第242話 ステージの蓄積
アクシデントはライブをする側にとってみれば、たまったものではない。
だがオーディエンスの立場からすると、むしろ面白かったりする。
普段とは違う状況から、いったいどうやって解決するのか。
またヘルプが入ったとして、それがどう機能するのか。
フォレスト・ロック・フェスタはMNRの白雪が登場ということで、後から色々と話題にもなった。
ギタリスト時代の彼女は、ヒートでリーダーのボーカルと一緒に、ツインボーカルに近いこともやっていたのだ。
ほんのわずか、一年ほどの全盛期の活動期。
そういった短い活躍ほど、かえって伝説になったりもする。
俊の知る限りでは、まだ小さくて分からなかった。
だが後からライブなどを見てみると、存在感が確かに違ったのだ。
若く死んでこそカリスマになる。
27歳になるよりも、さらに前の死であった。
そこから音楽業界に残ったのは白雪のみ。
彼女に関しては今でもファンが多く、MNRがスムーズに展開したのはその導線もあったからだ。
八月も下旬、今度は都市部の大型公園を舞台に行われる、ROCK THE JAPAN FESTIVAL。
俊としてはこちらの方が、まだ厳選されたバンドが多いと思う。
フォレスト・ロック・フェスタもこれから人気が出そうなバンドや、海外の有名バンドも呼ばれるが、ROCK THE JAPAN FESTIVALは日本のミュージシャンが中心。
もはや外タレに頼る時代は終わった、というイメージがこちらにはあるのだ。
確かに洋楽の売れ線というのは、今ではもうヒップホップなどやR&Bとなっている。
だが北欧だの東欧だの、そういうところからよく分からない、新しい音楽が出てきたりする。
それを吸収するのが、アメリカの文明の凄いところか。
ポリコレだのLGBTだのバカにされるところも多いが、とにかく行きすぎであって、スピード感のあるのがアメリカだ。
霹靂の刻がノイジーガールよりもPVで上回ったのは、アニメーションが向こうで始まったからでもある。
もっとも相乗効果で、ノイズの他の楽曲も聴かれるようになってはいるが。
アメリカの文化は常に、新しいものを開発して発展してきた。
吸収して発展する、日本の文化とは違いがある。
ただその文化的な攻防は、アメリカの大きなミスによって、日本がかなり優勢になっているところもある。
それを上手く経済につなげるところが、日本は下手であるのだが。
俊はゴートなどと話すと、日本の文化でアメリカを侵略する、という強い意思を感じる。
千歳などはそういう時、マンガやアニメは完全にもう、アメリカが追いつけないレベルであると言っている。
しかしここで商売につなげるのが、本当に日本は下手なのだ。
おそらく本気になれば、アメリカは巨大な資本によって、日本のアニメーションスタジオを買収しにかかってくるだろう。
それに対抗出来る力を、日本も手に入れないといけない。
「そ」
三巨頭会談とも言うべき、フェスを前日とした、ホテルのバーでの会合。
白雪はゴートの大言壮語に関しても、さほど反応していない。
「そういう大変そうなのは、若い者に任せるよ」
確かにゴートもまだぎりぎり20代ではあるのだが、白雪にしてもまだ40歳の手前ではないのか。
正確な年齢は、あえて聞かない俊であるが。
ただMNRの音楽は、ジャパニーズ・ポップの一つとしてアメリカでもそれなりに流れている。
もっともこの中では一番格下のノイズが、アメリカのアニメーションのOPをやっているので、知名度では一番高いのかもしれないが。
そのあたり俊としても、どう考えていいのか分からない。
アメリカにも日本の音楽を扱ったチャートというのがある。
これは長い間、パイレーツが一位であったのだが、それはもう一昔以上も前の話。
いくつかのバンドやミュージシャンが、そのトップに立った。
この数年は永劫回帰がトップであることが多かったが、直近ではMNRが一番高く評価されている。
ノイズはアメリカでも、不思議な感じで知名度が高くなっている。
あちらのアニメーションのOPをやったということで、その評価はかなり高いものだと言える。
世界に冠たる日本のアニメでも、OP曲を担当した。
作品自体の評価は散々だが、PVは日本だけではなくアメリカなどの外国でも回っている。
その点ではノイズが、一番になっていると言えるのだろうか。
もっとも永劫回帰が担当したOPのアニメは、アメリカでも絶賛されているものが複数あり、そのあたりの優劣を考えるのはもう、野暮というものである。
この三つのバンドに、花音を加える。
あとは前座やセット変更の間にも、若手のバンドなどを少し、ステージに立たせてみる予定だ。
