第240話 仙台公演

 本当なら一日二回のライブでも良かったのだ。

 100万都市である仙台なら、セットリストを大きく変えることによって、二度ともチケットを買う、というファンがいてもおかしくはない。

 実際に今回のツアーは、カバー曲を多くやると告知してある。

 これは俊が作曲が上手くいかないため、カバーアレンジを繰り返していたからでもある。

 普段のノイズで、あまりやらない方向性の曲。

 一つにはストリングスと管が多い曲。

 もう一つは同じボカロP出身者の作った曲である。


 もっとも既に、何曲かはやっている。

 そもそも月子が自分で歌ってみたをやった中に、フォニイが入っているのだ。

 あれは多くの歌い手によって、とんでもない回数がカバー曲でも聴かれている。

 しかしあえてそれを、俊は今回解禁してみた。

 電子音も使ってみて、ボカロ曲ではなく、ボカロPの作った曲である。


 ツアー当日、昼間からセッティングが行われてリハも行われる。

 仙台は初めてなだけに、今回は有名カバー曲を少し多めにしてある。

 また信吾に忖度したというわけではないが、ベースが重要な曲を集めてもみた。

 既に以前、ライブなどでは演奏している曲もある。

 だが長年の人気を誇っているバンドなどの曲は、それだけに受ける要素が詰まっている。


 ストリングスはヴァイオリンならば、俊が弾くことが出来る。

 だが基本的には打ち込みを優先している。

 あとは霹靂の刻とノイジーガール、そしてハッピー・アースデイはマストで入れている。

 これでも二時間やるのだから、いくらでも曲はやらなければいけない。

 ノイズの楽曲の中で、CDには入れているものの、音源としてはサブスクに入っていないもの。

 それらもやってみるべきであろう。

 地理的に見ても、北寄りにあるので、三味線の目立つ曲ももう一つぐらいはやっておくべきか。

 そうやって色々と考えて、セットリストは完成したのだ。


 問題なくリハも終わり、あとは時間を待つのみ。

 その時間の間に、俊は色々な曲のアレンジをしている。

 もしもあと一人、ボーカルが増えたら、という考えでやっている。

 ゴートの言っていた企画が、ちゃんと実現した場合の話だ。


 ノイズとMNRは、基本的に女性のボーカルだけを使っている。

 男女で歌う曲なども、ノイズは月子と千歳のパートで、しっかりと分け合うことが出来たのだ。

 ただ千歳のボーカルとしての能力は、あくまでもバンドボーカルという面が強い。

 ソロで歌うとなれば、月子の方が強いのは間違いない。

 それでも千歳の声は、上手く感情が乗っている。

 なのでこれはこれでいい。


 永劫回帰は完全に、男性ボーカルのバンドだ。

 ゴートなども歌えるのだが、それよりもドラムとしての面が強い。

 自分がこのバンドを支えている、という意識が強いのだ。

 ただし栄二か紅旗にドラムを任せられるなら、他の楽器に回るかもしれない。

 日本一のドラマーとしては、おおよそ評価は定着しているが、マルチプレイヤーとしても強力だ。




 月子と花音の声を使っていいなら、随分と豪華な楽曲が作れる。

 これに白雪が加わって、タイプがそこそこ似ているボーカルになる。

 ただ白雪は本来、もっと太い声で歌うことも出来る。

 そして花音は他のボーカルと合わせたら、どういう効果が出てくるだろうか。


 フラワーフェスタをこの3グループと一緒に持ち込むのは、明らかに格が足りていない。

 ALEXレコードのゴリ押しにしか見えないだろうし、そもそも楽器が多くなりすぎる。

 せっかくこんな豪華なメンバーを使うのなら、男性ボーカルをもう一人か、女性で低音を歌えるボーカルを連れてきたい。

 たとえば彩のような、ということにもなるわけだが、俊としてはいくら和解したといっても、彩と同じステージには立ちたくない。

 もっとも単純にボーカルとしての性能の話をするなら、彼女は確かに格も釣り合うし、女性の低音パートをフォロー出来るのだ。


 もっとも声の多彩さというなら、白雪はあれで低いパートも歌える。

 花音にしてもまだ、全力を出しているとは思えない。

 もういっそのこと、バンドは三組でそれに花音を足せばいいのではないか。

 そういう意図でもって、俊はカバー曲のアレンジをするのだ。

 

