第200話 全国放送
生放送が行われるホールの中には、一般から抽選に当たった人間が座っている。
それなりに多いが人数だけを言うならば、夏のフェスの二万越えには到底及ばない。
だが撮影されるカメラの向こうには、何十万人もの目がある。
しかも自分たちに興味を持っていないかもしれない、一般人の視線。
考えすぎると怖くなってくる。
「昔はうちのお父さんも、ちょろっとテレビに出てたりはしたけどね」
緊張を解きほぐすべく、暁がそんなことを言う。
彼女が物心つく前には、それこそカメラにアップになった映像が、数多く残っていたはずだ。
マジックアワーが解散してからは、主にスタジオミュージシャン、そしてバックミュージシャンとして活動している。
「俊さんなんて、一緒にテレビとかの取材受けたりしなかったの?」
「うちの父さんは、家庭にまでカメラを持ち込まれるのは好んでいなかったからな」
千歳の問いにも、俊はそう応える。
緊張するのは分かる。
暁としても緊張はしているだろう。
だが彼女は、いざという時にこそ開き直るタイプだ。
だから心配しているのは、他のメンバーなのである。
俊は緊張していない自分に気づいていた。
なぜならノイズは、演奏の部分に関しては、俊のリードするところは少ないからだ。
ミスをしたとしても、他の誰かがカバーする。
自分はむしろ、モリタやその相方の司会との、会話にだけ気を付けるべきだ。
モリタは司会のプロの中のプロなので、上手く出演者をリラックスさせてくれる。
失敗するわけにはいかないが、成功するかどうかはもう、自分の力の及ぶところではない。
ならば後は、今後のことを政治的に考えていくべきだ。
彩の移籍騒動は、俊に音楽業界の、裏の動きの激しさを教えてくれた。
その結果として得た、武道館ライブ。
成功のための大きな一歩になることは間違いないと言うか、絶対に成功させなければいけない。
まだ告知はされていないが、四月には始まる。
春休み中にまた、地方でライブをすることは、急遽決められたことである。
ライブというのは楽器をそのまま持っていて、一気に弾いて完成するというものではない。
実際にはリハ以上に、セッティングが重要となってくる。
演奏が上手く行くかどうかというのは、直接演奏することが関係するのは、全体の5%ぐらいであろうか。
それが分かった上で、しっかりと準備をしておく。
普段から練習をしないバンドは、本番でも上手くいかない。
練習で完璧な演奏が出来てこそ、ようやく最低限の準備が出来たと言えるのだ。
ノイズの演奏は、三番目となっている。
だが他のミュージシャンやバンドは、やはり知名度が高いものだ。
年末のフェスや夏のフェスで、大きなステージを与えられるようなものばかり。
ただ時々、強烈なプッシュによって、テレビ初出演が初登場というミュージシャンもいる。
確か彩の場合も、事前に曲は発表されていて、宣伝は大きく打たれていたのだ。
そしてMスタでデビュー曲を披露したのだから、デビューの仕方としてはノイズより、よっぽどスマートである。
その時の彩の年齢は19歳で、今の月子よりも若かったわけだ。
しかし暁と千歳は、さらにそれよりも若い。
17歳の二人が、今日の演奏者の中では一番若かった。
暁は集中しているようだが、千歳は周囲の出演者を目で追っている。
既に最初と次の演奏者は、舞台に移動している。
ノイズも最初に紹介だけされたら、すぐに移動しなければいけない。
10分ほどの短時間で、最終的なセッティングにするのだ。
フェスなどもセッティングを変えていたが、それよりもさらにスピードは必要となる。
テレビ局内に設置された、特別なステージということもあるが、やはり経験が違う。
昔のテレビは今よりも、ずっと支配的な存在であった。
そして色々と問題は、今と同じぐらいあったのだが、それでも活力自体は昔の方が強かった。
今もまだ、そういった空気が残っている。
それがいいのか悪いのか、俊としてはそもそも昔を知らないので、判断のしようがない。
なにせ阿部でさえも、その時代にはテレビに関わっていなかった。
岡町に聞けば、色々と昔話を聞かせてくれる。
今よりもはるかに無茶苦茶で、えげつないことも多くて、それでいて本気ではあった時代。
主役がラジオからテレビになった時代というのは、確かにあったのだ。
