第192話 秀才と怪物

 まだ音楽の媒体がLPであった頃は、コンセプトアルバムというものがよく作られた。

 アルバム全体を一貫したテーマの楽曲で並べるというものであった。

 レコードは都合よく途中から聞くということが極めて難しいので、一枚で世界観を表現するというのは、面白い試みであったのだ。

 アルバムがCDという媒体になってから、好きな曲だけを聴くというのが主流になったとも言える。

 10曲が収録されたアルバムでも、ベストでない限りは三曲程度が当たり、というものであった。


 俊もそのうちコンセプトアルバムの路線で、何かを作りたいかなと思っている。

 今回の徳島にもちかけたものは、聞かされたほうとしてはよく分からないものであった。

「コラボっていうのかな、それ」

 とりあえずそこが気になったらしい。

 コラボというのはジャンルの違いを超えて、一つのコンテンツを広めていくというものではなかろうか。


 もっとも今回、俊が徳島と話すのは、それ以前の意思確認というか、彼がどういう意図で音楽活動をしているのかが気になったからだ。

「改めて、うちのベースの森脇信吾と、ギターボーカルの香坂千歳。千歳の方はトワっていう芸名でやってるな」

「どうも、らせんこと徳島純一です」

 ここは普通、徳島からホリィを紹介する流れのはずだが、そのまま数秒間の間があった。

「ミステリアスピンクの堀井美頓ことホリィです」

「ヴィトン?」

「まあ、高そうな名前ということで」

 キラキラネームの犠牲者であろうか。


 ちなみにもう一人のボーカルはミスティという芸名である。

 本人がいないので、その本名などが紹介されることはなかったが。

 しかし名字が堀井だからホリィというのは、けっこう安直なものがある。

 もっとも本名でやっていたら、痛い人間扱いされていたかもしれないが。

 後に聞いたことだが、彼女には姉と妹がいて、姉はシャネル、妹はエルメスという発音だとか。


 コラボの話はともかくとして、俊と徳島は年末のフェスの話を始めた。

 今一番新しいというか、革新的なのはMNRだなという話になる。

「ベースボーカルの氷川さんは、面白い展開で音楽を作ってるよね」

 徳島は年下の千歳にさえ丁寧語を使っていたが、俊に対しては少し気を許している。

 初対面の人間に対しては、どうしても警戒してしまうのが彼なのだ。


 道すがらノイズの二人は、俊が徳島について語るのを聞いていた。

 ボカロP時代の徳島は、ネタ曲を全力で作りつつ、シリアスなバラードも作るという、極端から極端に振れるボカロPであった。

 ミクやGUMI以外のボーカロイドも、金銭の許す限りは使ってみる。

 だが一番多かったのは、とにかく様々な音楽を聴いている、と言っていたのだ。

 気に入った曲は、納得するまで何十回も連続で聴いていく。

 

