第114話 トリ

 かつて音楽には、いわゆる渋谷系などというものがあった。

 80年代のシティ・ポップから継承された音楽的特徴を持っていたというが、音楽だけではなくファッションなどのスタイルをも意味するようになった。

 時代によって確かに、ムーブメントというのは存在する。

 ムーブメントが発生するのが先なのか、それとも誰かがムーブメントを主導するのか。

 名古屋の音楽というと、やはり特徴的なのは、21世になってからのHIP-HOP系であろうか。

 ただセクシャルマシンガンズは、ハードロックの色調が強いバンドだ。

 それでも歌詞の中にラップを入れたりと、その影響は受け継いでいるのだろう。


 俊だけではなく、ノイズのメンバーはあまり、HIP-HOPへの理解が深くない。

 ただストリートから発生したとも言われるこの音楽は、広義のHIP-HOPであるダンスやDJなどを、演奏の中で使うわけではない。

 伸びやかなメロディーと、韻を踏んだ歌詞の混合。

 サビのところがメロディアスなのが、マシンガンズの特徴であろうか。

 ただバンドミュージックであることから、ギターの役割もしっかりとある。


 リハを見ていた時も思ったが、パフォーマンスは確かに多いが、基礎的な技術もしっかりしている。

 特にリードギターの涼は、生真面目な性質がそのまま表れているようなギターを弾く。

 ただソロとなると自分を解放するのか、音を歪ませて迫ってくる。

(ライブの方がいい演奏になるな)

 もちろん演奏の精度などは、録音の方が正しいのだろうが。

 ライブはオーディエンスとのコミュニケーションがあるため、特にボーカルやリードギターは、その空気に合わせていかなければいけない。


 このあたりリズム組とのコミュニケーションがしっかりしていないと、音楽性の違いで解散となるのだ。

 ノイズの場合はドラムのリズムと、ベースの低音でしっかりとフロントを支えている。

 マシンガンズも悪くはないのだが、どうも合わせる練習が足りていないのではないか、と思える曲がある。

 名古屋を拠点としているということは、実家がそのあたりにある人間が多いのだろう。

 しかし東京に出てきてしまえば、そこの援助がなくなる。

 おそらく実家に暮らしていては、年長の人間などは将来について、家族からなんだかんだと言われるのかもしれないが。


 東京出身というだけで、しかも23区内というだけで、かなりのアドバンテージがある。

 ネットの時代になったと言っても、それは変わらない。

 世界的に見れば、一極集中というのは、時勢に逆行している。

 たとえばアメリカなどは、工場などを国内に作る場合にも、人件費の安いところへと移すのだ。

 日本も工場などは、田舎に作って雇用を生み出したりはしている。

 また音楽にしても、マシンガンズのように名古屋から出てきたり、大阪や北海道や京都や沖縄から、色々と出てきたりはする。

 だが集合してしまうのは東京なのだ。




 アメリカぐらい広すぎたら、逆にいいのかなとは思う。

 日本にしても最先端の化学施設を、地方に作ったりはしている。

 だがそれでも文化の中心は、おおよそが東京。

 ほんのわずかに大阪があって、また民謡などは東北が強かったりする。

 宝塚などにしても、東京公演を普通に行う。


 アメリカにしても結局は、ニューヨークに集まることになるのか。

 だが南部の黒人音楽から、現代音楽は始まったとも言える。

 ビートルズを先頭とするブリティッシュ・インヴェイジョンを、アメリカは吸収していった。

 メタルに進化し、ガレージロックやオルタナティブが反発した。

 あの時代はシアトルが、聖地となった時代でもある。


 思えばアメリカは大陸国家でもあるのだ。

 南部は中米からの移民がいて、また北部はカナダに接している。

(なんだかんだ言って、俺はほとんど東京から出たことないしな)

 春休みのツアーは急ぎ足である。

 だがどこかで時間を作って、インプットの範囲を広げないといけないのではないか。


 もっとも東京にいても、暁と千歳が、そして信吾が曲を作ってきたように、仲間の中からまだまだ、生まれるものがあるだろう。

 しかしやはりインプットの偏りはあるのかもしれない。

(どこに行くべきだ?)

 それはやはり、俊が見つけた月子が、人格形成された土地。

 山形か。

(でも津軽三味線の本場は、青森なんだよな?)

