第123話 五日目と六日目・福岡
当初のツアーの予定は、神戸で終わるはずであった。
それが福岡まで含まれたのは、シェヘラザードから提供されたデータによる。
福岡のCDショップで、ノイズのアルバムをかなりの数、注文しているところがあったのだ。
そのCDショップの入ったビルの地下に、ライブハウスがある。
つまりある程度、集客が見込める前提があったのだ。
ハコとしてはツアーの中では一番小さい、100人が入る程度。
単純に一度のライブとして考えるだけなら、ここは赤字である。
だが将来を見込んだ上で、九州最大の都市でライブをしておきたい。
そういう意図をもって、事務所側から要望があったのだ。
移動距離も考えて、この日だけは移動で一日を取り、ビジネスホテルでゆっくりと休む。
それが分かっていたからか、神戸での打ち上げで信吾と栄二は潰れるのに近いぐらいまで飲んでいた。
するとまた運転するのは俊に任せられる。
俊も少しは飲んだが、前後不覚になるほどは飲んでいない。
やはりアルコールから曲を作るというのは、俊の流儀ではないのだ。
そもそも翌日の運転を考えれば、誰かが素面に近くなければいけない。
もっともアルコール、そしてドラッグと音楽の関係は、特に洋楽の世界では切り離せない。
ビートルズのポール・マッカートニーが一時期、日本への入国を認められなかったりもしたものだ。
ある程度の曲を作るのは、もうコードの運び方だけで出来る俊である。
リズムにしても基本となるところは、全て取り込んでいる。
ただメロディだけは、どうしてもインスピレーションが必要となる。
今の曲はイントロが短く、そしてサビが冒頭に来て、そのサビをやや変えた感じでAメロBメロの後に持って来るというパターンが多い。
だがキャッチーな部分をとにかく作って、そこを歌ってもらわなければ、バズることがない。
あの切り取りは、俊は嫌いなのだが。
ただ60年代や70年代の洋楽を聴いていると、また90年代の邦楽でもいいが、イントロがひたすら長い曲というのはある。
また洋楽などには、ひたすら同じ歌詞を続ける、という曲もあるのだ。
ビートルズのHey Judeなどはローリング・ストーン誌が選んだオール・タイム・グレイテストソング500で8位に入っているが、後半は延々とリフレインしたコーダになる。
そもそも洋楽では稀にだが、インスト曲、つまり歌詞のない曲がアメリカのチャートで一位を取ることがある。
イングウェイ・マルムスティーンなどはギターによる演奏が中心としたロックアーティストだ。
日本にもインストバンドはあるが、まったくもって主流ではない。
ちなみに暁は普通にインスト曲も弾けるが、あまり好きではないらしい。
ヴァイオリンなどによって、有名な曲をインストカバーしているバンドなどはある。
暁などもそのギターだけで、かなり聴かせるソロを弾くので、俊は必ずギターソロのパートを作る。
単純に、正確に速く弾くことをテクニックというなら、暁のギターは日本でもトップクラスに入るだろう。
だが彼女もライブの中で、盛り上がってくると、わざとチューニングをずらして演奏することがある。
そしてその方が、聴いている方としては面白いのだ。
神戸から福岡までは、七時間以上の時間を運転する必要がある。
こんなことなら100万都市の広島あたりで、もう一つライブが出来なかったのかな、と思う俊である。
たださすがに、この距離を移動してすぐは、まともな演奏は出来そうにない。
信吾と栄二は完全にダウンして、俊は先にホテルにチェックインした。
二人は放っておいて、残りの四人はまず翌日の演奏をするライブハウスを訪れる。
セッティングなどは当日の明日に行うが、今日もここでは演奏が行われていた。
ハコの様子などを確認してから、福岡の他のライブなども見る。
「福岡出身のミュージシャンってそこそこ多いんだよな」
「そりゃあまあ、大都会だし」
この俊と千歳の会話の意味を、ボーカルの月子は分かる。
愛をとりもどせのクリスタルキングが歌っていた、大都会という曲。
その中の大都会というのは、東京ではなく福岡を示しているそうだ。
福岡県出身というミュージシャンや芸能人という扱いであると、日本のその分野のトップを取ったような人間もいる。
そして話は聞いていたバンドの演奏が丁度あるので、それを聴きにいったりもした。
「なんだか男ばっかのバンドが多いような」
「そうなのかな? 九州地方は男が強いとかは言われるけど」
「でもあたしの方が上手い」
最後の言葉は暁のものである。
信吾や栄二も、自分のバンドでは福岡までは来たことがないという。
栄二の方はツアーのバックを務めるため、訪れたことはあるらしいが。
福岡県には福岡以外に、少しは慣れているが北九州市という100万都市がある。
このあたりを同じ経済圏と考えれば、集客もそれなりに出来るのだろう。
関東と関西は、やはり市場としては大きい。
それに続いているのが、愛知を中心とした中部と、福岡を中心とした北九州。
北海道は札幌に人口が集中しているし、100万都市だと広島や仙台もその地方では唯一だ。
ライブバンドとして活動するなら、やはり関東圏が一番だ。
あとは関西圏、特に京都などは大学が多いため、若者を取り込むなら向いているのかもしれない。
ただ京都は京都で問題を抱えているなどという話も聞く。
結局のところは実家が東京にあるのなら、東京を拠点に活動するのがいいのだ。
もっともフェスなどに呼ばれるなら、遠征するのもやぶさかではない。
