第122話 四日目・神戸

 大阪から神戸には、またそれほどの時間もかからない。

 そして今度のハコは普通に、地元の人気バンドとのツーマンライブとなっている。

 規模としては250人ぐらいが入るもので、特にプレッシャーもない。

 昨日の打ち上げは、信吾も栄二もほどほどに済まそうとしていたのだが、竜道のメンバーに飲まされた。

 俊はひたすら音楽性の話をして、飲まされないようにしていたのだが。

 暁が飲まされなかったのは幸いであるが、月子はしっかりと飲んでいた。

 その月子は無事に二日酔いにもなっていない。


 リズム隊が全滅している本日、果たしてどんなライブになるのやら。

 やはりもうちょっと日程には余裕を持つべきであろう。

 儲けではなく顔を売るのが目的なのだから、しっかりと演奏で印象を残さなくてはいけない。

 その目的を間違えて、黒字を出そうというのが無理があったのだろう。

 東京に戻って、大きめのハコでまたワンマンをしたい。

 だがそれを繰り返していても、次のステップにつながるとは思えないのだ。


 メジャーレーベルから売り出すには、ノイズには明確な弱点がある。

 俊も何度もメンバーに説明しているが、ミュージシャン印税などの件だ。

 六人編成というバンドは、一つのグループに払われるギャラを、六等分するということだ。

 もっともノイズはバックミュージシャンを雇わず、俊がシンセサイザーで弦や管の音を作っているだけ、人件費はかからないとも言える。

 個人的にはヘルプでサックスなどに一度入ってもらいたいかな、とは思っている。

 しかし問題はやはり金となるのだ。


 俊としては何より、音楽を続けることが一番大事である。

 そうは言ってもいずれは、作曲や作詞などではなく、総合的なプロデュースをやっていくことになるだろうな、と自分の才能の限界を考えている。

 もっともノイズというバンドが成長し続けるなら、その成長から何かを得ることも出来る。

 そしてノイズを存続させるには、やはり安定して稼いでいく必要があるのだ。


 同じことをやっていては飽きられる。

 今の世の中というのは、本当に移り気なものであるのだ。

 もっとも音楽業界というのは、大きな流れは数年で変わってしまうものだ。

 それはプレスリーあたりからの洋楽、また日本のロックとポップスを見ていても、はっきりと分かる。

 だが同じことではないが、しかし古くからのファンにも受け入れられるように、どのような曲を作ればいいか。

 あるいはどういうことを、歌詞に乗せて歌えばいいのか。


 曲はともかく歌詞のテーマは、それなりに色々と集めてある。

 アイデアというのは、いくらあっても困らないものだ。

 そもそも月子や暁、そして千歳と、その人生や生き様が、印象的過ぎることが多い。

 Sixteenはインパクト重視で作ったが、他の曲は変に無理をせずとも出てきたものだ。

 そして俊が考えている以上のイメージで、ノイズは演奏をしてくれる。




 俊の目的はノイズがライブバンドとして成立してから、やや変更されている。

 当初は月子の歌をもってすれば、どうにかユニットとして成立すると思っていたのだ。

 だが暁のギターを加えたあたりから、バンドを組む必要が出てきた。

 そして変更した目的は、デビューから二年目の年までに、一万規模の会場を満員にすることだ。

 出来れば昼と夜の二回、しっかり高いチケットを全部売りたい。

 そのあたりはさすがに、今の俊では出来ないことである。


 結局は事務所に所属したものの、今はまだ知名度が足りない。

 しかし上手く走り出したこの時点で、加速していかないと打ちあがらないこともある。

 ネットなどで曲をディグっていると、これだけの実力があるのにどうして、売れなかったのかというミュージシャンは本当にいくらでもいる。

 20世紀などであれば、とにかく金をかけて宣伝すれば、ある程度の確率で売れたものだ。

 だがこのネットの拡散力が高い時代、下手な宣伝はマイナスに働く。

 ノイズの場合はネットの拡散の力がかなり大きい。

 それも自分たちでやっているのではなく、自然とファンが増えていくのだ。


 土台として存在していたのは、自分が必死で集めたフォロワーであった。

 月子の歌唱力によって、彼女のチャンネル登録者は一気に増えた。

 ユニットとしてこのまま、上手く成功するかとも思ったものだ。

 だが暁が入ってきて、そのルートを選ばなくなった。


 今は本当は、バンドの時代ではないのだ。

 正確に言うとバンドから始めて、軌道に乗せるまでが難しい。

 作曲や作詞、それにレッスンスタジオの費用、ライブハウスとの交渉に、物販の製作。

 とにかく知名度を高めるのが、ネット以外では大変である。

 ネットは一度バズったら、ある程度その余韻を上手く使うことが出来る。

 ノイズもノイジーガールを作れたことにより、その初動に成功している。


「なんだかんだ言って、大きな失敗はないよね」

 後部座席で男共がダウンしており、ボーカル二人も居眠りをしている。

 そんな中で眠らないように、助手席で暁が話しかけてくれている。

「大きな失敗はないけどなあ」

 俊としてはそこが、判断に困るところなのだ。

 だいたいバンドのライブなど、初めてのハコであれば、大失敗以外は成功と言われている。

 初めてのツアーを、そこそこのハコでやって、対バンしてくれるバンドのおかげもあるが、しっかりと満員になってくれている。

 平均と比べれば確かに、これで充分と考えるべきなのかもしれない。


 ただ、これでは足りない。

 何かもっと、爆発的な人気の上昇がなければ、本当の上には行けない。

 もちろん今は土台を作るときだと、はっきり分かってはいるのだが。

 焦りがある。

 食べていくだけなら、今の人気でもどうにかなるのかもしれない。

