十章 サマー

第155話 改名

 ノイズにとって二度目の夏がやってこようとしている。

 もっとも去年は結成一年目で、初めて六人が揃ったのは、七月も下旬になってからの話であった。

 そんな新しいバンドを、メタルナックルの袴田は、フェスへ招いたことになる。

 3000人が見られるステージで2500人ほどが集まったが、重要なのはキャパを埋めることではない。

 集まった観客を逃さないことである。

 こちらにはノイズは成功していた。


 今年はかなり知名度が上がっている。

 特にワンマンの後から公開した霹靂の刻のMVは、かなりのPV数を稼いでいる。

 このタイミングで事務所は、ファンクラブの設立を正式に発表した。

 もちろんノイズのメンバー、全員の許諾を得ての話である。

 グッズの通販に加えて、メンバーの情報の開示など。

 あとはチケットの優先販売なども行っていく。


 このファンクラブの設立によって、個人情報を得ることが出来る。

 すると熱心なファンがどのあたりにいるのか、ということも分かってくるのだ。

 これまで西方は福岡に遠征に行ったことがあるが、北に向かったのは埼玉が限度。

 だが東北にも仙台があり、そのさらに北に行ってもそれなりのファンがいるのだろうか。

『まだ東京を中心としているけど、あとは京都もちょっと多いわね』

 ネットでの通信を聞きながら、俊はアンケートの気になったところを見ている。


 年齢層はというと、基本的には若者が多いのだが、40代から50代の男性というのも、少しいるらしい。

 おそらくあの、アニソンカバーが効果的なのだろうな、と俊は思っている。

 やってみた俊自身が驚いたものだが、月子による歌ってみたを調べても、昔のアニソンカバーにはそれなりの需要があるのだ。

 もっとも母数としては、やはり10代から20代が一番の数となる。

 性別で見ると、男女が半々といったところで、これはライブでも感じていたことだ。


 ノイズはアイドル売りはしていないし、月子も顔を隠している。

 音楽性で勝負しているため、セクシャルな要素がどちらの性別にも受けないのだ。

 一番過激なのが、暁の水着トップの演奏であろうが、それぐらいならパフォーマンスの範囲だろう。

 ファッションまで含めてアーティストという意見もあるだろうが、俊としてはこの飾らないというところが、逆にファッション性となっていると思う。

 それに月子だけには、ドレスアップしてもらっているのだ。


 いつか月子も仮面を取るだろう。

 それに相応しい舞台はどこであろうか、などと考えたりもする。

『ところで、ちょっとささやかだけど面倒で重要な問題があって』

 そういえばライブの前に、阿部はそんなことを言っていたか。

『ノイズっていうだけだと検索しにくいから、名前をちょっと変えたほうがいいっていう意見が』

 それは確かにささやかで面倒で重要な問題である。




 ノイズで検索しても、一番上に出てくることはない。

 バンドなどと組み合わせて検索すれば、ちゃんと出てくることは出てくるのだが、これは検索には問題があるだろう。

 シンプルで悪くないと、メンバー全員が思っていた。

 だがシンプルすぎるがゆえに、名前が埋もれてしまうというのは弱点だ。

「QUEENとかニルヴァーナ以上に埋もれやすいもんね」

 一般的に使われる名詞であるがゆえに、どうしても埋もれてしまうというのはある。


「今さら改名って、なんかタイミング悪くない?」

 暁は直感的にそう言うのだが、実は俊もそう思っている。

 メンバーとしても同意見であるのだが、確かにそうかなと自分でも納得してしまうのだ。

 ここまで知名度を上げておいて、今さら改名はないだろう。

 練習後に時間まで作って、わざわざ話さなくてはいけない話題ではあるのだが。


「BECKもモンゴリアンチョップスクワッドっていう別名があったしね」

 千歳の言葉には、どうも笑ってしまう。

 そもそも欧米なら他にKISSなども、充分にありふれた単語ではある。

「改名はさすがにないとして、前か後ろに単語を付けるっていうのは、仕方がないかな」