今はもう、全てのスマートフォン保持者が、発信者となっている。
最初にノイズの紹介だけをして、そこからすぐに出番を待つわけだ。
「今日はね、ノイズの皆さんね、初めての出演だから」
「よろしくお願いします」
「ボカロP出身、最近は本当に多いよね」
「そうですね。先輩たちが築いてきた道を歩いている気がします」
「ノイズはでも、ユニットじゃなくてバンドを組んでいる、かなり珍しいパターンだよね」
「はい、最初は僕とルナだけで、ユニットやる予定だったんですけど、知り合いが高校生になったばかりのアッシュを連れてきて」
「インディーズレーベルから、デビューアルバム一万枚売ったとか、ちょっと今だとすごいことだよね」
「それはもう、事務所のマネージャーが頑張ってくれたので」
「ライブしてからもメンバー追加していって、一ヶ月ぐらいで六人体制になったと」
「はい。トワが最後に入ったんですけど、その時は本当に素人で、ただ歌だけは上手くて、それに惚れ込んじゃったような感じで」
「メンバーはサリエリ君が集めたんだ」
「いや、ルナとトワはそうだけど、アッシュはとにかく一緒にやれる人間を探していて、信吾は向こうから売り込んできた感じです。栄二さんには頭を下げて、いつの間にか正式メンバーに入れちゃったというか」
「悪い子だな~」
デビューから二年も経過せずに、ROCK THE JAPAN FESTIVALに出場を決めた。
これはなかなかないというか、インディーズレーベルでの扱いとなると、本当に珍しいことなのだ。
前例はあるが、フロントの三人が女性という構成も、かなり珍しいものだ。
ボーカルだけ女性というのは意外と多いが、リードギターを女性がやるというのは、相当に珍しい。
「それじゃあ、準備の方に入ってください」
俊が全ての対話をして、ノイズはバックステージに移動する。
今日の大きな仕事は終わった俊である。
一つ目のグループが、演奏を始めていた。
音がここまで聞こえてくるが、反応はどうなのであろうか。
「パイレーツには勝ちたいな」
ここに来て暁が、戦闘モードに入ってきていた。
髪ゴムを外して、既に人格を切り替えている。
「あの人らは安定しているからなあ」
もう20年以上は一線に立っていて、そもそもデビュー自体はマジックアワーよりも古い。
確かに時代によっては、他のバンドやミュージシャンが、ミュージカルパイレーツを上回ったことはある。
だが完全に固定ファンがついていて、大きなホールでも毎年のコンサートをしているのだ。
一時期は休止期間もあったが、それでも戻ってきて人気はある。
アーティストというのは極端に言えば、一つ一つが強烈な個性を持っていないといけない。
それが強かったからこそ、パイレーツはある程度の波はあっても、常に一流ではあったのだ。
洋楽で言うならローリングストーンズのようなものである。
しかし俊は、どうせならビートルズやニルヴァーナになりたい人間なのだ。
さらに言ってしまえば、ポール・マッカートニーになりたい。
このノイズというバンドで、日本のトップに立つ。
そして世界に音楽を届けてみせる。
長く輝くのは、それはそれでいいことだろう。
だがアーティストというのは、どれだけのものを残したかが、一番重要なのだ。
「歯ギターとかやっちゃおうかな」
「慣れないことはするな」
戦闘意欲の高い暁に、俊はツッコミを入れておいた。
生放送のテレビは、時間の制約が極めて厳しい。
舞台に特殊なセットなどがあると、危険であるため事前に色々と説明される。
だがミュージシャンにとって一番重要なのは、最高の演奏をすることだ。
ノイズの場合、音楽の始まるタイミングは、暁のギターなり栄二のドラムなり、俊の電子音から始まる。
明るいステージの上から、客席の様子が見える。
思えば観客が着席しているステージなどは、初めてかもしれない。
フェスの時に遠くのほうで、地面に座りながら見ていた客も、最後には立ち上がって前にやってきていた。
演奏するのは霹靂の刻。
アレンジが色々と加わっていて、月子のエレキ三味線の、撥の一発から音楽は始まる。
三味線の唸りに、ドラムのリズムやギターのメロディが絡んでいく。
そしてイントロから千歳が歌い始める。
いい感じだ。
俊の仕事はこの曲においては、それほど多くはない。
楽曲を作る過程において、その役割の多くを果たしているのだ。
