第248話 復活

 約一ヶ月の後、ようやく千歳はギターに復帰である。

 さすがにピッキングをする右手なので、左手はそれなりに練習をしていた。

 しかしそれでも微妙に、下手くそになっていることには気づく。

 この間の会合においても、ギタリストの中では千歳が、一番下手だったのではないか。

 一応ギターも弾くが、基本はボーカルである、永劫回帰のタイガもそれほど上手くはなかったが。


 バンドの形態というのは、やはりビートルズの影響が大きい。

 もっともボーカルにリズムギターまでは求めない、というバンドも多かったりするが。

 基本的にボーカルは、バンドの顔なのである。

 ノイズの場合はほぼツインボーカルだが、メインボーカルは月子と認識されている。

「10月中に依頼の曲は作ってしまわないとな」

 基本的にはメタルであって、そこそこドゥームメタルの要素が入ってもいい。

 ただ原作の雰囲気を壊さないためには、歌詞のほうが重要になるかもしれない。


 不協和音にも聞こえる、短いギターイントロから始める。

 本当に不協和音であると、ちょっと不味いので実際は、短調の入り方である。

 コンペに出した前回は、選ばれなくても仕方がない、というぐらいのつもりではあった。

 しかし今回は向こうが、ノイズの実績を見て依頼してきている。

 話し合いはして、明確なイメージも出来てきた。

 リテイクに関しても、もちろん受け入れるつもりである。

 だが理想を言うならば、一発で向こうの期待を上回る曲を作りたい。


 短いイントロからAメロ、Bメロ、サビにCメロという、曲の構成は崩さない。

 こういうものが日本人には受けると、既に長年の蓄積から分かっているからだ。

 何も多くの人に見られる作品に、プログレの要素などを加える必要はない。

 もしもまた依頼されるとしたら、今度はグランジ系の曲になるかな、とは思っているが。


 俊は楽曲作成にあたって、原作を読み込んだだけではなく、原作者の人格にまで思いを巡らす。

 前作は短編や中編を描いていて、これぞとばかりに出したのが『魔女の紋章』である。

 通称は「まじょもん」もしくは「まじょえん」で、後者が優勢だ。

 コミカルなデビュー作の短編からして、毒がにじみ出ている。

 これでは受けないと思ったのか、その要素はやや薄い作品を作り出した。

 中編でかなり毒の強いものがあり、これで読者を獲得したと言える。

 世界観的にはこの中編作品と、同じではないかと思えるのが原作なのである。


 人間心理に対する、深い洞察がうかがえる。

 基本的には人間不信の作者のように思えるが、実際はこういう作品を作る人間は、逆に人間関係が上手くいっている場合が多い。

 なぜならただでさえ人間関係がひどいのに、自分の創作の中にまで、そんなものを吐き出すのは辛いからだろう。

 逆に実生活も上手くいかなくなれば、作品の方はポジティブな内容になるか、あるいはさらに過激に破滅的になるか。

 そのあたりの気分は俊も、自分のこれまでの楽曲制作を考えていけば、ある程度は予想が出来る。




 夏休みが終わってから、およそ三週間ぶりの、ワンマンライブを行った。

 武道館からこちら、ノイズのライブは大盛況で、ちょっと300人規模のライブハウスでも収容できないレベルになってきている。

 そもそもツアーをして、1000人以上のホールを埋めれば、というぐらいの人気にはなっているのだ。

 とりあえず考えているのは、また一万人規模の会場を押さえてライブをすることだ。

 ただ阿部の提案などでは、やはりツアーの方がいいのではとも言われる。


 四月にも西方に向かって、ツアーをやってみたものだ。

 あれから比べてもさらに、ノイズの人気は高くなっている。

 単純なPVの回転数や、DL販売の総数。

 ただ相変わらずサブスクに関しては、慎重に対応しようとしている。


 また物販のアルバムを、作るべきかとも考えている。

 特にハッピー・アースデイを含んだ音源は、OPで発表されているものと、全編をYourtubeで流しているものの二つしかない。

 せめてミニアルバムを作らないか、という話は出てきている。

 ツアーに合わせてそれを販売していけば、かなりの儲けになるだろう。

 このあたりノイズはどうしても、俊が慎重すぎるせいで、弾けるところがないと言える。


 東京ドームの合同イベントについても、既に告知はされている。

 ここからALEXレコードが中心となって、大々的な宣伝をしていくのだ。

 永劫回帰にMNRにノイズと、まさにこれが三大バンドとでも言いたげな布陣である。

 もちろん実際は、これらに匹敵する人気のバンドはある。


 当初はゴートも、GEARのことを考えてはいたのだ。

 だが俊も感じたことだが、急激に曲が劣化していっている。

 演奏もそれに引きずられたのか、かなり拙い状態だ。

 プロデューサーが上手いこと、バンドの手綱を握っていないのか。

 それともメジャーデビューして少し成功し、それでいい気になってしまったのか。


 だが他のバンドのことは、残念だが心配している余裕はない。

 早めに曲を完成させるのと、そして年末のドームで発表するのと、少なくとも二つは新曲が必要だ。

