第184話 ハードビート

 ノイズのメンバーは不器用な人間が多い。

 千歳などは一般的なコミュニケーション能力を持っており、本来ならば明るい人間であった。

 それなのに吼えるように歌う声に、強い感情が入っているのは、両親の死を背負っているから。

 そんなものは欲しくはなかったが、人生のマイナスを相殺するように、力が与えられてしまった。

 おそらく音楽のみならず、芸術に関することに生きる人間は、身内を犠牲にしてでも、才能がほしいなどと考えているだろう。

 それこそ芥川龍之介の地獄変のように。


 俊は誰かを犠牲にしようなどとは考えない。

 だが自分の楽曲が至高の領域にまで達するならば、自分自身を犠牲にしても構わないと考えるタイプだ。

 芸術優先主義とでも言うもので、それが音楽の領域に達している。

 人間関係にしても、音楽活動への影響を優先。

 人格がかなり歪に形成されていることを、果たしてどれだけの人間が理解しているだろう。

 利己主義ならぬ音楽至上主義がゆえに、逆に俗な性質を理解出来ている。


 作曲は魂から発される、言葉にならないフィーリングである。

 それは本当に偶然生まれてくるものだが、それをより上手く演奏するのが暁なのだ。

 千歳と一緒に作曲をしたこともあるが、作詞の方はイメージだけを聞いて俊が作った。

 具体的な歌詞などというものには、文才が必要にもなるだろう。

 洋楽などは大ヒット曲でも、妙に単純な歌詞であったりするとが多い。

 あくまでも比較であるが、日本語の方がイメージを作るのには、実は向いているのではないか。

 そうも思うがそれは、俊が日本語ネイティブだからであろう。




 一曲目から千歳がメインで、一気に盛り上げていく。

 ツインバードはアップテンポな曲なので、悪くはない選曲だ。

 ボーカルが二人いると、色々なアレンジが可能になる。

 バックコーラスに徹したり、ハーモニーにしたりと、このライブでしか聴けない音楽になるのだ。

 ライブバンドの楽しみというのは、そういうところにもあるのだろう。

 CDに以前と同じ曲を収録するにしても、アレンジバージョンを入れることで、ちょっとお得な感じとなる。


 一日目昼の公演というのは、まだ体力が充分に残っている。

 だからこそ俊は、全体の疲労度をしっかりと把握しなければいけない。

 演奏曲に関しても、ずっと前から考えて順番を作った。

 基本的にはオリジナル曲が、かなりの部分を占めているが。カバー曲もちょこちょこと入れている。

 著作権上面倒ではあるのだが、ステージ進行にぴったりと合った曲というのは、そうそう作れるものではない。


 ノイズの最大の特徴は、表現出来る音楽の幅広さにある。

 根底にあるのはロックであるが、月子はアイドルソングを歌ったし、まさにR&Bというものも歌える。

 そういったものを分けてしまうのは、あくまでも便宜的な話。

 音楽はもっと自由であってもいいのだ。

 QUEENがボヘミアン・ラプソディにクラシックパートを入れたように、自由に表現すればいい。

 千歳はそういったあたり、アニソンでも普通に歌える。

 だがアイドルソングなどは逆に、月子の方が好んで歌いたがる。

 恋とか愛とかそういうものを、月子はファンに感じているのだ。

 地下アイドルとはいえ、アイドルであった経験が、そこには生きている。


 千歳は本質的には、一般人の感性を持っている。

 恋バナをしようとしたり、将来をぼんやりと考えたり、音楽に一生を捧げるような気概は感じない。

 もっともそれも、年齢的に考えれば当たり前のことなのであろう。


 月子と暁が異端なのだ。

 月子の場合は色々と、普通の人間として欠けているところがある。

 これを個性などと美しく飾ったところで、生きていく上での月子の苦しみは変わらない。

 人は欠けた部分を埋めるように、他の部分が発達することがある。

 月子にしても暁にしても、どこか欠けてしまっている部分がある。

 千歳にしても、欠けたというよりは奪われた部分がある。

 そこの収支をつけるために、ギターを弾いて歌っている。


