第156話 さらに遠くへ
名前を付けるというのは、その存在を定義するということでもある。
ノイズという名前はシンプルであり、そして意味も分かっているので、素直に憶えやすいものであった。
だがある程度有名になってくると、今度はネットなどでの検索性が落ちてくる。
これがQUEENレベルになると、また当たり前の単語であっても、真っ先に名詞として検索に上がってくる。
とりあえずこれからやるのは、やや遠くの関東圏でのライブ。
その前にありがたいことに、オーダーメイドのギターが送られてきた。
「おおおおお!」
テンションが高くなった千歳は、早速ということで弾き始める。
「……チューニング狂ってる」
「当たり前だよ」
暁も自分のニューギターを、色々な角度から確認していた。
チューニングは機械で行ってもいいが、基本的には自分の耳でやらなければいけない。
なぜならギターは、わざとほんの少しだけ、チューニングを狂わせて弾くこともある楽器だからだ。
新品のギターではある。
だが新品だからといって、弾きやすいわけではない。
人によってクセがあるので、そのクセに合わせてギターの状態を変えていかなければいけない。
弦の高さなどの調整も必要である。
そのあたり暁は、もう自分である程度出来るようになっている。
なにしろレフティというのは、もしもギターが故障でもしたら、他の誰かに借りるということも難しい。
今さらながら、レフティというのはカッコイイ以外には、何も利点はないと思う。
カッコイイと思うかどうかも人次第であろうし。
新品のギターであるが、さっそく暁は調整していく。
千歳の場合は俊の紹介で、メンテナンスショップに持っていく。
どういう音が出したいのか、それも説明していかなければいけない。
その比較として、俊のテレキャスをまた持っていくのだ。
あれこれやっているうちに、また事務所に顔を出すことになった。
今後の活動の前に、まず阿部からの伝達である。
「夏のフェス、ほぼ出場が決まったわ」
「どれに?」
「ROCK THE JAPAN FESTIVALよ。それに伴って、取材とかも入ってるから」
「あそこか。ステージはいくつかあったと思うけど」
「3rdステージよ。最大二万人前後入るってことで」
「二万人……」
いや、それはさすがに厳しいのではないか?
去年のフェスでは3000人のキャパに、2500人ほどしか集まらなかった。
それに確か3rdステージは観客がその気になれば、三万人ほどは聞ける場所のはずだ。
メインと2ndはさらに多い、五万人以上とも言われている。
いくらなんでもそんなステージを、埋めることが出来るのか。
「フジかサマソならまだ、小さめのステージもあったはずだけどな」
俊としては阿部の魂胆が分からない。
いや、分からないでもないのか。
それだけの人数を集めようと思うなら、ノイズの認知度をより高めていかないといけない。
今のインディーズの資金規模などでは、それは不可能であろう。
「契約を変更しろとか?」
「心配しなくても、ちゃんと宣伝にはお金をかけていくわよ」
「今の条件のまま?」
「俊君が言ったのよ。あんな冷え冷えのバンドを寄越しておいて、どういうつもりだって」
「ああ、なるほど……」
俊が自分で言ったことではあるが、どうでもいいと思っていたので忘れていたのだ。
レーベル内の政治闘争により、前座が盛り上げるのに失敗したため、それを推してきた人間の立場が弱くなったということなのだろう。
おそらく集計したアンケート結果に加え、現場にいた人間も報告していたのだ。
その結果他のミュージシャンに使うよりも、ノイズに使った方がリターンが大きいと判断。
だからROCK THE JAPAN FESTIVALに参加しても、集めるのに宣伝などを打てるということか。
阿部は阿部で、自分の思惑にノイズを利用している。
だがどちらもが、得をしていることは間違いない。
売れているものに対しては、さらに金をかけてより売れるようにする。
商売の鉄則であることは間違いない。
「まあ他に、MVの回転数とか、ファンクラブの加入数とか、そういうことも後押ししたんだけど」
そのあたり俊は気にしていなかったが、いい動きをしているらしい。
前橋と宇都宮、そして都内のライブハウスでのライブは、完全に調整が完了している。
そして阿部としては、そろそろライブハウスではなく、ホールを使ったライブを行っていけばどうか、という話をしだした。
ライブハウスのキャパというのは、せいぜいが300人が限度。
もちろん例外もあるが、上限の限界がある。
ワンマンでちゃんと埋めることが出来たのだから、今後はそういった場所に活動を移していくことも考えるべきだろう。
必要となるスタッフや機材は多くなるが、それだけ客もたくさん集めることが出来る。
せっかくファンクラブを作ったのなら、そういったところでライブをして、チケットの予約販売が出来るようにしたらいい。
ただしつこいようだが、これは今までのライブハウスよりも金がかかる。
ノイズは人を動かすバンドになってきてしまったのだ。
客を集めるためには、それなりのハコが必要になってきている。
そしてライブハウスのような最初から機材がしっかりしているところは、そう簡単に予定が空いていない。
すると1000人以上が入るような、コンサートホールなどを使っていこうという話になる。
「1000人が昼と夜で、ざっと2000人は動員できた計算になるからな」
もちろん一人で、昼と夜の二回を聞きにきた人間もいるだろうが。
客を集めれば集めるほど、利益というのは上がるものだ。
ただしそのハコに相応しい、演出や音響なども、スタッフが必要になってくる。
ミュージシャン本人が受け取るギャラは、金額は大きくなるだろうが取り分としてのパーセンテージは少なくなるだろう。
「確かに限界ではあるのか……」
これがメジャーレーベルなどであれば、普通に規模を大きくするだけでいい。
しかしインディーズにこだわっているなら、やはり限界はある。
