第133話 黄金の日々
春休みが終わって一ヶ月も経たないうちに、ゴールデンウィークがやってくる。
遊びたい盛りの女子高生であるはずの千歳は、まだしも一般的な傾向を持っているはずであった。
だがレコーディングやライブと音楽漬けで、そしてまたも1000人規模のステージに立つことになる。
今回はその中でもトリを務めることになる。
もっともゴールデンウィーク期間中は、他にも色々とやることがある。
友達と全く会わないというわけでもないし、それにフェス以外にも参加することがあった。
世間一般では会社勤めが休みになり、集まりやすい期間である。
ボカロPは専業ではなく、副業というか趣味でやっている強者が何人も、有名な中にいたりする。
俊は最近ボカロに歌わせてはいないが、音楽活動はしっかりとしている。
そしてこの人脈とは切れていない。
特に今回は、ボカロPだけではなくボカロに関わる人間が大勢、集まったオフ会をやっている。
リアルで来ているのは20人程度だが、リモート参加がその倍はいる。
また俊に付いて来たのは、興味を持っている千歳であった。
千歳は80年代アニソンを得意分野としているが、そういった時代のアニソンをカバーしている歌い手がいるし、アニメーションPVを作っているエンジニアも参加している。
俊がここに直接やってきたのは、やはり実際の雰囲気を感じたいということもある。
そしてノイズによる第二弾MVについての相談であった。
本当はツインバードあたりをやろうと思っていたのだが、ここに霹靂の刻が生まれてしまった。
だが霹靂の刻のMVをイメージすると、どうしても金のかかる映像になる。
出来るものなら東北地方でロケをやりたいぐらいで、それはさすがに資金も人も時間も技術も足りない。
ならば、と思ったのだ。
アニメーションMVを作ればいいのだと。
「お~、ほんとにトワだ~」
「ルナは連れてきてないの?」
連れてきてもよかったのだが、月子にはすぐに、歌唱依頼が舞い込むのがこういう集まりだ。
ハイトーンであれだけの音階を歌えるのは、なかなかいるものではない。
そしてノイズの利益には、あまりならないのである。
ガチのハードロックを歌いながらも、80年代アニソンを熱唱する千歳は、変な方向性のカリスマが出来てきている。
現役女子高生が80年代を歌うというのが、それだけで面白いのだ。
「こんな大きな店、借り切って大丈夫なんだ?」
「そこはまあ、大きなスポンサーがいるというか」
俊としても自分が、ボカロPからユニットを組んでいたら、大きな目標としていたであろう人物がいる。
元ボカロPであり、現在の邦楽において絶大な影響力を持つTOKIWA。
「本物のトキワさんなんだ」
「ルナちゃんも連れてきてほしかったなあ」
まだ30歳前後で、そしてその業界トップでありながら、このオフ会で着ているのはジャージ。
もっともブランド物のジャージであるが。
基本的にはユニットを組んでいるが、グループ単位で歌い手を有していて、それぞれに合った楽曲をどんどんと作り出す。
正直なところ、才能の絶対値が違うと感じる人だ。
そして月子のような声を知っていれば、歌わせたくもなるだろう。
もっともそのためには、契約関連で複雑なことが必要になる。
その辺にいそうな兄ちゃんであるが、ガチの実力派であるのは間違いなく、俊も才能に尊敬を、人格に安心を感じている。
これだけの売れっ子になっていながら、人格は良識の範囲内にあるというか、そもそもが遊びの延長で音楽をやっている人だ。
楽しくないことを、他人に強制したくないのだ。
「コンピレーションアルバムの企画があって、夏までにあと三曲ぐらいほしいんだよね」
「それ、ここで言ったら駄目な情報じゃないんですか?」
「いやいや、噂として流していってほしいのよ」
なるほどこの場にいるのは、他にもボカロ界を中心として、大物が複数いる。
それがSNSで呟いていったら、下手に広告を打つよりも大きく拡散されるだろう。
TOKIWAが動くコンピレーションアルバムとなると、メジャーレーベルからの発売となるわけだ。
「ノイジーガール入れてみる?」
「いや、どういうコンセプトなんですか?」
「魂の個性、シリアス目で」
なるほど、それはノイズからならノイジーガールだろう。
「え、トキワさんだけじゃなく、他のボカロPとかも?」
