第176話 成功と失敗の間
11月が過ぎていく。
この間にノイズは、少し今までとは違った舞台で演奏をした。
ライブハウスとは少し違う、主にダンスミュージックを中心としたクラブハウスに、出演を依頼されたのである。
これまでに接点がなかったところからの依頼というのは、新たなファンを獲得するチャンスである。
ハコとしての大きさはそれほどでもないが、ここは三つのフロアが存在し、やや傾向の違うミュージシャンがそれぞれのフロアで演奏していくというもの。
ノイズは基本的にはロックバンドだが、バンド音楽であればなんでもするし、俊のシンセサイザーがあるのでだいたいの曲が再現可能だ。
クラブミュージックは現在、基本的にはダンスミュージックが主流となっている。
これはアメリカなどでも同じなのだが、クラブでバンドのライブを行うのが、珍しいわけでもない。
ただ主流派R&Bやヒップホップになっていて、ハードロックからヘヴィメタル、そしてグランジからまたハードロックに戻ったりしているノイズは、ちょっと傾向が違うのは確かだ。
ノイズが提供されたフロアは、当然ながらバンドのセッティングが可能なステージを持っている。
「基本的には普段と一緒か」
下見に来たのは俊の他に、信吾と月子である。
「なんだかお洒落?」
「基本的には音楽を楽しむのと、酒と一緒に音楽を楽しむのとで、普段とは客層が違うらしいな」
基本的にはどちらもパリピ向けなのであろうが、ライブハウスの方はもう少し、薄暗い隅っこがあると思う。
ぼっちでもいることが許されるような。
普段通りのメタル系ハードロックよりは、グランジやオルタナ系の方が合っているだろうか。
他の出演者を見ると、それなりに有名なグループがいたりするが、ポップミュージックであることは共通している。
もっともノイズも、ゴリゴリのハードロックばかりをしているというわけではなく、もっと柔軟に楽曲には幅がある。
ロックバンドと言えるのは、ギターにベース、そしてドラムという必須ポジションが存在するから、というぐらいしか言いようがない。
そこにシンセサイザーで様々な音も加えているのだから、もうポップスでいいじゃないか、と言われるかもしれない。
結局ロックというのは、音楽性ではなく魂なのであろう。
設備なども確認し、過去に演奏したミュージシャンなども確認する。
セッティングとリハは当日に行う。
収入的にはそれほどのものではない。
だが世界を広げて経験を増やしていくためには、面白い仕事ではある。
それにこういったクラブは、オーナーのつながりが面白かったりする。
東京の一等地でこういった物件を構えて、それを維持しているということ。
セレブの富裕層の一端に触れる。
あちらはあちらで、若者に対してチャンスを与えたりもしている。
俊が今なら考える、父が破滅した理由の片方である、借金については思うところがある。
全盛期においては周囲がお膳立てして、父を盛大に接待していた。
それを自分でもやろうとして、経済的に破綻していた。
父を接待していたあの金は、巨大な企業が行っていた仕事の一環だ。
そんなものを個人の財産でやろうとしていれば、それは無理に決まっているのだ。
一度上げた生活のレベルを落とすのは難しい。
俊は月子や信吾、それに佳代と住んでみて、その言葉の意味を実感してきている。
自分は充分な上流家庭の環境で育った。
教育や身の周りのみならず、価値観の違いを感じることは多い。
そのたびに信吾は「お坊ちゃん」と笑ってくるが、俊としてもそれでようやく学ぶことがある。
多くの歌の歌詞などを、理解することは出来ていた。
だが共感するには至らなかった。
生活を共にするということは、それまでの人生の背景を学ぶということでもある。
マンガにあったような貧乏生活というのは、実はまだ案外瀬戸際ではないということが分かる。
これもまたインプットであろう。
情報ではなく、感情のインプット。
実感としての価値観の拡大は、俊のバックグラウンドを広げてくれた。
現在のエンターテイメントというのは、膨大なコンテンツの中から、視聴者が選択するというものだ。
だがあまりにもそれが多岐に分かったため、二極化が進んでいる。
売れるものは圧倒的に拡散して売れる。これはアニメの主題歌に加えて、作品に対しても同じことが言えるだろう。
ただしそれがずっと続いていくかは、また別の話である。
もう一方はニッチなところに、それぞれ合わせた作品を提供していくというものだ。
一億総発信時代となった現在においては、数百人が好む傾向に対しても、しっかりと需要があったりする。
ネットによる配信で、アニメ、ドラマ、マンガ、小説などがあるために、いわゆるこれまでの定義ではアマチュアであった人間が、プロよりも食えていけたりする。
逆に無料だからこそ、需要があるという存在もある。
暇つぶしを無料で出来るなら、有料のものには金を出さないという人間も多くなるだろう。
この場合は作品自体で、利益を出すことは難しい。
だがその無料の作品に、広告をつけることが、また一つのビジネスモデルになる。
俊が分かりやすいのは、Yourtubeの広告であるが、本当に価値のある情報を、一見して無料で獲得することが出来る。
実際のところは広告を見るという、時間を払うことでその情報を得ている。
テレビの広告宣伝費より、ネットの広告宣伝費の方が上回る、ということになったのは随分と前だったはずだ。
完全に素人に無料で小説投稿の場所を提供しているプラットフォームも、広告料収入でその維持をしている。
また場所によってはPV数に従って金銭に還元さえしているのだが、こういうものはYourtuberで稼ぐことにも似ているだろう。
ただ一つのプラットフォームに依存しているのは、さすがに恐ろしい。
巨大企業であっても、いつかは破綻する可能性というものはあるし、その企業の方針が変わってしまえば、一気に収入は減るかもしれないからだ。