三味線の音と、それに絡むギターを消さないために、無駄に音を増やさない。
低音をしっかりとベースが支えて、ドラムのリズムは一定ながら、しっかりとメロディアスでもある。
ボーカルが月子に代わる。
ハイトーンで伸びがあり、透明感がありながらもソウルフル。
ガツンという印象を与えて、それまでも熱心に聴いていた聴衆の、拳に力が入る。
千歳の歌声には共感性がある。
だが月子の歌声は、もっと超越したものだ。
最近の色々とごたごたしていた彩よりも、今の月子の方が上であろう。
おそらくこの年齢において、月子ほどのブルースを秘めているシンガーはいない。
いつか生ピアノだけの音でも歌わせてみたいなと、そういうことも思ったりする。
だが今は三味線を演奏しつつ、圧倒的な声が貫通していく。
この声質というのは、上手く喉を濁らせて出せるものではない。
消耗品として、普段からマスクをしているのが多いのは、声を潰さないためである。
わざと濁った声というのを、好む文化は確かにある。
それでこそ個性という風潮だが、月子の声はそういうものではない。
そういう声が必要であれば、千歳の方に任せるのだ。
演奏の終了と共に、大きな拍手が襲った。
全国的な知名度で言えば、まだまだ無名のノイズ。
それにこうやって盛大な拍手が送られるのだから、悪い演奏ではなかったのだろう。
ステージから素早く退散し、また出演席に移動する。
今日の予定はもう、特に大きなものはない。
モリタもこの先の出演者に対して、声をかけていく。
流れるように番組は進行する。
もちろんそれは生放送なので、必要とされているからだ。
最後に演奏するのは、ミュージカルパイレーツ。
俊としてはノイズのイメージというか、活動の方向性はこのパイレーツに近い。
ただパイレーツにはもう、全く伸び代がないのも確かだ。
時代が違っていたら、ということは言える。
一時的にではあるが、俊の父はパイレーツをも上回り、まさに日本のポピュラーミュージックのトップに立っていた。
パイレーツはその間も人気を維持していたが、またも追い抜かしたというわけではない。
いまだにずっと、トップクラスではある。
しかし次々と新しいミュージシャンが出てきては、その時代のトップに立っている。
もちろんこれだけ人気が継続しているというのは、素晴らしいことだ。
だが上限を突破するには、もう若さが足りない。
もちろん安定した、この味がほしいのだ、という要求には応えている。
それでも新たな潮流を作るのは、若い人間である。
下積み時代が長く、そこから人気が出るというバンドなどもなくはない。
しかし一気呵成の勢いがなければ、頂点には届かない。
その頂点の上限を、さらに上げてしまうことも出来ない。
邦楽が最高に盛り上がっていたのは、90年代だとは言われる。
ネットの発達がまだ初期であり、音楽は買うか借りて聞く時代であった。
ただ商売としての大きさを見れば、アメリカなどは常に拡大し続けている。
日本もシティポップが今さら海外で人気になったり、アニソンなどがこれまでにないルートから海外に進出したりはしている。
霹靂の刻もそういう動きで使われているのだ。
最後までトラブルが起こることはなく、番組は終了した。
俊は出来る限り、スタッフには挨拶をして回る。
もちろん後片付けをしている人には、その邪魔にならないようにはしている。
そのあたりの手配は阿部が、しっかりと俊にも教えてくれている。
さすがにこれは、俊だけでどうにかなる仕事ではないのだ。
モリタなどの大御所には、メンバー全員で挨拶に行った。
「これからも頑張ってください」
影響力もとてつもなく大きなはずなのに、はるか年下のノイズメンバー相手にも丁寧な口調。
むしろ番組の中でのほうが、砕けた喋り方をしていたものだ。
全く圧力を感じないのに、とてつもない貫禄があるように感じる。
「モリタさんいい人だったね」
「本当にね」
暁と千歳などは、素直にそんな反応をしている。
大御所であるのに、それでいながら物腰は穏やか。
芸能界は破天荒な人間が多いが、モリタの穏やかさは昔から変わらないという。
下手に偉ぶらないだけに、逆に偉くなった人間も、モリタに対しては謙虚になる。
破天荒なロックスターというのは、今の日本ではもうほとんど存在しない。
海外ではまだしも、破天荒というか人格が破綻しかけている、そういうアーティストはいたりするが。
