第157話 拡散

 夏のフェスの前に、楽曲の配信も考えていかないといけない。

 随分と前から課題になっている、サブスクでも配信。

 一番ちゃんとミュージシャンに分かりやすく儲けが行くのは、ダウンロード販売である。

 実際のところはサブスクが、消費の仕方としては分かりやすいのだが。


「昔はCDをレンタルして、それをコピーして聞く文化があったのよね」

 かつてはCDを買うということが、普通であった時代があったのだ。

「でも今はマンガも音楽もアニメも、全部配信の時代だし」

「まあ、レコードとかCDは、今だと完全にグッズ扱いでしょうしね」

 CDが売れていた時代に、俊の父は活躍していたのだ。


 CDをコピーするという90年代後半より前には、CDアルバムから好きな曲だけを、カセットテープにダビングするという手段が一般的であった。

 これで好きな歌手の好きな歌だけで、自分なりのテープを作ることが出来たのだ。

 この時代とCDが売れた時代は、ある程度重なっていたりする。

「カセットテープなんてもう、名前しか知らないな」

 信吾はそう言っているが、実際のところレコードからCDになる過渡期には、カセットテープもそれなりに売れていたのだ。


 CDラジカセというものがあり、これでCDをかけつつ、テープに録音。

 これがさらに極まったものが、ミュージシャンのベストアルバムにつながっていったと言えるであろうか。

 またその年のベストヒットを集めた、コンピレーションアルバムの元なる考えであったのか。

「父さんの作った音源も、普通にテープで残ってたりしたな」

 俊は自分で、そういったものはCDやPCの中にデータとして残しておいた。

 既に楽曲になったものの、途中の作りかけがあったりしたのだ。

 完成した曲の途中のものというのは、結果を知っていれば色々と学べることがある。


「うちの親世代だと、カセットテープで買う人がまだいたみたいだけど」

 LPでは大きすぎて、CDがまだ出る前の話だ。

 ダビングはすればするほど、音が劣化していった時代である。

 このあたりはDVD普及前の、ビデオテープも同じようなことが言えるだろうか。

 ビデオデッキが二台あれば、レンタルしたものをダビングできた。


 このあたりはジョブスがiTunesを誕生させたあたりで、革命が起こっている。

 それまでは携帯型の視聴というと、ソニーのウォークマンが先端を行っていた。

 音楽を携帯して聞くというのは、おおよそ80年代から90年代に一般化したものだ。

 今はスマートフォンの機能によって、メモリなどからの音楽を聞いたり、ネットからの音楽を聞ける時代だが、まさかパソコン並の機能の機械が、携帯出来るようになると思っていなかったのが当時だ。