「うん、とにかく今、個性で売ってる面子に声かけて、やりたいっていうかやれるやつを集めてるから、サリエリなら資格充分だけど」
軽そうに言っているが、これは大きな動きではないのだろうか。
そこで千歳が手を上げた。
「はい、質問です」
「なんだいトワちゃん」
「コンピレーションアルバムってなんですか?」
「そこからかよ」
いや、今ならそういうこともあるのか。
確かに今はもう、サブスクなりYourtubeなりが、自然とコンピレーションアルバムの役割を果たしていると言えるかもしれない。
あえてその名前を、もう使わないものであるのだろうか。
むしろ最近は、ボカロPなどがネットで企画して、かなり面白い物をつくっているのだが。
「コンピレーションってのがそもそも編集っていう意味でな? あるテーマを決めて、一人のアーティストなり複数のミュージシャンなりの曲を集めて作るんだ」
「ボカロPの場合なんか、ミクだけでとにかく集めてみたってのもあるしな」
「それこそ昔なんかは、その年のベストソングを集めただけっていうのもあったし」
「CDがまだ売れてた時代だよなあ」
ふうん、となんとなく分かった千歳である。
70年代や80年代、複数のレコード会社が共同で、ポピュラーミュージックのベストを作っていたのが、大きな成功になったという。
なんでレコード会社の垣根を越えて作ることが出来たのかというと、単純に音源を借りる側は内容を充実でき、貸す側はリスクなしに印税収入を期待できるという、双方に利益があるためと言われている。
ただ確かに、今ならばサブスクなので好きな音楽を選ぶことは簡単だ。
それなのにどうして、あえてアルバムとして出すのかというと、もはや趣味の域である。
同じボカロを使って、どういう曲が出来るのかなど、昔からボカロPは相互に刺激し合って曲を作ってきた。
そういったものをアルバムとして形にするのは、確かに趣味の領域に近いが、楽しいからやるというボカロPの意識を、強く反映したものである。
俊の場合は、そういったものに参加したことはない。
だが、魂の個性などという、またはっきりとしているようであやふやなもの。
「ねえしゅ……じゃなくてサリエリさん、霹靂の刻、混ぜてもらったらいいんじゃない?」
千歳の呆気ない暴露に、俊は口に運んでいた飲み物をこぼしかける。
周囲の注目を集めることになってしまった。
「へえ、なんかいい曲出来たんだ?」
「いや、ちょっと待って」
まず俊は、そう答えるのが精一杯であった。
霹靂の刻はこのゴールデンウィークに行われうフェスで発表する、ノイズの新曲である。
そして新しく出すミニアルバムの、最大の目玉とも言える。
これまでのノイズから、一番遠い印象の曲であろう。
三味線という日本のソウルに触れる楽器を使っているのだから、確かに魂の個性とは言えよう。
だが権利関係で、すぐに返事が出来るはずもない。
事務所に無断で提供など出来ないのは当然だ。
ただ、これはチャンスであるのは間違いない。
それに実際に出すのが夏なのであれば、ミニアルバムへの影響は少ないだろう。
『今度のフェスでやるって告知してるこれのこと?』
他のボカロPではなく、ノートPCの向こうから、俊を追い詰める発言が出てくる。
元々新曲をやるということ、そしてそれがこれまでとは違うタイプの曲だとは、ブログやSNS、そしてライブでも発信していた。
なのでそれを明らかにすること自体は、特に問題にもならない。
しかしこれまで、曲のタイトルは発表していなかったのだ。
「へきれきのとき、ね。タイトルは紹介してなかったんだ」
あ、といった感じで千歳が自分の口を塞ぐ。
今さらもう遅いが、どうせすぐに公開はされるのだ。
そもそも今回は、それのアニメーションMVについての相談があってのことだ。
「まあ、このゴールデンウィークのフェスで発表するんですけど、MVをアニメで作ろうかって考えていて、その相談もしたかったんですけどね」
実際の曲さえ聴かせなければ、それでいいだろうと俊は開き直った。
「その相談も、トキワさんにしようかなって」
「MVを発表するなら、新曲発表の翌日ぐらいにしないと。ちょっと作るの遅いよ。まあノイジーガールはリマスター版で良かったと思うけど」
そのあたりの計画性は、俊の限界でもある。
このあたりが本物の、段取りを何度も踏んでいるプロデューサーと、自分で何もかもやろうという新米の差である。
