第149話 取材

 暁のギターが上手いのは、誰もが知っていることだ。

 だが高校生のバンドの中に入れてみると、その卓越した技量がより鮮明になる。

 フィーリングが重要だと本人は言っているが、ミスなどまるでしない。

 しかし演奏中の解釈などは、やはり本人の独特のものがあるのだろう。

 リードギターの存在感が、ここまである曲というのは、今ではもう珍しい。

 J-POPのカバーなどをしていても、暁の存在感は前面に出てくる。


 千歳も後輩たちのバンドに、ヘルプとして入ることはある。

 ただ基本的にギターというポジションは、やる人間はそれなりに多いのだ。

 少ないのはやはり、圧倒的にドラムである。

 三橋は本来、ギターなどのほうが得意であるのだが、ドラマーとしてヘルプに入ることが多い。

 俊も一応ドラムを叩けるが、そんなことをしている暇はさすがになかった。


 1000人の入るハコで、ワンマンライブを行う。

 これまでに比べるとチケットの値段も高く、完全にノイズを聴くために来てくれる客に対し、どういった演奏をしていくか。

 もちろん単純に音を聞かせるだけ、というのでは不充分であろう。

 大きなハコでやるからには、普段より大きなスケールを見せなければいけない。

 スクリーンがあるハコでやるので、そこでまずMVを流すことが出来る。

 霹靂の刻のMVが、ここで最初に流されるわけだ。


 スポンサーをつける案件は、さすがに阿部に任せるしかなかった。

 意外なほど大きな企業をメインにして、ドリンクの提供などをそちらから仕入れる。

 ここはハコのオーナーとの話し合いも必要なため、やはり阿部に任せつつ、俊も同席する。

 一時期の感染症の爆発時期には、多くのライブハウスが廃業の危機に陥ったらしい。

 だがそこで安く物件を買い取るという、先を見据えた資本力のあるオーナーもいたのだ。

 まあ、あの時は比較的政府の支援もあったため、どうにか乗り切ったライブハウスもあったらしい。


 あの時期に完全に困ったのは、ミュージシャンでもフリーの人間だ。

 そもそもライブ自体が出来ないため、ライブバンドは解散、あるいは休業状態になったものが多かった。

 そこでさらにネットによる配信などが潤った、という事実はある。

 俊にしてもあの頃は、ボカロPとしての活動の全盛期であった。

 大学の授業もほぼネットであったため、逆に使える時間は増えたかもしれない。




 昼と夜の二回、二時間ずつ。

 一日に四時間というのは、ペース配分が必要になってくる。

 実際には週末の練習などで、それぐらいは普通に弾いている。

 ライブのない週末などは、ずっとそんな感じである。

 とにかく必要なのは体力。

 もっとも練習と本番とでは、使う体力の種類が違う気がする。

 メンバーの中では俊だけが、余裕の表情でこなしていくのだが。


 あと、意外と体力を使い切らないのは千歳である。

 歌っている上にギターを弾いて、すごく疲れると思うのだが、位置をほとんど移動しないというのが大きいらしい。

 ライブは体力、というのがよく分かる。

 最近では対バンを組んでも、一時間ぐらいは演奏しているものだが、全力を出すとヘロヘロになる。

 一番限界まで体力を搾り出すのは、暁が多い。

 メンバーの中では一番小柄で、レスポールも他のスタンダードやクラシックに比べればスペシャルは軽いが、それでも重めのギターではあるのだ。

 千歳のギターとは700gほどの差しかないが、これがずっと弾いていると重く感じるものだ。


 昔のギターであると、平気で5kgほどあったりして、女性が使うには辛いものである。

 それでもビンテージ品であると、とんでもない値段がついてくる。

「ビンテージ品って面白い音が出るけど、リズムギターは基本的に、安物でもいいよね」

 千歳は最近、そう思うようになってきたらしい。

 ちょっと前に、30万以上するギターをオーダーし、それの完成待ちなのだが。

「ん~、どうかなあ」

 暁は同意しないが、完全に否定というわけでもない。

 なにしろ彼女の場合は、レフティであるためそんなに多くのギターを弾き比べる機会が少ないのだ。


 俊としてはビンテージ品のギターには、クセがあると思っている。

 たとえば千歳に貸し出しているテレキャスは、かなりジャキジャキとした音で、なかなか出ない音だ。

 ただこれは間違いなくビンテージ品なのだが、この演奏が出来るまま販売したとしたら、かなり安くなる。

 壊れたので交換したペグなどを付けると、ビンテージに相応しい価格になるのだが。