 同じアルバムを何度も聴くというのは、珍しくないことであろう。

 ローテーションで何度も聴くというのならば、むしろ普通のことだ。

 だが同じ曲を、そう何度もずっと聴いていられるものなのか。

 楽曲を聴くということに対して、何かが根本的に違っている。

 俊の他にも数人、それを感じた人間はいたはずだ。




 TOKIWAなどはセンスがあった上で、今の流行に応じた楽曲を作ることが出来る。

 ああいうのを天才と言うのであろうが、実際のところ量産品の楽曲がないわけでもない。

 似たようなフレーズを使って、コード進行もパターン化しておけば、ある程度の曲は自然と作れるものなのだ。

 もちろんたまに傑作を作るので、他の量産品も仕方がないかと思われるのだが。


 俊の場合も量産品が多い。

 昔はネタ曲に走って、高い評価を得てへこんだりもした。

 徳島はネタ曲であっても、全力で作って恥じることがない。

 作る楽曲のバリエーションが、ものすごく広いのだ。

 ただバンドの中のメンバーとしては、致命的にフィーリングが合わない。

 レコーディングの場合なども、ものすごく口を挟むタイプであるという。


 天才ではないがどうにか表舞台に立った二人。

 今の音楽について話し始めると、内容が難解になっていく。

 現在のトップクラスに売れている、ミュージカルパイレーツや永劫回帰。

 はたまたブラックマンタなども、既に徳島は関心を持たない存在になっている。

「演奏と歌唱はいいけど、楽曲自体はもう縮小再生産だし」

 俊も少しは思っているが、正直すぎる感想である。


 徳島はプロでメジャーデビューした今も、他人の楽曲に駄目出しをする。

 だがそれ以上に、自分の楽曲に駄目出しをするのだ。

 完成した瞬間から、もうその楽曲は過去の駄作。

 いや、少し聴かれて、数人の感想を受け取ったら、もうそれでいいと思ってしまうぐらいか。

「今はMNRの他に、どこがいいと思います?」

「GEARっていうバンドが、面白い曲をけっこう作ってたよ」

 そして徳島はノートPCを持ってきて、配信されているものを流す。


 俊はここのところ、ライブの準備などで忙しかったこともあり、新規のバンドやミュージシャンの発掘が出来ていない。

 だからこそこうやって、貪欲に取り込んでいる徳島などは、係わり合いを絶ちたくないのだ。

「ああ、これは……」

「1分21秒のところからがいいよ」

 サビに入ってからの曲調は、確かに俊の背筋がぞっとするような流れだ。

 ただまだそれほど多くの楽曲を発表していない。


 本拠地はなんと福岡である。

 もっとも福岡は北部に巨大な人口密集地があるので、そこでどうにかやっているということなのか。

 前に福岡にツアーに行った時も、既に活動を開始してしばらく経過していた。

 それなのに耳に入ってこなかったのは、ツアーのせいでヘロヘロになっていたせいか。

 これから売れていくだろうという、新しいバンド。

「ボカロPではどうです?」

「う~ん、最近は二曲ぐらい目立ったの作ると、すぐに声がかかっちゃうから」

 コンポーザーの発掘場所としては、いいところなのだろう。




 現在ではマンガなども、SNSから発生して、商業化という流れもある。

 小説なども無料投稿サイトがあって、そこでコンテストがあったり拾い上げがあったりする。

 音楽にしても一時期、ライブさえ出来ない環境になった時、スタジオ録音をそのまま流していたりするバンドもあった。

 もっともライブをやらないと、バンドというのは呼吸をしていないようなものなのだ。

 自分たちの演奏だけでは成立せず、オーディエンスの熱狂的な反応が必要になる。

 お互いがあってこそ、成立する舞台なのだ。


 徳島はボカロPという存在がなければ、確実に埋もれていたような人間だ。

 彼だけに限らず、今は日本の片田舎から、ネットによって発信していくことが可能な時代なのだ。

