第129話 けいおん
世の中はノイズを中心に回っているわけではない。
そもそも歴代で最も有名なミュージシャンでも、その影響力は限定的であったろう。
ノイズ推しのファンというのは、数100人はいるだろうが、それでも熱狂的なのはそこまででもない。
グルーピーに手を出さず、昔からのつながりの女との関係を切らないのが、信吾のいいところ(?)だと俊は思う。
ノイズを中心には回っていないが、ノイズを中心に生活しているのが暁である。
千歳もかなり時間をかけてはいるが、そこまで完全にノイズを中心に考えているわけではない。
それなのに上達速度が異常であるのは、教師がいいのと環境が向いているからだ。
とりあえず暁に近寄ってくるギタリストは、かなり上手い人間ばかりなので。
大人のギタリストのほとんどよりも、暁の方が上手いというのは、さすがに驚きのことである。
そもそも今のところ、明確に暁よりも上手いと言えるギタリストと、千歳は現実で会ったことがない。
二人は入学後すぐのオリエンテーションで、部活説明会のために演奏をすることになった。
ギターとギターボーカル、そしてドラムは三橋がやって、ベースはそれ以外で一番上手い部員がやる。
この構成でやるとしたら、当然曲はあれである。
『私たち軽音部は毎日の練習、それに秋や学内イベントでの演奏、他にライブハウスで年に一度の記念公演、あとは外部に出てバンドをするためのメンバー紹介などもしています』
三橋の説明は、軽音部の本来の活動内容である。
確かに以前は、学外のバンドに所属していた生徒もいたのだが、今はいない。
はっきり言えば二人のせいで、あれだけのレベルでなければ通用しない、などと思われているのだ。
『ちなみにギターとボーカルの二人は学外バンドを組んでいて、インディーズバンドで国内フェスにも出るレベルですので、あまり緊張せず初心者も歓迎です。というかボーカルは入学するまでギターは弾いてませんでした』
今の腕になるまでには、散々に鍛えられたものだ。
『それでは演奏します。God Knows』
ドラムから始まった演奏に、思わずといった感じのどよめきが満ちた。
出来るだけ原曲に近いように、エフェクターとアンプで音は調整している。
それでもほぼ目を閉じながら弾くその様子は、指の動きだけを見ても高度なものだと分かるだろう。
そしてボーカルの声は、新入生たちの思考を貫いた。
どよめきが大きくなった。
(ものすごく上手くなってる)
三橋はドラムを叩きながら、何よりもまず千歳のボーカルに驚く。
以前から感情を上手く乗せて歌う、ということには気づいていた。
だからこそ無理を言ってでも、ライブハウスで歌わせようとしたのだ。
あれからもう、半年ほどは過ぎた。
ただそんな期間で、ギターをそれなりに弾きながら、こんな声で歌えるのか。
ノイズのライブには、何度か行っている。
新しい曲、新しいカバー、上達し合っていく演奏と、どんどんとレベルが上がっていくのは分かっていた。
ケミストリー、つまるところの化学反応。
バンドというものはそれを起こすために、メンバーで組んでいるものなのだ。
フェスにも出て、西日本にツアーに出て、またミニアルバムを出すという。
そしてインディーズとは言いながらも、大本はメジャー傘下の事務所に所属した。
その事務所は今では陸音と名乗っている。
六音を少しだけ変えたものだ、と千歳は言っていた。
遠い存在だ。
両親がミュージシャンであったため、三橋京子もまた音楽には親しんできた。
大学に入ったら本格的にバンドをして、プロを目指すのもいいだろうと思っていた。
だが下から来た人間に、あっという間に追い抜かれた。
そして追いつけそうにない。
才能、と単純に言うものではないだろう。
音楽でなければ表現できない、というものを彼女は持っていない。そして千歳は持っている。その違いだ。
原曲にはなかった、リズムギターのフィーリング。
そしてわずかに暁はコーラスを入れていく。
演奏の難解な曲なのに、そんな余裕があるのか。
完全にレベルが違う。確かにもう、彼女たちはプロなのだ。
演奏終了後、千歳は宣伝の時間を貰っている。