ALEXレコードという日本のシェアナンバーワンのレコード会社が企画しても、普通は実現しないものだ。
しかしゴートは実家の力を上手く使って、それの根回しをしっかりと行っている。
東京ドームというのは、かなり特別なステージなのだ。
単純な実力だけでは、そこに立つことは出来ない。
使用料が他のハコと比べても、あまりにも高いのでペイしないのだ。
三日間も連日で行うというのを、本来は花音でやる予定であった。
だが彼女は仲良くなった友達と、バンドごっこをしている。
実力が足りていないわけではないが、当初の予定通りに宣伝をしていれば、もっと確実にドームに来れたのだ。
それを自分のわがままで、バンド活動などをしてしまっている。
花音が自分の名前を使うなら、フラワーフェスタはもっと売れたはずだ。
しかしその売り方が正しいかというと、俊は疑問に思う。
花音一人であるならば、マルチプレイヤーの天才として、充分に爆発的な人気を獲得できたはずだ。
コネクションにしろバックグラウンドにしろ、彼女の持っているものは巨大である。
針巣なども花音は、それに相応しい売り方をしたかったはずだ。
それがバンドである。
ゴートや白雪のように、それまでに実績を作っていたわけではなく、これが初めてのバンド活動だ。
ネットに流れている自分の曲にも、紐付けていない。
導線を全く利用していないのだ。
そのあたりは俊も、自分のサリエリとしての実績を、しっかりと利用していった。
バンドの経験もあるので、当初はネットからユニットで、地盤を築いていく予定であった。
俊からそういう話を聞くと、ゴートも白雪も納得するのだ。
フラワーフェスタの潜在能力は、確かに高いものである。
だが売り方を間違えたのは、これも確かなことなのだ。
今さらライブハウスで地道に、人気を築いていくというのは、単純な遠回りである。
もっともバンドとして大成するならば、この道が一番可能性は高いかな、と俊は思う。
「僕の場合も、最初のバンドは地道にやってたからね」
ゴートの場合はそのルックス売りもあって、すぐに人気が出た。
彼一人に人気が集中したため、バンドとしては成立しなくなってしまったが。
ゴートは自分に負けないメンバーを集めた。
白雪は託された二人を育てた。
それに比べると俊の場合は、一般的なバンドに近い。
もっとも天才をコロコロ見つけてきたあたり、かなり運の要素が強いのは分かる。
そしてそういう運命的なものが、大成功のためには必要なのだろう。
スーパースターにはバックボーンが必要だ。
巨大な後ろ盾があってこそ、成功するということはある。
ゴートは自分の生まれた環境を、特に疑問もなく普通に使ってきた。
親の影響度も、それを活かせるかは本人次第。
実際に最初に組んだバンドでは、単純にメンバーが付いて来れなくて失敗している。
俊もまたそのバックボーンには、ストーリーがある。
ノイズの面々というのは、そういう劇的な背景を持つ人間が多い。
永劫回帰やMNRのメンバーもであるが、なぜか家族関係で、縁の薄い人間が多い。
ノイズメンバーは言うまでもなく、永劫回帰はボーカルのタイガは天涯孤独だし、ギターのキイも両親が死んでいる。
MNRは紫苑も紅旗も両親がおらず、これまたほぼ天涯孤独である。
こういった環境が、音に出てくるというのはあるのだろうか。
12月の東京ドーム公演は、三つのバンドにとってそれぞれ、知名度を上げるチャンスである。
ただその中で花音の出番を作るのが、ALEXレコードが主体となってこのイベントを行う理由だ。
同じ東京ドームでのデビューから、公開しているPVは回りまくっている。
しかしフラワーフェスタの方は、人気が出ていることは出ているが、爆発的な人気とまではなっていない。
他の三人も全員、技術は高いのだ。
楽曲の質もいいし、もっと売れてもおかしくない。
だが何かが足りていないのも確かなのだ。
花音一人だけの方が、確実に売れている。
それに対して俊は、少し理由が分かる気がする。
「飢餓感とか、執念とか、そういうのが足りないような」
俊の言葉に対して、他の二人は首を傾げる。
「音楽っていうのはただ技術が重要なわけじゃなく、もっとフィーリングから生まれるエモーショナルなものが」
「横文字あんまり使わないで」
白雪のツッコミに対して、俊は言葉の選択を意識する。
確かに普段は俊も、もっと日本語を大切に使うのだ。
フラワーフェスタの音楽に足りないもの。
ただし花音からは感じるもの。
「音楽ってもっと、自分の負の感情から出てくるものじゃありませんか?」
少なくとも俊にとっては、音楽はポップスであっても、キラキラしたものばかりではない。