 ボーカロイドという歌い手に、DAWというソフトが加わって、あとはPCさえあればどうにかなる時代。

 俊はなんだかんだ言いながら、機材も色々と揃えている。

 だが徳島は本当に、ソフトの中だけで完成させて、歌わせてから修正していくのだ。


 難解な歌も作る徳島だが、それでも一定のラインは設けてある。

 それは人間に歌えない歌は作らない、ということだ。

 むしろボーカロイドには、そういった限界こそないものなのだ。

 しかし人間が歌うことを考えているあたり、徳島の人間性が分かってくる。


 陰キャはバンドをやれ、と言っていた後藤さんではないが、徳島はまさに音楽をしなければ生きていけないタイプの人間だ。

 俊のような執念とは、また違った方向から音楽にアプローチしている。

 受けなければ意味がないという意味では、俊は大衆に阿っている。

 もっともただ受け狙いをしても、逆に受けないことも分かっているのだが。

 そのあたりアプローチの仕方が、徳島ほどには純粋ではない。

 ただ俊がそのまま純度を高めていっていたら、今のメンバーは集まらなかっただろう。

 特に千歳には声をかけなかったはずだ。


 俊は音楽を完成した存在として認識していた。

 だがライブをやってみて気づいたのは、本当の演奏を出来る人間というのは、リアルタイムの音でこそ本領を発揮するということだ。

 もっとも過密スケジュールでツアーをした時は、さすがにクオリティが落ちていた。

 あの頃はまだ、経験も少なかったのだから、仕方がないとも言える。

 バンドはライブを繰り返すことによって、盛り上げ方を知っていく。

 それは単純に言語化出来るものではなく、だからこそ文学ではなく音楽なのだ。




 バンドをやって失敗し、そしてボカロPとして活動しそこそこは認められ、ユニットを作ろうとしてまたバンドに戻っていく。

 俊の辿った道は随分遠回りのようであるが、実際は何をやるかではなく、誰とやるかが重要であったりするのだ。

 洋楽などはバンドのメンバー入れ替えが頻繁にある。

 日本の場合もそれなりにあるが、そのまま解散してしまうことも多い気がする。

 俊としてはノイズから誰かが脱退したら、代わりを見つけるのはかなり難しいと思う。

 特にボーカルは月子がいてこそ成立している曲が多い。


 俊は一人では、ネタ曲を少し受けさせることしか出来なかった。

 だが今のメンバーと一緒に作る曲は、間違いなく以前の自分よりもずっといい曲だ。

 人と人が集まってこそ、生まれる音楽というのはある。

 ただ徳島はそういうタイプではないらしい。

「うちらの今の曲って、どう思います?」

「え……それは、受けてるし、いいんじゃないかな」

 徳島は自分の過去の楽曲を、ボロカスに言うことがある。

 あとはアイドルの楽曲などにも、ボロカスに言うことがある。

 ボロカスではないが、過去の機材の揃っていない時代の楽曲などは、的確にその及ばない点を突いてくる。

「徳島さんのことは信頼してるんで、素直な感想が聞きたいんだけど」

 俊としては徳島が、本当にボロカスに言ってきても受け止める心持でいる。


 視線をおどおどとさせながらも、徳島は口を開く。

「ノイジーガールは間違いなくいいです。フェスとかでアレンジが違ってるのも、その場に合っていて」

 敬語になってしまっているあたり、徳島のメンタルの限界ではあるのだろう。

 だが正直な感想のはずだ。

「アレクサンドライトも、方向性を変えていて良かったです。ああいうバラードはバランス的にも必要だろうし」

 ノイズとしての序盤の二曲は、それなりに高評価であるらしい。

「ファーストアルバムはその二曲ぐらいで、あとは小手先で作ったのが透けて見えて、特にグレイゴーストなんかはディープ・パープルの分解再構成なんだろうけど、わざわざ作る必要はなかったかな」

