
単純に彼女たちのやりたいような音楽は、今のアメリカでは求められていない。
ガールズバンドが日本に比べれば、圧倒的に少ないというのもある。
日本でもボーカルだけが女性で、他のパートは男性というバンドがある。
もしもアメリカでそれをやるなら、ソロでやれ、という話になるのだ。
もちろん女性のギタリストや、他の楽器をやる人間もいる。
ただ少数派であることは間違いないのだ。
ロック以外をやるのなら、まだしも成功の可能性はある。
だがロックをやって、女だてらに楽器もやって、となるとハードルが一気に上がるのだ。
ごく一部の例外はあるが、海外の有名バンドの中では、女性の数が少ない。
正確に言えば活躍している、女性のバンドメンバーであるが。
女優のキャリアを捨てて、音楽の世界に入ってきた、テイラー・モムセンなどの例外もいるが。
上位のバンドを見てみれば、圧倒的に男性が多い。
パワーの差、などと言う人間もいるのであろうが、別にパワーだけがロックではないだろうし、女性のドラマーもいるのだ。
そのあたりの事情を聞いてもなお、花音はソロでやるべきだったな、とは思うのだ。
あるいは完全に、彼女をボーカルに固定するか。
それでもギターとベース、ドラムで最低限の構成は出来る。
しかし彼女たちは下手にマルチプレイヤーなだけに、色々な楽器を使うことが出来る。
そのあたりがかえって、選択肢を増やしすぎて、進めない理由になっているのかもしれない。
実際にライブの時には、暁にヘルプを頼んだこともあった。
今もライブハウスで月に一度はライブをしているし、練習場所自体は問題なく確保している。
アメリカではロックが廃れてきて、逆にヨーロッパでもイギリス以外の北欧や、それこそ日本でこそロックが盛んになっている理由。
そんなものはそう簡単に、説明出来るものではない。
ただ音楽だけではなく、アートも含めたヒップホップが、主流になっているのは確かだ。
ならばロックは無理でも、R&Bではダメなのか、とも思うが。
そもそも花音の母は、ロックではなくポップスであった。
ロックも作曲したし、カントリーも作曲したし、それこそクラシックとの融合を果たした作品まで作曲した。
なお彼女が関わっていないジャンルが、まさにヒップホップであったりする。
曲の歌詞などを聞けば分かるが、ミソジニーの側面がある楽曲がそれなりに多い。
反体制や非道徳を好むストリートイメージと、女性が合わないという側面もあるのかもしれない。
別に女性のラッパーがいないというわけでもないのだが。
来年は果たしてどういう年になるのか。
ある程度の予定については、阿部によって決められている。
千歳がもう学校に行かなくてもよくなるので、かなりバンド全体の自由度が高くなる。
それこそ全国ツアーなども、企画されていると言える。
ただ新年早々は、普通に東京のライブハウスでワンマンライブを行う予定だ。
そんな未来の予定はあるが、今日の月子は緊張している。
紅白の中でも比較的、最初の方に演奏するのがノイズである。
それが理由というわけでもないが、紹介の雛壇にメンバーの姿はない。
今日のノイズはちょっと、飛び道具的なパフォーマンスをする予定である。
もっともやることは、とてもシンプルであるのだが。
月子の素顔を露にするとか、そういう話ではない。
彼女の顔は基本的に、このまま隠したままにしよう、というのが決まっているのだ。
それは月子を守るためのものでもある。
ノイズの場合は芸能人でも、音楽に特化していて、タレント要素がほとんどない。
そのためさほど、危険性はないとも思われている。
実際のところは、そう甘いものでもないとは思うのだが。
紅白の舞台というのは、普段は接しないジャンルの人間と、接触する機会でもある。
何組か登場しているアイドルユニットがあって、月子はそちらを意識していた。
考えてみれば彼女は、最初はアイドルを目指していたわけである。
フェスにおいてもアイドルグループを、かなり追いかけて見ていた。
ただ俊が思うにアイドルというのは、音楽の中でもその主体が、コストパフォーマンスが悪いなと思っている。
別にアイドルを馬鹿にしているわけではなく、歌も歌ってダンスも踊ってと、むしろバンドよりも大変では、と思うのだ。