 意外なほどに、携帯電話まではともかく、スマートフォンの登場の予想は、されていなかったのだ。

 エヴァンゲリオンのテレビ版は95年放送だが、2015年の舞台でもまだ、カセット再生タイプの携帯機が描写されていたりする。




 とりあえず確実に聞けるのは、まずMVを公開しているノイズのチャンネルである。

 登録者数は一万人を超えているが、内容はMVが二つ。

 月子の歌ってみたや暁の弾いてみたもあるが、そちらはカバーなので収益化はほぼ出来ない。

 有名曲のカバーによって、まずは人を集めるのが目的だったのだ。

 そして実際にノイジーガールのPVは登録者数の100倍以上も回っており、霹靂の刻もいい感じで回っている。

 こちらは広告料での収入なので、一度手続きをすれば問題はない。


 サブスクは定額で配信サービスを利用するというもので、一曲あたり聞かれて一円などとも言われている。

 ただこの一円を、原盤権利者や著作権者が受け取って、最後にアーティスト印税として手に入れる。

 ノイズの場合はさらにそれを六人で分けるので、一億回聴かれたとしても、一人10万円程度になるかどうか。

 もっとも作詞作曲を主にやっている俊の場合は、それなりの収入になるだろう。

「ダウンロード販売が一番いいんだろうけどな」

 本当に一番金になるのは、ぶっちゃけライブでの直販である。

 ただCDの現物を持っておくというのは、保管にコストなどもかかる。

 売れ残ったら最終的にどうするのか、というのも問題になるだろう。


 ネット配信のダウンロード販売であれば、在庫を持つ必要がない。

 だが在庫云々の話をするなら、CD以外の物販でも保管のコストはかかるのだ。

「有名なミュージシャンでも、サブスクには入ってない人もいるからな」

「そのあたりはもう、既に名前が売れているから、というのはあると思うけど」

 今後の販売戦略については、色々と考えることがある。

 ダウンロード販売でも、他のプラットフォームを使わず、自前のサイトで売るのが一番、分配としては多くなるだろう。


 アメリカなどではサブスクにも色々あるが、特定のミュージシャンの曲を独占するために、巨額の金を払っていたりする。

 そのあたりアメリカはやはり、利益をだすということに対して、資本を集中させるのだ。

 それだけの魅力が、果たしてノイズにあるかどうか。

 ファンからどれだけ求められているのか、というのは重要な問題だ。

「お父さんもだいたい、データでしか持ってなかったなあ」

 千歳の亡き父は現物派ではなかったようである。

 対して俊の父は現物派であったが、それを離婚する時にこちらの家に残していったあたり、さほどの執着もなかったのか。

 なにしろCDだけではなく、LPまであったりするのだ。


 このあたり人によって、事情は変わっている。

 暁の場合は父が、そもそもアルバムで多くの名盤を持っていたというのがある。

 さすがにLPで持っておくという、趣味の領域までは入ってなかったが。

 月子や信吾、そして栄二は完全にデータ派だ。

 栄二はまだしも他の二人は、実家から出てきたために、保管しておく場所があまりない。

 信吾はまさに自分のお気に入りなどは、スマートフォンにデータとして入れていた。

 月子はそもそも、本格的なポピュラーミュージックは、それほど聴いてもいなかった。

 栄二も家のスペースを考えて、持っていたアルバムなどは全てデータ化している。 

 彼の場合はレンタルしたCDをコピーして、ジャケットなどがかさばらないようにしているのだ。




 世間の実情としては、サブスクが一番なのだろう。

 だが俊としては、サブスクは考えない。

 ダウンロード販売までは、許容範囲と言えるであろうか。

 サブスクは種類があまりにも多く、今は競合による競争の時代と言っていい。

 ただプラットフォームに多くの金を取られてしまっているのが現実だ。


 単純に登録するというのでは、再生数に対して収入が少なくなる。

 これがメジャーレーベルなどであったりすると、レコード会社を通じてミュージシャン全体の力で、分配される金額を多くすることが出来る。

「インディーズでそんなメジャー契約と同じ扱い、出来るんですかね?」

「出来るけど、やりにくいわね」  

 インディーズ扱いで活動しているのは、事務所やレーベルの中抜きを少なくしたいためだ。

 だが事務所やレコード会社は、その人気を評価してある程度強く推したいと思っている。


 ノイズはつまり、インディーズとメジャーのいいとこ取りをしているわけだ。

 これで他と同じように、サブスクとの契約も優位なものにしようとすると、なんであいつらだけ特別扱いなんだ、ということになる。

 ノイズは確かにインディーズとしては、かなり未来が有望なバンドである。

 しかし圧倒的な人気、などというほどではない。

「実際、ブログの公式サイトにも音源の配信をしてほしいという要望は多いのよね」

 サブスクならば定額で多彩な音楽から聴き放題である。

 だがノイズの場合は、まだその中に埋もれたくない。


 ノイジーガールと霹靂の刻は、かなりのキラーチューンとなっている。

