第132話 メンバーレンタル

 四月はレコーディングが主な仕事になった。

 仕事と意識していない、高校生組もいるが。

 実際にはアルバイトどころではないほどの稼ぎにはなってきたが、二人はやはり本業は学生なのである。

 俊のような理論や知識で曲を作るタイプは、学業を重視する。

 音楽の学びに限らず、様々な知識が、歌詞となって表現される。

 たとえば平家物語などは、音楽であると同時に物語りでもあった。


 オペラなどには物語があり、教養がないと楽しめない部分もある。

 バレエなども総合芸術であるし、そこまでクラシックにいかなくても、普通にダンスミュージックは世界中に存在する。

 世界の民族を見てみれば、おおよそ音楽と踊りがその文明に存在している。

 日本の場合も能や、もっと庶民的には踊念仏などというものがある。

 月子がその自分の学んできた人生から、霹靂の刻を作ることが出来た。

 人はおおよそ0から創作するのではなく、他者が積み重ねてきたものを土に、自分の創作を芽生えさせる。

 ミュージシャンの中には普通に、子供時代にピアノなどを習っていた人間が多い。

 音楽に対する感覚は、自然と備わることもあるのだ。


 なので学校で、音楽以外を学んでいても、それは必ず活かされる。

 音楽ばかりにではなく、人生において活かされるのだ。

 音楽ばかりをやっている人生など、逆に薄っぺらいものであるのかもしれない。

 ただ色々なものを経験と言っても、違法薬物にはちょっと、手を出さない方がいいであろうが。

 サイケに分類される音楽ジャンルは、明らかにドラッグの影響から生まれたと言われている。

 ポール・マッカートニーが麻薬所持で長年日本に来れなかったのは有名な話だし、ビートルズの中ではポールは、比較的ドラッグをやらない方だったとも言われている。

 とにかく手を出すのが早いのは、ジョンが一番であったとも言われる。

 好奇心が旺盛すぎるのだ。


 本当にドラッグなどでインスピレーションが刺激されるのか、俊も一度は試したことがある。

 だが脳にノイズが発生したとは思ったものの、それが音楽にまでは出力されなかった。

 これなら酒の方がマシだろうなと思ったが、結局はそういった曲もいい子ちゃんの範囲を超えるものはなかった。

 むしろ計算して頭の悪い音楽と割り切って作った、スキスキダイスキの方が、電波ゆんゆんで受けもよかったのだ。




 俊はそういう経験をしたわけであるが、若いメンバーにはもっと健全な経験をしてほしい。

 自分の女などとは欠片も思っていないが、なにしろリーダーは俊であるのだ。

 月子や千歳の保護者とは会ったし、広い意味では暁は幼馴染だ。

 何より自分の音楽の表現者を、変な道に走らせるわけにはいかない。

 暁などは普通にギターを弾いているだけで、自分で脳内麻薬を発生させている疑惑はあるが。


 そんな健全な活動の中に、千歳と暁が学校の軽音部として、ライブハウスで演奏したり歌ったりということがあった。

 スパイラルダンスなどの小さなハコでも、部員だけの高校生バンドでは、そう簡単にチケットノルマは捌けない。

 そこでノイズの告知を使って、千歳や暁をレンタルと言うか、本来の学校の部活バンドに出向させるわけだ。

 二人は籍を軽音部に置いているので、そちらも同じく住居である、と言えなくはないのだが。


 高校生のバンドでも、レベルの違いというのは存在するものだ。 

 たとえば三橋レベルがバンドを組むなら、それなりに聴けるものとなる。

 ただ普通の軽音部であると、やはりカバーが精一杯。

 それをどこまで再現するかという話になるのだが、暁などは自分で即興のアレンジを入れたりする。

 高校生に混じってそういうことはやめなさい、と後で俊が叱ったりもする。


 だが同年代の部員たちと演奏するのは、二人にはそれなりに面白いものなのだ。

 確かにノイズに比べれば、明らかにレベルが違うのが分かる。

 千歳のギターにしても、まだまだなどとは言われるが、ほとんどの高校生よりはもう、上手くなっているかもしれない。

