第247話 プラン

 年末の東京ドームでのイベントの、詳細が発表された。

 永劫回帰、MNR、ノイズ、そして花音。

 この中では圧倒的に、花音一人が特別扱いだ。

 ただ彼女もまた、10月からのアニメや、公共放送の番組のタイアップが決まっている。

 普遍性に富んだ音楽が、彼女の強みだ。

 俊のように時代性を考えることなく、永遠に残っていくような楽曲を作り出す。


 もっともノイズの場合も、霹靂の刻は欧米でかなり拡散している。

 しかしあれは月子の曲だ。

 俊の手助けがなければ完成しなかったであろうが、俊以外の誰かが手助けをしても、同じぐらいの完成度にはなったと思う。

 そんな俊の劣等感もまた、創作のための引き出しにしてしまえばいい。

 マイナスの要素で抑えつけられたならば、それを跳ね除けて高く飛び上がれる。

 不遇や不幸は場合によっては、創作の糧となる。

 ただその日に食べていくだけのことにも困るような、貧困という名の不遇は芽を摘んでしまう。

 教育を受けなかった人間は、状況から脱出するための手段さえ、教えられる機会がないからだ。


 不遇や不幸という、マイナスの状況に恵まれなかったらどうすればいいのか。

 簡単な話だ。不遇や不幸と思うような、貪欲な飢餓感を持っていればいい。

 満足しないことによって、人は成長する。

「だからまあ、将来的には僕は、政治家になろうと思うんだよね」

 タワマンの最上階において、非公式に開催されたバンド集団の会談。

 永劫回帰のゴートが主催して、MNRとノイズのメンバーも全員が揃っている。

 さらに一人、保護者に付き添われて、花音もここにやってきていた。

 フラワーフェスタのメンバーは、他にはやってきていない。


 まったくこんな無駄な空間を、どうして作ったものなのか。

 小さなワンルームに慣れた人間などは、そんなことを考える。

 しかし自分自身ではなく、他人に掃除などを任せてしまえる人間は、こういった広大な生活空間がないと、頭の中身も狭くなってしまうなどと考える。

 東京の都心部にこんな住居を持っているあたり、ゴートのバックは本当に巨大だ。

「その時にはさ、永劫回帰とMNRを合体させちゃわない?」

「好きにすればいい」

 ゴートの無茶な提案にも、白雪は適当に頷いている。


 数字の上ではアラフォーにもなる白雪としては、ステージの最前線に立つのはしんどいのだ。

 紫苑や紅旗などは、子供世代とまでは言わないが、甥や姪というぐらいの年齢差がある。

「レーベルはこっちに移ってきて、セツちゃんがプロデュースして、ボーカル、ツインリードギター、ベースにドラムで、ちゃんとポジションが埋まるじゃん」

「勝手なことを言わないでください」

 MNRの紫苑は、相手がどうであっても怯まない。

 そもそもゴートの言っていることは、さすがに実現性が低いのだ。


 もしそんなモンスターバンドが誕生してしまえば、さすがに太刀打ち出来るバンドはいなくなる。

 もっともボーカルのパワーだけを言うなら、ノイズの方が上であるかもしれない。

「遠すぎる未来のことじゃなく、年末のことを進めませんか」

 俊はそう言うのだが、この二人のリーダーの余裕というのは、自分にはないものだ。

 年齢が上というだけではなく、人間としての格の違いを感じる。


 不遇や不幸以外にも、人がより高みを目指す要因はある。

 それは劣等感と呼ばれるものだ。

 俊は自分自身の才能は、せいぜいが秀才レベルのものだと思っている。

 実際にインスピレーションというものは、真の天才たちとの邂逅の中でしか生まれない。

 蓄積されたインプットから、新たなものを生み出すという作業。

 同じくコンプレックスが原動力となっているコンポーザーは、徳島などがいる。




 所属するレコード会社も違う、三つのトップクラスバンド。

 現在トップのバンド、まさに一番伸びているバンド、アメリカでは先に有名になってしまったバンド。

 これに花音を加えて、ステージを作り上げる。

「記念グッズとかも作りまくって、最終的にはMVも作って、がっぽり儲けようね」

「それで、具体的には何を決めていくの?」

「ここでしか出来ない曲とか、演出とか、あとはカバーとか?」

 放っておくとゴートが完全に主導しかねない。

 俊としてはそんなわけにはいかないので、白雪の反応を見つつゴートの隙を窺う。


 これだけのタレントが揃っていると、どんなことでも出来そうな気はする。

