第215話 パワー

 マンガなどではよくある飛び入り展開であるが、現実ではおおよそ成立しない。

 サプライズなどと言っていても、ちゃんとセッティングしていないエレキギターなどでは、満足な演奏が出来ないからだ。

 暁はこの件について正直、俊のことを疑っている。

 俊ならば暁の使っている機材については詳しいし、普段のセッティングもよく知っているからだ。

 花音の伸ばした手に掴まって、ステージに上がる暁。

「飛び入りか?」

「いや演出だろ」

「小さいな。中学生か?」

 確かに暁はノイズはおろか、フラワーフェスタのメンバーの中でも、一番小さいのであるが。


 現在の18歳女子の平均身長は157cmほどで、月子は167cm、千歳は160cmなので、上手いこと7cm刻みで違ったりする。

 さらにその上は俊が175cmなので、ほぼ同じぐらいの身長差があり、信吾も181cmあるので上手く身長がばらけているのだ。

 座ってドラムを叩く栄二は、あまり関係がない。

「あたしが誘いに乗らなかったらどうしてたの?」

「暁さんなら来る」

 確信していた花音の言葉に、この子もロックだな、と思う暁であった。


 ギターケースから取り出す、黄色いギブソンのレスポール・スペシャル。

「楽譜、前と変わってない?」

「うん」

「微調整に一分もらうよ」

 ジャックインして、早弾きと微調整が始まる。

「え、あれってノイズのアッシュじゃね?」

「アッシュか? え、なんで?」

「レフティで黄色いレスポール弾くなんて、アッシュ以外に見たことないぞ」

 それはまあ、世界でもごく少数というぐらい、珍しい存在であるかもしれない。


「アッシュだ。衣装が違うけど」

「三つ編みのアッシュだ」

「いや、あれ普段着じゃないの?」

「ジーンズじゃないアッシュだ」

「アッシュがスカート履いてる」

「しかもワンピースのスカートだぞ」

「カントリー系じゃん」

「こっちの方が可愛いな」

 最後のやつ、黙れ。


 まあ左利きのギタリストというのが根本的に、世の中には珍しいのだ。

 それが黄色いレスポールを使っているなら、特定はもう容易である。

 微調整のために弾くそのスピードが、まさに暁だという証明になる。

 同じ機材でもほんのわずかな違いというのが、あるのは仕方がないのだ。

 これがストラトであったりすると、アームで上手く誤魔化すことが出来たりもするのだが。


 自分も有名になったものだと思いつつ、調整が終わる。

 完璧とは言いがたいが、時間が限られている今回は、もうフィーリングである。

 ただ不完全な状態で、自分に演奏させるということ。

 これはちょっと後で、きつく言っておく必要があるだろう。

「いいよ」

 暁の準備は完了である。

 もちろん騙まし討ちをされていて、そのまま譜面通りに弾こうとは思わないが。




 これまでの三曲は、楽器を演奏しながらの歌唱であった。

 しかし花音は手ぶらであり、マイクスタンドからマイクを外す。

 ちょっと可愛らしい顔立ちの花音だが、暁がいると他の面々の身長も分かる。

 全員が160cm以上であるのだが、これは完全に遺伝や、人種の平均からなるものだ。


 マイクを構えた花音が、大きく息を吸い込む。

『Powerrrrrrrrr!』

 ドラムとベースが重たいリズムを作り出し、そこにメロディアスなピアノが乗りかかる。

 最初からUHUHUHとコーラスがかかっていき、最後にギターの音が空気を切り裂いていく。

 テンポの速い曲である。

 だが花音の声は、ゆったりと空気に溶けていく。

 そして空気が色を変える。


 ライブハウス最後方にいても、その声の影響は強烈であった。

 爆発が正面から飛んできたかのような、そんな錯覚があった。

 それでいて声の性質は、空気の調和を乱さない。

(この歌い方、なんだか邦楽っぽくない……)