蓄積されてきた経験と、そこから生まれる感情。
それこそが創作において、大切なものなのである。
ただ俊は凡人だが、この二人は天才なのだ。
もっとも凡人の感覚も、ある程度は分かる天才だが。
そうでなければ共感性など、音楽に重要な要素が欠けてしまう。
「幸福じゃないと音楽が作れないわけじゃないと思うけどね」
ゴートはそう言うが、彼にしても俊以上のボンボンではあるが、子供の頃から鬱屈したものがないわけではない。
「表現の幅の問題かな」
白雪にしてもなんとなく、言いたいことは分かるのだ。
技術は既に充分である。
だが感情表現が足りていない。
このあたりは完全に、千歳などとは逆のものである。
彼女は歌はそれなりに上手かったが、それもあくまで自分で母親と歌っていた程度。
ギターに関してはいまだに、プロとしては及第点レベルでしかない。
だが千歳の歌声には、月子にもないような、青臭い感情が乗っているのだ。
月子の場合もその声には、透明感と深みがある。
だがその声は透明でありながら、どこか苛烈なものを思わせる。
淡路の海に、山形の風、そういったものが彼女を形成している。
都会で育ってきた人間には、なかなかない感性であると言ってもいいかもしれない。
ゴートも白雪も、挫折経験なり絶望は、しっかりと経験している。
そういったものから生まれるものは、確かにあるのだ。
ただ花音は、それほど多くを接したわけでもないが、どうにも人間っぽさがない。
生まれ方からして、あまりにもドラマチックであったというのもある。
また英才教育を施されたというのもあるだろう。
彼女だけは確かに、ルーツを強烈に感じさせる何かを持っている。
しかし他の三人はどうなのか。
フラワーフェスタが売れるには、時間がかかると俊は思う。
ただあれが本当に売れる具合に育ったならば、その時こそ日本の音楽シーンは変わるのではなかろうか。
俊はそう思っているが、それとは別に花音のような存在は、絶対に世界に知ってもらわないといけないとも思う。
彼女は本当に特別な一人なのだ。
もっとも実力があると言っても、彼女自身も完全に歪だ。
月子と似たような、才能の偏りを感じる。
あのバンドは玲がリーダーをしているが、俊ほどにはバンド活動に経験も知識もないだろう。
たからこそ上手く売れていないのだ、ということが言える。
それに俊はなんだかんだ、ボンボンではあるが金のない侘しさを知っている。
彩もそうであったし、涼の方もそうであった。
俊のみは両親の離婚の時期の関係で、財産を残されることとなった。
もっとも今の家も含め、ほとんどは母親の財産であるのだが。
俊としても花音の歌は、もっと聴きたいのだ。
だが白雪は、そのあたりを楽観しているようにも思える。
「大丈夫だとは思うけどね」
まだ子供だから、上手くやれていない。
経験の蓄積というのは、自分の失敗からしか学べないものだ。
もっとも白雪もヒートの時代は、一気にメインストリームを駆け上がった。
そしてその時の経験から、MNRを成功に導いている。
だがまだ、あのヒートの本当に短い活躍期間には、及んでいないのも確かだ。
「セツちゃんは優しそうな顔して、けっこう薄情だよね」
ゴートはからかうように言うが、白雪自身もそれは認めるところだ。
「だってまだ若いから。音楽の道なんて、成功する人間は稀なんだからね」
俊が考えるのとは別方向に、白雪は考えていたらしい。
花音の才能、特にあの声質は、天性のものがある。
あれを世間に出さないというのは、音楽界における損失だと思うのだ。
確かに商売上の上では、ライバルになるのかもしれない。
だが彼女の登場は、そもそものパイを大きくするのではないかとも思われる。
コンテンツの拡大した現在、素人が普通に音楽を、世界中に発信出来る。
それが無料で聴き放題の時代なのだ。
この状況で音楽のシェアを、増やすために必要なこと。
やはりスーパースターの存在ではなかろうか。
白雪がそれに対して冷淡な態度を取るのは、おそらく彼女の深層心理に由来している。
本当ならばヒートが、そういう場所にいるはずだった。
確かにそうかもな、と俊は思えてしまう。
ただヒートの人気も、爆発的な頂点で、リーダーの病死というものがあった。
そういった要因があってこそ、伝説のバンドなどと言われるのだ。
ゴートは同じレコード会社だけに、ビジネスとしても花音のことを見ている。
芸術性がどうだから、世界に知られるべきだとか、そういうものだけでもない。
もちろん生まれながらにして、周囲には一流のものばかりが揃っていたゴート。
なので超一流のものは、世界に出て知られるべきだろうという、パトロンとしての面も持っている。
日本文化による、アメリカの侵略。
