第116話 西行

 人気の売れっ子バンドならば、メンバーの移動は新幹線で、機材などはスタッフが車で運ぶのであろう。

 だがノイズは、やれることは自分たちでやる、ということをモットーとしている。

 やれるだろうがさすがに誰かに任せろ、と言われてしまったのがリーダーの俊である。

 これまでに組んだバンドの中で、リーダーシップの欠如により崩壊した例を、俊は見ている。

 遠征先のライブハウスの設備は確認してあるので、ドラムセットなどは最低限になっている。

 女の子の荷物は多くなるはずだが、ノイズの女子メンバーというのは、一番普通に近い千歳でも、女子力に乏しいところがある。


 東京を早朝に出て、高速に乗って名古屋へ。

 少しでも余裕を持つため、メンバー全員が前日は俊の家に宿泊となる。

 23区内に大きな実家があると、本当にこういう時に便利である。

 恵まれた環境に育つということは、それ以外の全てを他に任せて、一つのことに没入できるという点で有利だ。

 もっとも実際は、無関係にも思える回り道に、貴重な経験が隠れていたりするものなのだが。


 一緒に暮らしているメンバーもいるが、それでもこの全員は家族ではない。

 ノイズという一つの船に乗った、運命共同体ではあるだろうが。

 今回は、西へ向かう。

 だがいずれはもっと、たくさんの街を回りたい。

 それこそ山形や宮城といったところを、回っていくのだ。

 ちょっと調べたところ淡路島にもライブハウスがあるらしいので、いずれはそこを訪れてもいいかもしれない。

 月子にとって一番幸福だった時代が、そこにはある。


 もっとも今は、コスパを考えて活動していかなければいけない。

 名古屋のセクシャルマシンガンズのように、地元で人気のあるバンドと対バンし、名前を売っていくのだ。

 知名度が高くなれば高くなるほど、それだけ金が稼げるようになるのが芸能界。

 ただノイズの売り方は、かなり特殊なものとなっている。

 一番美人の月子の仮面は、元はメイプルカラーのミキと正体がばれないように装着していたものだ。

 今ならもう、別に誰かと分かってもいいかもしれない。

 しかし下手に顔が売れることは、セキュリティの面でも面倒だ。

 これが大手メジャーレーベルなどなら、色々と活動を制限した上で、セキュリティの高いマンションにでも放り込むのだろうが。


 月子の正体についてはまだしばらく、伏せておくことにする。

 ただ女性陣では暁と千歳も、変に絡まれないか心配ではある。

 未成年で高校生の二人は、それだけで手を出しにくい存在ではあるが、この間の打ち上げでは暁と涼がギターの話などをしていた。

 純粋にギターの話をしていて、歴代ギタリストランキングなどの話をして、ジミヘンが一位でも文句はないが、そもそも順位付けをするのが無粋であるという意見である。

 二人ともギタリストではあったが、純粋に暁の方が、音楽の沼にはまっている。

 なので途中からは、会話がずれていくことも多くなった。




 爆発的な売れ方、というわけではないが、インディーズからこういう売れ方をするのは、かなり珍しいノイズ。

 ここからどういう展開をしていくのか、そこがプロデューサーの手腕なのである。

 だがノイズは基本的に、自分たちでプロディースを行い、マネジメントの部分を事務所に任せていると言うべきか。

 このままの路線でも、まだしばらくはファンなども拡大していくであろう。

 しかしいつかは何かを変えなければいけない。

 同じ物は、いつかは飽きられてしまう可能性がある。

 いいものはいい、などと言う人間はいるだろうが、実際には時勢の流れが重要なのだ。


 この短期間のツアーについても、地方の大都市への遠征という側面がある。

 今はネットが音楽の拡散の主流とは言われるし、実際にそうだと俊も思う。

 だがミュージシャンの発する熱量というのは、やはりライブで感じないといけない。

 生まれる前に解散した、有名なバンドのライブ映像。

 あの中で熱狂している人々の姿は、記録されたものであるのに、魂を震わせるものがある。

 