 だがよほど上手く動かさないと、かえってごちゃごちゃになるだけのような気もする。

「うちのタイガと、トワちゃんを一緒に歌わせたら、けっこう合うと思うんだよね」

「え、あたし?」

 千歳はこの中では、あまり自分の出番などないと思っていた。

 明らかに楽器の演奏技術では、一番劣った存在であろう。

「ギターはまだまだだけど、ボーカリストとしての素質は、バンド向けだよね」

 それは確かにそうだな、と俊は思う。

 永劫回帰のボーカル、タイガとは合うだろうということも含めて。


 純粋な歌唱技術という点では、永劫回帰のタイガにはまだ成長する分がある。

 そのあたりはバンドボーカルという点で、千歳とも共通しているものだ。

「あとはセツさんとルナちゃんと花音ちゃんで、歌唱力の必要な曲やれば、相当すごいことにならない?」

 それは確かに凄いことになるだろう。

 ただゴートを見る白雪の視線には、はっきりと冷たいものがある。


 この企画はもう、動き出してしまっている。

 一番大きな出資をしているのは、ALEXレコードである。

 絶対に失敗してはいけないのは、花音を売り出していくために、やはり必要なことなのだ。

 もちろんここまで盛り上げておいて、ライブがしょぼければ全てのバンドの評価が落ちる。

 俊としてもそこは、全力を尽くすつもりではあるのだ。


 ただここで生まれる曲などは、誰の名義にすればいいのか。

 やはり共同著作権ということになるのだろうが、ちゃんと決めておかないと後で揉める原因にもなる。

 著作権が二人以上にあるということは、それほど珍しいことではない。

 だがこれをカバーしたりアレンジする場合、全員の許可が必要になったりするのだ。

 もっともゴートや白雪は、金には困っていないだろう。

 金に困っている訳ではないが、なぜか金銭感覚に貧乏性なのが俊である。


 それにアレンジに関しては、他のメンバーも色々と意見を出してくるだろう。

 ただドラムのリズムパターンなどは、ゴートが一番ではあろうが。

 ベースラインなども、白雪主導と考えられる。

 ギターに関しては、それぞれのバンドのリードギターが、やかましそうではあるが。

「あとは歌詞の担当か」

「そういうのは若い者に任せるよ」

 やたらと年寄り発言をする白雪だが、彼女は普通に現役である。




 三つのバンドに加えて、花音という存在。

 彼女もまた、アイデアを持ってきてはいるのだ。

 養育してくれている師匠に促され、出して来たもの。

「これ、死んだ母さんが作った、未発表曲」

「うわ」

「お宝が出てきた」

「……」

 コンポーザー三人が、思わず絶句してしまうものである。

 もっともいかに伝説のアーティストの曲であっても、アレンジは今風に作る必要がある。

 それに彼女は作曲はともかく、特に日本語の歌においては、歌詞が微妙であったりしたのだ。


 彼女は多くの楽曲を作り、楽譜として補完していた。

 主にピアノを作って作曲し、TAB譜などはそれほど使っていない。

 だが楽器自体はクラシック系の楽器を中心に、ギターもそれなりには弾けたのだ。

 そのあたり花音は、ポップス中心である。

 もっとも彼女は、サックスやヴァイオリンも弾けたりする。


 フラワーフェスタではなく、花音個人としての参加となる。

 だがこれは認知度を考えれば、仕方のないことなのだ。

 今のフラワーフェスタが大きなステージに立ったとしても、花音の知名度にあやかったものとなる。

 何が足りていないのか、俊には分かる気がする。


 花音たちとはほんの数回だが、会ったことがある。

 それに演奏についても、ライブを何度か見た。

 充分に存在感もあるし、技術は間違いなく一流であった。

 しかし足りないものは、はっきりと感じる。

 言うなれば切実さというものだ。

 深みがない、とでも言ってしまえば、浅く感じられるだろうか。


 あの天才が、若くしてその才能を発揮したのは、逆説的だが病気によるものだろう。

 片方の肺の半分を取るまでの、ほんのわずかに記録された歌には、天性の与えられたものがあった。

 声自体は残されたものの、伸びやかなものは失われてしまった。

 そんな彼女が選んだ中で、一番近いと言われていたのが、ケイトリー・コートナーである。

 花音の声も似ているが、完全に一致などはしない。