俊がサブスクをいまいち信じ切れないのは、そういった理由による。
さすがに信頼出来るのは、国家であろうか。
だが国家であっても、アメリカと日本以外の国は、かなり難しい問題を抱えている。
いや、その二国も大きな問題は抱えているのだが、それでも将来的な破綻を考えると、さすがに企業よりは安全だろう。
将来は巨大企業の力が国家を上回る、というフィクションはこれまでに、いくらでも作られてきたものだが。
金を得なければ、人間は生きていけない。
完全に自給自足などというのは、現代でやっている日本人はいない。
そして他人に関われば、そこで社会性が生まれる。
その中で自分は、どういう立ち位置にいるのかと、考えることは自然である。
俊はとにかく、求められるものを提供していく。
分かりやすく、そして共感しやすく、だが少しだけ一般論とは違う。
あまりに過激すぎると、今度は離れていってしまう。
大衆が安心して依存できる音楽を作る。
その中に一つまみのロックを入れると、暁が納得する音楽になる。
ロックの本質はその生き様だ、ということは間違っていないのだと思う。
クラブでのステージは、ライブハウスでのものとは、かなり客の反応が違った。
いい反応を示してくれる客もいるのだが、純粋に酒を片手に、音楽を楽しむというような客層であったのだ。
そういった客ですらも、熱狂に叩き込まなければ、ロックとは言えないのかもしれない。
だが普段はジャズとクラシックしか聞かない人間に、ロックを聞かせても反応は鈍いだろう。
聞いてくれる人間はいて、フロアには足をとどめてくれていた。
それは技術的にノイズの楽曲が優れていて、またキャッチーな部分が多かったからであろう。
しかし西方に向けてツアーを行った、春休みのライブに比べても、反応は鈍かったと思う。
ノイズがこれまでに作ってきた土台が、あそこには存在しなかった。
無視されないだけマシだったとは思うが、これが音楽の限界の一つなのか。
ライブハウスに来る客は、あるいはフェスに来る客は、覚悟を決めて来ている。
だがあのクラブは、音楽をBGMにしてしまっていたのだ。
クラブ自身の持っていた目的からすれば、失敗ではない。
だがノイズの目的を基準にすれば、少なくとも成功とは言えない。
「まあビートルズだって実験的な作風に進むには、何年か必要だったわけだしな」
栄二は淡々とそう慰めてくれるが、俊としては悔しいのである。
知名度が足りないと、言ってしまえばそれまでである。
だが足りなかったのは、もっと本質的な魂に訴えかけるパワーだ。
ライブをやっていると、客の側からの熱量ももらって、より演奏のクオリティが上がっていく。
それが薄かった今回、確かに楽しそうに聴いてくれた人間もいたが、目標を達成してはいない。
クラブのオーナーも、充分に盛況であったとは言っていた。
実際に前列に来てくれた客は、しっかりと反応を見せてくれていた。
だがフロア全体を巻き込むほどの、そんな空気は作れなかった。
いったい理由はどこにあるのか。
演奏する舞台を間違えた、と言ってしまえば楽なのだろう。
娯楽が多様化したことによって、求められる場所に行かなければ、聴いてもらうのも難しい。
今回の場合は事前告知が、あまりされていなかったということもある。
その結果がこれなのである。
ここのところのノイズは、大き目のライブハウスでも簡単に、ワンマンで満員にすることが出来ていた。
だがそれでもまだ、世間的に見れば足りないのだ。
「選曲とかの問題もあったかもな」
ダンスミュージックで盛り上がっている、他のフロアを見たりもした。
ここも常連であって、それを目当てに来ている客だということを考えても、ノイズよりも盛り上がっていたのだ。
「誰が聞いても一発で虜になるような、そういう音楽を作らないと」
「そうは言っても、今日はノイジーガールも霹靂の刻もやってないじゃないか」
俊としてはキラーチューンとして目立つ、この二つはあえて外したのだ。
信吾の言葉は、それを知ってのものである。
受けるということ、売れるということは難しい。
まだまだノイズは、井の中の蛙といったところである。
フェスでは数万人に聴いてもらうことが出来たが、あれはそういう心構えで来ている人間だからだ。
もちろん音楽を知らない人間に、最初に聞かせるというのは敷居が高い。
マンガを読まない人間に、傑作を読ませても理解されないかもしれない。
それでも伝わってほしいと、俊は考えている。
傲慢であり、貪欲である。
しかし世界を変える人間というのは、そういうエゴを強烈に持っていないと、通用しないとも思うノイズのメンバーだ。
単純にモテたいとか、何かの代償行為で、音楽を始めた人間もいる。
誰かの強い影響で、音楽を始めたというのなら、俊もそれは同じことだ。
だがどうしてここまで、俊は飢えているのか。
音楽でしか満たされないものが、俊にはある。
そして他者の飢えを満たすことでしか、俊は満たされない部分もあるのだろう。
豊かに育てられたのに、それだけでは満たされない。
もっとも俊の場合は、他者を満たすことによって得られる、承認欲求が高いのではあろう。
実際に作っている音楽は、全てが傑作とは言わないが、上手く耳に流れていくものが多い。
ビートルズだって全ての曲が傑作ではないし、それは全てのアーティストに言えることだ。
ともあれ今回は、失敗であった。
少なくとも俊がそう思っているので、失敗で間違いないのだろう。
実際のところはSNSなどでエゴサをすれば、肯定的な意見の方が圧倒的に多いのだが。
熱狂的な反応でなければ、満足できなくなっているのだろうか。
もしもそうであるなら、俊は少し危ういな、と栄二は考えたりするのであった。
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