出演料などとの折り合いがつけばだが。
福岡でのライブは、地元のライブハウスが宣伝してくれていたこともあり、ハコは小さいが一番ノイズらしい演奏が出来たと思う。
また日程的に、ここでは騒ぐことも出来た。
ただ地理的なものか、話しかけてくるのは男に対してが多い。
今時そんなとも思うが、九州のノリというのはこういうものなのだろうか。
ライブハウスのマスターとも話す機会があったが、この上のCDショップのオーナーでもある。
要するにこのビルを持っているオーナーなのだ。
音楽に対して情熱をもって、演奏するバンドにも機会を与えるし、またその品揃えはインディーズにまでしっかりと及んでいる。
ただ現在ではやはり、CDはあまり売れない時代であるのは確かだ。
それだけに売る側から、しっかりと情報発信をしていく。
するとあの店の推薦ならば、ということで売れていくことはあるらしい。
ネット上を多くの情報が流れていっても、結局はフィジカルなものに人間は戻ってくるのか。
レコードのリバイバルブームというのは、何度か波のようにある。
圧縮されていない音声を、楽しみたいということなのだろう。
もっとも俊が考えるに、レコードの魅力というのは、下手にミックスしていなかったり、アナログな部分の音にならない音なのだと思う。
つまりライブに近い音である。
俊は知識量が多いので、年配の人間と話す内容が多い。
どんどんとマニアックになっていくのだが、暁なども60年代から80年代あたりまでの洋楽は、かなり知識を持っている。
基本的にはロックに限っているが。
月子が歌えばR&Bの色が強くなるが、それでもノイズはロックバンド。
そしてメロディ進行などはやはり、HIP-HOPとは違うのだ。
これであとは東京に戻り、ツアー最後のライブとなる。
それほど大規模なハコを巡るというものでもなかったが、とりあえず成功とは言えるだろう。
一番の課題であった大阪を、かなり変則的だが攻略した。
実際にあのぐらいの大きさのハコを、常に埋めることが出来るなら、どうにか食っていけるぐらいには稼げるか。
ただノイズは収入があっても、それを六等分するので、そこが厳しい。
どうすれば安定して稼いでいくことが出来るのか。
俊はどうしても、プロデューサーとしての考えが出てきてしまう。
マネージャーですらなく、バンドを売るためのことを考えてしまうのだ。
音楽の世界などは、ほんの一握りの人間以外、ほとんどが消えていくものである。
その中でどうにか、音楽で食っていく。
音楽で食い続けていくというのが、とてつもなく難しいのだ。
翌日、一行は福岡を出発する。
これから丸一日かけて高速を移動し、運転も交代しながら東京を目指すのだ。
さすがに俊一人で、運転をするのは無理である。
やはり朝は潰れていた信吾と栄二にも、しっかりと昼ぐらいからは運転してもらう。
途中のサービスエリアで休憩を入れつつ、このツアーで考えたことをまとめる。
「これ、行きだけじゃなくて帰りにも、ライブの予定を入れればよかったな」
栄二がそう言って、確かにそれはそうかな、とも思う。
それこそ今回は、通り過ぎた広島にも、確認すればそれなりの規模のライブハウスがある。
関西にしても大阪で、帰りにも一日予定を入れても良かったかもしれない。
ただそういったことは、経験の蓄積から考えていくものだ。
大失敗ではなかったが、京都ではポテンシャルを発揮する演奏が出来なかった。
大阪や神戸も、かなり地元でやるのとは、感覚が違った。
失敗ではなかったという程度のライブでは、次に客が来てくれるとは限らない。
やはりライブというのは、常に客を集めて、リピーターを増やさなければいけない。
ほとんど24時間をかけて、東京に帰還する。
そしてまた明後日には、ライブハウスで演奏があるのだ。
一日は休んで、そして午前中に練習をし、昼過ぎからはセッティングなどをして、そして夕方からはライブ。
東京でやると、だいたいもうトリをやってくれと言われることが多くなった。
今回もトリで、およそ一時間の演奏をすることになっている。
ただその休みの中でも、どうせ暁はギターを弾くのだろう。
俊としては単純にライブ以上に、交渉やセッティングなど、そちらの方で神経を使った。
拠点に帰還した、という感覚があって、安心して演奏が出来そうだ。
もっとも下手に気を抜いてしまうと、テンションが上がらないかもしれない。
それはそれで困ったことになる。
とにかく俊が分かったのは、ツアーは疲れるということである。
だが高校生組の日程を考えれば、これが限界でもあった。
ゴールデンウィークに関しては、フェスへの参加が一つは決まっている。
この集中した休みの間に、なんとか予定を入れられないものか。
とりあえず必要なのは、体力であろうか。
いずれ高校生組が免許を取ったとしても、運転は男性陣で回していくのが無難かもしれない。
本当にこれほど、体力が必要だとは思わなかった。
「それじゃあ明後日の午前中、また集合な」
暁と千歳は、それぞれ家の近くに下ろしていく。
出発の時にはあれほど元気だったのに、さすがにもうふらふらである。
栄二も荷物があるので、家まで送っていった。
そして自宅に戻った俊は、他の二人と同じくベッドに直行である。
ツアーの具合はどうだったのか、という佳代の質問にも答える余裕はない。
翌日の昼過ぎまで、三人は眠り続けたのであった。
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