第115話 ツアー準備

 さて、ここで根本的な問題である。

 ノイズのメンバーというのは、果たしてプロであるのかアマチュアであるのか。

 芸能事務所と契約しているということでは、プロのように思える。

 またCDを実際に出していて、月に三回以上はライブを行い、その利益で生活が成立するほどには稼いでいる。

 もっともその金額というのは、最低保証月給が五万円となっているし、最終的にはここから、税金なども引かれていくのだ。


 税金関係を事務所に任せられることになった、というのは大きい。

 俊の場合は機材関連が、とにかく金がかかる。

 儲けた分を使った分で相殺して、確定申告を行う。

 そのあたりが本当に面倒で、それでいて自分で出来るというのが、これまた面倒なのである。

 このあたりは特に、月子や信吾には教えないといけないと思っていたが、事務所が分担してくれる。


 俊は以前からずっと、意識はプロフェッショナルであった。

 それにPVから入ってきた金も、それなりの金額にはなっていた。

 もっともかけた時間と労力に見合うものかというと、とてもそうではなかったが。

 MVに使うイラストや映像は、だいたいが外注である。

 そこにも金をかけていたため、ろくに残らなかったということはある。


 出来るだけ自分の手元に、金が残るようにしている。

 もっともそれは自分のためではなく、バンドを維持するためという意味合いの方が強い。

 月子と信吾がしっかりと、音楽だけで食っていけるようにならなければ、ノイズの活動には支障をきたす。

 そのあたりの金銭問題は、おおよそどのバンドでも抱えている。

 ライブが終了し、セクシャルマシンガンズとの打ち上げに移行する。

 その中でリーダーの後藤田は、デビューなどの方法について聞いてきたものだ。




 マシンガンズもミニアルバムを出しているし、デモ音源などを発売している。

 地元のファンに支えられて、ある程度の収入はあるという状態だ。

 それぞれが実家住まいのため、ある程度の余裕はある。

 そして今のうちにバイトなどで金を貯めて、涼の高校卒業を待って、東京に進出する。

「目標はドームだ~」

 既にべろんべろんに酔っているのは、後藤田だけではなく、まだ未成年の涼もである。

 俊は止めたのだが、止めて聞くような人間ではなかった。


 ミュージシャンというのは、とにかく計画性がない。

 将来に対する根拠のない自信はあっても、その夢に至るロードマップが出来ていないのだ。

 もちろんその道は、たった一本に定まっているわけではない。

 出来ればこの一年の間に、フェスやツアーで顔を売ったり、またはオーディションなどで事務所との契約を結ぶ。

 それでも難しいが、そこから成功するための道は、さらに難しい。


 芸能事務所はピンキリであり、ミュージシャンもピンキリだ。

 正直なところマシンガンズは、それなりに聞かせる演奏はしてくれた。

 とりあえず実力的には、あると言ってもいいだろう。

 だがこの程度ならば、単純な実力としてはいくらでもいる。


 あとはルックスなどに加えて、カリスマとでも呼ぶべき魅力が必要だ。

 ルックスでそのカリスマ成分を増やすことは、正直に可能である。

 マシンガンズもある程度、服装のスタイルは統一している。

 ノイズの方が統一感がなく、それなのに音楽は鋭く届くのは、単なる演奏技術の差にあるものであろうか。

 ボーカルのレベルの差は、はっきりと分かったはずだ。

 分かっていなければ、東京に来ても何も起こらないだろう。


 ミュージシャンが売れるのは、タイミングもあるだろうと思う。

 よく言われるのは、新しい方向に半歩だけ踏み込む。

 新しすぎても受け入れられない、というやつだ。

 ノイズは俊のスタイルが、とにかく流行曲と過去の流行曲のアレンジ、という面があった。

 60年代から80年代の洋楽、という面もあるくせに、ボカロPをしなががらも21世紀になってからの洋楽の影響は少ない。

 シンセサイザーを使いながらも、洋楽のEDMとは違う方向に行っている。




「どうやったら売れるんかの~」

 後藤田はそう嘆いているが、分かれば苦労はしない。

 俊にしても高校でバンドを組んで失敗し、ボカロPとしてもなかなか弾けなくて、月子と組んでようやく名前が売れ始めた。

 そして名前が売れ始めても、そこから実際に稼ぐようになるには、もう少し時間をかけている。

 ノイズを結成してからは、順風満帆に見えなくもない。

 だがそれまでは、回り道と言うか、行き止まりを何度も体験してきた。


 プロデュースに宣伝と、俊はノイズに関しては、あえて抑えてきた部分がある。

 なぜならせっかく有名になっても、まだ高校生組が大きく動けないからだ。

 しかしそのもったいぶった態度が、逆に人気を高めた要因にはなっている。

 本当に世の中、どうすれば売れるのかが分からなくなっていると思う。


 実力、ルックス、そして何か特筆すべきもの。

 今はルックスに関しては、顔出しをしないことによって、成功したりしている。

 ただルックスは素顔を見せないにしても、ビジュアルイメージというのは重要だ。

 俊が知る限りでは、V系の歌い手などは、3DCGなどによって、MVを上手く作っている。

 もっともあれはさすがに、会社によるバックアップと技術がなければ、俊ではどうにもならない。


 二次元半の歌手。

 そういうものもありと言えばありなのだろうが、純粋に費用がかかりすぎるのではないか。

 MVの話であるが、ガチのガチで作ろうと思えば、実写の金額はとんでもなく高くなる。

 だが安っぽい実写MVよりは、ガチのガチであるアニメMVの方がかかる費用は高い。