 色々と調べることを、また増やしていってしまう俊であった。




 マシンガンズの後に登場したノイズは、それだけでもう熱狂的な歓声が上がる。

 ファン層は男女が半分ぐらいずつという、ちょっと珍しいものだ。

 もっとも女性ファン層は、信吾が持ってきたのはある程度いる。

 あとは一番小さい体で、ギターの存在感を見せ付ける暁などが、意外と同性に人気があるらしい。

 そして月子の歌声にはカリスマ性がある。


 オリジナル曲だけでももう、一時間ぐらいはどうにか続けられるぐらい、ノイズは曲を作った。

 特に今回は俊以外の作った曲を、二曲とも披露している。

 信吾は無難に歌詞を作ったが、女子高生二人は頭を抱え、夜中に必死で作った歌詞を、翌日見返して羞恥にもだえたりもしていたらしい。

 それでもなんとか作った曲は、少女たちが夜の大人の世界に憧れていくという内容。

 確かに年齢的には、二人にとっては相応しいものであったろう。

 だが実際のところ、二人はもう自分の技術で、金を稼ぐという領域に入ってきている。

 夜の世界は、別にもう憧れるほど遠いイメージなどはない。


 それにしても年頃の女の子が二人揃って、全くラブの要素がないのはいかがしたものか。

 俊としてはもちろん、それで問題が起こらないのならそれでいい。

 実際に俊もラブソングは作っていないのだから。

 一応アレクサンドライトは、男女の機微がわずかに、歌詞の中に入ってはいる。

 だがそれは恋愛とはっきりしてしまうよりは、輝く世界の中の一部を切り取ったような感じだ。


 ちなみに今回もメロスのようにをカバーして弾いている。

 だが以前とは違うアレンジで、ギターのリフがよりヘヴィになっているのだ。

 今時はこんなものは流行らないぞ、と周囲の人間は言うかもしれない。

 確かに普通の人間がすれば、伝わらないものであろう。

 しかし過去の偉大なアーティストを見てみれば分かる。

 ビートルズなども後期になれば、実験的な曲が多くなってきているのだ。


 暁がビートルズかというとそれはまた違うが、彼女のギターはこれまでの実績がある。

 とにかくエッジが利いていて、BGMとして聴くには優しくないギター。

 だがそれを求めてやってくる人間には、この音が求められているのだ。

 ファンがいるからこそ、実験的なこともやっていける。

 もっとも世の中には、いきなり実験的なことをやっていて、それで受け入れられるということも少なくない。

 しかしそれは、誰かが最初に広める動きがあるからこそ、世間に周知されるのだ。




 自分よりも年下の女の子が、自分よりも尖った音を出している。

 それは涼にとってみれば、かなり複雑な気持ちになるのだ。

 もっともCDなどの音源で聴いた限りでは、そこまで尖りすぎた音にはしていない。

 ライブ用とレコーディング用では、求められる音が違うのは当然のことだ。


 ノイズはレコーディングに関しても、俊がかなりのエンジニアの部分をしているのだと、噂として普通に聞こえてくる。

 そして今ではそういうことが、ネットで正体不明の話としながらも、記録に残るようになっているのだ。

 それは事実であるので、俊は否定して回ったりはしない。

 もっともマスタリングに関しては、まだまだエンジニアの専門知識を必要とするところがある。

 だがミックスまでは、もうボカロPをしていた時の蓄積で、自分で可能になってしまっているのだ。

 俊のミックスした音は、臨場感が高い。

 ただ何度も聴いてもらうための音源が、そういうものであってもいいのか、俊としても迷うところはある。

 しかし今は、埋没しないことが大切なのだ。


 ノイズは基本的に楽曲は、極端に個性的なことなどはしない。

 スタンダードなところから、半歩ぐらい外れたところへ踏み出す。

 これが超有名アーティストなどになってくると、一気に数歩踏み出してしまうことも許される。

 だが俊は、ノイズでそんなことはしない。

 いずれは自らの生み出すムーブメントで、新たなジャンルを生み出すかもしれない。

 その時こそ、本当のオリジナリティを出す時だ。


 人間は贅沢なもので、これまでと同じ物を求めるのと、これまでと違う物を求めるのと、二つの欲求を持つ。

 この二つを同時に満たすのは、ちょっと不可能に思えなくもない。

 だが実際にはこれをやってのけるのが、売れ続けるための手段であると俊は思っている。

 同じ物であれば、さらにクオリティを上げていって満足度を上げる。

 違う物であればこれまでの延長線上に、さらに力強いものを見せ付ける。

 音楽のシーンというのは、大きな流れは3~5年ほどで変わることが多い。

 だがその原点になるものは、いったいなんであるのか。


 基本的にノイズは、J-POPやJ-ROCKというものの原点である、洋楽まで聴いているメンバーが多い。

 その中ではボーカルの二人は、かなり異質である。

 月子は民謡がその音楽ベースにあり、千歳はPOPSとアニソンだ。

 俊も洋楽などを一度、ボカロの世界を通してから、自分で解釈しているところがある。


 ボカロの世界は、極めてネタに走った曲もあるというか、それが元であったとも言われる。

 メルトあたりから通常のPOPSとして聞ける曲が出てきて、今ではボカロP出身のアーティストがたくさんいる。

 特に楽曲提供などは、多くのボカロPが行っている。

 また歌い手という、ネットから出てきた歌手も、Vの二次元半の歌手もいる。

 ネットの世界での音楽は、かなり広大であり、とてつもなく自由なのだ。


 ツインバードの歌詞は、最後には結局、夜の世界だとか大人の世界だとか、そういうものを蹴散らしていくという内容になる。

 あたしら最強、というまさにロックな内容になっていくのだ。

 ただこの曲にも歌詞にも俊は問題はないと考えるが、それでも問題の部分はある。

 それは千歳のギターが弱い、ということだ。

 ギターの技量がまだ及ばないのは、それは当然の話。

 だがもっと尖った音を出せるギターを使えば、その差は埋められると思うのだ。


 最初に買ったスクワイアも、いいギターではある。

 だが千歳はエフェクターなどを増やしたりする音作りに、まだまだ精通していない。

 今でもずっと、メンバーの中で一番の速度で上達していっている。

 しかしそれでも、個人の力だけでどうにかするのには、限界があるのだ。

(あれを渡してやった方がいいかな?)

 ただツインバードを弾くには、あまり適したギターではないとも思う。

 暁が同じレスポールを、エフェクター込みで使いこなしているのに対し、千歳はギター自体を曲によって変えてもいいのではないか。

 レフティではない千歳には、普通にその選択が残されている。

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