第243話 サマーアゲイン

 夏は何度もやってくる。

 繰り返すたびに、人生は終わりに近づいてくる。

 ただそんなことを考えるようになるのは、もっとずっと年齢を重ねてからであろう。

 一般的に夏の終わりというのは、八月の終わりという感覚であろう。

 実際はまだまだ残暑が続き、大学生は夏休みも終わっていなかったりする。

 それでもおおよそ八月の終わりで、夏のシーズンは終わると考えている人間は多い。


 そんな日程で繰り広げられるのが、ROCK THE JAPAN FESTIVAL。

 実際にはロック以外の音楽ジャンルも、大勢が参加している。

 今年のノイズはメインステージで、最終日の一日前、四日目のヘッドライナーの前という、かなり去年よりも待遇が良くなっている。

 武道館のチケットを全部捌き、他のフェスでも好評、楽曲がアメリカのアニメーションでも使われているという、数え役満的な感じがこの条件となった。

 それでもヘッドライナーになるのは、もう完全に人気が定着したようなミュージシャンだ。

 MNRもまだ、メインステージではやるものの、ヘッドライナーにまではなっていない。

 ミュージカル・パイレーツや永劫回帰などといったあたりが、そのポジションである。


 二週間に渡って行われるフェスなので、ノイズの皆はセッティングのために、開催の前に一度ここへ来た。

 それからはまた東京に戻り、スタジオで練習を行う。

 前日入りして、その日は他のステージを見て回るという感じだ。

 万全の状態であれば、さらにもう一日を使って、他のステージを見に回ることも考えていた。

 だが普段のギターとは違うメンバーがいるため、直前まで合わせることを続ける。


 単純にギターの演奏技術なら、涼の方が千歳よりも上手い。

 だがバンドの音というのは、単純に技術が集まればいいというものではない。

 実際にツインリードに近いツインバードなどは、千歳のギターの方が乗れる。

 また使うギターが千歳のテレキャスとは違うのも、音に違和感が出る原因だ。


 なんだかんだ言いながら、涼は上手く合わせられるようになってきている。

 だが上京してからこちらバイトとバンドで忙しく、実力が明確に上がっているとは感じられない。

 名古屋で、つまり余裕のある環境で、もっと腕を磨くべきであった。

 それではいつまで経ってもデビューにつながらないので、東京に出てきたわけであるが。

 典型的な失敗するケースだ。


 バンド活動はただでさえ、金がかかるものなのだ。

 名古屋にいた頃の方がよほど、生活にも余裕があっただろう。

 結局のところ涼のバンドは、ある程度の見込みこそあれ、絶対的に売れると確信させるほどのものではなかった。

 だがやりようによってはもっと、売れたかもしれないとは思う。

 地元で基盤を築いていたのだから、そこから東京に遠征に来るという形態を取っていた方が良かった。

 焦りによって、上京を選択したのが間違いだ。




 俊はそれに関しては、何かを言おうとは思わない。

 ただ今の涼のバンドは、もう終わり方を考えるべきであろう。

 涼も名古屋に戻って、他のバンドを探すべきだ。

 彼はまだ若いのだから、音楽を続けるにしてもやり直しが利く。

 それもまた、俊が言うべきことではないが。


 俊は涼に対して、もう敵愾心などは持っていない。

 子供の頃は大好きだった父親だが、その生涯の女性関係などを見ると、失敗しているところが大きい。

 そんな中でちゃんと、離婚による慰謝料まで手に入れたのは、俊の母のみ。

 父の死亡時の遺産は全て、借金などと相殺されている。

 冷徹に離婚という手段を選び、親権も取った俊の母は、本当に賢かった。


 俊はライブハウスにまで足を向けることは滅多になかったが、時折はセクシャルマシンガンズの動向は調べていた。

 だからこそ今回、ヘルプとして呼んだわけである。

 涼の才能は、果たしてどれほどのものだったのか、俊は今となっては分からない。

 しかし創造的な部分では、あまり上手くいかなかったのだろう。

 ここのところはライブをするのも、月に一度程度の間隔。

 毎週のようにステージに上がっていた、一時期のノイズとは違う。


 ライブを何度もすることでしか、得られない経験というのはある。

 それを考えるとやはり、名古屋に残っていた方が正解だったのかもしれない。

 少なくとも今は、失敗しつつある。

 成功とは遠いというのは、これは確かなことなのだ。


 それでもインディーズから、アルバムを出すぐらいのことはしている。