月子はかなり激しい振り付けをしながらでも、普通に歌えてしまうが、それはメイプルカラー時代のダンスが活かされているからか。
ステップを踏むところなど、一人だけドレスを着ながらでも、器用にこなしてしまうところがある。
体を動かすだけであれば、それほどのハンデはない。
ただアイドルグループの本気のダンスメンバーなどは、相当にダンスにキレがある。
「アイドルなあ……」
俊としてはアイドル自体には、別に嫌悪感を抱いたりはしない。
ただ巨大アイドルグループの売り方については、かなり文句を言いたいところはある。
今の地下アイドルなどは、むしろ大変だなと気の毒にも思う。
もっと正統派のアイドルが出てくればとも思うが、今でもいないわけではないのだ。
昭和の時代であると、アイドルの歌であっても、年の代表曲になったりした。
その年の売上の一位から三位までを、一つのアイドルグループで占めてしまったという年まである。
別にそれでもいいだろう、と俊は思う。
アイドルの時代というのは確かにあって、そしてそれは波こそあっても、ずっと続いていたのだ。
ただし巨大アイドルグループの時代は、明らかにアイドル業界のパイを歪に食い尽くしていった。
あれでアイドルという存在が、その価値を落としてしまったことは、間違いないと言える。
ノイズの前にはアイドルグループが、何組か登場する。
ちなみにノイズは男女の比率が半分ずつであるが、一応は紅組なのである。
なぜかというと、ボーカルとリードギターが女性であるからだ。
作曲と作詞をやっているのは俊でも、ステージでのパフォーマンスにそれは見えない。
やはりボーカルはバンドの顔であり、そしてロックではギターが楽器の王様なのだ。
今日の月子の仮面は、いつもとは違うものである。
そしてドレスアップの方向性も、普段とは真逆と言おうか。
そのため月子が月子であると気づくには、周囲の人間を見ないと分からない。
「いつも通りで楽そう」
そう暁と千歳には言うが、こういった大舞台でさえも普段の衣装と変わらないというのは、むしろ緊張するものなのだ。
バンドTにダメージジーンズの暁と、カジュアルな千歳。
もっとも完全に普段着というわけではなく、この舞台用のカジュアルを用意してきた。
そのためこの衣装は、経費として計上する予定である。
なお暁の場合も実は、ジーンズはともかくバンドTシャツの方は、経費で買っている。
なので自分の趣味に任せて、Tシャツをコレクションしていたりするが。
男衆の場合、完全に普段から来ているジャケットなどのため、経費扱いには出来ない。
このあたりを下手に経費に計上すると、税務調査が入った時にうるさく言われてしまう。
式典、ライブ、このあたりにだけ使っていると、ちゃんと経費で通るのだが。
普段使いの服まで経費にすると、これは経費で落ちません、となるのだ。
もっとも芸能人に、本当に外出する時でも私用などが、それほどあるとも言えないのだが。
ステージ衣装はしっかり経費に出来るので、そのあたりアイドルはありがたいのかもしれない。
ただアイドルのステージ衣装など、普段使いは出来ないものばかりであろうが。
待機している状況で、俊はモニターで紅白が進行しているのを見ていた。
かつては50%以上の視聴率を記録していた、オバケ番組。
だが今ではもう、全盛期の趣はない。
ただ20%でも視聴率が取れていえば、それだけでも立派なことだと言えるのだろうが。
実はこのチャンネルで、ドーム公演の裏側、などといった番組制作をすることを、ノイズや他のバンド、そして花音は持ちかけられている。
視聴率など気にしなくてもいい局なのだが、それでも昨今は色々とうるさく言われる。
ネットが発達したことにより、テレビのない家庭というのも増えている。
元々高額の視聴料の割りに、合わない番組内容などとは言われているのだ。
確かに給料がとても高い、というのは本当のことなのだろう。
また制作している番組や、放送している番組に、その価値があるかは非常に疑問である。
俊としては別に、協力しても構わないのだ。
ノイズはなんだかんだ言いながら、これまで大きくメディアで取り上げられたことがない。