 ある程度は図星である。


 サリエリ時代の楽曲も、ファーストアルバムには三曲含まれていた。

 アレンジはかなり変えていたが、そこそこPVは回っていたのだ。

 しかし徳島はそこらへんは、ばっさりと切り捨てている。

 それでも俊としては、自分でも数合わせの曲を切られているので、なんとも言えない。


 傑作ばかりを作るには、さすがに時間も労力も、そして技術が足りない。

 それでも突出した曲を作るべきだと、アーティストならば思うのだろうが。

「ミニアルバムは聴いてもらってます?」

「あれは、ツインバードと霹靂の刻以外は、他人の楽曲から色々と引っ張ってきただけですよね?」

 ツインバードは暁と千歳が元ネタのおおよそを作ったので、俊の曲とは言えない。

 そして霹靂の刻も、月子の作った曲であるのだ。


 徳島は本当に、そのあたりが分かっている。

 俊も悪い出来の曲などは、発表せずに死蔵しているが、徳島にはそれが明らかに分かっている。

 この分析能力の高さがあって、そこから自分の曲を生み出していく。

 天才というわけではないが、作曲に対する執念が違うのだ。

 以前には没曲などは、発表しているものの100倍はあるなどとも言っていた。

「二枚目のアルバムは?」

「荒天と暗き水の底からは良かったけど、暗き水の底からのあと三曲ぐらい、同じ題材でアプローチの仕方を変えただけだと思います」

 まさにその通りである。




 丸サ進行などのように、音楽には人間が心地いいと感じる、特定のコード進行が存在する。

 他にも色々と、分解したらどれがいいのか、というのがはっきりと分かったりするものなのだ。

 俊も同じように、曲を分析して自分のインプットにしている。

 だが徳島はそれを、消化しきれていないところまで分解してしまう。


 音楽を楽しむことは楽しむのだが、同時に全て分解してしまい、何がいいのかも説明出来るようにしてしまう。

 なんだか無粋な気もするが、本人はそれをやらないと我慢が出来ないらしい。

 そうやって吸収していったものから、あのジャンルがよく分からない、幅広い楽曲を作っていくわけだ。

「徳島さん、ちょっと言いすぎですよ」

 ホリィはそんなことを言うが、徳島は不思議そうな顔をする。

 普通なら遠慮のない意見を求めても、ある程度は忖度するものだ。

 もちろん本当に必要ならば、そういったことを指摘すべきであるのだろう。

 だが俊と徳島の間には、協力していい楽曲を作り上げる、という目的などはないのだ。


 俊としてはありがたい話だ。

「こちらがお願いしたことなんだし、それは気にしなくても」

 徳島も人間との距離の取り方が、苦手な人間である。

 俊も音楽に関しては妥協を許さないところがあるが、彼に比べたら打算や惰性で楽曲を作るところはある。

 確かに小手先で作ってしまった曲はあって、しかもそれもまた悪くない、と思ってしまったものだ。

 だがライブでアンケートなどを取れば、スタンダードナンバーとして期待されている曲が何か、おおよそ分かってしまうのだ。


 ホリィがそわそわとしているのは、徳島の物言いがいつもよりも遠慮ないからだ。

 過去の自分の楽曲は全て駄作、というのが徳島の根本的な思想である。

 常に新しく、そして拡散していかなければ、新曲など作る意味がない。

 そして実際に、ずっと進化を続けている。

 もっともこれは一定のファンが、コンポーザーに求めるいつもの感じの楽曲、というのを裏切り続けているというものでもある。


 俊はノイジーガールと同じ系統の曲を、何曲か作っている。

 それが果たしてノイジーガールを超えているかというと、ちょっと難しい話である。

 縮小再生産、あるいは同じジャンルとして作っているという場合もある。

 大方は途中で没となるが、上手く作れた曲は発表している。

 マンガ家などで、歴史物が得意なマンガ家には、歴史物が求められる、とでも言えばいいだろうか。

 俊は幅広いジャンルを聴いているつもりであるし、むしろ徳島は聴いている曲数は俊より少ないらしい。

 だが一つの曲にのめりこむ没入度が、俊よりもずっと上なのだ。


 俊は徳島の言っていること、全てを信頼しているとか、全てに同意するというわけではない。

 アーティストではなくビジネスを意識しているとは、自嘲することもあるからだ。

 ただ彼と対話していると、思い出すことがある。

 作曲を始めた頃の、魂が燃える感覚だ。

 自分の音楽で世界を変えてやろうという、あまりにも壮大な野望。

 今は少し違って、世界中に届けようというものになっている。


 現実に妥協してしまえば、燃焼の温度が下がってしまう。

 だからたまに徳島のような人間に、駄目出しをしてもらうことは、必要なことなのだ。

「けれど徳島さん、よくメジャーデビューするようなプロデューサーと会えましたね」

「それは……確かにそうだと思う」

 徳島としても、自分の楽曲がメジャー受けしないものであったことは理解している。

 だがそれをどれだけ受けるものにしていくかは、プロデューサーの仕事であったのだ。

 二人のコンポーザーは、お互いの現状について話し合っていく。

 傍から見るといつ喧嘩になってもおかしくないような、お互いに忌憚のない意見が飛び交っていた。

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