 ノイズとは違い、自主製作で相当に金もかかったらしいが。

 出直すということには、勇気が必要になる。

 俊にしても一度、バンドから離れるのには勇気が必要だった。


 俊には岡町などの、アドバイスしてくれる大人がいた。

 何より母が、音楽活動に理解はありつつも、そのシビアな世界を教えてくれた。

 慎重に慎重を重ねて、それでもバンドは失敗し、ボカロPとしてもネタ曲が一番有名になった。

 正直なところ、あそこが一つ目の、才能の壁であったのだろう。

 月子の存在によって、それを乗り越える力が出来た。

 ノイズというバンドが完成形になってからは、かなりのスピードで新曲を作成。

 そして今が二度目の壁、というわけだ。




 翌日、ノイズのメンバーは俊のバンで、フェスの会場に向かう。

 機材などに関しては、他のスタッフに任せている。

 相変わらず暁だけは、ハードケースに入れたレスポールを手放さない。

 俊としてもノートPCは持ったままだが、それとは別に紙のメモ帳などもペンと一緒に持っていたりする。


 歌詞に使えそうなフレーズが浮かべば、そこに書いていくのだ。 

 後でまとめて、PCの中のファイルに、それは書き写しておくが。

 他に本などを読んでいても、気になる節は書き写しておく。

 それだけではただの剽窃だが、そこから生まれる何かもあるのだ。

 人間の創造性は、先人たちの積み重ねの後にある。


 ただ作曲の方の不調は、作詞の方にも出てくる。

 普段はイメージから、作曲と作詞を同時進行したりもする。

 しかしながら稀に、作曲が完全に先に出来たり、作詞が完成形に近い形で降りてくることがある。

 そう、インスピレーションによるものだ。


 俊は天才ではないと言いつつも、そういったインスピレーションはそこそこある。

 ノイジーガールなどは本当に、すらすら出来た作品であったが。

 それ以外の楽曲は、オリジナルのあるコード進行などを、自分なりに変えてみるところから始まる。

 するとそこに生えるように、新しいメロディが浮かんできたりするのだ。

 基本的にはピアノによる作曲が多い。

 だが同時に頭の中では、ギターやドラムも鳴っているのだ。


 こういった作曲論については、俊はあまり語らない。

 他人が語るのはある程度聞くが、基本的に理論立てて作曲は行うのだ。

 コード進行などは、人間がいいと感じるものは、ある程度確立したりしている。

 それをあえて無視するなどは、俊のスタイルではない。

 ちなみにコード進行を、使わないわけではないが圧倒的に幅の広い音楽を作るのが、徳島なのである。

 あの音楽に取り付かれた執念は、本当に凄まじいものがある。

 俊は才能で負ける人間には何人も会ったが、音楽に対する執念で負けると思ったのは、彼ぐらいである。


 会場入りして、まずはホテルにチェックイン。

 別に前日入りなどしなくても、東京からなら問題なく移動できる距離ではある。

 ただ万全の調子で演奏するためには、日程にも余裕をもっておかないといけない。

 前のフェスでの、千歳の例はある。

 だがそれでもあまりルックス売りをしていないため、衣装や髪型に気をつければ、バレないのがノイズの面々だ。

 その点では永劫回帰やMNRは、かなり目立つメンバーがいる。


 ゴートはビジュアル系と言われるぐらいのルックスであるし、白雪などもちっちゃくて可愛いと言われる合法ロリだ。

 あの体格でベースを弾くのは大変では、などと俊は思ったりもする。

 もっとも現実でちゃんと弾いているので、大きなお世話であるのだろう。

 153cmの暁よりも、ほんの少し小さいぐらいであるのだ。




 明日のステージを意識しながらも、二つのステージを行き来する。

 実際は四つのステージがあって、片方が演奏している間に、もう片方のセッティングを行うのだ。

 時間は50分を予定されており、アンコールはせいぜい二曲まで。

 ただ今日の場合は、アンコールがあってもカバー曲をやる予定だ。


 なにせ八月ももう終わる。

 夏に相応しい楽曲というのは、本当に無数にあるのだ。

 打上花火でもいいが、あれはまだ八月の、上旬から中旬までが似合う。

 というわけで別れを意識した、secret base~君がくれたもの~ がラストの候補になっている。


 ノイズもいい加減に、持ち歌が30曲を超えてきた。

 またアルバムを出せるな、というぐらいの数である。

 俊の作曲が不調であるなら、むしろレコーディングに時間を取ればいい。

 まだ暑いこの季節、レコーディングは空調があるのでありがたい。