 もっとも話し合いのために持っていった、デモ音源は三曲ある。

 どれもなかなかの自信作であるので、新曲として発表出来るのは、二曲になるかもしれない。

 ただドームで演奏する曲は、三人のコンポーザーが集まって、一曲を作る予定にはしている。

 たくさんのメンバーとボーカルがいて、ようやく完成するような曲。

 それこそWe Are the World のようなテーマ、規模の楽曲が出来ないものか。

 権利関係が複雑になりそうだが。




 ドームに関しては、極論他の二人に任せてもいい。

 だがタイアップに関しては、完全にノイズの責任で作られる。

 BPMはかなり速めに、だが歌自体はややゆったりと。

 ダークな雰囲気を感じさせても、スタイリッシュさをそれより高めるのだ。

 途中でテンポをわずかに落とし、ここでギターのソロリフを入れる。

 一応は俊が主体で作っているが、暁の意見がかなり加わっている。


 ドゥームメタルの元祖となると、ブラックサバスが挙げられる。

 とりあえずイントロのギターは、アイアンマンを意識して作ってみた。

 そこから一気にテンポは速くなって行く。

 不安定な響きから一転、スタイリッシュにドラムとベースが低音で駆けていく。

 リードギターに導かれ、リズムギターとボーカルが始まる。


 ボーカルはメインを月子、そしてコーラスで千歳。

 もっともサブボーカルはコーラスだけではなく、呪文の詠唱のように英語の歌詞も歌っていく。

 日本人はなぜ、英語の歌詞を入れたりするのか。

 それはそれが、かっこいいからである。 

 俊は比較的、そういう使い方はしない。

 むしろ確信的に、日本語の語彙だけで歌詞を作ることが多いのだ。


 霹靂の刻などは、その代表的な例である。

 三味線を使っているのに、英語や英語由来の言葉が混じれば、興ざめというものである。

 なので全て日本語で歌詞を作ったが、今回は作品世界に合わせている。

 魔女の紋章を巡る争いは、実力では圧倒的な存在でも、一瞬の心理的な弱さを突かれて負けたりする。

 主人公は当初、相手の油断を突いて勝つ、というパターンから始まるのだ。


 魔女という存在そのものが、西洋由来のものである。

 ウィッチというのは日本語にすると魔女になるのだが、実は西洋では男でもウィッチらしい。

 その始まりは要するに、キリスト教圏外の土着信仰だ。

 日本人の神道や民間療法を考えると、本来ならば相性はいい。

 ちなみに原作ではキリスト教の殲滅機関との戦いもあったりする。


 充分に面白いのだが、伏線などを考えると、まださらにスケールは大きくなっていくのだろう。

 それがほぼ一つの街の中で展開されるのが、原作の物語だ。

 イメージとしては東京の衛星都市で、相当の都会になるのだろうか。

 だが山の中も出てくるので、完全に都市型の物語というわけでもない。

「下手に原作に寄せすぎると、かえってダサくなるよな」

 歌詞がかなり、重要になってくるだろう。


 俊は小説などを読んで、その感想から楽曲の歌詞を作ることもある。

 ただ基本的には、曲と歌詞はリンクさせながら作る。

 歌詞のテーマに合っていなければ、それはどちらかが間違っているのだ。

 そして簡単に作れた楽曲ほど、むしろ優れていたりする。

 悩んで工夫して作ったものには、どこか無理があったりするのだ。

 ノイジーガールは案外スムーズに作れている。




 ちなみにノイズにおいて、作曲はともかく作詞にまで口を出すのは、千歳ぐらいである。

 むしろ音楽以外の媒体から刺激を受けている彼女は、自分が歌うことでもあるので、色々と歌詞にはうるさい。

 直接的な表現よりも、間接的な示唆を好む。

 それは小説と言うよりは、詩の表現に近い。


 マンガを読んでいると、確かに俊もこれは、と思う台詞があったりする。

 悪党の言葉にも、チンピラの言葉にも、色々と含まれている要素は多い。

 下手な小説よりも、対象とする年齢層を広く取っているため、その選択が磨かれているのだろうか。

 ただ俊としては古典の文芸なども読んでみると、とてもためになるということはある。

 西洋であればシェークスピアは、普通に一般教養に浸透していたりする。

 日本の場合は俊が大人になって改めて感心したのは、枕草子であったりする。

 1000年前の随筆が、こんな形で残っている。

 清少納言のセンスは、間違いなく当代随一であったのだろう。


 歌詞を作るにおいて、教養というのは必要なものであろうか。

 それは教養を、どういうものかと捉えることで変わってくると思う。

 千歳が熱く語ることによると、マンガでも青年マンガなどは、ものすごい知識量で描かれているものもあるのだとか。

 特にSF系であったり、歴史物であったりすると、その傾向はある。

 少年マンガであると、むしろアイデア勝負であることが多い。


 単純な知識よりも、どう組み合わせていくか。

 もっとも今の少年マンガは、購入層がかなり大人向けになっているらしいが。

 俊の子供の頃と比べてさえ、子供は携帯のゲームなどに流れていっている。

 それに動画なども、無料で見られるものである。

 