 単純に一番強いメンバーだけを集めるとする。

 ギターは暁と紫苑、ベースは白雪、ドラムはゴートでボーカルはそれぞれということになるか。

 ただドラムのパワーという点でならば、MNRの紅旗はゴートを上回るであろう。

 俊としてはシンセサイザーよりも、むしろヴァイオリンでも弾くべきであろうか。

 確かゴートはサックスなども吹けたはずだ。


 夢物語にも聞こえるような、とんでもないイベントである。

 しかしながら実現すれば、確かにドームを使ってもペイ出来るだろう。

 そこまで考えて、俊はもう一つ考え付いた。

 何もタレントは、日本国内で賄わなくてもいいのではないか。

 それこそまた、ケイティを連れてくればいい。


 だが俊はそれを想像して、どうも上手くいかないだろうな、と思ってしまった。

 アメリカやヨーロッパで忙しい彼女を、しばらく日本に拘束する。

 それでどれだけの金が動くのか、ちょっと俊には分からない。

 現在の歌姫としては、おそらく世界でもトップではないのか。

 もっとも花音が周知されるようになれば、その地位も脅かすことになるだろう。

 むしろ彼女はそれを望んでいるかもしれない。


 わずかに残った、イリヤが病気になる前の、全力で歌っていた音源。

 10代前半の年齢であったはずだが、既に声は圧倒的なものがある。

 しかしライブ映像などは、ほとんど残っていない。

 海外のタレントらしく、SNSでの拡散も、特に問題視はしていなかった。

 だが主にコンサートホールでステージをしていたので、そういう場所ではスマートフォンの使用は禁止されていたからだ。




 作曲が出来なくなっている本人は、もちろん深刻な事態である。

 だがバンドメンバーは、俊のことを信じている。

 信じてはいるが盲信してはいないのは、事務所の所長でマネジメントまでしている阿部だ。

 あれだけのペースで作曲をしていたのに、駄作が一つもなかった。

 その上で一定のクオリティの曲だけを、発表していたのである。

 発表するレベルにないと判断すれば、分解して頭の中にしまっておくのではなく、今ならコンピューターの中にしまっておく。

 それが出来なくなったというのだから、心配するのは当然である。


 俊はストイックな人間だ。

 正確に言うと、音楽を何よりも優先するのに、まるで躊躇がない。

 天才ではなく、凡人の異常な執念とも違い、スタイリッシュなところがある。 

 そのくせ音楽に向かい合う姿勢だけは、どこまでも一途である。

 完全に食欲と睡眠欲と、同列ぐらいに音楽に対する欲望が並列している。

 月子や信吾などは、作曲の途中で電池が切れるように寝ている、という姿を何度も見ているらしい。

 そんなアーティストが、果たして何人いることだろうか。


 もっともアーティストの創造性は、遊びの中からも生まれてくる。

 単純に音楽だけではなく、小説や絵画など、そういったものから生まれてくることもある。

 ただ広く浅く、あらゆるところから取ってくる人間もいれば、狭いところをとことん深く、潜ってくる人間もいる。

 俊の場合はそれなりに、範囲は広いところがある。

 しかしながら潜っても、そう簡単にお宝には手が届かない。

 トライ&エラーというのが俊の作曲手段である。

 コンポーザーとしてはひたすら、時間と労力をかけていく。

 映画の音楽などを聴くと、それはシーンにとって重要なものだと分かる。

 そこから生まれるものもあるのだ、と言っていた。


 スター・ウォーズ、ターミネーター、スーパーマン、ロッキー。こういった作品のテーマ曲。

 映画の音楽は、物語を彩るものである。

 音楽というものは、その数分間の短い間に、物語がなくてはいけない。

 薄っぺらくない歌詞を作るのは難しいが、俊はそれなりに読書家でもある。

 適当な引用をしてくれば、勝手に解釈してくれるものであるし、感情をそのまま歌うということも出来る。

 自分が歌うのではないのだから、歌詞は恥ずかしくてもいいものだ。


 こういう時こそ、こしあんPとしての活動をすべきではないか。

 思いっきりふざけまくった、受けだけを狙った楽曲。

 ただ俊はあれを黒歴史扱いしているので、メンバーもあまり言えることではない。

 阿部の場合は俊に、オペラやバレエといった、自分の趣味のチケットを、渡してみたりはしたものだ。




 ライブ開始前に、開場が始まっている。

 バンドの販促物も、色々と揃ってきた。

