第119話 三日目・大阪
京都と大阪は文化的にはそれなりに違うものの、単純な距離は近い。
そして事務所がツーマンライブの相手として依頼したのが、地元で確固とした人気を誇るバンド、竜道。
ちなみに漢字でこう書いて、ドラゴンロードと読む。
かなり微妙なセンスだとは思うが、実際にこれでファンは多くなっているのだから、名前のイメージは実力で覆せるものらしい。
京都のライブは、大成功というわけではなかった。
だが反省している暇もなく、大阪に向かわなければいけない。
所要時間はおおよそ一時間と少し。
今度のバンのハンドルを握るのは、栄二である。
京都のライブはほとんど、メンバーの個人能力で無理やり、空気を動かしたようなものである。
信吾の調子が悪かったのも確かだが、俊のセッティングも完全ではなかった。
だが信吾のパフォーマンスが悪かったのは、コンディション調整を怠っていたから、と単純に済ますわけにはいかない。
以前に似たような日程でツアーを行った時は、特に問題もなく演奏を出来たのだ。
俊としてもそのあたり、計算に入れていなかった。
信吾がアトミック・ハートで演奏していた楽曲と、現在ノイズで演奏している楽曲。
比べてみれば圧倒的に、ノイズでやる演奏の方が消耗しているのだ。
思えばそれほど消耗しなかったが、同時にそれほど受けることもなかった。
月子も暁も千歳も、そもそも女子だから体力がないと思い込んでいたが、彼女たちは全力で演奏しているのだ。
「竜道はアトミック・ハート時代に対バンしたこともある」
ハードロックもやっていたが、基本的なノリはHIP-HOPで、ラップを使った歌詞もかなり歌っていた。
信吾の目から見たら、かなり硬派と言うか、アウトサイダーにも近いような、アングラ臭のする音楽であった。
傾向は今も変わらないが、果たしてどれだけ丸くなっているのか。
対バンするミュージシャンを見た時、信吾が最も警戒したのがこの竜道であった。
基本的にライブハウスは男の世界と、グルーピーには女性もいるが、機材搬入や設置のローディーも、スタッフも全て男で固めている。
「なんかナチュラルに女を見下してきそう」
「女だけじゃなくて、俊みたいなタイプの相性は悪いだろうな」
千歳の呟きに、信吾は付け加えた。
「俺みたいな?」
「なんて言うかな……俊はなんだかんだ言って、音楽は古典的でロジックで作るだろ? 竜道はストリート系なんだよ」
「ああ、そういう……」
説明されれば、分からないでもない。
HIP-HOPというのがそもそも、ストリート系との相性がいい。
ストリート系でなけらばHIP-HOPではないと、勘違いしている人間すらいるかもしれない。
ただ音楽というのは、そういう窮屈な枠組みで作られるものではないはずだ。
70年代に発生したHIP-HOPは音楽、ダンス、ファッションの三つを中心とした黒人文化であるが、現在の音楽のHIP-HOPとはまた違ったものである。
日本のHIP-HOPもまた違うものであるが、とりあえず竜道のスタイルは、ストリートファッションにビートの利いたラップであり、ダンスミュージック的なところはない。
DJを使ったりと、はっきり言えば普段のノイズとはジャンルが違うのだ。
そして相手の地元であるのだから、本当にこれで良かったのか、と詳細を聞いてメンバーとしては思わないでもなかっただろう。
大阪は初めて、というメンバーが多かった。
たとえば学校の修学旅行であっても、関西なら京都や奈良というのが、やはり定番であるだろう。
遠征やツアーで訪れているのは、信吾と栄二である。
そのあたりの地理的な詳しさも考えて、栄二が運転しているというのはある。
もっともスタジオミュージシャンとなって、ツアーに帯同することになってからは、運転はしてもらうことがほとんど。
そして七年も経過していれば、あちこち変わってはいるものだ。
だがこの時代、ネットとスマホがあればそのまま、現在地から目的地まで、到達することが出来る。
ネットでの集客というのも、ノイズの特徴ではある。
かつてはライブでないと、本当の魅力は分からないなどという評論家などもいた。
確かにライブで伝わるものというのは、あるものだろう。
だが別に、ライブでしか伝わらないというものでもない。
両方で伝わる音楽があればいい。
今回のハコはツーマンライブとして行う中では、過去最高の500人規模。
さすが大阪と言うべきなのだろうか。
そもそも京都の場合は、観光地としての縛りがきついので、あまり新しい大規模な施設は、市街地には建てにくいという問題もあったりする。
その点では大阪は、そこまでの縛りはない。
東京にしても戦争の大空襲で、焼け落ちた部分がある。
過去の遺産が守られたために、むしろ発展の余地が少ない。
なんとも皮肉なことであるが、もちろんそれなら、京都の文化遺産が破壊されていればよかった、などというわけでもない。
ともあれフェスなどを加えても、ノイズにとってはかなりの大規模なステージになる。
そして夏や冬のフェスよりも、完全にアウェイだ。
さらにはツーマンライブをしてくれる相手とは、音楽性が違う。
事務所のマネジメントが、これは失敗しているのではないか。
そう思えても仕方がないが、逆にこれはチャンスでもある。
