第146話 プラン
本当なら告知にもうちょっと時間をかけたかった。
だが夏のフェスの候補になるためには、ある程度の実績を、早めに出しておく必要がある。
1000人のハコを昼夜の二回で、両方とも埋めてしまう。
その企画がスタートしてすぐに、俊は信吾と栄二と共に、具体的な案を阿部と協議し始める。
以前にもフェスでこの規模のステージをしたことはあった。
だがあれはあくまでもフェスであって、今回のワンマンとは決定的に違うことが一つある。
それはこちらが金を出すということである。
宣伝目的でフェスに参加させてもらうという場合、逆に金を払ったりすることもあるらしい。
基本的にフェスは人気のあるバンドを呼ぶために、主催するイベンターが金を払うものだ。
そしてイベンターはチケット料の他に、スポンサーを見つけてきてその広告を入れたりする。
「スポンサーはさすがに見つけられないなあ」
「俺たちがワンマンやった時も、イベント屋に全部任せてたからな」
だからあまり儲からなかったのである。
ノイズの場合は金をかけずにここまで、ステージをやってきたというのが実績である。
300人規模のライブを何度もやって、チケットを全て売り切ってきたというのが、対バンあってこそのことだが実績になっている。
ストレンジでワンマンをやった時も、ネットや直販によって、全てのチケットを売ることに成功した。
300人というとそんなに多くもないと思うが、金を出してまで見たいと思ってくれる人間が、それだけいるのはかなり凄いのだ。
ただこれが1000人となると、一気に事情は変わってくる。
単純にチケットを、この場合5000円としたとする。
この価格が適切か安いか高いか、それは買う側が考えることだ。
ちなみに俊は、まだ高いと思っている。
1000人は買ってくれる人間がいるとは思うが、昼の部の方の1000人は難しい。
2000人が5000円で買ってくれたら、1000万円という金額が動く。
「5000円で売れますか?」
そのあたり己を過信しない俊である。
「昼の部と夜の部で、金額に差をつけます」
「ああ、そういう……」
比較的週末も働いている人間は多いはずだ。
なので昼の部は安くして、時間はあるので少しでも安く買えるというチケットを売る。
夜の部は比較的、高いチケットにしておく。
夕方以降ならば時間のある人間というのは、それなりに多いであろう。
ハコに払う利用料、またセッティングなども大きなハコであるため、ノイズのメンバーばかりではさすがにどうにもならない。
ローディーやエンジニアの手配までして、前日から舞台を準備する。
「最初にMVを流して、期待値を高めるとか。それと昼の部で来たけど、夜の部もやっぱり聴きたいと思わせれば、当日券が売れるわね」
「すると順番としては、昼の部が全部売れてくれて、まだ夜の部がちょっと残っているというのが理想的ですか」
「あと今回のハコは全部スタンディングだから、少しぐらいなら増えてもいいし」
まあ確かにライブというのは、主な客が前に詰めていってしまうので、後ろの方ではもう少し入れたりする。
あとは重要なのは、警備スタッフなども雇うことだ。
大規模ライブにはよくあることであったが、前に前にと聴衆が詰めていってしまう。
その結果押しつぶされて死亡者が出るという事故さえ、時々起こったりする。
警備というのはミュージシャンを守るということもあるが、オーディエンスを守るためにも必要なのだ。
ここでもやっぱり金がかかるが、この過程では絶対に金を惜しんではいけない。
「ノイズの音楽自体は、本当はもっと高くないとおかしいと思うんだけど、知名度がそこまでじゃないから」
ずばりと阿部は言ってしまうが、それは単なる事実である。
ライブのチケット価格というのは、基本的に年々高騰している。
特に外国人のミュージシャンの方が、日本人よりも高い。
今回の場合は、元々ライブ専用のハコを使うため、まだしも設営に金がかからない。
ただこれがアリーナクラスであると、一気にチケット代は高騰する。
ノイズが昼の部で3000円、夜の部で5000円というのは、かなり格安なものなのだ。
純粋にチケット代だけで、800万円の金が動く。
だがこれだけでは、かなり厳しいのは確かだ。ちょっとした演出をするだけで、一気に赤が出てしまう。