 他にもライブで繰り返し、楽曲は発表している。

 だがサブスクで消費されて、果たしていいものであるのか。

「とは言っても各種サブスクでは、そんなに稼げないのも確かだし」

 だいたい有名な曲にリストが紐付けられるため、儲かるミュージシャンは儲かるが、零細は零細のままというのは、変わらないのだ。

「つまり当面はダウンロード販売をして、知名度がもっと上がってきたら、サブスク加入も考えた方がいいと思うの」

 もっともそこにも問題はある。


 このネット社会、データ化出来るものはほぼ全て、データ化していると言ってもいい。

 そしてその中には、海賊版が回っていたりもするのだ。

 昔は中国などに行くと、人気曲だけを集めた海賊版CDが売られていたりした。

 ちゃんと権利を保障した、コンピレーションアルバムとは違うものである。

 ノイズのアルバムにしても、ミニアルバムはともかくファーストや、カバー曲はかなり、アンダーグラウンドで流通している。

 いや、消費されていると言うべきであろうか。


 困ったことにこれは、特定のサーバーから流れているというものでもない。

 ネットワークにつながる各種コンピューターに、データが勝手に分割されて保管されているとう、そういうものであったりするのだ。

 もちろん海外のサーバーを使って、そのままデータを流している海賊版サイトもある。

 こんなことをして、なんの利益が出るのかとも思うが、定額でデータの通信速度を上げたり、通信量の制限をなくしたり、広告料収入を得たりする。

「あ~、昔マンガでそういうサイトあったんだっけ?」

「そういえばネットワークの発達と高速化も、CDが売れなくなった時代とは重なってるか」

 千歳と俊はそういう認識なのだが、二人はそういった海賊版とは遠いところにいるため、この問題の深刻さがあまり分かっていない。




 一番年上の栄二でさえ、ある程度の年齢になった時は、そういうものが普通にあふれていた。

 音楽だけではなく、ドラマやアニメといったものも、ネットワーク上を流れていたのだ。

 これを止めるためには、流している者を止めるだけでは足りない。

 公式でちゃんと最初に配信することによって、客をそこに集めるのだ。

 ネットの高速化によって、それはようやく可能となってきた。


 おおよそ21世紀になってからしばらくは、このネットによる違法視聴が普通にあったわけである。

 今でもあるのだが、公式がしっかりとチャンネルを作ることによって、しっかり収益が上がるようになってきている。

 アニメーションであると昔は、DVDやBDの売上が人気の指針の一つであったが、今ではサブスクでどれだけ見られているかが、続編を制作するかの基準になっていたりする。

「実際、なんの悪気もなく音楽を切り取って、ネットに堂々と上げてたりもするのよね」

「あれってちゃんと著作権料発生していると思ってたんですけど」

「違法だけど、全部止めてしまうのもまた問題がね」

「分かります」

 俊は元々、ボカロPであったのだから。


 音楽そのものを、丸ごと使われてしまうのでは、完全に問題となる。

 だが一部だけを切り抜いて使っていくと、そこからバズって原曲を辿っていく導線となるのだ。

 なので無断利用などをしていても、それが宣伝になっているという面はあるのだ。

 ボカロ曲などにおいては、替え歌的なMADがいくつも存在していた。

 それを許す文化が、ボカロ文化と言ってもいいだろう。

 パクリでもない、二次創作と言ってもいいものであろうか。


 今のネット社会において、重要なものは何か。

 それは知名度である。

 知名度があればそれだけで、チャンネル登録者数を稼ぐことが出来る。

 SNSでもいいねされるだけで、ある程度の金を稼ぐことが出来るのだ。

 そして知名度に加え、発言力まであるとなると、インフルエンサーとして大きな宣伝力を持つ。

 実際に俊は、ボカロPとしてそういった動きを見てきた。


 全く無名のボカロPが、この曲を埋もれさせてはいけないと、インフルエンサーとなる他のボカロPによって、紹介される。

 すると一気に、そこから曲は拡散されていくのだ。

 俊としてもそうやって、数曲は伸びていったものだ。

 ただネットで流すボカロ曲は、定番のものが何度もずっと聴かれるという傾向にある。

 それは月子の歌ってみたにしても、ノイジーガールの週間再生数が、今でも一番であるのと同じことだ。


 ネットによって世界は、遠くにまで手が届くようになった。

 だが届く範囲が大きくなったことによって、選択肢も膨大なものになっていったのだ。

 SNSなどで無料のマンガを配信したり、音楽も無料で配信したり、WEB小説も無料のプラットフォームがある。

 このコンテンツ供給の過剰な時代、それでもどうやって金を稼いでいくのか。

 それだけ質のいいものを、と勘違いする人間は多いだろう。

 本当に求められるのは、質ではないのだ。

 どれだけその人間の、琴線に触れるかというものなのである。

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