第252話 テーマ

 千歳の学園祭が終わり、年末のノイズ用の新曲も完成し、ある程度の用事が片付いていく。

 そのような状況で俊が、一番まだ考えなくてはいけないこと。

 それは年末イベントの合同楽曲である。

 ボーカルもパートごとの楽器も、相当数がいる。

 なので複雑で重厚な曲を、やることが出来るのだ。


 いっそのこと混声合唱のように、ボーカルをバラバラに使ってみるか。

 そんな曲について考える前に、その曲のテーマを考えなければいけない。

 今の日本において、巨大なフェスを別とすれば、トップクラスの公演となるわけだ。

 この三つのバンドは、音楽の色彩というか方向性は、ある程度似通った部分がある。

 実際にある程度、ファンがかぶっていたりはするのだ。


 それぞれのバンドが、新たな楽曲を発表するという情報も発信。

 ノイズの場合は特に、最速でドーム会場で、ニューアルバムも販売する。

 他の二つのバンドも、ミニアルバムは作っている。

 だが楽曲の作成スピードでは、ノイズというか俊が一番早かった。

 その質までも完全に、保証することが出来るのか。

 俊としては夏場の苦しい状態から、なんとか曲を作っている。


 自宅がスタジオであるというのは、こういう時にありがたい。

 また月子と信吾の二人が、一緒に住んでいるというにも利点である。

 その気になれば二人とも、もうそれぞれの新居に住むことが出来るだろう。

 だが月子は単純にこの環境が気に入っているし、信吾も下手に下宿を出れば、女たちに捕まる可能性がある。

 俊の家はそこに、暁までもが客室に泊り込んで、猛スピードで他の曲まで作成していた。


 ただ三つのバンドが揃って、ようやく演奏する曲はどうなのか。

 これについては公演のテーマから決めなくてはいけない。

 それに沿った楽曲というのが、絶対に必要になってくる。

 そのテーマというものが、まだ決まっていない。


 そもそも全体の演出のためには、まずそこが一番重要であるはずだ。

 これこそ企画を出したALEXレコードと、ゴートがどうにか考えなければいけなかったことのはずだ。

「そうはありえないことだから、夢のような舞台にしたいんだよね」

 ゴートはそう抽象的なことを言うが、なんと具体案がないのだ。

「私はどうでもいいよ。決まったら教えてくれれば」

 白雪はもう、完全に他人事であったりする。

「まったく億劫がって、僕らにばかり働かせるつもりなのかね」

「いや、あんたが主導で決めろよ」

 さすがにゴートに対して、俊もこう言ってしまったりする。




 ただゴートが言ったことも、分からないでもない。

 夢のような舞台というのは、確かに言えることなのだ。

 数を集めて行うフェスとは、また違ったものである。

 三日間のドーム公演、チケットはいったん完売した。

 とにかくバンドが三つも集まるという、話題性だけでも大変なものとなったのだ。

 しかもそれぞれが、フェスのメインステージで、演奏をするようなバンド。

 このイベントはもう、そのまま「イベント」と呼ばれてしまっている。


 重要なのは、ここでしか出来ないこと。

「ありえないことを起こすんだから、友情パワーとか?」

「あくまでビジネスでしょ」

 これまたゴートの夢想に対して、俊はドライである。

 白雪は口出しさえしていない。


 テーマはこの規模からすると、大きなものである必要がある。

 だが世界平和とか差別反対とか、そういう頭お花畑というのは御免被る。

 白雪はゴートが口にはしても、そんな馬鹿なことには決めないと分かっているし、俊が反対することも分かっている。

 なので心配はしていないのだ。

 そもそもMNRというバンドは、ぐいぐいと白雪がリーダーシップで牽引するバンドではないが、彼女の言葉には反対することがない。

 親世代とは言わないが、叔母世代ぐらいのイメージがあるので、そのまま任されている。


 永劫回帰はゴートのワンマンと言うよりは、ゴートが好き放題にしているバンドだ。

 他の三人は同い年で、それこそゴートに悪態をつくこともあるが、基本的にその力は信頼している。

 この二人はそれぞれ、違う形ではあるがリーダーシップを発揮している。

 バンド内最年長というのも、二人に共通していることだ。

 それに対してノイズは、男性二人がリーダーの俊よりも年長。

 また何かがあっても、俊を立てると言えばいいが、俊に任せるものが多い。


「やることが多い! しかも一人では決められない!」