 それは母と娘であっても、違う人間であるのだから当たり前だ。


 フラワーフェスタのメンバーは、もっと切実になるべきだ。

 あるいは突破できないことに、もっと絶望を感じるべきだろうか。

 いかなる天才であっても、おそらく人生の谷を知ることによって、より高みの頂を意識することになる。

 成功ばかりの人生を送るなど、薄い人生を送るのと同じだ。

 大成する者は失敗しない者ではなく、何度失敗してもそのたびに立ち上がり、歩みを止めなかった者であるのだ。

 特に転んだ時に、すぐに立ち上がれるか否か。

 彼女たちは恵まれているがゆえに、まだそういう絶望を知っていない。


 もっともそれを聞けば、自分たちも苦労していると言うだろう。

 実際に玲などは、クラシックの分野では姉に勝てないために、ポップスに傾倒したというところがある。

 だがそれは絶望ではなく、言わば逃避だ。

 その中で花音だけは、圧倒的な天性の素質と、生まれた時点での物語に支えられて、深い音楽を奏でることが出来ている。

 歌も良かったが、ピアノの演奏も傑出していた。




 そんな花音は現在、ギタリストの中に混じっている。

 暁や紫苑にキイといった、若手の中でも確実に、トップクラスのギタリスト。

 それと混じってしまっても、本職のギタリストではないはずなのに、見劣りするところがない。

 音楽の神様に愛された存在。

 多少の歪さこそあれど、俊が強烈な劣等感を覚えるほどのものだ。


 敗北や劣等感は、己を育ててくれる。

 俊としてはそう考えているのだが、それにも限度はあるだろう。

 もっともゴートや白雪は、そう思ってはいないらしい。

「アレンジの最終的な部分は、俊君に頼ることになるかな」

 ゴートがそう告げて、白雪もそれを否定しない。

「俺がですか?」

「だって一番DAWに触れている時間が長いのは、この中でも君だろ?」

「それは……」

 確かにゴートや白雪の作曲やアレンジは、楽器を直接使ったものであるのかもしれない。

 ボカロPとして活動し、今でも打ち込みを多用する俊が、そういう曲は作れるだろう。


 実際にこれだけのメンバーが集まっていても、管楽器や弦楽器については、全てのパートが足りているというわけではない。

 ヴァイオリンやサックスまでなら、扱えるメンバーがそれなりにいる。

 またゴートや白雪も、電子音を使わないわけではない。

 だが交響曲に使うような、多くの楽器の音に精通しているという点では、俊が一番なんでもありなのだ。

 それは才能の限界を感じたがゆえに、色々な楽器の音も試したからこそ、言えるものである。

 また、月子の三味線の影響で、和楽器でもわずかながら音に取り入れることはあった。


 逆に電子音を前面に出すことも、出来なくはない。

 小器用に曲を仕上げるという点では、確かにこの中では俊が一番の適役であろう。

「オーケストラを使うなら、もっと適役の人がいるだろうけど」

 白雪がそう言って見つめるのは、花音の保護者として付いてきている、佐藤先生であった。

 本職はピアノとヴァイオリンであるが、父親はオーケストラの指揮者であり、作曲なども行っている。


 わざわざ新しいところから見つけなくても、宇宙戦艦ヤマトのOPなどは、交響曲になっていたりする。

 ブラスバンドで演奏するのに、パートわけされているポップスというのは多い。

 だがバンドを三つも集めて、わざわざオーケストラまで必要とするのか。

 この集団だからこそ、やれることをするべきであろう。


 ギターにしてもそれぞれ、特徴というものはある。

 暁は技術的にも高いが、それよりは表現の幅が目立つ。

 紫苑はとにかく、早弾きの正確さといったところか。

 キイは技術の幅が広く、それぞれの個性がある。

「ベースが二人もいるなら、基本的に私は弾かなくてもいいね」

 白雪はそう言うが、信吾とロゼのベースであると、どちらがいいのだろうか。


 信吾はこれでも、ベースとしては下手に目立つことなく、上手く低音を支えている。

 比べると永劫回帰の紅一点であるロゼは、目立つ気が満々で演奏する。

 永劫回帰は他の三人の個性を、ゴートがドラムでまとめている、というタイプの楽曲なのだ。

 そのドラムにしてもゴートは、華麗でありながら乱れることがない。

 栄二は安定感があり、そして紅旗はパワーがある。

 この紅旗のパワーに関しては、ゴートが本気を出したのと、同じぐらいのでかい音が鳴る。