 ノイズの場合はとにかく、音源というのがあまりネットに流れていない。

 アンダーグラウンドに潜れば、普通に販売しているものは、いくらでも手に入るのだが。


 ただノイズが演奏する楽曲は、同じものでもアレンジが違う。

 それこそライブごとに、特にリードギターが変化する。

 自分のノリと客のノリ、それを比べて強引に持っていく。

 暁のギターがそうやって、雰囲気を変えていくのだ。

 そしてそれに乗せて、ボーカルがさらに上げていく。


 この日、ノイズは18曲をやる準備をしている。

 二時間のステージであっても、これはそこそこ多い方だ。

 これはあくまでアンコールを含んでいない曲数である。

 おそらくは20曲か、念のために21曲を準備している。


 ノイズの持ち歌のうち、カバーは夏場の曲が多い。

 やはりロックとなると、夏というイメージが強いからだろう。

 秋から冬を通じて春にまでなると、バラードが多くなったりする。

 激しさはやはり、夏場の方が圧倒的だ。

 野外フェスに関しても、冬場はとてもやれたものではないのだ。


 ライブ後に買えばいいという人間もいれば、先に買っておいて確保するという人間もいる。

 ノイズはいまだに音源は、フィジカル主義なところがある。

 ジャケットや、ライナーノーツなどに関して、色々と凝ったことをしているのだ。

 それ自体がファングッズとして、考えて買ってもらう。

 ライブバンドであっても、特に地方の人間であれば、そうそうライブを見られるわけではない。

 なので地方では、割とこういうものが売れる。


 開演までの時間は、色々とまだ動けるハコの状態だ。

 およそ1400人が入るが、チケットは完全に売り切れた。

 やはり昼との二公演にした方がよかったかな、と阿部などは思っている。

 前日入りしていたのだから、確かにそれも可能であったのだ。

 夏場であるのだし、この前のフェスの評判も良かった。

 ただ千歳のリズムギターに関しては、普通にレコード会社からレンタルをしている。

 ここで他の有名バンドから、誰かのヘルプという選択はしなかった。


 そうはいってもノイズのメンバーでもないので、目立たないように弾いてもらうだけだ。

 ただ遠征して三日間拘束なので、ここでギャラをしっかり払わなくてはいけない。

 レコード会社所属なので、これも仕事の一環ではあるのだが、ノイズの場合は契約がそうなっている。

 誰かが抜けた時には、自分たちで見つけないと、厳しいのは確かである。

 本当はここをしっかり考えるはずの俊が、今は自分のことで精一杯になっている。

 やっと自分の役割が回ってきたな、と阿部は仕事をしているわけだ。




 スタンディングの入りは、正確にはもう少し入る。

 これが東京などであったりすると、二階席もあったりするわけだ。

 このサイズで完全に一階のみに出来るのは、いくら都会であったとしても、東京ほどは土地に不自由していないからか。

 また道楽でやっているという話にも、信憑性が出てくる。


 千歳は俊の不調とは別に、彼女自身も揺らいでいる。

 単純にこの間のステージ、ボーカルだけをやってみた感触だ。

 タイプが違うとは言われても、ボーカルとしての能力は、絶対的に月子の方が高い。

 それでもギターボーカルならば、なんとなく言い訳がついたものだ。

 もっとも月子は三味線を演奏しながら歌っても、別にパフォーマンスが落ちたりはしない。


 この日、完全に千歳は、ボーカルだけの役割しかない。

 ボーカルメインの月子も、三味線を弾かせれば絵になる。

 そして楽器演奏型のボーカルとしては、白雪はその究極のような姿であった。

 あれが最初のバンドでは、サブの女声ボーカルであったのだから、本来のボーカルはどれぐらいの力があったのか。

 しっかりとライブ映像などを見て、それは短期間でもトップを走るよな、と思った。


 ヒートの演奏というのは、しっかりと映像も残っている。

 ライブになった時の演奏のクオリティは、レコーディングされたものよりもはるかに、パワーに溢れたものになっている。

 このうちのギターボーカルとベースがもう、故人となっているのは本当に、天才は夭逝するとでも言うものだろうか。

 ドラムの人間も業界は引退したが、彼が鍛えて白雪に託したのが、紅旗であるという。

 15年も昔のバンドから、白雪はまたコンポーザーではなく、パフォーマーのエンターテイナーとして戻ってきたわけだ。