なぜなら固定客を拡大するには、それまでと違う客層に飛び込まないといけない。
そしてこの大阪でも、ノイズのサイト経由で、チケットはちゃんと売れているのだ。
セッティングなどは先に演奏する、ノイズの方が始める。
俊はその間に、一応は面識のある信吾を連れて、ハコのオーナーやスタッフに挨拶回りをしていく。
だいたいどんな大スターも、売れてしまえば傲慢になるものだ。
だがそこに落とし穴がある。
芸能界の輝きは、あまりにも眩しすぎる。
多くのスターが数年しか第一線で続かないのは、そのあたりに驕りが出てしまうからだ。
下積み時代が長いほど、息も長いというのは、そのあたりに理由があるのか。
少なくともノイズのメンバーには、世間知らずはいたとしても、驕っている人間などはいない。
裏方に一度は回った栄二や、計算高い信吾。
月子は相変わらず、音楽以外のことに関しては、劣等感がいっぱいだ。
暁だけはギターを持たせると、ちょっと人格が変わってしまうところがあるが。
京都とは違い、しっかりと事前のセッティングは完了した。
ただやはり、二階席まであるステージは、かなり広く感じる。
リハをやってみたが、音の響きが明らかに違うと言おうか。
(まあそういうのはいいとしても、客層の違いがな)
俊は音楽の力というのを、ある程度までしか信じていない。
確かにノイズの音楽はいいと、そこは自信を持って言える。
しかし世の中には、ジャンルの違いだけでもう、聴かない人間もいるのだ。
ラップミュージックを聴くために、やってきた客が半分以上はいるだろう。
それに対してどういう演奏をするかが、問題にはなってくる。
とはいえ対策は単純なものである。
ノイズのセッティングが完了したあたりで、竜道のメンバーがやってくる。
そこに素早く挨拶に行く、二人である。
「前田さん、天川さん」
信吾が声をかけて、竜道の中心であるボーカルとドラムに声をかける。
竜道はバンドといっても、DJがいるために、かなり音楽性は違う。
ただメジャーデビュー前のアトミック・ハートとは、メッセージ性がかなり近かったのだ。
「信ちゃん、久しぶりやんけ」
「メジャーデビュー前に抜けるって、またロックやな」
ストリート系ミュージシャンに共通する、一つの特徴。
それはメジャー志向への反発である。
もちろん内心は、違うところも色々とある。
だが表面的なスタイルを貫いていけば、どうしても相容れないものがあるのだ。
「紹介するよ、うちのリーダーのサリエリ。まあ最近は普通に名前で俊って読んでるけど」
「はじめまして」
身近で見れば分かるが、この二人にしろメンバーにしろ、雰囲気が完全にストリート系で、アウトロー的なイメージのファッションである。
なるほど確かに、ジャケットで演奏する俊などとは、相性がどうとかはともかく、方向性は違うだろう。
竜道はインディーズから普通にCDも出しているし、音楽の配信もしている。
売上だけを見るならば、メジャーレーベルのミュージシャンよりよほど売れていたりする。
ただ俊はそこに、それこそわずかながら驕りを感じた。
「まあここは俺らのハコやし、あんま緊張せんといて。客層違うやろうから、どうしても盛り上げるのは難しいしな」
それは確かに、そうではあるのだ。
上から目線ではあったが、竜道との対面は友好的に終わった。
あとはまたステージの前に、一同で挨拶に行けばいいだろう。
だが目的は、竜道目当てに来ていた客を、こちらのファン層にも取り込むこと。
そして本日の一番重要な点を任されているのは、千歳であったりする。
月子はそのルックスからも、イメージがどうしても固定されるのだ。
だが千歳はいい意味で、イメージが固定化されていない。
声色を使い分けることも出来るので、本来が男性ボーカルの曲なども、千歳は再現が上手く出来る。
もっとも月子の場合も、歌唱力の暴力で、一発で聴衆をノックアウトすることは出来る。
ツインボーカルというものを活かせば、その表現力は高まっていくのだ。
今のバランスは、かなり微妙なところである。
月子の能力の絶対値は、確かに千歳よりも高い。
だがよりたくさんの楽曲に適応していくのは、千歳の方が早い。
二人の間には今のところ、全く競争意識がない。
お互いの弱いところを補い合うような、いい関係が出来ている。
しかしこの人間関係が、商業的成功を収めていく間に、どう変わっていくのか。
商業主義を否定することは難しいし、むしろ不自然である。
だが今日のステージで発表する新曲などは、かなり女性陣が首を捻った歌詞などがあった。
大阪の完全にアウェイな舞台では、これぐらいの飛び道具が必要なのだ、と説得したが。
暁などは一番、そういうスキャンダラスな洋楽にも慣れているため、比較的寛容ではあった。
月子にはどうにも、歌いにくい面があるのは確かであったが。
新曲も含めて今日は、かなり過激なカバーを入れていたりする。
基本的にはハイテンションなもので、聴衆の関心を引くためのもの。
本来なら俊も、こういったものはしないのである。
だが、今はまだ、音楽性を広げていく段階だ。
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