 子供の頃の俊というのは、背伸びして音楽を聞いていたような気がする。

 アニメやマンガよりも、ドラマや映画を好んでいた。

 だがそれが本当に好きであったのか、それともスタイルであったのか、今となっては自信がない。

 千歳などは女子であるが、俊に勧めてくるのは基本的に、少年マンガの系統である。

 ただ俊も自分の子供の頃と比べても、社会が変化しているとは思う。

 基本的にコンテンツはほとんどが無料で見られて、広告料収入で創作者は食っていく時代になるのではないか。


 もっとも小説などはちゃんと、編集が入っているものでないと、読めないものが多い。

 千歳はそのあたり、マンガでもつまらないものはつまらないと言う。

 基本的に無料で読めるものは、その程度の価値でしかないのか。

 ただ一定期間は無料であるという公開の仕方は、今の主流になってきている。

 それにスマートフォンの普及により、これが本の代わりになるようにはなってきた。

 ただデータとして購買することは、今でも主流であるか。


 フィジカルでCDや本を揃えるというのは、贅沢な趣味になっているのだろうか。

 そこに疑問を抱いてしまう時点で、俊は金持ちなのである。

 空間を物体で占拠するのは、たとえば昔は文豪の全集などを、書斎に飾るという趣味があったものだ。

 そういうことがインテリっぽさを表現している。

 だが俊の場合は父は、CDやLPなどを、それなりに乱雑に扱っていた。

 聞くものであって愛でるものではない、という感覚だったのだろうか。


 ノイズのCDを買ってくれるファンなどは、いったいどういう思いでいるのか。

 比較的年齢層は広いが、若者が特に多いとは思う。

 もっともこういう音楽を聞くのも、基本的にはある程度以上の年齢になっているのだとか。

 今では音楽などは、鑑賞ではなく消費するものだ。

 そう言われているという話をしたら、ゴートも白雪も、昔からそうだったと言っていた。


 父の音楽はまさに、消費されるものであったろう。 

 カラオケの懐メロにおいても、あまり上位に来ることがない。

 日本の音楽はある意味、90年代が最盛期であった。

 それは芸術的に優れていたという意味ではなく、それ以降はPCの普及などと共に、CDのダビングが簡単になっていったからだ。

 またさらにそれ以降は、ネットの発達で海賊版が横行するようになった。

 それでも日本はまだしも、CDの現物が売れている方なのだという。


 アメリカなどは完全に、サブスクに移行している。

 日本では稼げないというサブスクであるが、それはやり方にもよるのだろう。

 ライブで稼ぐというのは、今でもライブバンドは主流だ。

 あの感染症によって、一時的に世界の経済は、大きく停滞したのは間違いない。




 歌詞を変えていくことによって、わずかにリズムも変えていく必要がある。

 このあたりはせっかく作って申し訳ないが、それは全体の完成度のためには仕方がないことだ。

 ノイズの作曲は確かに、俊が主導で作っている。

 メロディラインなどは特に、俊がほとんどを作っていると言っていいい。

 だがドラムのリズムパターンや、ベースラインなどにおいては、他の意見がないと完成しなかったというのも確かなのだ。

 ゴートや白雪に比べると、俊の才能は不充分である。


 それを言うと岡町は、苦笑してみせた。

「お前の向上心は際限がないなあ」

 若手とはいっても、俊を子ども扱いするのは、もうあまり多くもない。

 だが岡町は本当に、父の死んだ後の俊に取っては、頼れる大人の代表格であったのだ。

「正直なところ、同じ年頃の高志と比べてみても、お前の方が上だと思うぞ」

 一時代を築いた、俊の父。

 だがそれでも最盛期と言えたのは、三年ぐらいだったのではないか。


 少なくとも五年はなかった。

 そして俊もその、父の最盛期というのは、リアルタイムでは体験していない。

 だが岡町はその以前、マジックアワーの時代から、音楽の世界で生きてきている。

 そこから比べてみても、むしろ今の方が音楽は、発展していると言える。