 同じボーカルだからこそ、千歳にはそれが分かる。

 そして根本的に、自分よりもはるかにいい声をしている。

 少なくとも映像で見るような、MV用にちゃんとミックスをした自分のボーカルよりも、なんというかずっと伝わるのだ。


 泡のように、弾けて染み込む。

 大きな衝撃があるのだが、むしろそれが心地よい。

 声は伸びやかなものであり、ブレスまでにかなりの時間がある。

 誰が作ったのかは知らないが、ボーカルにかなりの肺活量を必要とさせる曲だ。

 ちょっとカラオケでは歌いにくいものであろう。


 陶酔に半分は浸りながらも、俊の思考は曲の分析をしている。

 ピアノのメロディーが歌の伴奏のようになっており、ギターはアクセントを加えている。

 ピッキングの細かいところは、リズムギターとしての役割もあるのか。

 だがコードがどんどんと変わる中でも、音を刻み付けるように演奏されている。

(この曲で合わせるのは初めてだろうに、よくもまあ出来るもんだな)

 少なくとも俊には出来ない。




 普段の暁とは、違う姿を見せている。

 あえてロックな虚飾を排したスタイルのようにしているが、実際の暁はクセっ毛にワンピースが似合う、カントリースタイルの少女なのだ。

 ただし本人としては、求めているのはハードロックだ。

 今の時代はもう、テクニカルなものが必要とされている。

 しかしその中で暁の音は、特徴的なアクセントになっていく。


 この曲をやるなら、確かに五人目が必要なのだな、と俊には分かる。

 もっともギターレスな構成にすることも、不可能ではないだろう。

 あるいはドラムかベースを、あえて外してしまうか。

 キーボードがあるので、低音部である程度、リズムを再現することが出来るのでは。

 そんなことも思うが、実際にやってみるのは難しそうだ。


 花音の歌が続く。正統派の歌唱スタイルは、ロックやポップよりもR&Bのものであろう。

 歌い方の影響は、ドームではケイティのものかと思ったが、このステージでは違う。

 これが花音の、本当の声なのか。

 ライブハウスの音響としては、スパイラル・ダンスはさほど凄いものでもない。

 だがそういった小さなハコの中でこそ、隅々まで声が支配していく。


 マイクをかなり口から離しているが、それでもちゃんと響いている。

 単純な声量が、普通のバンドのボーカルとは完全にちがうものだ。

 マイクとの距離を上手く使って、さらにビブラートまでかけている。

 メロディアスなロックのテンポの中で、花音の声に含まれているのはブルース。

 腕組みをしていたはずが、その手に力が入ってしまう。


 聴衆への共感が、ものすごく高い曲だ。

 歌詞の内容というのは、生きて行く上で辛いこともあるけれど、上手く笑って生きて行く。

 転んでも立ち上がって、明日を夢見ていけばいいのさ、というものだ。

 基本的に花音は、月子に似たところがあるな、と俊は思っている。

 彼女の場合は過集中で、周囲が見えなくなるところだが。

 ソロではなくバンドを組むということ。

 確かに売り出すためにはソロでいいのだろうが、彼女は誰かの助けを求めている。

 いや、助けではなく、一緒に進んでくれる人をだろうか。


 ケミストリー、化学反応。

 俊が月子とユニットを組もうとした時に感じた、特別な何か。

 このバンドは花音のボーカルを完全に活かすなら、五人目の演奏者が必要だ。

 そしてそのレベルに達していて、条件を満たしている人間など、そうそういないのではないか。

(暁はやらんぞ)