 シンプルなものに美意識のある俊であるが、検索性が悪いと言われればしかたがないのだ。

「ノイジーガールズ」

「男もいるんだが!?」

 千歳の遠慮のない意見に、信吾は即座に突っ込む。


 日本ならばそもそも、Xという先例がある。

 Xの前身となるバンドの名称の中には、なんとNOISEというものがあるのはただの偶然だ。

 もっとも中学時代のインディーズでさえなかった時代だが。

 俊も言われて初めて知ったのだが、もう昔のグループであるしと、特に気にはならなかった。

「ノイズという呼称自体は定着してるんだから、前か後ろに他の単語を使うべきかな」

 それこそXがX JAPANと改名したように。

 もっともこれはアメリカに、同名のバンドがあったからでもあるが。


 X JAPANと改名した後も、通称はXと呼ばれていた。

 だからノイズもその前例に則ればいいだけである。

「六人組だからシックス・ノイズとか」

 月子のあまりにもベタな名前に、メンバーは首を振る。

「じゃあ、ノイズ・ジャパン……いや、ないない」

 千歳は自分で言っておきながら、すぐに取り消した。




 重要な問題ではあるが、今ここで決めるような問題であろうか。

 それにもう、ノイズのメンバーだけで決めていいのか、とも思ってしまう。

「一応、阿部さんの方から提案されたことではあるんだけどな」

 だからこちらでいくつか候補を出して、ダメ出しを食らうのもいいだろう。

「単純に考えるなら、ノイズ・マックスとか?」

 一応信吾がまともな案を出してくるが、果たしてそれでいいのかどうか。


 基本的にはこれからも、ノイズという名称は使っていくのだ。

 ただ検索をしやすくしたり、なんらかの意味がある方がいい。

「マックスよりはインフィニティってのはどうだ? 全開よりは無限ってことで」

 あまり普段は意見を出さない栄二だが、何も考えていないというわけではないのだ。

 ノイズ・インフィニティ。悪くはないだろう。

「インフィニティって中学生ぐらいが分かるかな?」

「あはは、あたしら高校生だけど分からないや」

「あたしは分かったけど?」

 基本的な学力は千歳の方が上だが、英語に関しては暁の方が優れているのだ。

 さすが洋楽で育っただけのことはある。


 バンドの名前の決め方というのは、本当に色々なものがあるのだ。

 近くのソープの名称から決めた、などといういい加減な決め方をされたバンドもあったりする。

 女性メンバーばかりのプリンセスプリンセスなどというのは、けっこう分かりやすいものだろう。

「ビートルズってなんでカブトムシなの?」

「あれはカブトムシに音楽のビートをかけたものらしいけど」

「思うけどニルヴァーナの音楽性に涅槃っていうのは、かなりイメージが近いな」

 月子の問いに暁が答え、そして信吾が語る。

「あのさあ、六人なんだからそれに関係して、ヘキサグラムってどうかな?」

 スマートフォンをいじっていた千歳は、それでもしっかりと考えていたらしい。


 ヘキサグラム。六芒星である。

 蜂の巣の構造などでも知られているが、強固な構造とも言われている。

「それをすると海外展開を視野に入れた時、面倒なことになりかねない」

 六芒星は日本においても、普通に神社などで使われているものである。

 ただこれが欧米圏になると、イスラエルの国旗であり、ユダヤ教の象徴ともなるのだ。


 ユダヤ人の保護と安全を象徴したダビデの星。

 別に悪いものではないように思うが、欧米ではユダヤというのには、反ユダヤという存在がくっついてきたりする。

 イスラムほどではないが、ユダヤも変に触れたくはない存在だ。

 本来なら日本人としては、自国のものである六芒星なので、そんな変な意味など知ったことではないのだが。

「海外展開……」

 俊の言葉に、誰かがポツリとこぼした。




 日本の音楽産業は、自国内だけでも充分に完結している。

 世界で二番目の市場であるため、あえて国外に進出する意味はあるのか。

「ジャンルにもよるが今は、日本の音楽が海外でも受け入れられる状況にあるんだな」

 シティポップが今さら向こうで流行ったり、あちらを主戦場に数百万回再生されたPVもあったりする。