 裾野の広がりが、かつてよりも大きいのだ。


 ネットによって音楽は、とんでもない広がりを持つようになった。

 その気になれば地球の裏側からでも、普通に音楽を聞けるのだ。

 ただそれでも俊は、音楽の新しいものを、自分で発掘するということは少ない。

 そういうことが趣味の人間を、何人か知っておけば、信頼出来る新しい曲を発見してくれる。


 ボカロPという存在は、まさに俊の時代だからこそ、発生したものである。

 かつては自分の曲を作っても、それを出力する方法がなかった。

 DAWが出来たことで、作曲することまでは出来るようになった。

 それにボーカロイドが登場して、そしてそれを流すプラットフォームが出来て、ようやく今の環境が出来上がっている。

 そして今でなくては登場しなかったような、そういう才能が出てきているのだ。

 顔を隠して、完全に声だけを届ける歌い手。

 あるいはVの中の人、などである。


 こんな環境において、俊はトップを目指している。

 だが実際のところ、トップを目指すというのも無粋な話だ。

 音楽の楽曲というのは、それぞれ唯一のものであるのだ。

 ローリング・ストーン誌がアレサ・フランクリンを一位にしても、俊は他のボーカルやシンガーを一位にする。

 それこそが本当の意味での、多様性というものだろう。

 俊の嫌いな言葉であるが。




 様々な人々の意見を聞きながらも、楽曲は完成した。

 リテイクが入ることを前提に、全速力で作成したのだ。

 イメージの共有はかなり出来たと思っているが、OP曲はあくまでも作品の中で、入り口にしかすぎないものだ。

 その入り口が粗末なものであったら、全体の印象も悪くなる。

 俊としては何度か、リテイクがかかることは承知の上である。


 データだけを送るのではなく、特にまた話をしようかと会合のセッティングもする。

 もっとも年末のイベントに向けて、こちらはこちらで合わさなければいけないことがあり、やはり早めに完成させて正解だな、とも思える。

 ただ、リテイクの要求はなかった。

 本当にいいのかと思ったが、原作者に確認してもらって、作品の解釈違いがなければそれでいい、という話である。


 アニメ作成において、原作者がどこまで関わるかというのは、デリケートな問題である。

 アニメではないがドラマにおいては、テレビ局側の脚本制作において問題があり、死人が出たりもしている。

 傑作と言っていいアニメを作られても、それ以降は一切のアニメ化を拒否しているマンガ家もいる。

 そのあたり本当に、創作の世界はデリケートではある。

 だが同時にタフでないと、生き残るのも難しいのだ。


 アニメ化関連の話ではないが、マンガ家の自殺というのは過去にもある。

 それこそ小説家などは、自殺もいれば心中もいて、とても派手な歴史を持っている。

 ロックスターなどは、ドラッグ使用からの事故死というのが多いが、70年前後はよく死んでいた。

 90年代に入っても、カート・コバーンは銃で自殺をしている。


 創作者が熱心なファンに狙われるというのは、キングの小説でもあったことだ。

 そこまで派手なものではないが、ノイズ宛のアンケートやファンレターには、ちょっとのめりこみすぎという人間がいたりする。

 もっともそういった人々が、金を使ってくれてこそ、俊たちは稼げているわけだ。

 存在しなくても、死ぬことはない虚業。

 だがこれによって、人々の精神を救っている。

 救うとまではいかなくても、日々の栄養程度にはなっていると思いたい。


 原作者からの注文も入らず、楽曲はそのまま収めることとなった。

 正直なところ、かなり意外である。

 だがこれによって、ノイズは年末のイベントに向かって、全力をかけられることになる。

 大きな転換となった一年。

 その結末に向けては、さらに体感速度が上がって、季節は秋になってきていた。

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