 父親のような考えになってしまっているが、花音の歌声に負けていないのは、暁のギターだけだ。


 いっそのことボーカルだけのアカペラで通用するのではないか。

 なんなら前曲と同じQUEENなら、We Will Rock Youは足踏みと拍手だけで途中まで歌える。

 俊も知らないことだが、はるか昔から何度もCMなどで使われていて、認識しているずっと前、俊が生まれる前から使われているのだ。

 まあ英語が下手な日本人でも、サビだけは絶対に歌える、とんでもないキャッチーさがあるが。

 QUEENの曲には革新性があまりないなどと言うが、これは充分にオリジナリティが高いものだ。

 花音にはそういった、何でも歌わせてみたい、という不思議な力がある。

 とにかく声質がまずほとんどいないタイプであり、歌唱力が高い上に、声量も多く表現の幅が広い。

 月子と千歳を二人合わせて、ようやく対抗出来るかというぐらいの圧倒的な歌だ。


 人間の負の感情を充分に知っている俊は、この先がどうなっていくのか気になる。

 フラワーフェスタのリーダー的な役割は、玲が果たしているという。

 だが彼女は器用に足らないところを補うが、どこかが圧倒的に優れたミュージシャンというわけではない。

 もちろんプロになる平均は、充分以上に満たしているが。

 他の二人はソロでやるぐらいの潜在能力があり、そして花音はそれすらと比べて別格だ。

 その中で暁のギターだけは、花音の歌と拮抗している。


 本当の力で弾いている。

 Tシャツを脱ぐとか、髪をほどくとか、そういったルーティンもなしで。

(あいつ、こんなに上手かったのか……)

 そうではなく、花音の歌と共鳴しているのか。

『Say! Power!』

 とてつもない力が入っているのに、それが不快ではない。

 花音の歌は本当に、彼女だけの特別なものだ。

 ドームで聞いた彼女の歌声は、確かに計算された素晴らしいものであった。

 だがここには計算を超えた、本当の彼女の歌が響いている。

 これが、本当の花音なのだ。




 ギターの響きの余韻が途絶え、演奏が終了する。

 とんでもないものを聞かされてしまった。

 それまでの三曲は、比較的普通に演奏していた彼女たちが、最後の一曲だけで汗だくになっている。

 この曲を誰が作ったのかは知らないが、しっかりと本領を発揮出来るように、計算したものなのだろう。

 だが、明確な欠点がある。

「アキがいないと、演奏できないんじゃない?」

 千歳がぽつりと呟いて、静寂の中で拍手を始める。


 聴かされた方さえも、とてつもなく疲れていた。

 だがそんな聴衆が、やっと拍手と歓声でステージの少女たちを称える。

 30人ほどしか聴いていなかった、この初ライブ。

 俊の記録した映像が、おそらく重要なものとなるだろう。

(才能の集まりっていうのは、上手く舵取りをしないと、衝突して解散するぞ)