 しかしミュージシャンというのは、特にノイズほどの規模のバンドは、もっと売れなければいけない。


 世間のバンドを見れば、最初は四人ぐらいでやっていたのが、やがてメンバーが入れ替わるということがある。

 それはステージを登るごとに、必要とされる力が大きくなってくるということなのだ。

 今のところ俊は、ノイズの限界をまだまだ感じない。

 特にフロントの三人は、まだまだ成長の余地がある。 

 月子などはそれこそ、ピンでやった方が成功しやすいキャラなのかもしれない。

 だが彼女の場合は、それ以前の時点で一人では、社会生活を送るのが難しい。


 信吾もそうだが、いまだにアルバイトを辞められない理由。

 そのせいでツアーの日程も、こんなキツキツになっているのだが。

 ハコを完全にワンマンで埋めても、まだまだ余裕にはならない。

 もっと大きなハコでやる必要もあるが、それにはまた事務所の力が必要になる。

 素直にメジャーレーベルでやっていれば、おそらくもうちょっとスムーズに成功できたのかもしれないが。

「あたしはギター弾いて生きていけたら、それで充分だけどなあ」

 そんな暁と違って、俊は強欲であるのだ。




 神戸でのライブは、普段のノイズらしいものとなった。

 即ちなんでもありである。

 邦楽から90年代、80年代とやっていく。

 ただリズム隊の不調により、バラードやローテンポの曲が主流となる。

 このツアーで気づいたのだが、色々なことをするためには、やはりコンディションを保たないといけないということ。

 二時間のワンマンに比べれば、確かに一時間のライブは楽である。

 しかしそれも一日目までで、京都は調子が悪いのをどうにかごまかし、大阪では奇襲のようなセットリストで客の耳を向けさせた。


 俊は得意ではあるが、好みとしてはいないEDMを使ったりもする。

 そして正統派の力技と言うべきか、月子のボーカルを上手く活かしていく。

 リズム隊が不調でも、シンセサイザイーの音をピアノにし、ギターのメロディとリズム、そして打ち込みを上手く使う。

 最近の流行も上手くカバー出来るのは、とにかく俊の万能性による。

 弦や管を使った曲でも、ほとんどはカバーしてしまえるのだ。

 もっともほとんどは打ち込みになるが。


 ノイズに関しては、それなりに客の反応はあった。

 悪くはなかった、という程度のものであろうか。

「やっぱりツアー中に飲むのは禁止にしないと」

「そりゃそうなんだけど、地元のバンドとの交流も大切なものなんだよ」

 暁としては演奏が微妙だったのでそう言うが、信吾もバンド歴は長いのでそう応じる。


 どちらの言っていることも、間違ってはいないのだ。

 要するに日程に無理があった。

 ただ余裕をもった日程でツアーが組めるほど、潤沢な予算があるとも考えていない。

 やはり東京でもっと大きなハコでやらなければいけないのか。

 しかしそうなると、一般のライブハウスでは足りなくなる。

 多目的用に作られたハコであると、ライブの準備に比べ物にならない金がかかる。

 機材に加えて人件費など、それが果たしてペイ出来るのか。


 俊は自分が考えすぎているな、とは感じている。

 ただボカロPをやっていた頃の影響で、単に作詞作曲だけではなく、演出や宣伝まで自分で考えていってしまうのだ。

 現代ではある程度、セルフプロデュースも出来なければ、売れるのは難しい。

 コンテンツが莫大なものとなり、そしてその多くが無料で手に入るため、それと競争して有料で売り出すだけの価値を作らないといけない。

 地獄のような時代であるかもしれないが、逆に才能があれば資本がなく、地理的に不利な場所からでも売り出していける。

 そのあたりはアメリカの音楽を思わせるのだが、ネットの時代は完全に、どこで歌ってみても大きな変化はない。




 やはりライブなのだ。

 東京にいることによる、最大のメリットは、ライブで客が呼べるということ。

 鑑賞するのではなく、体験するのがライブである。

 その体験がどんどんと、ネットで拡散していくのが現在だ。


 事務所に任せたら、それなりのプランは出してくれるだろう。

 だが事務所に縛られすぎないために、俊はインディースレーベルを選んだのだ。

 これに対して高校生組はともかく、働いている三人が文句を言ってこないことは、正直助かった。

 特にドラムは、なかなかいいドラムがいない。

 栄二は他との掛け持ちもしながら、ノイズを主として活動してくれている。


 自身は金銭的な問題など、一度も感じたことはない俊。

 ただバンドをしている人間が、どうしてもやっていけなくて辞めていく理由には、やはり金銭的なものが多かった。

 あとはボカロPの中には、普段は会社員をやっていて、仕事の後や休日に、音楽活動をしている人間もいる。

 それでそこから、音楽で食っていけるようになるのは、本当にわずかな人数である。

(誰に相談してみたら、この先はいいのかな)

 俊の周囲には、そういったアドバイスをしてくれる人間が、それなりにいる。

 阿部にしてもノイズに可能性を感じたからこそ、新たなレーベルと事務所を作ったわけだ。


 自分のこだわりを、完全に捨ててしまってはいけない。

 だが頑なに助言を聞かないというのも、問題ではあるだろう。

(けれど問題は、暁と千歳なんだよな)

 学校にその多くの時間を拘束されている。

 そして双方の保護者が、高校ぐらいは出ておけと言っているのだ。

 むしろ千歳などは、大学に行くぐらいのことも、考えて両親の遺産が残っている。


 プランを練り直さないといけない。

 このツアーで感じたのは、東京と地方の温度差。

 口コミでの人気といっても、ネットでの拡散と実際の対面での拡散は違う。

 MVを新たに作っていくか、とも考える俊であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る