日本ではそういう意味では、徳島などのようなコミュニケーションに難のある人間の方が、主流であるのだろうか。
陰キャこそバンドをやれ。
それが出来るなら、本当の陰キャではないとも思うが、今は才能だけで楽曲が聴かれる環境がある。
ただそれを大きく広めていくためには、やはり影響力のある人間を味方にするしかない。
ノイズというか俊は、彩の移籍騒動において、常務にもしっかりと知られるようになった。
他のレコード会社だが、針巣とも知遇を得た。
もっともこれも全て、父の代のコネクションを発達させたものだが。
サリエリ時代とそれ以前、バンドとボカロPについては、自分の力でどうにかしようとしていた。
そしてあれも、間違いではなかったと思う。
迂回したように見えた道だが、その途中では様々な経験を得ることがあった。
いきなり伝手を辿っていたとしても、当初の俊の実力では、一蹴されていたであろう。
そもそもコンポーザーとしてなのか、ミュージシャンとしてなのか、方向性も決まっていなかった。
ノイズのメンバーは千歳を除いては実力者ぞろいであり、その中でより自分も磨かれていったと思う。
この先にもまだまだ、昇っていく道がある。
俺はまだ昇り始めたばかりなのである。フリではない。
具体的にはライブを繰り返しながらも、四月にまたツアーを予定している。
今度は少し金をかけることが出来て、運搬や搬入などはローディーを雇っていく。
名古屋と大阪と福岡の予定だが、メンバーは新幹線などを使って直行する予定だ。
偉くなったものだとも思うが、あのバンで移動するのも、関東圏内であれば現役である。
出来るだけ多くのブッキングもして、より認知度を高めておかないといけない。
そう思ってテレビ出演後、作ってあったホームページの閲覧者を見れば、かなりの数が回っていた。
テレビの時代は終わった、と言われる。
だがそれはテレビが主役の時代は終わったということで、ネットに関してはネットと一括りにしてしまうが、それもBBSやSNSなど、コミュニケーションツールは変化していっている。
Mスタに出演したのは、やはり正解であったのだ。
ただ昔はそれこそ、Mスタに初出演したミュージシャンがいれば、翌日は学校などで話題になっていたそうだが、今はもうそんなことはない。
俊も実際に、高校時代などほとんど、Mスタの話題などはすることがなかった。
話題にするとしたら、むしろネット上でのSNSなどである。
身近にはいない、それこそ顔も知らない人間と、ネットによる対話が出来る。
もちろんフィジカルなものではないので、ニュアンスが上手く伝わらないことはあるだろう。
エゴサなどもしてみたが、悪い反応はほとんど見ない。
ただノイズは何でも屋、などと言われている反応はあった。
それに対して攻撃している者もいた。
週明けに千歳は、かなり学校で話題にはなったらしい。
そもそも彼女は、既に芸能人として、学校では扱われている。
暁と違い千歳は、こちら側に完全に来ているわけではないのだ。
そして有名になれば、千歳には友人という名の集団が大きくなっていく。
俊は暁に、その様子を確認してくれと言っておいた。
暁は周囲が変わっていこうと、あまり頓着していない。
そもそも三年生になれば、もう通信制に編入するのだ。
ミュージシャンの若さというのは、なかなか他とは代えがたいものだ。
今が一番伸びる時期だと、既に充分な実力を持つ暁が思っている。
その点では千歳は、かなり心配なところはある。
まだライブハウスや、フェスまでは良かった。
雑誌にも何度も載っているが、それでも影響は限定的だ。
ただテレビ出演することは、さすがに周囲には広がっていた。
そしてテレビで歌ったことで、周囲に人が集まり始めたのだ。
春には近くから暁がいなくなる。
三年生ともなれば、もう受験という年齢でもある。
その三年の夏に、武道館ライブをするという。
ちょっと保護者の文乃などは、問題にするかもしれない。
ただこの経験は、普通の人間には出来ないものだ。
千歳はなんだかんだ言いながら、図太いところがあるのは間違いない。
果たして彼女が、今後どういう動きをしていくのか。
俊としてはメンバーの中では、彼女が一番心配であるのだ。
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