 特にジャンヌとエイミーはアメリカ人的な思考を持っているだろうから、自己主張は激しいはずだ。

 ただ、玲が調整役に回り、圧倒的な中心の花音がおとなしければ、長く続くのかもしれない。


 万雷の拍手の中を、彼女たちはステージから去っていった。

 ようやく思考力を取り戻した聴衆たちが、今の演奏について語り始める。

 とんでもないものを見てしまった、と思っているのだろう。

 あるいはライブというのはこんなにすごいのか、と。

 もっとも一つ前のバンドは、そんなことはなかったので、これが特別だと分かるかもしれないが。


「楽屋に行こう」

「え、残りは見ていってあげないの?」

 千歳の単純な問いには、信吾が答える。

「いや、この空気の中で、次にやるのって相当にきついぞ」

 冷え冷えになりそうなのは、もう見ずとも分かる。

 ノイズのパワーであれば、なんとかなるであろうが。


 最初だから仕方がないのだが、こんなバンドはトリに持ってくるべきなのだ。

 もっとも実績がなく、派手な宣伝も出来ないバンドを、いきなりトリに持ってくるのも出来ないだろうが。

 客が湧いた後の、次の順番で漫才をやるようなものだ。

 どれだけ苦しいかなど、バンド歴が長い俊や信吾には分かる。

 特に次の順番のバンドは、公開処刑されるようなものであろう。

 月子にしても地下アイドル時代は、少ないお客さんの前で歌って踊ったことがある。

 千歳のように最初から、ノイズで盛り上がった人間などというのは、珍しい例なのだ。


 共感性羞恥である。

 売れるようになって、充分に盛り上がるようになった今でも、全く盛り上がらなかった過去のステージの、夢を見ることがある。

 これはミュージシャンにとって、忘れられないトラウマであるだろう。

 千歳はその中で、音楽に関してはとにかく、肯定的な空気の中で生きてきた。

 だが他のバンドが盛り上がっていないな、ということを感じる程度には、ミュージシャンとしての経験は積んでいた。




 楽屋では暁がやっぱり怒っていた。

 フィーリング重視で演奏をするような暁だが、実際にはライブの前に、しっかりとセッティングで音作りをするのだ。

 今日は短時間でそれを整えたため、自分の満足のいく演奏にならなかった。

 楽しめたかどうかというのと、自分のパフォーマンスがどうかというのは、また別の問題である。

「そもそもこんなことして、そっちの事務所は問題なかったのか?」

 こちらの事務所も問題であるのだが、幸いと言うべきか他の客は、マナーを守ってスマートフォンなどでの撮影はしていなかった。


 暁のところだけを削っておけば、流せなくはないというものだ。

 このあたり海外は、発信によって知名度を上げることを重視するため、撮影がOKというミュージシャンが多い。

 日本でもOKのミュージシャンはいるし、また禁止されていても隠し撮りする人間はいる。

 わざわざこんな小さなライブハウスでは、そこまでする必要はないだろう。

 そもそも事前に話しておけば、許可されるのがスパイラル・ダンスなのだ。


 フラワーフェスタはライブハウスデビューには成功した。

 だが宣伝に成功したとは言い難い。

 演奏に一生懸命になりすぎて、自分たちの紹介をしていなかったのだ。

 まあ情報をあえて隠すというのも、それはそれで逆に宣伝の仕方になる場合もあるが。

 しかしこの一億総発信時代に、誰も映像を持っていないというのは、かなり厳しいであろう。

 口コミでそれなりに、伝わっていくことはあるだろうが。


 事務所側が、こんな動きを許しているのか。

 そもそも契約を理解しているのか、それも謎である。

「それで、これからはどうするんだ? もう暁は貸さないからな」

 今日の場合はもう、状況がロックであったため、仕方がなかったとは言える。

 ただ暁としても、ステージ用の自分でなかったことは、今さらながらに気がついていた。


 ロックでパンクな衣装、つまりあえて飾らずバンドTシャツにジーンズというのが、暁のステージでの正装なのである。

 今日の暁は三つ編みに、ガーリーでカントリーなワンピーススカートであった。

 実は普段はこういった服の方が多いし、練習もこういった服や、そうでなければ動きやすいものにしているのが暁だ。

 しかしイメージが全く違っても、レフティの黄色いレスポールで、あっという間に正体はばれていた。

 まあそんなギターを使っていて、しかも技術が高いとなると、おそらく日本で他には一人もいないのであろうが。


 少女たちは楽天的であった。

「今日のライブは成功したし、次からはもっとお客さん増えるだろうから、地道に一歩一歩やるよ」

 玲の言っていることは、間違いではない。

 俊も確かに、一歩一歩ノイズを慎重に進めていったのだ。

 ただ彼女たちは、一歩進んでいない。

 その場から確かに、前には進んだであろう。

 だが一歩ではなく、ほんの数cmといったところだ。


 ノイズは確かに地道に始めたが、大前提として俊がサリエリとして、それなりにフォロワーのいた存在であるのだ。

 SNSの発信によって、また大学のネットワークによって、ある程度の勝ち筋を作った上で勝負に出た。

 だがフラワーフェスタはどうなのだ。

 花音の配信ででも宣伝していれば、この小さなハコは満員に出来ただろう。

 あちらはケイティの力で目立った、花音のことで話題が沸騰している。

 しかしそれを、このバンドとはつなげていない。

「まさか、事務所に無断なのか?」

「音楽活動には制約をつけない、っていう条件だから大丈夫」

 俊は深く深くため息をついた。




 完全にフラワーフェスタは、力が空回りしている。

 確かにこのライブについても、口コミで評判になるだろう。

 だがそれでも土台になるものが弱すぎる。

「花音のチャンネルとかSNSで発信してないのか?」

「花音はSNSしてないし」

 そういえばYourtubeのチャンネルにも、そういった接続先はなかったか。

「でも芸能科の友達が何人か来てくれてたから、そっちからの宣伝はあるもんね」

 なるほど、そういう導線もある……のか?