 他にはキーボードを弾ける人間や、ストリングスの人間もいる。

 もしもやるなら白雪は、キーボードを担当したいなどとも言っている。

 ゴートはゴートで、他の人間にドラムを任せられるなら、久しぶりに歌ってもいいと言っていたりする。

 マルチプレイヤーが多すぎる。




 アーティストというのは本来、我の強い存在であるだろう。

 それでこそぶつかり合い、音楽が生まれてくるのだ。

 ただMNRの二人などは、比較的おとなしいところがある。

 永劫回帰はロゼこそ少しクセがあるが、それでもひどいものではない。

「女性陣だけで演奏するとか、男性陣だけで演奏するとか、そういうのどうかな?」

 無茶なことを言っているようであるが、実は白雪は平均程度なら、ドラムも叩けないことはない。


 この中で男性ボーカルは、永劫回帰のタイガだけである。

 だがゴートも昔は歌っていたのだ。

 他の楽器にしても、女性陣では花音が、キーボードを弾くことが出来る。

 そういった遊びも、イベントの中ではあってもいいだろう。

 もちろん重要なのは、演奏のクオリティであるが。


「予想はしてたけど、全然まとまりませんね」

「今日のところは顔合わせみたいなもんだし。でもこの人数だからこそ出来る、という曲を作るなら、俊君が一番向いてるんじゃない?」

 ゴートにおだてられても、逆にちょっと怖いのだ。

 ただ確かに、打ち込みで音を重ねていくのは、俊が一番上手く作れるのかもしれない。

 もっともちょっと上手い程度の曲を、ここに提供するわけにはいかないが。


 ステージは三時間の予定である。

 一つのグループがずっと続けていくのではなく、何度も入れ替えを行うし、合同での演奏もある。

 それでもバンドに30分ずつは、時間を与えるべきであろう。

「意外とトイレ休憩が重要になりません?」

「それはあるね」

 前後の二つに分けて演奏するのは、クラシックなどでは普通にあることだ。

 それどころか途中で休憩が何度も入ることがある。


 30分ずつはそれぞれのバンドに与えるということは、いくら長くても二時間までの演奏になる。

 その長さであれば、今までにやったことは普通にある。

 それこそ武道館などは、一日二回で四時間をやっている。

 上手く休憩を挟んでいけば、最後までフルパワーで演奏出来るだろう。

 もっとも逆に困るのは、休憩を入れていて、熱量を維持できるかということか。


 普通のライブであっても、トイレに行く人間はいる。

 それに入れ替えには数分の時間は必要になるだろう。

 そういった演出まで含めて、色々と考えていかないといけない。

 ノイズはまだしも時間を作れるが、永劫回帰とMNRは大丈夫なのか。

「うちはこれに時間をかけるからね」

 永劫回帰は大丈夫であるらしい。

「うちもまあ、レコード大賞ぐらいかな」

 MNRの今年の受賞は、うちうちで既に決まっているのだとか。


 俊としても今年の目標は、あとはもう紅白ぐらいである。

 考えてみれば、ここで相談するのもいいのか。

「紅白なんかに出たいの? まあ記念に一回ぐらいはいいか」

 永劫回帰も過去に一度、出たことがある。

「メリットを感じない」

 白雪はヒートの時代に出ているが、MNRとしては特に必要性を感じていない。

 レコード大賞の方に注力し、また年越しフェスにも参加するからであるらしい。

「まあ、これに付き合ってもらってるわけだし、僕の方から話は通しておくよ」

 あっさりと紅白出場が決まってしまった。

 まあ今年の注目度からして、可能性は充分にあったわけだが。


 俊はともかくとして、他の二人は日本のポップスに、かなりの影響を与えることが出来る。

 それに参加するというだけで、ノイズには充分な恩恵がある。

 もっとも三者と、そして花音と比較されて、明らかに劣っていたりしたならば、むしろ悪い影響になるかもしれないが。

 ちょっとした賭けにはなる。

 だがドームのライブに成功すれば、そのまま紅白でも注目度が上がる。

 永劫回帰とMNRは、そんなギャラの悪いものには出演せず、普通に年越しフェスに参加するそうだ。

 もっともノイズも、去年などはそれに出ていたのだ。

 飛躍の一年と言っていいだろう。

 そしてその一年は、まだ三ヶ月以上も残っているのだ。

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