当然のことであるが、事務所の取り分というのもあるのだ。
また今回はイベント屋を通してハコを確保しているため、そこにも金がかかってしまう。
本当に儲けたいなら、もっと事前の準備が必要なのである。
俊はかなり独学にしては、利益を出す方法でやってきていた。
だがそれが通用するのは、せいぜいが200人前後のハコでやる場合のみ。
使う金が多いほど、得られる金も多くなる。
そのようにしていかないと、早めに飽きられてしまうものだ。
現在はコンテンツの消費速度が早いため、そこに新しいものを供給しつつ、コアなファンにどっさりと金を使ってもらう必要がある。
あまり仰々しいステージにしないというのがノイズのスタンスであるが、それがいいか悪いかは判断が難しい。
ライブハウスというのは、果たして日常の延長でいいものだろうか。
少なくともアイドルのライブなどは、一時的な夢を見るために行われるものであろう。
ライブは一種の別世界であり、そこでの体験は日常とはつながっていない方がいいのではないか。
ファンとの距離が縮まりすぎたアイドルグループなどを見ると、そんなことも考えてしまう。
憧憬の目で見られるのがいいのか、親愛の情で接されるのがいいのか。
後者は色々と問題が起こっていたりする。
それにノイズは月子の仮面のように、ある程度の秘密を持っている。
オーディエンスとの距離感というのは、慎重に考えていかなければいけない。
ただ特別扱いされるメタル路線から、音楽性の違うグランジの方面に走って大きく売れたのが、ニルヴァーナである。
日本の音楽シーンについては、90年代のグループがいまだに安定して売れている。
トップを走っているわけではないが、ライブバンドはライブで食えているのだ。
そして今のトップを走るのは、ネットから発信してきた者。
TOKIWAのような超売れっ子のコンポーザーもいるし、他にも色々なボカロP出身者がいる。
俊もまた、その一人であるのは間違いないのだ。
300人規模ならともかく、この規模のワンマンを初めてするなら、なんらかの売りが必要になる。
ノイズの場合はそれが、作成してもらっているアニメーションMVである。
あとはもう一曲ぐらい、新曲がほしい。
ハコはモニターがあるので、そこでノイジーガールと霹靂の刻のMVを流し、それとは別にまた新曲を発表するのだ。
「簡単に言ってくれるなあ……」
実際に作る立場の俊としては、そう洩らしてもおかしくはない。
これまでにない規模のワンマンライブであるのだから、新曲の発表ぐらいはしておきたい。
それは確かにステージを企画する側としては当然である。
「どうせ、もう作りかけのはあるんでしょ?」
阿部に見透かされているのは、俊がとにかく作曲をすることに、心血を注いでいることを知っているからだ。
「そりゃあるけど……俺、今年で大学卒業なのに……」
一年留年するつもりではあったが、まさか余裕もなく留年になるかもしれないとは、さすがに考えていなかった。
これから完成させて、六月のライブに間に合わせるよう練習するには、一週間ぐらいの時間しかない。
まだ千葉でのライブが残っており、またワンマンの二時間ライブに関しては、ステージ構成を考える必要もある。
決められた予算内で、どのようなステージを作っていくか。
「予算って……スポンサーをつけるのは、ちょっと難しいんですよね」
「それこそが事務所の仕事ですよ」
チケットを売って金を作ってから、ライブの構成を考えていくのでは遅い。
まずは先に金が必要になるのである。
そういった交渉ごとを、まだ学生である俊がやるのは、さすがに無理がある。
ABENOで経験のある阿部が、心当たりのある企業を回って、スポンサーになってもらうのだ。
ノイズの面々にやってもらうのは、当然ながら作曲と演奏の準備に、全体の構成。
俊一人ではなくこれは、全員の知恵を絞って考えなければいけない。
もっとも最後に決定するのは、やはり俊なのである。
彼自身は気づいていないが、阿部は俊の中に、プロデューサーとしての才能を感じている。
ノイズの面々が、俊に対して反感を持っていないのが、ちょっと不思議なぐらいである。
バンドというのはある程度、仲が悪くて当然という面もあったりする。
活動してすぐはともかく、ノイズはもう多くのライブを経験しているのに、その結束力が乱れたところがまるでない。