「メジャーとインディーズって、一応違うのは聞いたけど、お金の問題なんだよね? あたしらに有利な契約でメジャーって形に出来ないの?」
こういう基本的な部分の質問は、いつも千歳がしてくれる。
前にも言ったが、単純に事務所やレーベルの取り分が増えて、ミュージシャンは雀の涙というのが、メジャー契約であったりする。
名を捨て実を取るのであれば、インディーズでそれなりのハコを満員にしている方がいい。
ただノイズはインディーズのまま、大規模夏のフェスへの出場も決まっている。
実際のところインディーズとメジャーの間の垣根は、年々なくなってきている。
インディーズで武道館公演などをするバンドもある時代なのだ。
メジャーは日本レコード協会に加盟しているにレコード会社の運営によるレーベルであり、インディーズは独立系。
しかし陸音は元がメジャーから離れて、ノイズのために作った事務所だ。
資金自体はメジャーと比べてかけられないのは確かだが、コネクションなどは普通に使っていける。
ノイズを売って、ノイズで稼ぐ。
ノイズもそれで収入を得ているわけだが、事務所としてはそれだけで済ませるわけにはいかない。
事務所というかレーベルというかレコード会社は、その成長を考えていかないといけないのだ。
新人を売り出すための資金も、先輩にあたるミュージシャンの儲けから出すものだ。
ノイズの場合は自分たちで、その基盤を築いたので、ちょっと例外ではある。
しかしその基盤であった、俊の自宅スタジオや大学でのレコーディングなどは、彼が金持ちのボンボンだから成立したことである。
俊は世界展開という言葉を使っていた。
基本的に日本の音楽は、その大市場である欧米ではあまり受けない。
だがアジアではまた別であるし、この欧米の壁を突破したいという野心はある。
もしもその時になったら、確実に巨大な資本によるバックアップが必要になるのだ。
つまり、まだ今ではない。
「本当にどれだけの人数が集められるかは、夏のフェスの結果を見てからでもいいのでは?」
俊はあくまで慎重である。
そもそもコンサートホールなどを使ってライブを行うとなると、東京だけでの活動では済まなくなるかもしれない。
それに重要なのは、ノイズメンバーの若い二人が高校生であるということだ。
暁はとりあえず高校だけは出ておくように、と父親の保に言われている。
千歳は特に何も言われていないが、高校中退などと言ったら、さすがに保護者がうるさいだろう。
週末しか二人が大きく動くことは出来ない。
また高校生は普通に勉強をしないといけないものだ。
俊なども学生ではあるが、その気になれば卒業自体は出来る。
つまり仕事と学業の両立が難しいのだ。
この点でも時期尚早と言えよう。
バンドの勢いとしては、ここで一気に大きく動き、フェスで認知度を高めて、活動の範囲を広げていくべきなのだろう。
そういった部分のプロデュースを任せれば、俊ももっと作詞作曲に専念することが出来る。
「そのタイミングで改名もしたらいいんじゃないですかね?」
「そっちの問題もあったわね」
フェスの参加が決定したことと比べると、後回しでもいい問題出る。
ノイズという名前自体は、絶対に残しておくべきだ。
検索性のことを考えても、後ろになんらかの単語を付けたらいいだろう。
雑音という意味だけに、それになんらかの意味を加えたい。
選択するのは難しいと思ってしまうが。
シンプルイズザベストというのが、本来の俊の考えである。
ノイズの場合はファッションなども、それぞれに合ったものを着るようにしている。
メジャーデビューとなるとそういったところにまで、事務所やその上のレコード会社から指摘が入ってきたりする。
メンバーそれぞれが、自分の選んだ衣装で演奏をする。
「ノイズ・セレクトとかノイズ・ブーストとか?」
「まあ呼称はずっとノイズのままなんだから、ノイズ∞でもいいと思うけど」
フェスが終わったタイミングで、本格的に考えればいい。
そうやって後回しにしていると、結局変わらなかったりもするのだが。
ついでのように他の話題も出てくる。
たとえばノイズの楽曲を、他のバンドがカバーするというものだ。
まだ一年しか実質的な活動をしていないのに、そういう話も出てくるのか。
ただ好きなバンドのカバーをしたいというのは、よく分かることである。
「あとは学校の課題に、音源を使っていいかっていう話もあったけど」
「学校とかの活動で、金銭の授受が発生しないなら、著作権には抵触しないんじゃなかったでしたっけ?」
暁と千歳が学園祭で演奏したときも、その前提があったため、普通にカバー曲を弾いていたのだ。
「もしも優秀と評価された場合、ネット配信とかで公開される場合もあるそうなの」
「あ~、なるほど」
それは確かに、不特定多数に見られて聞かれてしまうものだ。
この場合、ネットで無料で聞かれて、そして著作権使用料が発生しないから、ちょっと普通なら無理というところだろう。
だがノイズの場合はインディーズである。
もっともその著作権や、周辺の権利は、普通に管理されているのだが。
「とりあえず許可は出して、もし本当に表彰でもされたら、その作品をこちらでも受け取って公開するとかでいいんじゃないですかね」
「う~ん……」
一応こういう場合、普通に許可は出されたりするのだ。
同人ゲームなどで既存の曲を使う時にも、それがごく一部であったため、特に問題なく許可が出た、という前例がある。
しかしそれは昔の話で、ネットで公開されるとなると、また話は違うのではないか。
だが本当にそんな優秀な作品に、音楽が使われるのならば、逆に宣伝にもなる。
あとはこちらのチャンネルでも公開して、その著作権使用料をもらえばいいのではなかろうか。
俊は軽く考えていたし、阿部もそれほど深く考えているわけではない。
ただこの案件が後に、それなりに大きな動きにつながっていくのは、さすがにこの時点では想像出来なかったのである。
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