もちろん音楽に少しでも関心があれば、ポピュラー音楽としては誰もが知っている程度の知名度にはなっている。
しかしキャリアのある永劫回帰や、売り出し方が大々的であったMNR、そして鮮烈なデビューであった花音には比べられない。
ただ花音にしても、デビューと年末のドーム公演以外は、配信ばかりをしている。
フラワーフェスタの活動とつなげていないので、おそらく当初の予定よりは、知名度が上がっていないのである。
ならば日本のどこでも見られるチャンネルで、30分ほどの番組でも流してもらえば、大きな宣伝の価値はある。
ただそれはノイズだけではなく、永劫回帰やMNRも同意しなければ、作れない番組であるのだ。
もっとも一番得をするのは、花音であるのかもしれない。
花音とフラワーフェスタは、活動が切り離されている。
そしてフラワーフェスタは、かなりライブでは人気があるのだが、まだ大きな展開は出来ていない。
ALEXレコードはかなりの金をかけて、メンバーオーディションなどもやってみた。
しかしそこから生まれたのは、フラワーフェスタの新メンバーではなく、もう一つのガールズバンドであったりする。
あちらはあちらで、金をかけて集めたメンバーだけあって、それなりに売ろうとはしている。
ただかけた金を回収するので手一杯かな、などと俊は計算している。
楽器は弾けても、ソングライトが出来なければ、やはり音楽で食っていくのは苦しいのだ。
俊が他のメンバーにそう言うのは、将来にまで責任を持てないからである。
リーダーとして成功させることは心がけていたし、この時点で充分に成功とは言えるだろう。
だが一生を食っていくことを考えるなら、まだまだ足りないのだ。
芸能界で稼いだ金で、店などを出す人間はいる。
別にそれは、道楽でやっているわけではない。
飲食などは生存率が低いと、分かってはいるはずだ。
それでも芸能界に比べれば、ずっとマシなのでこれをやる、という人間は多い。
芸能界の生存競争で勝ったのだから、飲食でも勝てるだろうという甘い思い込みだ。
金を稼ぐというのは、本当に難しいのだ。
だが俊としても確かに、音楽で金を稼ぐのには、限界があるのではと思うことがある。
それは音楽の限界ではなく、自分の限界だ。
コンポーザーとしては、常に誰かから刺激を受けなければ、新しく曲を生み出せない。
そしてその新曲には、なんらかの影響が見えている。
もちろんそれはそれで、悪いことではない。
新しい色の曲を、どんどんと生み出していっているのだから。
しかし真の意味でのノイズの音楽というのは、なかなか生み出せるものではない。
ノイズの音楽はむしろ、節操がないところに特徴がある。
面白いと思ったものを、そのままにやってしまう。
これをどう捉えるかが、世間での評価につながるのだ。
この紅白で演奏される霹靂の刻は、ある意味では一番ノイズらしい音楽と言えるだろう。
俊の持っているあらゆる分野の音楽の技術で、民謡と三味線から発生した月子の曲を、ポップスに寄せていっている。
それが新しいブルースとなって、またロックともなって、アメリカ人にまで届いたのだ。
これを皮切りにノイズの音楽は、あちらでもかなり聴かれてはいる。
ただMVなどをもっと増やさなければ、安定した収入にはならない。
アメリカでもかつてに比べれば、一曲の大ヒットで食いつないでいく、というのが難しくなっている。
五万を埋めていたミュージシャンも、ロックの分野ではほぼいない。
二万を埋めれば凄いことで、むしろ海外のフェスやコンサートで稼いでいるという実情がある。
日本のポップスであるならば、5000ぐらいは埋めるのがトップアーティストだ。
永劫回帰もアメリカで、それなりにツアーをして成功したからこそ、今の日本での人気があるとも言える。
紅白は国内での評価につながる。
同じように海外で評価されて、日本での評価も上がる、ということは珍しくない。
来年の後半は、そのルートを辿ってみるべきか。
紅白の舞台に待機しながらも、俊は全くそれにプレッシャーなど感じず、ノイズの来年のことを考えていたのであった。
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