 少なくとも一年というレベルでないのは確かだ。

 またノイズというバンドにある、俊の美意識から外れた曲も、こちらなら普通にやれる。

『ち、きゅ、う、に! アイラブユー!』

 また千歳がマイナーな、ロボットアニメの主題歌を歌っている。


 別に古いものだけを選んでいるわけではないのだが、今では古い音楽でも、普通にネットで聴ける時代だ。

 その中から発掘しては、今の音楽の厚みをつけて、アレンジして演奏する。

 このアレンジを俊が頼まれることもあるが、千歳と暁は二人で、あーでもないこーでもないと話しながらやっていったりする。

 あとは別に、そこまで古くもない曲もやるのだ。

『なま~えの~ない~か~い~ぶつ~』

 電子音の打ち込みは、俊が30分でやったものである。

 正確には以前から用意していたものを、調整しただけであるのだが。




 俊はアニソンに対しては、特に固定観念などはなくなっている。

 ここ数年はアニメタイアップの楽曲が、年間でもトップとなるのが全く珍しくない。

 そしてそれを担当しているのが、俊と同じくボカロPからの出身であったりする。

 ユニットを組むのはともかく、バンドをやる方が逆に珍しい。

 元はバンドをやっていたが、解散してからボカロPデビューという方が、ずっと多いであろう。

 バンドはそもそも、実力者をそろえるのが難しいのだ。


 タイアップ。最近は俊も少しそれを考える。

 Yourtubeの邦楽MVの再生数ナンバーワンは、アニメタイアップでアニメによるMVだ。

 ここ数年の作品を見ても、アニメタイアップによる成功は、かなり多くの実績がある。

 そして俊は、自分ならそれもやれるな、という自信がある。

 自分の力ではなく、ノイズの力であるが。


 ちなみに最近、微妙に困っている問題が一つある。

 馬鹿らしいと言えば馬鹿らしいのだが、かなり切実な問題だ。

 それはノイズというバンド名が、シンプルすぎて検索に引っかかりにくかったり、他の意味が先に出てくることである。

 もっともこれは楽曲と一緒に検索すると、普通に出てくるので、致命的なものではないのかもしれない。

 だが海外からのアクセスも少しあることを考えると、やはり何か考えておくべきか。


 そもそもノイズという名前は、ノイジーガールと同時に考えついたようなものだ。

 その時はバンドという形態で活動するとは決めていなかった。

 今の音楽の主流は、一つには宣伝を上手く打っていく、アニメタイアップの大流行。

 そしてもう一つは、定期的に起こるライブへの回帰である。


 ビートルズなどはもうその解散よりずっと前から、コンサートがまるでアイドルのもののように嬌声が飛んでいたため、意外なほど早くレコーディングバンドとなっている。

 音楽性を求めて、単純な大衆受けを嫌ったと言うか、ビートルズだからこそ出来たものであろう。

 だがこれは録音技術の進歩と、当時はレコードが売れていたという状況によるものだ。

 実際のところライブへの回帰は、2000年代などもはじめ、何度も起こっている。

 なんなら演歌歌手などは、地方のドサ回りなどと言いながら、ディナーショーなどでしっかり稼いで、長くこの世界で生きていたりする。

 現在はネットによってすぐに、その音源を視聴し鑑賞することは出来る。

 だがライブというのは、体験であり共有なのだ。


 経済的に考えても、ライブというのは経済効果が大きい。

 ネットならばプラットホームを使って、配信するだけで済む。

 レコーディングには金や時間がかかるが、それでも限定的なもの。

 70年代などだと、数ヶ月もかかってレコーディングを行っていたりもしたが、今はビジネスの都合でそこまでの無茶は超大物しか出来ない。

 そもそもタイアップであったりすると、期限が明確に区切られているのだ。




 ライブはまず、単純にチケットが売れる。

 そしてライブ会場が必要であり、その手配も必要で、あとはライブ専用であってもセットのために大きな金が動く。