 俊の思考が言葉になって、それに対してゴートはへらへらと笑う。

「まあ最悪曲さえ出来て練習できれば、それでいいしさ」

「いざとなれば全部この子のせいだし」

 ゴートのお気楽さと、白雪の責任転嫁には、ちょっと俊は共感出来ない。


 この二人はどうして、ここまで楽観的になれるのか。

 圧倒的な才能の差、というわけでもないだろう。

 バックの大きさというか、経験値の違いからであろうか。

「まあまだ四捨五入して二十歳だしね」

「若いなあ」

 ゴートは年齢も公開しているが、まだ一応20代ではある。

 ただ白雪の方は、ちょっと分からない。

 一応はヒート時代のことを考えると、35歳にはなっているとは思う。

 だが年齢不詳というか、昔から全く変わっていないようにも見えるのだ。


 アイデア募集ということで、信吾や栄二にも聞いてみる。

 しかし、そういうのはプロモーターの考えることではないか、などとも言われてしまうのだ。

 確かにこの企画は、ゴートが現実的には最高責任者とも言える。

 もちろんALEXレコードの針巣が、その上にはいてくれるはずなのだが。




 テーマがないと、象徴的な曲など作れない。

 もう時間もないと言うか、曲だけ作って終わりではないのだ。

 それぞれがどこを弾くのかなど、決めなければいけないことがたくさんある。

「ビューティーとかは?」

 永劫回帰の紅一点、ベースのロゼがそんなことを言ったりする。

 なんだか変なポーズをしているが、かなり拗らせた人間ではあるのだ。

 彼女も地方から、ゴートが発掘してきた人材だ。


 このメンバーでビューティーなど、失笑物でしかない。

「笑える。まあ小百合ならそれでいいのかもしんないけど」

「ロゼとお呼び!」

 タイガと二人で掛け合いをしているが、まあ確かに百合の花ではなく、薔薇の方が印象には近いだろう。

 基本的に明るい二人と比べると、ギターのキイは気だるげな表情をしている。

「でも実際のところ、決めないとまずいでしょ」

 永劫回帰の中では、実際に三人をまとめているのは、このキイである。


 MNRのメンバーは、白雪と同じく特に、何も言うことはないらしい。

 ならばノイズのメンバーはと言うと、月子が意外にちゃんと考えていた。

「対話、とか」

「対話かあ……」

 抽象的ではあるが、俊としては分からないでもないテーマだ。


 月子はその障害から、どうしても他人との距離感を掴むのが苦手であった。

 それが逆に歌声に乗って、オーディエンスに伝わっているという部分はある。

 言語化していない、オーディエンスのライブでの反応。

 そういったものの方が、むしろ月子には分かりやすいのだ。

 テーマとするには、悪くはないだろう。

 だが世間の情勢を考えると、ちょっと今は都合が悪いのではないか。


 人と人とのつながりは、常にあるテーマの一つである。

 まさに今こそ、対話は必要であるはずだ。

 しかし現実的にみれば、各国において対話が不可能な、移民問題などが起こっている。

 それは基本的に、外国人問題の少なかった、今の日本でさえ起きているものだ。

 音楽ならば通じる、などと思ったフェスで、死人が出たのがつい先年だ。

 現実はマクロスの世界のようにはいかないのだ。


 綺麗ごとすぎるな、というのが俊の感覚である。

 だがどこか夢のような要素も、あってほしいとも思う。

「人間をテーマとするのは、ちょっと今の時代には合わないかな」

 ゴートはそう言って、月子の意見には否定的である。

 もっとも俊も、そう思ったので推すことはない。

 ここで話し合うのは、イベントを成功に導くためのもの。

 単純にバンドメンバーの意見を通す、という近視眼的なものではいけないのだ。




 話し合いは煮詰まってきたが、これはというものが出てこない。

 だがその果てに呟いたのは、それほどこの話し合いに乗り気でなかった、白雪であった。

「時間はどう?」

「時間ねえ……」

「なるほど」

 ゴートは含んだところのある呟きを発したが、俊としては感心した。

 確かに時間というのは、いつの時代にも存在するテーマだ。

 もっともこれだけではまだ、範囲が大きすぎるであろうが。


 時間といったところで、時間の何を歌えばいいのか。

 人間にとっても自然にとっても、確かに存在するものではある。

 テーマとするには完全に、普遍的なものではある。

 いくらでも料理が出来るために、むしろ難しいのではないか。