俊はカリスマ性がある、というタイプの人間ではない。
ただ用意をしっかりとして、最低限の成果は必ず出し、実際に月子や信吾は生活のためのバイトをしなくてもよくなった。
計算高すぎて勝負をかけられないのが、今のところは欠点に見える。
だがそういう計算は、事務所側がすべきことであるのだ。
「これまでにやったカバー以外にも、改めてやるカバー曲も用意しておいてほしいのよね」
「練習が大変だ……」
そうは言うがこれは、必ずやらなければいけないことなのだ。
俊はノイズがユニットであった時代に、彩に言った言葉を憶えている。
ノイズは二年で、彩に追いつき追い越すということを。
ただ計算違いであったのは、暁と千歳が高校生であるため、動きが制限されていたということだ。
それでも春休みには、福岡まで長躯してライブを行ったのだ。
今は関東の周辺を、少しずつ平らげている。
言い過ぎかもしれないが、まずは足場固め、という段階である。
「そろそろファンクラブも作るタイミングでしょうね」
「それは……」
俊もいずれは、と考えてはいたのだ。
ただそのタイミングこそ、まさに分からないものである。
「ワンマンライブを成功させ、ファンクラブを作って、チケットの優先的な購買を促す」
言ってはなんだが、どれだけ金を引き出せるかが、資本主義社会では重要なことなのだ。
ファンクラブというわけではないが、SNSなどでノイズの宣伝は、ある程度公式アカウントから通知されている。
300人のハコならば、もう簡単に埋めることが出来るようになっている。
そしてこの1000人のワンマンで、果たしてどれだけチケットが売れるかが、その見極めのタイミングであろう。
ノイズだけのライブを、二時間行う。
正直なところ二日連続ならともかく、昼夜二回というのは、かなりの体力が必要であろう。
ただ炎天下で30分演奏するよりは、まだマシではないかと思われる。
MVの作成の進捗は、俊が確認する必要がある。
あれは事務所ではなく、ノイズがやった仕事であるのだ。
スポンサーに関しても、ライブで配るパンフレットに、小さく載せる広告など、そういう細かいものもある。
足を運んで直接会って、そういったスポンサーを取ってくる。
このネットの時代でも、結局人が信じるのは、直接会った人間であるのだ。
おおよそはオリジナル曲をやるが、人気のカバーもやっていくべきだろう。
そして何曲かは、新しくカバーをすると告知もすべきだ。
「また洋楽カバー、そろそろやってみたいよな」
信吾はそう言ったが、それを歌うのはどちらであるのか。
あるいは王様のように、和訳した歌詞で歌うというのか。
英語の発音に関しても、問題があるのだ。
特に月子も千歳も、英語は得意ではない。
一応はBeat Itだけは、演奏したことがあるが。
「あ、でも先生が英語はネイティブで話せるみたいだから、ちょっと相談してみる」
千歳がそう発言し、ふむ、と皆が頷く。
ただカタカナ英語になるぐらいなら、洋楽をわざわざやる必要もないであろう。
本質的に今の邦楽は、洋楽から発生しているのは間違いない。
そして洋楽の方が優れているのかというと、そうでもないと俊は思う。
もちろん英語でなければ、欧米圏の人間へのメッセージは伝わらないであろう。
だが邦楽は少し英語が混じっていても、それは日本人に最適化されたものであるのだ。
記念すべきワンマンで歌う洋楽カバーをどうするか。
「当然だけど、知名度がある曲にしないといけないぞ」
「Beat Itレベル?」
「……あれ以上となると、なかなかないか。」
単純に知名度があるだけでも、それは通用しない。
ノイズの音楽の方向性。
そこから導き出される、ジャンルをまずは考えていかないといけない。
ハードロック、ヘヴィメタル、グランジといったあたりまえでが、基本的なノイズの音楽の元となっている。
「今の客層に合いそうなのは、80年代から90年代以降かな?」
「バラードならそれこそビートルズでも通用するかも」
「それは俺の仕事がなくなる」
実際にやるのはしんどいが、やる曲を決めるのは楽しい、ノイズのメンバーたちであった。
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