第120話 スキャンダラス
音楽というのは聴覚への表現であるが、ライブは五感で楽しむものだ。
こういう意見があるが、それはある程度正しいだろう。
ロックの歴史を見てみれば、晩期ビートルズのヒッピー的なスタイルから、次の形が明らかに分かるメタルへ。
そのメタルからオルタナティブあるいはグランジのニルヴァーナへと、ファッションはわざとらしさを排している。
デビッド・ボウイなども明らかに、ファッションには音楽性との結びつきがある。
竜道はファッションを、ストリート系で固めている。
要するにHIP-HOPやDJといった、ああいう系統のファッションなのだ。
そして客層もかなりそれに近いものが集まっている。
ちょっと普段とは違うな、とステージ袖から見ていてもノイズのメンバーは思う。
大阪攻略のための作戦は、ツアーが竜道とのツーマンと決まった時から、かなり練っていた。
一緒に演奏する中では、一番の格上とも言える竜道。
その前に一時間も時間をもらっているのだが、上手く最初にノせないと、白けた空気がずっと続くかもしれない。
ロックの中でもジャンルは細分化していて、サイケ、パンク、メタル、オルタナなどと受け入れられやすいものと難しいものはある。
おそらくHIP-HOPのラップと相性がいいのは、ヘヴィメタあたりであろうか。
ストリートの持つ暴力性というか原始性。
そのあたりはハードロックにもつながる。
「確かに客層から見ても、あの曲が合いそうではあるな」
信吾がそう呟いて、女性陣も嫌そうな顔ながら頷いた。
俊の作る曲は、基本的にスタンダードなものである。
細かいテクニックは随所に入れるが、チューニングをわざとずらすところなども、計算した上で入れている。
また歌詞も基本的には、感情移入しやすいものだ。
しかしこの曲の歌詞は、女性陣からの不満が多かった。
信吾や栄二には不満はないが、これを女性シンガーに歌えというのは、今ならセクハラではないのかと思ったものだ。
「嫌なら変えるけど」
「やったるよ」
そう応じたのは月子ではなく、千歳の方であった。
月子は基本的に、人の悪意に敏感なのだ。
歌う時も歌詞にのめりこむ。
千歳も表現力は高いが、自分とは切り離して歌うことが出来る。
なのでこの曲は千歳に託して、そしてアレンジをすることになった俊である。
ノイズについて期待しているオーディエンスは、あまり多くはない。
名古屋でも京都でも、それなりにいい反応があったのだが、ここではアウェイ感を思い知らされる。
ストリート系のラップも含めたHIP-HOPミュージックの客層で、果たしてどういうものが受けるのか。
常識的に考えれば、やはり攻めたメタル系か、あるいは退廃的なグランジ系か。
またはR&Bというのも、HIP-HOPとは客層が被るはずだ。
『どーも、はじめまして、ノイズです』
MCは本日も、千歳がやっている。
京都でのライブはバンドの音が合っていない中、個人の技術でどうにか乗り切った。
その中では暁のギターと、月子の歌が大きなウエイトを占めていた。
二人が上手く合わせてくれないと、自分から二人に合わせていくことが出来ない。
それは千歳には悔しいことであったのだ。
この大阪での演奏が難しいことは、最初から覚悟していたつもりだ。
そして前日の自分の出来に、千歳は憤りを感じている。
『新曲から始まるんで、よろしく!』
ここのところ少し感じていたことだが、千歳にはMCを上手くする才能がある気がする。
と言うか俊は固すぎるし、他のメンバーも前に出て行くタイプが少なすぎるのだ。
中学時代は何も感じず、ただ普通に生きてきた千歳。
だが普通に生きるということが、どれだけ幸福なことかは、この悲しい世界が教えてくれた。
どれだけ愛されようと、いずれは必ず死んでいく。
そんな世界の中で、自分は何者かになりたいと思ってしまった。
ドラムの静かなリズムに、シンセサイザーも緩やかな電子音で始まる。
まさかバラードから始まるのか、と戸惑ったオーディエンスも多いだろう。
確かに曲調はバラードを意識していた。
だが歌詞の内容を、あえてしっかりと聴かせるためのものだ。
『―― 16の彼女はヴァージンを捨てたくて18のふりをして男を誘う ――』
この歌詞を歌うには、まだ月子の表現力は透明すぎる。
彼女自身の体験からすれば、もっと内心にどろどろしたものがあるはずなのに、基本的に純真すぎるのだ。
対して千歳には、過剰なほどの世界への悪意が溢れている。
ドラッグやアルコールにセックス。
かつてのロックといえば、そういったテーマに満ちていた。
今だと逆に、ただ過激さを求めただけの歌詞になる。
だが俊の作った歌詞は、現実の高校生の売春問題を背景としたものだ。
かつては援助交際、今はパパ活などと呼ばれているが、そういった今まではもっとさらっと流していたものを、原液そのままに歌詞としている。
これをメンバーの女性陣に歌わせるというのも、たいがいセクハラではある。
しかしとりあえず、オーディエンスに聴かせる、という点には成功していた。
(驚いたな)
一番驚いているのは、作詞をやった俊であったりする。
最初の感触では反発されたのだが、飛び道具として納得はしてもらえた。
だがアウェイでいきなり初披露で、ここまでしっかり歌えるとは。
温もりの消えたベッドや、ブランドのバッグなど、金とセックスを暗示する歌詞が続く。
本当にこれを、高校生の女子に歌わせていいのかとか、そういうことはちゃんと倫理観としてではなく、もっとゴシップ的に考えている俊。
ポリコレだのフェミニズムだの、そういったものを全て分かった上で、こういう攻撃されそうな曲も作っているのだ。
(しかし、千歳も色気みたいなのが出てきたな)
これは通常の意味の色気ではなく、歌声の甘さとでも言うべきものか。