「どんなようにでも、受け止められる曲にすればいいか」

 ゴートはそう、あっさりと頷いている。


 テーマは大枠が決まったとしか言いようがない。

 ここからさらに、どのように作曲を行うのか。

「カバー曲を時系列的にやっていくとか?」

「うちはレゲエとかサイケはやらないんだけど」

「そもそも最初はどうするんです? プレスリーかビートルズか、さらにその前か」

 現代のポップスにつながるものは、どうしてもそのあたりが源流になるのか。


 ただ昭和歌謡というものも存在する。

 日本のロックの源流が、ポップス化していく中で、昭和歌謡の要素は必ず入っている。

「美空ひばりとかカバーしてみる?」

「あ、いいねえ」

「無茶なことを」

 ゴートも白雪も平気でボケるので、俊がツッコミを入れるしかない。

 永劫回帰ではキイが、MNRでは紫苑が、そのツッコミ役であるらしい。


 時系列的に洋楽なども、ある程度カバーしようというのは決まった。

 その上で邦楽にしても、その時代の曲はやってみようか、という話になる。

「ヒートの曲もやっていい?」

「いいけど」

 ゴートはそう白雪には尋ねたが、俊の父の曲については、やってみたいとは言わなかった。


 古い曲をそのままやっても、面白みはあまりない。

 なのでアレンジをしていこうという話になる。

 そしてそういったアレンジに関しては、俊が一番小器用である。

 事務的な手配はともかく、そのアレンジは任せるなどと、言われてしまってはやるしかない。

「やることが多い!」

 そう叫びながらも、俊はやってしまう。

 若いうちに忙しいというのは、いいことなのである。

 もっとも本当に限界になれば、周囲が止めなければいけないが。

 その点では俊は、同居人がいることが幸いであった。

 



 イベントまでにはまだ、ある程度の時間がある。

 しかしレコーディングの時間は、どうしても取らなければいけない。

 この時間は基本的に、俊はずっとスタジオに詰めているが、他のパートのメンバーはその時だけ来ればいい。

 千歳などはまだ学校があるので、そうするしかないというのもあった。


 紅白の発表があってから、推薦入試の合否が決定する。

 それまでにやるのは、面接の練習に加えて、小論文の書き方なども指導される。

 文章を書くということに関しては、千歳の周囲には叔母と俊という、それで金を稼いでいる人間がいる。

 もっとも歌詞や小説などと、小論文は違うとも言えるが。


 コラムなどの執筆もしている叔母は、基本的な文章の書き方も分かっている。

 俊の場合は、いかに短くメッセージをまとめるかを、その作詞能力に振っているのだ。

 千歳はそのあたり、確かにある程度、詩を作ったりはする。

 歌詞にするにはストレートすぎるが、逆に小論文であるならそちらの方がいい。

 いかに分かりやすく、自分の言葉で伝えるか。

 楽曲の歌詞というのは、下手にストレートにしすぎると、鼻につくところがあるのだ。


 ここからどんどんと、年末に向けて忙しくなっていく。

 11月に入れば、紅白の出場の発表もされていく。

 これから忙しくなってくると言うが、しかし今年はずっと忙しかった。

 初めてのテレビ出演に、ツアーもしっかり行って、夏には武道館と二つのフェス。

 学園祭での演奏については、それほどの難しさはなかった。

 だが年末のイベントは、これまでで最も巨大なものだ。


 単体ではないとはいえ、ドームでの公演なのだ。

 一応日本においても、他にもっと巨大な収容人数で、公演をすることは出来る。

 だがステージの格ということならば、東京ドームを埋めるというのは、一番難しいことであろう。

 単純に埋めるのではなく、それでしっかりと利益を出さなくてはいけない。


 俊はドームでの公演など、こんな機会でもなかったならば、一度も考えなかったであろう。

 利益が出ない活動というのは、俊の嫌うものであるからだ。

 それどころか赤字にさえなりかねないのが、東京ドームの公演である。

 最低限赤字がでないことが担保されているというのは、とてもありがたいことである。

「やることが多い!」

 一日に二回ほどは叫びながら、俊は準備を続けていく。

 だが一度も「もう嫌だ」と言わないあたりが、俊の性格の根っこにあるものなのであろう。

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