『あたしとギターの二人は、学外でノイズっていうバンドで演奏してます。だいたい渋谷か下北中心ですけど、今度はまた演奏もするし、YourtubeでノイジーガールっていうMV流してるんで、ぜひ聴いてください』
この演奏を聴いた、およそ九割の人間が、ノイジーガールのMVを見ることになる。
最終的に一割の人間が、ファンになったのであった。
宣伝効果は抜群である。
ノイズに不足しているものは、まず大資本を背景とした宣伝力、などである。
他にも色々と不足しているが、宣伝には本当に金がかかる。
金がかかった、と過去形で言うべきかもしれないが。
今では金をかけても、それに相応しい反応が返ってくるわけでもない。
SNSでの口コミによる宣伝が、結局は一番確実であったりする。
発言力の強いインフルエンサーが、何度か呟いてくれたこともあり、それで間違いなくノイズのファンは増えている。
問題は音源に接することが、なかなか出来ないという部分だ。
打ち込みに月子が歌う、ユニット時代のノイズの音源は、普通に今も回っている。
あとは無断撮影されたものがネットに出回っているが、これはもうさすがに画質なども荒いし、放置しておいている。
そしてMVであるが、これは相当に回っている。
だがオリジナルをバンドが演奏したものは、サブスクやDL販売はしていないのだ。
一応CDの方で、まだ通販をしているため、聴こうと思えば聴くことは出来る。
だが今の時代に物で持っておくというのは、それだけでハードルが高い。
さすがに阿部からも、ネット配信は強く言われていて、俊としてもタイミングを考えてはいるらしい。
今のままであるとノイズは、東京では有名で人気もあるが、全国レベルではほとんど聴く機会がないのだ。
またカバー曲については、全く配信する予定もないし、追加してレコーディングの予定もない。
著作権料が入ってこないものが、いくら回ってもノイズの収入にはならないからだ。
これがまた面白いところで、アルバムにするとちゃんと利益が出てくる。
中間で取られるマージンなどが少ないため、著作権料を払ってもその部分がノイズの収入になるからだ。
ただカバー曲はノイズの知名度を上げるためにも、またライブの盛り上げのためにも、今後もいくつかはやっていく予定である。
この演奏の効果であったのだろうが、軽音部には前年よりも、ずっと多い体験入部の人間がやってきた。
もっとも半分以上は、二人のバンドに興味を持った、ミーハーなファンであったりしたが。
普通にネットで検索すれば、ノイズのブログにはたどり着くし、BBSでインディーズのバンドとして話題になっている。
あとはMVがこの時期、急激に回ったというのも事実だ。
「香坂先輩って、本当に高校からギター始めたんですか?」
「え、まあそうだけど」
暁は上手すぎて声がかけづらいのか、そうやって千歳には下級生が寄ってくる。
男女問わず、千歳は声をかけられる。
新入生の中には、暁はともかく千歳並には、ギターを弾ける生徒もいたりした。
もちろん暁の早弾きに歪ませ、そしてフィーリングにはとてもついていけないが。
コード進行を即興でいくらでも弾いていくというのは、ちょっと上手い高校生というレベルを超えている。
ノイズの経歴や活動実績を見れば、ほぼプロではないかと思われるし、実際にそれなりの稼ぎにはなっている。
所得はともかく年収ならば、新卒のサラリーマン程度の稼ぎになってきている。
もっともそれは今だけで、いつ人気が落ちて収入も激減するか、分からないのがインディーズの世界だ。
メジャーにしても、人気が落ちれば契約切れと共に、一気に収入は激減するのは同じだが。
音楽の世界は、スポーツやマンガの世界と同じように、それだけでやっていくのは難しいのだ。
ちなみに小説家は、本を出していても専業小説家でいられるのは1%だけだそうな。
俊はこの学校でのノイズの活動について、二人にはちゃんと意義を説明していた。
それは若年層のファンの獲得である。
就職すれば人間、最低でも八時間は仕事に、時間を取られるようになる。
また通勤時間や残業を考えれば、自由になる時間が少ないのだ。