 ヒートはアイドル系の人気もあったというが、それよりも演奏技術が圧倒的であった。

 だからこそ一人が欠けても、解散するということになったのだろう。

 ツェッペリンもボンゾが死んで、即座に解散を宣言している。

 ただヒートの場合は、リーダーでメインボーカルが死亡したので、それも仕方がないことだったのだろう。


 自分にあの高みに行くだけの力があるのか。

 千歳には全く、そんな想像がつかない。

 ただ今は、俊もまた不調になっている。

 その中でもリズム隊はビートを刻み、そして月子と暁は本気で演奏する。

 メンバーが全力を出せない時は、それを埋めてしまう機会である。

 より自分に視線を集める。

 普段はむしろおとなしいのに、月子と暁に共通した部分である。


 ただ今回のセットリストは、ベースラインの目立つ曲を多くしている。

 せっかくだから信吾が、少しでも目立つようにしようという考えだ。

 作曲においてはスランプになっていても、販売戦略には間違いがない俊である。

 地元出身のメンバーがいることを、普通にファンは知っている。

 これまで北へは、せいぜい群馬までであったのが、やっと東北にやってきた。

 その理由として、メンバーの出身地だからというのがある。




 信吾が曲の主要部分を作ったのがバーボン。

 酒に酔っ払うような、ベースラインの重くて深い部分がメロディアスな曲である。

 熟成された酒のような、そういうイメージがある。

 重たいベースの音が、まったりとしていて濃くがある。

 信吾としてもここは、しっかりと弾いてみせた。


 夏場ということで、カバーするのは夏の嵐であったり、打上花火であったりする。

 オリジナルのノイジーガールも、イメージとしては夏なのだ。

 俊が得意とする季節は、夏か冬。

 春はまだしも秋は、どうも汎用の曲にしかならない。

 もっともそれは曲ではなく、歌詞の問題なのであろうが。


 暁は夏のフェスで、白雪と勝負をした。

 そんな約束はしていないが、ステージの上ではバンドとオーディエンスの勝負であり、同時にバンド内でも勝負になるのだ。

 それは合わせる、ということとは全く違う意味を持っている。

 お互いがお互いを飲み込むような、そういう演奏をしていく。

 暁の場合は常に、そういった危険性がある。


 アドリブでアレンジしていくことが多く、それでも基本的なラインは外さない。

 またソロの部分が長くなったりする場合は、ちゃんとあらかじめ相談はしておく。

 曲と曲のMCの間に、ジャカジャカと鳴らしていたりすることはある。

 そしてMCの終わりから、次の曲が始まっていくのだ。

 この間奏にも似た部分は、本当にアドリブで、適当に弾いていっている。


 ギターを持っていないと死んでしまう。

 暁の生き様というのは、ノイズのメンバーの中では、一番天才のあり様に近い。

 月子の場合は歌うことで、ようやく生きていけることが出来る。

 これは少し、暁とは違うであろう。

 音楽を奏でる喜びは、暁の肉体に充満している。

 ただ月子の場合は、自己承認欲求が強い。


 一般的な水準からは、ずっと下に見られてきた。

 歌って踊ってようやく、誰かに注目されるようになった。

 しかしさらにその上に立たなければ、人生の収支が合わない。

 おおよその人間は、そのあたりが合わなくて苦労するのだが。


 アンコールが二回。

 そして二回目には、二曲をやってみた。

 secret base~君がくれたもの~で最後は〆る。

 これで今日は終わりだな、という空気になってくれた。

 予定時間を20分ほどオーバーしたが、これはもうサービスである。

 満足して帰ってもらわなければ、次がないという覚悟で常にやっているのだ。




 楽屋に戻ってくれば、もう全員がヘロヘロになっていた。

 その中では俊だけが余裕があるが、それでも地元のフリーペーパーの記者からのインタビューに応えたりしている。

「これだけライブの後に、精魂果てたといったバンドは、そうそういませんよ」

「もう少し器用になれたら、それがいいのか悪いのか分からないですけどね」

 俊としてはペース配分を考えるよりも、全力を出し切ることが重要だと考えている。

 だが演奏のポジションの関係で、気苦労は多くても体力までは、そうそう限界に達することはない。


 そんな中に、阿部が関係者を連れてきた。

「ちーちゃん!」