 もっとも場合によっては、空調の音が邪魔になるため、灼熱の密室でレコーディングをする場合もある。


 とりあえず見るのは、MNRのステージだ。

 スリーピースバンドとしては、バランスのいい演奏になっている。

 最近の特徴としては、白雪以外に紫苑も、それなりに歌うパートがあるということ。

 もっとも彼女は、やはりギタリストという面が強い。

 白雪もベースボーカルというのは、ちょっとやりにくいところがあると言っていた。


 ベースはドラムと共に、リズムキープが仕事である。

 そしてボーカルというのは、演歌ほど極端ではないにしろ、あえてメロディがリズムを外すことはある。

 リズムを正確に刻みながら、印象的なボーカルで歌う。

 これは難しいことであるのか。

 もっともギターボーカルにしても、ほとんどはリズムギターが歌っているものだが。


 ノイズのツインバードは、ツインリードとも言えるギターである。

 だがノイズは基本的に、ボーカルが二人いるのだ。

 人数が多いバンドというのは、それだけで意見が多くもめやすい。

 しかしノイズの場合は、俊がとことん準備を整えるため、そこの危険が少ない。

 リーダーシップにも色々なものがあるが、俊は調整型のリーダーだ。

 また事務においても、俊が一番色々としている。


 永劫回帰もMNRも、ゴートと白雪がカリスマ型のリーダーだ。

 二人が年齢も上であるし、経験なども全く違う。

 それに作曲と作詞を、ほとんどがリーダーの二人が行っている。

 このあたりは他のメンバーにも、作曲などをやれと言っている、俊の方が珍しいのかもしれない。


 ライブのいいところは、アドリブのアレンジが聞けるところだ。

 俊はそういうアドリブの点を、聞くためにライブに通うのだ。

 レコーディングというのは確かに、計算された精密な音楽が聴ける。

 しかしライブにはライブにしかない、エモーショナルな部分があるのだ。

 ここで感性を磨いて、インスピレーションを刺激する。

 思いついたことをすぐに、メモにしてしまう俊である。




 フォレスト・ロック・フェスタと違って、ROCK THE JAPAN FESTIVALは深夜まで音楽が鳴り響くということがない。

 やはりすぐ近くに、市街地があるからとも言える。

 原始的な音楽としての性質には、フォレスト・ロック・フェスタの方が近いと言えるだろう。

 俊としてもこちらの方が、自分の感性には合っている。

 つくづく都会育ちの、甘ちゃんとでも言えようか。

 だが快適なのはこちらであるのは、間違いのないことなのだ。


 ただ非日常の空間は、ROCK THE JAPAN FESTIVALの方が上である。

 もっとも興行的なことを考えるなら、フェスのギャランティよりは、ワンマンのライブのほうがいい。

 こういったフェスは設営などに関しても、莫大な金が動いている。

 実は大きな金がかかるのは、保険に入っている代金であったりする。

 ROCK THE JAPAN FESTIVALは以前、夏場の台風のためにステージが崩壊し、そこから後の日程が完全に潰れたことがある。

 そのままであればイベント会社が潰れるために、保険をかけておくのだ。


 野天のライブとなると、やはり天候の問題は大きい。

 もっとも屋内型であっても武道館レベルの会場となると、遠方からのファンが居るので交通手段が止まると空席が出来るだろう。

 その意味では冬の東京ドームは、果たして興行的に成功するのか。

 チケット代をいくらに設定しているのか、それもまだ詰めてはいない。

 もっともALEXレコード以外は、マイナスになる条件にはなっていないはずだ。


 遠方からやってくる人間というのは、物販にも目が行く人間が多い。 

 今ではもう通販で、多くの物が買えてしまう時代だ。

 しかしそれでも、わざわざドームまでやってきたのだからと、グッズを買っていく人間もいるだろう。

 お祭り気分で散財してしまうのだ。

 いいお客さんである。


 ホテルに戻ってきて、皆で食事をしながら、色々と話をする。

 サブステージの方を見に行っていたメンバーから、良さそうなバンドの話も聞く。

「お前って本当に、金の話好きだよな」

 ヘルプメンバーである涼が、俊に対してそんなことを言う。

 この兄弟は相変わらずと言っていいか、あまり仲が良くはない。

 彩とはお互いに不干渉と、おおよその関係性を再構築した。

 だが涼との間のことは、どちらもがマイナスの感情を抱えたままだ。


 それでも俊は、使えるギタリストとして、涼を選んできた。