 確かに芸能人からの発信というのは、それだけでインフルエンサーになっている。

 だが芸能科の人間といっても、誰もが数万人もフォロワーがいるというわけではなかろう。

 また芸能人であるからこそ、下手な発信を出来ない、という制限はあるのだ。

 女アイドルが男アイドルのことをかっこいいなどと言えば、それだけで炎上案件であるだろう。

「同じクラスになったばかりの人間が、そこまで推してくれるとは限らない。おそらく事務所の方針で、そういうものは止められてるだろうな」

「あ……そういうのもあるか……」

「それは建前だ」

 素直すぎる玲に対して、俊は大人としてのアドバイスをする。

「芸能人が、自分よりもはるかに才能のある人間を、そうそう賞賛したりすると思うのか?」

 音楽の好みの方向性など、イメージに関わることでもある。


 凄いと思って発信しても、自分にはなんのメリットもない。

 むしろ他の人間が、どんどんと先に行ってしまう。

「まあ、暁が飛び入りしたことで、自然と話題にはなるとは思うが」

 だがそれはフラワーフェスタの話題ではなく、ノイズのアッシュの話題になるかもしれない。

 実際に暁だと気づく人間が、あそこにはそれなりに多かったのだ。


 玲も花音も、そしておそらくジャンヌやエイミーも、日本で売っていく手段が分かっていない。

 もちろん実力は確かなので、わずかなチャンスさえあれば、一気に爆発することもあるだろう。

 しかしそれは俊が考えていた、ノイズのルートよりもずっと、不確かなものなのだ。

「素直に事務所の力を借りて、バンドで売り出すべきだな。ギターはオーディションでもなんでもいいから、どうにか用意するか、他のポジションにも入れるとして」

 マルチプレイヤーでさえないなら、一人ぐらいは女子高生でも、彼女たちに匹敵する人間が集まってきてもおかしくはない。

 暁は貸さない。


 そんなことを話している間に、ドアを叩いて楽屋に入ってきたのは、スパイラル・ダンスのオーナーだった。

「とんでもないことをしたな。次のバンドが可哀想だが、今度はトリでやってみろ」

 初めての出演者を見るときは、バーカウンターから見学しているのが、彼の趣味なのである。

 そこで俊たちに気づいたが、わずかにいつもとはイメージが違う。

「……サリエリか? それに他のも」

「ええ、うちのアッシュが演奏をしたので」

「飛び入りの割には、しっかりと準備していたな」

 エフェクターボードなしでも、暁ならアンプに直結して、それなりの演奏をしたであろう。

 だがそれでは足りないと、花音たちは準備していたのだ。


 正直なところ、利用されたなという気はしている。

 だが暁がノリノリになったのは確かだ。

 俊としてもあの曲から、インプットしたものはある。

 そして気になるのは、あれを誰が作曲したのか、ということだ。

「あれは、誰が作った曲なんだ?」

「……お母さん」

「やっぱりか」

 なんとなく、そうではないかという予想はしていたのだ。


 普通のコンポーザーなら、あんな曲は作らない。

 ボーカルの音階に、相当のオクターブを必要とする、あんな曲は歌える人間が限られている。

 カラオケで歌うことを全く想定していない、難曲ではある。

 だが月子なら歌えるだろう。千歳はちょっと無理だ。

「とりあえず、場所を変えないか? 話したいことは、色々とあるだろ?」

 この二つのバンドの中では、今は一番の年長者となる信吾が提案する。

 確かにそれは、その通りであるのだ。

「じゃあカラオケ行こうよ」

 俊がこの世で、二番目ぐらいに嫌いな場所を、遠慮なく玲が提案してきたのであった。

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