 すると今度はまともな演奏が出来なくなってしまう。

「千歳は多分、オーダーしてるギターを弾いていったら、また新しいギター欲しくなると思うよ」

「オーダーメイドより?」

「あそこはオーダーメイドって言っても、型がある中から選んでたでしょ。完全に自分に合った型から作るとなると、材料から選んでいくことになるだろうし」

 すると100万近くのギターになるわけだ。


 暁はそれに対して、あくまで今のレスポールの、予備がほしかったのだ。

 今の予備であるエピフォンは明らかに、ギブソンのレスポールよりも音に特徴がない。

 かなりエフェクターで調整してはいるが、間違いなく別物と言える。

「まあルシールみたいなギターがあったら、アキも満足するんじゃない?」

「いや、あれ右利き用のギターだから」

 それだけで暁としては、対象外となってしまうのだ。




 このタイミングで、雑誌の取材などを受けたりする。

 取材といっても金をもらえるわけではなく、代わりに広告のコーナーなどで紹介をするという程度だ。

 そもそもこのセレクト・インディーズという雑誌はその名の通り、インディーズバンドを専門に紹介する雑誌である。

 もうちょっと早いタイミングであれば、さらにライブの宣伝が出来ただろうが、それは順番が違うのだ。

 1000人規模のハコで、ワンマンライブが出来るようになったからこそ、やっと取材が来たと言おう。

 そして記事に関しても、数ページを割いて紹介してくれる。


 メンバー全員の紹介と、俊に加えて主に月子のインタビューが多くなる。

「俺も昔、取材受けたことあったなあ。小さい記事だったけど」

 信吾が言っている通り、セレクト・インディーズは紙の雑誌も販売している。

 インディーズバンドの専門誌と言うが、インディーズの定義を明確に定めてしまうと、相当のメジャーバンドでもインディーズになってしまうのが現在だ。

 それでも金になるためには、自力で口コミなどの認知度を高めていかなければいけない。


「ところで、今までも何度も尋ねられてるかもしれないけど、ボーカルのルナさんは顔出ししないんですか?」

 これについては当初、アイドル時代の月子を知られないためや、ミステリアス要素を増やすためにと、そのあたりのことを理由にしていた。

 だが有名になればなるほど、実は意外な理由をつけられることに気づいた。

 それは月子の相貌失認対策である。


 月子はさすがに、バンドメンバーの顔ぐらいは、もう個別に認識できるようになっている。

 だが阿部や事務所の人間でさえも、まだ服装などが大きく変われば、気づかなかったりするのだ。

 しかし仮面やサングラスによって、自分の顔も隠していればどうなるか。

 知っている人間とすれ違ったところで、相手が気づいてくれなければ、自分が気づくこともない。

 何度か会っている人間に対して、どちら様でしたっけ、という失礼をかまさずに済むのである。


 事務所の人間や、また身近な人間に対しては、月子は自分の障害について話している。

 読解障害と、相貌失認。

 この二つのハンデは、月子の生涯を苦難に満ちたものにした。

 単に顔を憶えられていないと、失望したアイドル時代のファンもいたであろう。

 ルックスだけなら月子は、間違いなくアイドル級のものであるのだから。


 これをいつ公表するかというのは、デリケートな問題である。

 だがとりあえず取材に対しては、ものすごく人の顔を憶えるのが苦手、ということは説明しておいた。

 こういう人間は普通にいて、先天的に100人に一人か二人はいるらしい。

 ただ月子の場合は、ひょっとしたら後天的なものでは、とも考えられている

 それは彼女が幼少期、両親と一緒に事故に遭っているからだ。


 一人だけが助かったが、それまでは普通に生活していたような気がする。

 精神的なショックで、顔が憶えられなくなったのだと、周囲はそう判断したか、あるいは環境が変わったゆえに、記憶力が悪いと思われた可能性もある。

 有名人であるとブラッド・ピットが相貌失認と広言している。

 月子の場合はまだしも、ものすごく親しくなった人間なら憶えられるだけ、まだ軽度のものであるのかもしれない。

 これは事故によって脳の一部が損傷したりして機能を失っていれば、ありうることなのだ。


 記憶に関しては脳の領域であるが、そういえば自分もあまり他人の顔を憶えるのは得意じゃないな、と思う俊である。

 もっとも記憶力自体はいいので、相貌失認を疑ったことなどはなかった。