 単純にバックミュージシャンとしてなら、レコード会社からいくらでも借りることは出来たのだが。

 もちろんノイズとしっかり、合わせる準備の時間が取れる、という条件もあった。

 しかしそれはそれとして、俊は涼のギター自体は、しっかりと認めているのだ。


 また、金に汚いと言われたところで、俊は全くダメージを受けない。

 金がなければ大きな企画も、やりようがないのだ。

「貧すれば鈍す、っていう諺もあるからな。バイトに時間を取られるぐらいなら、練習なり作曲なりをしていた方がいいだろ」

 俊はそのあたり、完全に割り切っている。

 優先順位を間違えないからこそ、涼に声をかけて臨時のギターをやらせるのだ。




 俊は父親を、涼とその母親に奪われた。

 だが父親の遺産を受け取れることが出来たのは、俊だけである。

 それも母が一度、慰謝料という形で受け取ってから、いずれは俊のものになるという過程がある。

 一方の涼の場合は、残されたのは借金ばかりであった。 

 楽曲の著作権についても、そのまま受け取るにしては、一時的に払う相続税の金などもなかった。

 そこはレコード会社などと話し合って、一部を売却するなどという手もあったのだろうが。


 一番いいのは俊の母が、自分の財産で負債と共に、俊の分の相続を受け継がせることだったのかもしれない。

 だがビジネス的な関係が強かった母は、俊の相続に関しても、それを放棄させている。

 今のところそれは、良かったのではとも思われる。

 なにせ父の残した借金は、様々な形で莫大な額になっていたのだから。


 楽曲の著作権などというのは、コンポーザーにとっては我が子のようなものだ。

 今の俊にはそれが分かるが、母はそれを否定した。

 父との間の愛情は、あくまでも事務的であったもの。

 俊としては両親の間に、愛情がなかったと知ることは痛みを伴った。

 もっとも父は父として、母は母として、親としては俊に愛情を与えていたが。


 涼の場合は結局、何も得ることがなく母の実家に戻ったわけだ。

 このあたりの環境の違いが、今の不仲の原因となっている。

 ただ俊はもう、そのあたりにはこだわっていない。

 涼はこだわっていても、提案を拒否できるような状況ではない。

 俊から見ると涼たちは、一度名古屋に戻って、そこからやり直したほうがいいと思う。

 フランチャイズ経営ではないが、地元に愛されるバンドとなって、そこでチャンスを待つべきだったのだ。

 もっとも俊はそんなことを言えるのは、ノイズが東京を基盤に持っているバンドだからでもある。


 これは歪な形ながらも、弟が兄に対抗している、というものなのか。

 もっとも二人の間には、血縁以上の兄弟関係は築かれていない。

 まだしも彩との方が、かつては親戚のお姉ちゃんとして、いい関係であったものだ。

 それを壊したのは、俊ではなく彩のほうであるが。


 ライブの前日に、こんな形で不仲が露になる。

 問題は問題であるが、それでもどうにかなると考えるぐらいには、俊は計算をしている。

 このフェスの演奏で、涼は今までにないオーディエンスの前に立つ。

 そこでどんな演奏が出来るかで、今後の彼も変わっていくだろう。

 ある意味では、これは引導を渡すことになるのかもしれない。

 もっともそれはそれで、悪いことではないだろう。

 音楽で食っていける人間というのは、本当に少ないものだ。

 本業を他に持ちながら、それでもバンドを続けていく。

 今ではボカロPの中には、そういう人間が大勢いる。 

 またそういう中から生まれてきたコンポーザーも、たくさんいるのだ。


 結局のところ、俊は成功者であり、涼はただのバンドマン。

 しかもさほどは売れていない。

 一応は月に一度はライブをするぐらい、余裕がある生活はしている。

 もっとも一人暮らしではなく、メンバーの人間と一緒に、アパートの部屋を借りてたりするのだが。

 そのあたりはいっそ、ヒモ的な生活をすれば楽であろうに。

 完全にヒモのような生活をしていた信吾は、そんなことを考える。

 重要なのは成功することである。

 そのためには手段など、あまり選んではいられない。

 俊は相当に、逆の意味で手段を慎重に選び、ここまでやってきた。

 兄弟にしても教育の内容で、ここまで結果は変わるのか。

 兄弟喧嘩と言うには、陰湿で重苦しい。

 だが感情の向きは完全に、涼から俊へと一方的なものであるのだ。

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