かつてのブリティッシュ・インヴェイジョンに倣った、ジャパニーズ・インヴェイジョン。
マンガやアニメの世界では、既に当然になっているそれを、音楽の世界でも達成したい。
ゴートの言葉に対して、白雪はやはり冷淡だ。
「頑張るね」
彼女自身は今も、日本のトップクラスに位置する。
だがコンポーザーとしてではなく、表舞台に出てきたのは、二人の弟子のためである。
正確に言えば、両方共に戦友の弟子なのだが。
紫苑は両親の死後に預けられ、紅旗は戦友が教えた息子である。
この二人を一人前にする過程で、MNRは売れてしまったと言える。
ヒート時代はそこまで注目されていなかった、白雪のボーカル。
まさに雪のように溶けるボーカルは、ほとんど唯一無二の存在だ。
花音のボーカルの質に、日本の中では一番近いだろう。
ただ白雪は自分の声に、花音ほどのイメージの広がりがあるとは思わない。
放っておいてもいつかはどうにかなる。
わざわざ手をかけていかないと花開かないのなら、最初から芽がないのだ。
この考え方はある意味、ゴートよりもよほどスパルタだ。
それに俊としても、花音ほどの存在を世間に出すのは、音楽業界全体の責任だとも思うのだ。
「まあ、面倒じゃないことは手伝うよ。そちらの持ち出しも多いわけだし」
そう、この東京ドームのイベントは、基本的にALEXレコードが主催となって行われる。
正確にはそこと組んだプロモーターがであるが。
ノイズとMNRは、リスクとコストも少なく、東京ドームでライブが出来る。
これはありがたいことなのだ。
正直なところ俊としては、これは去年か来年にやってほしかったことだ。
なにせ今年は、千歳の大学受験があるのだから。
もっとも推薦に関しては、ライブの時期には既に終わっている。
しかしそれに向けての練習で、ある程度の時間は必要になる。
面接と小論文、そして学校からの推薦などで、その合否が決まる。
もしも合格しなかったら、浪人するのかそれとも音楽で食っていくのか、そこを選択しなければいけなくなる。
ただノイズとしてのタイミングなら、やはり悪くはないのだ。
夏には日本の、二大巨大フェスに参加。
その前には武道館ライブもやっている。
時期的には紅白出場も、発表されているだろう。
千歳の受験にとっては、実績という面では追い風しかない。
今後の日本の音楽シーンを、ゴートは巨大な視点から見ている。
対して白雪は、あくまでも現場ベースだ。
それと比べると俊は、あくまでも現実的な観点を忘れずに、しかしながらより高みを目指している。
ノイズはまだ結成して二年ほど。
ここからはまだ、伸び代がある。
特に千歳が系統立てて音楽を学んでいけば、もっと面白いものが生まれるかもしれない。
彼女は今まで、自分の感性のままに、俊に色々なものを提供してきた。
そこから生まれたものは、それなりに多いのだ。
信吾と栄二はノイズをやりつつ、他のバンドなどからヘルプを頼まれたり、バックミュージシャンとしての仕事も入ってきている。
もちろんノイズとしての活動がメインだが、それを別にしても音楽で食っていけるだろう。
月子をどうしてやるかと、俊自身の未来が問題だ。
今のスランプについて、俊はこの二人に言えてはいない。
二人とも当代屈指のコンポーザーではあるのだ。
あとは俊が気にしているのは、TOKIWAに徳島といったあたり。
ただこの二人は、あくまでも楽曲提供が仕事だ。
表舞台に立ってくることはまずない。
フェスの前日に、こんなことを語り合う。
年末の予定については、誰もが既にスケジュールを埋めている。
ただイベントの細かい内容は、これからじっくりと決めていかないといけない。
もっとも大きなステージでやろうとすると、時間はどんどんと溶けていく。
それが分かっているから、こういう普通に集まれる時に、お互いのことを理解しようとするのだが。
俊からするとこの二人は、まだだいぶ格上だ。
しかし背中すら見えない、というほどのものでもない。
今の俊はスランプなだけに、距離を詰めていくことが出来ていない。
だがいずれは追い抜ける、という確信を失ってもいない。
「女性ボーカル三人あたりで、歌える曲を作っても面白いかもな」
そんなものが作られた場合、永劫回帰にはほどんとメリットがないのだが。
俊としては二つの巨大バンドとの共演は、新しい可能性を開く鍵でもある。
そこに至るまでにも、多くの経験があるだろう。
スランプを脱するためには、大きなインプットが必要だ。
その俊の求めていたものが、手の届くところにあるのだ。
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