 自分が呼ばれたのかと千歳は思ったが、少女が駆け寄ったのは信吾のところ。

「おう、見てたか」

「見てた! ベースのくせにかなり目立ってたね!」

 信吾の妹である忍と、父と兄が全員、このライブを見に来ていたのであった。

 まあ女の子一人で向かわせるとのは、ちょっと問題があるかもしれない。


 微笑ましい一家の面会に加え、信吾の父が土地の銘菓を持ってきていたりする。

 対してノイズの側も、信吾に持っていってもらう予定だった東京土産を、ここで渡してしまった。

 夏休み中の週末と言っても、そうそう非日常の空間に入ることは少ないのが大人だ。

 しかし家族の活躍だと思うなら、ちょっとぐらいは無理をする。


 家族か、とノイズのメンバーは考える。

 自分で家族を作った栄二以外は、おおよそ家族の縁が少ない。

 月子と千歳はともかく、俊と暁も片親がいない。

 だがどんな人間でも、いつかは自分で家族を作らないのなら、周囲の人間は減っていく。

 核家族化によって、人生の最後が病院である例は、どんどんと増えていっているのだが。


 母親を早くに亡くしているといっても、まだ信吾には頼りになる兄がいる。

 暁の場合も父親は、なるべく一緒にいようとしている。

 すると完全に放置して、海外を飛び回っている母を持つ俊は、ちょっと気の毒ではないのか。

 欧米であればネグレクト扱いだ。


 信吾の妹もまた、信吾が残していったお古のギターを、どうやら始めているらしい。

 今が高校一年生なので、頑張れば千歳と同じぐらいにはなるのか。

 もっとも千歳の周囲は、お手本になるギタリストが大量にいたが。

「何か特別な練習とかしてるんですか?」

 暁はそう質問されたが、そもそも練習とはなんなのだろうか。

 自分はただ気が済むまで、延々とギターを弾いているだけである。

 あまり練習をしているという意識がない。


 暁にとっては、ギターが弾けていないという状況が、そもそもおかしいのだ。

 ギターは毎日弾いて当然、という人生を送ってきた。

 それがここでどういう練習をしているか、などと質問されてしまったものだが、そもそも練習というのはバンドと合わせるぐらいで、特別なことをしていない。 

 ただずっと弾いて、弾けない場合はどうして弾けないのか調べる。

 父親に聞けば、おおよそ答えが返ってくるのだ。




 仙台ツアーは成功に終わった。

 千歳のギターの代わりも、東京近郊ならそれほど問題なく見つかるだろう。

 そう考えていたところ、千歳が言い出したのだ。

「木蓮にやらせてみるってどうかな」

「無茶を言うな」

 即座に俊は否定して、それをメンバーの誰もが妥当だと考える。


 次のノイズのライブは、夏休みの終わりのフェスである。

 今回のステージはメインステージなので、五万人以上が聴衆となるわけだ。

 そんなところにライブ初心者を連れて行って、まともに演奏出来るはずもない。

 普通に他のバンドから、ヘルプを頼めば済む話だ。

 そもそも普段から、信吾や栄二はヘルプで入っていたりするのだから。


 俊が普通に考えているのは、当初はフラワーフェスタのメンバーであった。

 ゴートの計画が進んでいるのなら、こういった事前の交流があってもいい。

 ただレーベルはおろかレコード会社まで違うとなると、やはり縄張りの問題がある。

 それを取っ払ってもなお、やるだけの価値がなければ、会社というものは動かないのだ。

 アーティストはビジネスだけで動かないが、アーティストが万全に動くのには、ビジネスマンが必要なのだ。


 それに俊には、一度ぐらいなら心当たりがいくらでもある。

 ノイズのピンチヒッターともなれば、やってみたいという中堅どころはたくさんあるだろう。

 あとは合わせられるかと、人間性の問題だ。

 そのあたりを考えると、人選も絞られていく。


 信吾は実家に久しぶりに帰り、そして他のメンバーはホテルで宿泊。

 あの貧乏ツアーをしていた頃からすると、随分と恵まれた環境になっている。

 もっとも俊としては、不遇であるということが、エネルギーを生むのだとも思っていたりはするが。

(成功して満たされたら、それがなくなってしまうのかな)

 もっと貪欲に、もっと傲慢になれ。

 そのためにはもっと、今までよりもずっと重要な、キラーチューンを作る必要があるのだ。

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