 千歳はおそらく満たされてしまえば、もう歌うことはなくなるのではないか。

 俊はそう考えたりもするが、このステージでの高揚感を記憶してしまえば、もう他のことでは満足できない。

 暁などは、己の技術を研鑽することが趣味の、本来なら内省的な人間である。

 それでも他者との評価を知りたくて、そして今ではステージの上なら、より高いパフォーマンスを示せるようになっている。

 月子の場合は、おそらくずっと満たされることがない。

 生きている限りその欠損部分は、彼女と共にあるからだ。




 MCを挟みつつ、まずは昼の公演が終わった。

 アンコールに応えて二曲を歌ったが、まだ体力に余裕がある。

 夜の部があるので、ここで力尽きていたら、もちろん問題になるのだ。

「これを……あと三回……」

 やはり千歳が、一番体力はないらしい。

 もっともギターも弾いてボーカルとして歌ってというのだから、それも無理はないだろう。


 真冬であるのに汗をかいている。

 暁なども全力で演奏したので、Tシャツを他のものと着替えた。

 月子も二着目のドレスにしているが、そろそろ自分で衣装は揃えた方がいいのかもしれない。

 ステージでしか着ない衣装であるなら、経費にすることが出来る。

 あるいはいっそ、レンタルで済ませてしまってもいい。

 そちらもまた、経費で落ちるものなのだから。


 それはともかく、昼の部の反省点である。

 やはり夜と比べると、沸点が高く感じる。

 それでも物販の状況などを聞くと、反応は悪くなかったらしい。

 だが「悪くない」で済ませてしまってはいけないのだ。

 ライブというのはクタクタになるぐらい、客を最高の気持ちにしなければいけない。

 そこが自然と、演奏する側の最高の気持ちにもつながる。


 夜があると思って、自然とセーブしてしまっている、という気もする。

 今回も一応、チケットは全て売れているのだ。

 直前になって払い戻しなどがあると、それも含めて当日券が販売される。

 そちらの方も全て売り切れているのだ。


 夜はもう、演奏が終われば眠るだけ、という気分で演奏が出来る。

 こう言ってはなんだが、昼の部よりは高いレベルで、演奏が出来るのだろう。

 四時間ほどを休憩して、そしてまたライブを行う。

 スケジュール的にはしんどいはずなのだが、あの西に向かったツアーなどと比べると、まだ楽だと思ってしまう。

「音楽やるのって、タフじゃないとダメなんだね……」

 相変わらずこういう弱音が出るのは、千歳が最初である。

 もっとも本人は、そこからすぐに立ち上がってくれるのだが。




 おそらくこのメンバーの中では、月子が一番、精神的に苦しいステージを行っている。

 苦しいステージというのは、どういったものであるか。

 それはスケジュールが辛かったり、バイト明けのすぐのステージなどではない。

 お客さんのいないステージである。

 50人ぐらいしか入らないハコで、さらに10人ぐらいしかいない場合。

 10人でもまだマシで、お客さんがいないライブなどというのも、話には聞く。


 その意味ではノイズは、最初から恵まれていた。

 他の人気バンドとの対バンを組まれたり、また信吾の追っかけなどもいたからだ。

 地味に俊が、サリエリとして集めた客もいる。

 ガラガラのハコで演奏するというのは、それだけ心が弱くなってしまうのだ。


 それに客の反応がいいほど、演奏する側もそれに応じたプレイが出来る。

 暁などはいつも、好き勝手にギターをかき鳴らすが、そういった己の世界に没頭できる人間はそう多くない。

 常に冷静でいようとする俊でさえ、モチベーションの維持には苦労するのだ。

「一日2ステージを二日連続って、体力的にやばいね」

「それはそうだけど、トイレ行っておけよ」

 千歳はなんだかんだ言いながら、ステージでは高いパフォーマンスを発揮する。

 俊とは違って、周囲の雰囲気に影響される人間なのだ。


 夜の部が始まる。

 体力不足を嘆くほど、千歳はまだ限界までプレイしたことはない。

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