元々そういった表現力は、全般において高いのが千歳である。
『―― Call me Call me Im Call girl ――』
歌詞で言うならば一番の終わったあたりで、これまでに使ったことのない音が出てくる。
千歳がこの曲ではボーカルに専念しているため、リズムを取るために持ってきた月子の楽器。
三味線の太い音が、よりオーディエンスの注意を引く。
ツアーの中では大阪が一番厳しいだろう、とは思われていた。
単純に対バンしてくれるバンドが、地元で強すぎる。
客自体は集めてくれても、それはあくまで竜道の客。
その注意をこちらに向けるために、あえて印象的な曲を作ったのだ。
カラーのはっきりしたアウェイにおいては、まず注意を集めることが重要だ。
そしてストリート系、アングラ系の音楽が好まれるのであれば、スキャンダラスな歌詞がメッセージ性も強いだろう。
千歳は見た目やファッションも、そんな夜の世界の住人に近いとまでは思わない。
だが歌の表現力だけで、歌詞のイメージを膨らませていく。
少女が夜の街の中で、軽率に遊び回る。
一般的な大人が聞いたらそれだけで、きいきいとやかましくなるような歌詞の連続。
そしてリズムを取るのが、ギターではなく三味線。
まずは無視されない空気を作り上げた。
『新曲、Sixteen でした!』
これを実際に16歳の千歳が歌うところに、色々と俊の考えた意図があるのだろう。
メンバーは全員、俊はもっとスマートというか、クリーンなイメージを大切にしていると思ったので、この曲には嫌悪感も抱いたが、それよりは戸惑いが大きかった。
それだけ大阪を重視したというのは、このハコのキャパシティからしても理解出来る。
また普段から問題のあるような、パンク系のバンドも利用しているのだ。
東京の大きな、イメージを大切にするハコでは、ちょっと叱られるかもしれない。
だが元々ロックなどというのは、眉をしかめられて当然というようなジャンルであるのだ。
飛び道具は一つではない。
『え~、次は洋楽のカバーを翻訳したものになりまっす。ストーンズのブラウンシュガーなんですけど、発表は71年。今ではちょっと歌詞に問題があるとかで、ほぼ演奏されないやつです』
ブラウンシュガー。そのままの意味なら精製されていない砂糖であるが、ヘロインの隠語であるともいう。
また歌詞の内容も黒人奴隷に関するもので、完全に今のアメリカではアウト。
だが日本であるとむしろ、マイルドに受け止められたりする。
絶対にメジャーシーンではもう、歌えない曲なのは間違いない。
普通にネットでは流れているが。
ここは月子が三味線を置き、千歳はギターを手に取る。
ツインボーカルで歌っていくのだが、原曲からはかなり音の厚みがある。
だいたい60年代から70年代の半ばぐらいまでのロックというのは、技術的にシンセサイザーをライブでは使えなかったり、エフェクターの活用がまだ未発達であったりする。
その厚みをギター二枚とシンセサイザー、そしてツインボーカルで全て加えていくのだ。
なおこの和訳の歌詞に関しても、月子はあくまでもサブ。
千歳がメインで歌っていく。
歌詞のやばさはだいたい、聴いていも分かるものだろう。
だが千歳はそれを、変に恥じることもなく、堂々と歌う。
若者に特有の怖いもの知らずとでも言おうか。
他人の悪意に弱い月子では、メインを歌わせることは出来ない。
『ちょっと過激な感じの曲をやらせてもらいました。じゃあ、普段やってるような曲、やらせてもらいます』
ギター二本がメインとなる、正統派のロックとも言える曲。
『ツインバード』
ようやくここで、月子のボーカルがメインになってくる。
HIP-HOPであってもその源流は、黒人音楽のブルースにあったりする。
月子の歌い方は最近ますます、純粋なロックとは違う色が増えていると思う。
現在のアメリカなどでは、HIP-HOPと並んで主流となっている、R&Bの音楽。
日本の民謡のメロディーを歌う歌い方は、実はこちらの方に向いていたりする。
また月子であると、派手ではないがその振り付けは、アイドル時代に考えられたものだ。
テンポが早いとダンスミュージックの面もあるのだ。
最初の二曲ではまず、こちらを注目させることを意識していた。
そしてオーディエンスが聴く体勢になったところに、テンポが早くリズムも激しい、ツインリードギター的な曲を演奏する。
(やっぱりこういう構成は、俊が上手いな)
信吾や栄二はそう思うが、それは俊がライブ構成に向けて、必要な曲を作り出すからでもある。
俊の本心としては、Sixteenはそれほど曲としては優れたものではない。
ただひたすら千歳の表現力をあてにして、作ったものであるのだ。
なのでここで千歳のテンションが上がってなかったら、ライブ全体が失敗する可能性もあった。
もっとも昨日の京都の演奏の後の、千歳のもっていた不完全燃焼な雰囲気を思うと、成功するだろうとも期待出来たが。
ライブは生き物であるが、それでも最低限のクオリティは保たなければいけない。
それが出来なければ、ライブバンドとして生き残ることは出来ないだろう。
俊はそれほどでもないが、月子と暁は完全に、ライブを重視して練習などもしている。
そういったメンバーのメンタルを理解し、上手く使っていくことも、リーダーとしては大切なのだ。
×××
解説
ブラウンシュガー Brown Sugar/ローリングストーンズ
作中でも書いてあるが、ローリングストーンズの名曲であるとされるが、現在ではライブのセトリからは外されている。
wikiと和訳を調べてみれば、そりゃ今のアメリカでは無理だろうなという内容である。
臭いものには蓋というのは、別に日本だけでの話ではないらしい。
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