 ノイズの場合はそのあたり、技術も機材も俊の伝手で、相当に安く終わらせることが出来た。

 さすがに次のMVは、そう簡単にはいかないが。

 もっともガールズ・ロックンロールかツインバードであれば、身近な設定で作ることが出来る。


 MV作りは確かに技術も必要であったが、そもそも本物の演奏があるからこそ、楽に作れたというところはある。

 本当に映像を作る監督に任せれば、同じアイデアでもさらに、極まったところが作れたのかもしれない。

「売れたいなあ」

 俊の売れたいというのは、規模が大きく違う。

 音楽シーンを牽引するぐらいに売れて、そして一時的なムーブメントでは終わらない。

 だがどうしてもどこかで、限界は来るものなのだ。


 ロックミュージシャンのでたらめな伝説は、色々と残っている。

 だが今の時代に、薬物に手を出そうとは思わない。

 LSDがあったからこそサイケの世界は生まれたとも言われるが、それを分析してしまえば、別にトリップしなくても作れるものなのだ。

(そのうちAIを使って、メロディラインとかも生み出していくのかな)

 創造性の分野においては、AIが人間を上回ることは遠い未来だと言われてきた。

 しかい実際は肉体労働などが人間に残された仕事で、頭脳労働などはAIが補佐する場面が多くなっている。


 


 マシンガンズの面々は盛大に酔っ払いながらも、翌日は次のツアーに向けて旅立っていった。

 仙台なので信吾からすれば、故郷であり古巣でもある。

 ただ信吾が東京に出てくるのも、随分と準備に時間がかかったらしい。

 高校時代もバンドは組んでいたが、さほどのレベルではなかったと自分で言っていた。


 そしてノイズの面々は、いよいよツアーの準備に入る。

 スケジュールやライブハウスへの交渉は、事務所がやってくれている。

 だが機材の運搬や実際の移動などは、俊たち自身の仕事である。

 これが大規模な会場で、普段は他のイベントにも使っているのなら、設営に大きな金がかかることになる。

 しかしそこまでの規模でライブをしても、ペイ出来ないと考えていた。

 200~300人規模のハコで、地元のバンドと対バンを組んで、それでライブをするという形態になっている。


 正直なところ、これはあまり儲からないのだ。

 チケットの事前予約などで、確かにある程度の売上はある。

 ただ当日のライブで、どれだけの物販が売れるかで、赤字か黒字かが決まると言ってもいい。

 一応利益が出たとしても、それを六人で分けて、かけた時間に見合うものかどうか。

 一見した売上だけではなく、かけたコストに対してリターンがあるのか。

 このツアーでは地方の知名度を高めに行くのが目的だ。

 確かに東京で活動しているだけでも、それなりに売れているということは出来る。

 だがそれだけでは、いずれ頭打ちになるのだ。


 ビートルズは八年で解散したし、ツェッペリンも事故はあったが12年で解散している。

 日本の有名なバンドも多くは、10年ほどで解散していたりする。

 発展的な解散ならばいいが、このままもう伸び代がなくなっての解散なら、それまでにどれだけの足跡を残していけるか。

 俊は現実的な人間で、そして楽観主義者ではないので、常に売れなくなる時のことを考えている。

 計算高いところは、ロックスターらしくはない。

 そもそも自分の能力は、プロデュース能力だろうと思っているところはある。

 あとはメンバーの作ってきた曲を、どう編曲していくか。

 アレンジの形は、俊だけではなくバンドメンバーと話し合って決めていく。


 バンドが解散する理由というのは、金か女か音楽性、とよく言われる。

 ただ音楽性に関しては、売れてる間はあまり言われたりしないのだ。

 ノイズはバンド内恋愛を禁止しているし、既婚者もいるのでそちらの心配はあまりない。

 酔っ払った勢いで、というのは今後も注意していかなければいけないだろうが。




 俊はツアー開始の前に、千歳に一本のギターを渡した。

「ツインバードにはこれの方が合うと思う」

 フェンダーのテレキャスターであり、本物のヴィンテージ物だ。

 ただしオリジナルからは、ペグなどが交換されているため、実はそこまで高くはならない。

 単純に楽器としての高さなら、オリジナルパーツを付けていた方が高くなる。

 だが純粋に楽器として使う分には、どうしても元のパーツからは消耗品などが変わっているものだ。

 58年製のテレキャスターは、それでも50万円ほどはする。

 パーツが全て純正であれば、果たしてどれだけの値段がついたことか。


 弾いてみれば確かに、ギャリギャリとした印象のある音が、曲調と合っているだろう。

 暁の場合はレフティであるので、どうしてもギターを交換して弾くというのは難しい。

 その分はエフェクターなどにこだわっているため、そこで音を変えていくのだ。

 一応エピフォン以外にも二本の予備レフティはあるのだが、体がもうレスポールタイプに慣れてしまっている。


 演奏に合わせて楽器を変えるのか、楽器の設定を演奏に合わせるのか、それはその人の好みであろう。

 ただレフティというのはそもそも、楽器の数が少ないので、どうしてもエフェクターなどの機材に詳しくなる。

 ちなみにストラトキャスターで有名なジミヘンも、実はレスポールを演奏していたことはそれなりにある。

「一応言っておくけど、貸すだけだからな」

 高い楽器であるので、そのうち千歳に金が貯まったら、譲渡するのもやぶさかではないが。

 こうやってツアー前の日程は過ぎていった。

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