インディーズとメジャーの違いとも言えるが、そもそもアニメーションMVに霹靂の刻をしようと考えたのが、スケジュールが決まってからである。
「まあ、バンドを組んでると、下手にメジャー契約は出来ないか」
「そうですね」
これがユニットなどであると、著作権印税のみで、それなりの儲けが出てくる。
だがメジャーから音源を出していくと、ほとんどがプラットフォームや事務所、音楽会社に吸われていくのだ。
支出を減らすことによって、バンドメンバーに収入が回るようにする。
ボカロPとライブバンドでは、この段階では売り方が違うのだ。
「どんな曲?」
「じゃあ、トキワさんだけ」
持ってきていたヘッドフォンを渡すが、周囲からの注目は凄い。
「明後日のフェスでミニアルバムの中に収録してるんで」
売れるといいなと思っているが、果たしてどれだけ売れるものか。
一応ハコの大きさから、1000枚は持ってきているのだが。
ノイズの音源は、CDから既にデータ化され、裏流通というか海賊版というか、そういうもので普通に流れていってしまっている。
それによってある程度の人気に貢献はしているのであるが、もちろんそんなものを肯定するわけにはいかない。
だが無断撮影のデータから、ある程度バズったというのも現実である。
このあたりは本当に、負の側面ではあるが、ノイズの音を届けるという役割は果たしている。
そもそも普通に聴けるなら、わざわざ海賊版や違法DLには手を出さないのだ。
もっともノイズは、ライブバンドとしての側面が強い。
音源を聴いてもらって、その入り口が裏側からだとしても、ライブに来てくれるようになればノイズの収入になる。
サブスクなどでの料金というのは、ものすごく大量に聴いてもらっても、さほどの金額にはならない。
インディーズのCDが売れてくれることが、一番ありがたいのである。
そもそもCDが売れなくなった時代も、ライブに回帰して復活したというミュージシャンは多い。
昔から大規模ツアーというのは、とんでもない金が動く。
ノイズの場合はハコがそもそも、最初からライブ用であるということが多いため、ローディーを雇うことがまずないというのが大きい。
基本的には派手な演出などはなく、本当に音楽だけで売っている。
実はこの売れ方に、嫉妬を感じているミュージシャンはそれなりに多い。
そんなノイズのサリエリが、発表前からMV作成を考えたという曲。
TOKIWAはそれを、集中して聴いていた。
(これまでと全く違う曲だ)
それはすぐに分かったが、この硬質な弾く音はなんなのか。
(津軽三味線か?)
音のサンプリングに貪欲な彼は、それにすぐ気がついた。
曲の長さはそれなりにあるが、閉じた瞼の裏に浮かぶのは、大自然の風景だ。
圧倒されるような音の連なりに、ルナとトワのボーカルが入っている。
確かにこれは、通常のMVで作るとすると、かなり大掛かりなものになるのかもしれない。
もっとも今はCGもあるので、そこは作り手次第とも言えるだろう。
聴き終えたTOKIWAは、大きく息をついた。
「サリエリ、また一つレベルアップしたな」
「作曲はルナで、俺がアレンジしたんですけどね」
「なるほど……分かった。確かにアニメーションの方がいいだろうな」
そこからすぐに、TOKIWAは電話をかける。
そしてゴールデンウィークの最終日に、予約を入れてくれた。
「めちゃくちゃ早くないですか?」
「話し合いからが長いからな。アニメーションはCGを入れても、中核は0から作っていくし。MVのイメージとかまとめておけよ」
「ありがたいですけど、こんな簡単に予約が取れるものなんですか?」
「他のミュージシャンが間に合わなくて、キャンセルされてた予定があるんだと」
「ああ……」
ただそれも、TOKIWAが紹介してくれたから、というのは大きいだろう。
まさかここまで早く、とは思っていなかった。
だが上手く行く時は、こういうものなのかもしれない。
もちろん人脈があってこそ、というのはあるだろうが。
「というわけで、コンピの方にも入れていいよな?」
「そりゃ……断るわけにはいかないでしょうけど、事務所に許可は貰う必要があるんで」
おそらく許可は出るだろうが、勝手に何をしているんだ、と叱られるだろうなと思う俊であった。
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