学生は時間が比較的自由に使えるが、最近では大学生も奨学金の返済や、普通に生活費を稼ぐのに忙しいし、昔ほど遊んでいられる状況ではない。
高校生はアルバイトが禁止であったりもするし、一番自由になる時間が固定されている。
何かに夢中になるのには、一番適した期間であるのでは、と俊は考えている。
もっとも社会人であっても、アイドルのトップオタという人種はいたりするが。
高校生からは、そんなに金を取れるわけではない。
ただその自由になる時間によって、上手く宣伝部隊として使っていくのだ。
あるいは数人なら、チケットを安く融通してもいい。
いくらネットが広大な世界になったとはいえ、高校生の世界というのはまだ狭い。
そんな学生に夢中になってもらって、時間を使って自然と情報を拡散してもらうというのは、実は貴重なことなのである。
時間が今、一番足りていない俊が、そんなことを言うのだから間違いない。
若いファンをどんどん獲得していくことは、バンドにとっては重要なことである。
もっともそれに気づいたのは、去年の学園祭が終わった後、高校生のファンが増えたということから導き出したもので、マーケティング的に考えたわけではない。
四月にはノイズは、久しぶりの小さなハコであるスパイラルダンスなどでもライブをする。
むしろもう、あちらから出演料を払ってもらうぐらいの勢いを持っているが、これは宣伝を兼ねているのだ。
20分ほどの演奏のために、チケットは売れていく。
ただ学校の軽音部で組んでいるバンドに、千歳を貸し出したりしたら、それを目当てにちゃんと客は早めに来てくれる。
最後にはノイズがトリを務めて、本日のライブは終了。
そう思ったところでアンコールがかかって、二曲ほど追加で演奏したものである。
五月のゴールデンウィークのフェスは、大きな2000人規模の会場を借りたもので、出演料がちゃんと出るというものだ。
ノイズ以外にもそこそこインディーズもメジャーも、有名なバンドやミュージシャンが出演する。
それまでにやるのは、まずレコーディング。
これだけは絶対に終わらせなければ、せっかくの販売機会を失ってしまうこととなる。
「三味線の音、レコーディングはともかく、ライブでマイク拾うの、けっこう難しそうだな」
以前にもやったが、今回はよりそれが目立つ曲であるのだ。
ちなみにエレキ三味線というものもあるが、今回は音を拾ってアンプで出力するするタイプにした。
月子の持っている三味線は、実はそれなりにお高いものであるからだ。
レコーディングにおいては、これが一番大変になるだろう。
ただこれまでのノイズとは違うが、イメージの延長にあるという、かなり重要な曲になりそうだ。
ライブの予定もそれなりにあるが、どうにか短期間の間で行う、レコーディングが始まる。
(いっそ家にまた、どうにかレコーディング設備つけられないかな)
そうは思うが、さすがに金がかかりすぎるので、今は諦める俊であった。
×××
解説
鳥の歌/獣装機攻ダンクーガノヴァOP
前回話題にしたが説明を忘れていたため。
Airの鳥の詩と読みが同じなため、よく勘違いされる、ダンクーガノヴァのOP曲である。
特徴としては三味線の音を取り入れたことであり、また歌手の吐息がかっこいい。歌詞も上手く韻を踏んだ部分がある。
普通にメロディラインが美しいと思う。
1クールしかやっていなかったアニメであるが、スパロボでかなりの強機体であったため、そこから知った者もそれなりに多いであろう。
戦闘画面やイベントで流れる音楽が、電子音ながら印象に残って、ネットで探した者も多いのではないか。
普通に見つかるが、マイナーアニメのOPとしては、かなりの再生数であるので、好きになった人間が多いに違いない。作者も含めて。
ダンクーガは初代も、音楽で色々と言われる作品である。
なおノヴァの本編は……葵、かわいいよ、葵。
追記
なお杉田かおるの「鳥の詩」というのも1981年に発表されて、オリコンで10位に入っていたりする。中学校の教科書などにも掲載されたことがあるらしい。
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