 またこれは、日常的に接する人間は憶えられたり、マンガのキャラなら憶えられたりと、色々な度合いがある。

 月子の読解障害についても、まだしも軽度のものなのだ。

 ひらがなにカタカナ、そして山や川といった漢字が読めるだけ、まだマシと言われている。

 これも事故に遭った時に、脳の一部を損傷した可能性はある。




 そういった部分までは、さすがに取材では説明しなかった。

 だが月子の、どこかミステリアスな要素を膨らませるには、むしろ面白いと思われたのかもしれない。

 本人としては色々な人々と関わることがあるだけに、大きなハンデであることは間違いない。

 もっとも巨大アフロやモヒカンの人間などであると、そっちの部分でしっかりと記憶できるのだが。 

 また普段から着物を着ていたりする人も、なぜか着物の延長で顔が記憶できたりする。


 月子のハンデについては、特に説明する必要もない。

 普通に幼少期に事故で両親を失い、淡路島から山形へ、そこで祖母を失い京都へ、というだけで充分ドラマチックだ。

 東京に来て、しばらくは地下アイドルをしていたということは、今の段階ではまだ秘密である。

 ノイズのメンバーについては、信吾と栄二も既に、メジャーデビューしたバンドからの離脱組として知られている。

 ただデビューしたといっても、栄二がいた方は最近元気がなく、信吾のいた方もノイズよりも売れていなかったりする。

 メジャーレーベルからデビューしたとしても、事務所がしっかり金をかけて宣伝してくれるとは限らない。

 むしろレッスンなどで、いまだに金がかかったりする場合もあるのだが、さすがにそこまでひどくはないらしい。


 そして取材となると、やはり俊と暁については、その技術の高さが不思議に思われる。

 俊の場合はボカロPの実績があるが、暁は本当に突然に現れた。

 ただ父親の名前を言われれば、雑誌のインタビュアーも驚かざるをえない。

 マジックアワーの安藤保は、間違いなく一時代を築いていたバンドのリードギターであったのだ。

 ただ保はレスポールよりはストラトタイプ使うことが多かったし、レフティという以外にはさほど共通したところもない。


 俊はこの取材において、コンピレーションアルバムについての宣伝などもしていった。

 TOKIWAなどはボカロP出身の第一人者とさえ言われているが、そこからバンドに転向したという人間は少ない。

 そもそもボカロPならば、楽器の演奏は打ち込みでやる場合が多い。

 ただ打ち込みでやってしまうと、どうしてもライブでは反応が上手くいかないのだ。

 ボカロP出身で、あえて楽曲提供だけではなく、自分まで演奏しているというのは、本当に少ない人間である。

 俊の月子と会ってからの経歴を聞いていけば、むしろマネジメントやプロデュースなどを、自分でやっているのではないか、と思わないでもないが。


 インディーズをわざわざ取材しているのは、インディーズでしか感じない熱量があるからだ。

 しかしノイズはその基礎に、俊の音楽教育と、月子の民謡があるために、独特の色が出ているのは確かだ。

「逆に質問したいんですけど、夏に千葉でやるフェス、話を通すようなコネありません?」

「ああ、あれ……」

 インタビュアーとカメラマン、二人で来ていたわけであるが、難しい顔をする。

「直前になって出演がグダグダになることもあるけど、インディーズバンドでも確かに出演実績はあるのよね……」

 ただノイズでは、まだ認知度が足らないと思われる。


 まずはワンマンライブの成功。

 それを取材して、雑誌として出す。

 ある程度はまた認知度が上がっていくが、これは事務所からの交渉も必要であるはずだ。

 バンドが自ら出してくれ、ということはちょっとありえない。

「あのフェスは、国内だと最大だものね」

「あたしは富士山の方でも良かったんだけどなあ」

「さすがにあっちはもう、確定してるだろ」

 暁としてはとにかく、ハードロックな方が好みであるらしい。


 取材は無事に終わったが、あとはワンマンライブの本番を行うだけである。

 新曲の練習も順調であり、実際にどれだけのパフォーマンスが出せるかは、当日になってみないと分からない。

 この規模でやるのは初めてとはいえ、失敗などしている場合ではない。

「レコ大とかは、わたしたちは狙わないの?」

「あれはスポンサーで受賞者が決まるし、特に意味もない」

 月子の問いに、辛辣なことも言ってしまう俊であった。

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