 同じ曲で英語歌詞を作り、それが向こうでもかなり再生されていたりする。

「あ~、あのユニット……」

 それもまた、ボカロPの世界から出現したものだ。


 アニメタイアップなどされたら、それこそ世界中で見られることになる。

 また中国なども含むアジアにおいては、それなりに日本の音楽は強い。

 市場とするには、ちょっと弱いことは確かであるが。

 中国あたりであると、普通に海賊版が売っていたりするのは、もう随分と昔からのことである。

「海外展開はともかく、中国展開はまだ、社会的に難しいのは確かだけどな」

 俊もそこまでは考えていない。

 だが韓国や台湾あたりであると、充分にある程度の市場は形成されているのだ。


 少し話はずれたが、ヘキサグラムは難しいことは分かった。

 もっともファーストアルバムのパッケージに、既に使ってしまってはいるのだが。

 ミニアルバムには使っていないので、そこは問題ないだろうと思いたい。

「ただインフィニティだと、フルでノイズ・インフィニティだからちょっと長いよな」

「まあツェッペリンとかストーンズとかレッチリとか好きに略されてるわけだし、普段は今までと同じノイズでいいっしょ」

 俊の懸念に対しては、MCを多くやる千歳が、そんな感じで軽く考えている。


 早いほうがいいが、それでもすぐに決めなければいけないというわけでもない。

 案外阿部の方で、何かいい案を出してくるかもしれない。

「それよりは、夏のフェスがどうなるかだな」

 栄二としては、そちらの方が気になっている。

 実はバックミュージシャンとしてなら、それなりに大きなフェスで、演奏したこともあるのだ。


 阿部からは何かが決まった、という話は届いていない。

 とりあえず七月は、都内と関東で、三ヶ所は最低でもライブを行うという話にはなっている。

 前橋と宇都宮という、県庁所在地でのライブとなっている。

 地元のバンドとの対バンもするが、果たしてどれぐらいの集客が見込めるか。

「まあ前橋とか宇都宮からは、東京のライブに来てくれてる客もそこそこいるからな」

 ライブハウスのアンケートや、チケットの前売り、そしてファンクラブの会員などの数から、おそらくキャパは埋められるだろうとは思える。

 1000人などという大きなところではなく、200人のライブハウスであるが。


 距離的な問題があるため、この二ヶ所はあちらで一泊してから、翌日に戻ってくる。

 無理をすればその日のうちに戻ってくることも出来るが、地元のバンドとも交流を深めておきたい。

 ただ宿泊などもすると、ほとんど黒字にはならないであろう。

「またお金の話するし~」

 千歳はそんなことを言っているが、金を稼ぐのは大変なのだと、大人組は分かっている。

 特に月子と信吾は、俊のおかげで安定して音楽に取り組めるようになったのだ。


 千歳は色々な不幸があったが、それでも都内に住んでいて、さらに彼女には遺族年金というものが出ている。

 そのあたりの細かいことは、叔母や弁護士などから聞いているはずであるのだが。

 やはり高校生というのは、そのあたりの認識が甘い。

 稼いだ金を使って、オーダーメイドのギターを作るなど、レフティの暁ならともかく、千歳には10年早い。

 ただ俊の持っていたテレキャスの音を求めると、かなり特徴的な物になってしまうのだ。


 ミニアルバムも順調に売れて、かなりのキャパのライブハウスも簡単に埋めているノイズ。

 これだけ好調であっても、外車を乗り回すような大金が、あっさりと入ってくるわけではない。

 もっとも俊の場合は、印税が他のメンバーより多いので、細かいところの金銭は、自分で出してしまっているという事情もある。

 プロデュースまでやっていることを含めれば、俊が得ている金銭というのは、それほど巨額のものでもないと言えるだろう。

 忙しすぎて、予定通りに大学は留年しそうになっている。

 ただ今は普通に授業の課題などをこなすより、作詞作曲にリソースを振ったほうがいい、と考えているタイミングであるのだ。

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