 ライブに向かう人間が移動するのには、交通機関も利用されるし、遠方であれば宿泊施設も必要となる。

 ネットから生まれたミュージシャンが、顔出しはせずにライブを行ったりするのも、こういった金の動きが大きくなるためだ。

 ミュージシャンと芸能事務所、そしてレーベルにレコード会社だけではなく、イベンターやスポンサーなど、多くを儲けさせるために、大規模なライブが必要なのである。

 そのあたりの関係が分かっていないと、ノイズを売り出す難しさも分からないだろう。


 彩などはその点、しっかりとライブも行っているシンガーである。

 毎年数度は一万規模の会場を満員にさせており、その影響力は確かに大きい。

 ノイズの場合はライブハウスを中心に活動しているため、そのあたりの費用がかからず、おかげで儲かっているというところはある。

 だがその恩恵に与っている者が少ないため、周囲を大きく動かそうというムーブメントになりにくい。

 このあたりの感覚を、俊は分かっているのだが、安易にメジャーな動きはしたくない。

 地盤を固めて、コストに見合ったリターンが必ず見込めるようになったら、大規模コンサートの企画も出来るようになるだろう。


 月子の声は、ネットで上手く広がっている。

 歌唱力が圧倒的なだけに、変にぶれることなく、調整された歌を届ければいいのだ。

 それに対して千歳の歌や暁のギターは、ライブ感が重要になる。

 単に正確に歌うならば、口パクをやった方がよほど正確だ。

 だがライブにおいては観客の反応によって、自分のパフォーマンスも変化する。

 大阪でのライブなどは、完全に飛び道具を使ったものだった。

 ああいった演出的なことは、もちろん事前の準備も重要だが、ライブハウスの空気を読んでやらなければいけない。


 月子や暁のような、理由は別だが我が道を行くタイプに比べると、千歳はそのあたりが柔軟だ。

 俊としては当初、月子が及ばない部分を埋めるために、彼女が必要なのだと考えていた。

 しかし半年以上もやっていると、いまだに単純な技術では追いつかなくても、その存在感が及ばないということはない。

 小さなハコで、バックが弱いながらギターボーカルで歌っても、充分にオーディエンスを乗せることが出来る。

 パワーとは言えないし、テクニックというのとも違う。

 強いて言うならば、タイミングがいいとでも言おうか。


 思えば彼女が、あの日のライブに予定通り入っていれば、俊たちはそこまで関心を示したであろうか。

 ちょっとした運命の歯車で、千歳とは邂逅することになった。

 今から思えば、かなりドラマチックなものだ。

 もっとも初心者だった千歳を、ステージに引き上げたのは、俊の強引さであったが。

 五月のフェスに向けて、レコーディング完了後はライブで予定を埋めていく。

 大きな目標は、夏のフェスでの大きなステージである。




×××




 解説

 地球にI LOVE YOU/WELCOME

 特装機兵ドルバックOP曲。

 80年代アニソンに合ったロックと言うべきであろうか。

 おおよそ現代のジャンル分けではハードロックになると思われる。

 しっかりギターソロも入っていることだし。ただ歌詞まで含めるとパンクっぽくもある。

 83年から84年まで放送された作品であり、全36話で綺麗に終わっている。

 イントロからいきなりサビに入るあたり、実は今の邦楽の流行と共通しているところがある。


 名前のない怪物/EGOIST

 PSYCHO-PASS第一期ED。

 EDMをはっきり使った楽曲で、平成アニソン大賞の中で編曲賞に選ばれている。

 言うまでもなく作詞作曲のryoはボカロP出身の超大物。

 クセになるイントロと、サビに至るまでの全て歌詞、そしてアニメーションとの一致。

 作品との和合性が高い名曲である。

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