 MVを作るために、自分たちの演奏映像を何度も見た。

 その中には確かに熱狂が感じられたが、それでも五感の中の二つしか存在しないのだ。

 嗅覚、触覚、この二つを感じることがない。

 実際のライブというのは、オーディエンス自身が盛り上がらなければ、ミュージシャン側だけでは熱狂を生み出せない。

 両者の間には、共感が必要なのだ。


 なんだかんだ言いながら、ノイズはもう一番経験の少ない千歳であっても、20回以上のステージに立っている。

 上手く盛り上げるようにはなってきていて、演奏にも慣れてきている。

 だが下手に慣れすぎると、予定調和の盛り上げしか出来なくなっていくのではないか。

 過去のバンドの解散理由の中には、そういうものがあったのだ。

 信吾や栄二に聞いても、成長曲線が変わらなくなって、解散したバンドというのがある。

 何かが悪くなっているわけではないのだが、どうも頭打ちになってしまっている。

 それは充分な解散理由になるのだ。


 ただ今のノイズには、幸いにもその兆候は見えない。

 それぞれのメンバーのポテンシャルが、まだまだ引き出しきれていないのだ。

 単純に千歳が、まだまだ成長途中というのがある。

 彼女が成長していくと、暁の表現の幅が広がっていく。

 そして月子もまた、より高らかに歌うのだ。


 フロントの成長が目立つが、リズム隊はフロントが上手く制御できていると、より挑戦的なリズムを作ることが出来る。

 このあたりの、まさにライブ感というものが、ライブでしか味わえないものだ。

 一度として同じステージはない。

 それを忘れて上手くこなしてしまうと、ライブパフォーマンスが落ちてしまう。

 常に全力というのは、かなり体力的にきついものであるのだ。

 このツアーではそのあたり、女性陣の体力が心配ではある。




 バンドマンは東京を中心に活動していても、それなりに免許を持っている人間が多い。

 なぜなら移動には、機材を運ぶためのバンが必要となることが多いからだ。

 以前のフェスでは、そこまで多くはなかったものの、やはり機材を運ぶことがあった。

 名古屋までとなると、どうしてもその機材が嵩張ってしまうこととなる。


 俊以外も普通に男性陣は運転できるが、月子はそもそも筆記テストを通過するのが無理だろう。

 そこは彼女には期待していない。

 三人も運転できる人間がいれば、どうにか交代で移動ぐらいは出来るものだ。

 日本はなんだかんだいって、それほど広くもない国であり、今回は遠くても福岡までの移動である。


 幸いにも車酔いする人間はいないが、なんだかこれは小旅行のようなものである。

「ツアーは俺もやったことないんだけど」

 俊の場合は東京を舞台に活動し、一応遠征はしてもツアーとまではいかないぐらいであった。

 だが信吾と栄二にはその経験がある。

「意外と体力がいるんだよな。体力というか、慣れっていうのかな」

 そんな会話をしながらも、俊はCDの音楽を流す。

「お、サージェント・ペパーズか」

 ビートルズの最高傑作とも、音楽の最高傑作の一つとも言われる、正式名称は「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」である。


 ビートルズは1962年から1970年までに活動していたが、実際には66年ごろにはもう、その活動には限界を感じていたとも言われる。

 そのあたりからは実験的な曲や、当時のコンサートでの演奏は不可能な曲が作られていったと言われている。

 実際にコンサートは解散の随分と前に、行われなくなっている。

 ぶっちゃけた話をしてしまえば、俊もビートルズは有名な曲から入って、そこからアルバム順に聴いていった方が、分かりやすいとも思っている。

「このあたりはもう、あんまり好きじゃないかなあ」

「実験的な曲が多いのは確かだからな」

 暁の言葉にも、ビートルズファンではあるが、全肯定しない俊は頷くばかりである。


 単純にベストの曲が分かりやすいというなら、俊はQUEENを挙げるであろう。

 ツェッペリンはシングルカットしていない曲の名曲が多いため、これと挙げることが難しい。

 ストーンズなども活動期間が長すぎるため、これがベストといっても好みが分かれるところだ。

「ニルヴァーナなんかその点、アルバム三枚しかないから分かりやすいよね」

「いや、それは生前のアルバムが三枚というわけであってだな」

 千歳は別にニルヴァーナが好きでもないので、そういう発言が出たりする。


 色々とアルバムを準備したバンであるが、こういう場合にかけるのは何がいいのか。

 もっともアーティストで分類しても、前期や後期、またはベストなどといったもので、色々と議論が分かれるところである。

「AC/DCは?」

「あの歌い方、個人的に好みじゃないんだよね」

「レッチリとか」

「比較的聞きやすいのかな?」

「ドアーズとか」

「黎明期のバンドだと、どうしてもまだこなれてないイメージが」

「ブラックサバスなんかはどうよ?」

「あそこもメンバーチェンジが激しいからなあ」


 洋楽はかなりメンバーチェンジが激しい。

 邦楽がそうではないのかというと、意外とやはりメンバーの入れ替わりはあるのだが。

 ただマジックアワーがそうであったように、入れ替わりよりも解散の方が多いだろうか。

 独立したメンバーが、自分で新しいバンドを作るというのは、よくあることだ。

「一番ってやっぱりビートルズ?」

「どういう基準によるかだけど、そうしておく方が一番無難だろ」

「だがあたしはディープ・パープルを選ぶぜ」

「まあ別に誰が何を選ぼうと自由だけど」


 一応そういった企画は、ローリングストーン誌で行われている。

 基本的にバンドは、ビートルズを一位にすることが大半である。

 ポップスの売上とかであると、マイケルジャクソンが入ってくるのだが、女性で売りまくっているマドンナは、あまり評価の対象になってなかったりする。

 彼女の場合はむしろ、セックスシンボル的な扱われ方の方が大きいのだろう。




 なんだか洋楽の話をしている間に、バンは高速で名古屋に到着していた。

 音楽というのは時間を飛ばす能力があるらしい。まさにキング・クリムゾンだ。

 まずはライブハウスへ向かい、荷物は機材などを運び出す。

 セッティングなどを開始するのだが、やはり普段とは馴染みがないというところは違う。

 顔を見せてくれたセクシャルマシンガンズの面々を見て、ほっと一息つく。


 ここで一度チェックインのために、ホテルに向かう。

 だが実際に戻ってくるのは、かなり夜中になるのだろうが。

 信吾や栄二などは、打ち上げからそのままずっと騒いで、翌日カラオケなどからそのまま、次の場所へ移動などということもやっていたらしい。

 無茶なスケジュールで動くのは、俊もたくさんやっていたことである。

 だがそういうタイプの無茶は、俊は好きではない。


 あとは女性陣に対する、安全確保が問題だろうか。

 暁の場合は父親から、色々と注意を受けていたが、女性陣は早めにホテルに帰す必要があるだろう。

 そもそもその次の日も、移動してまたライブであるのだ。

(我ながら、ちょっと厳しいスケジュールになるのかな?)

 それはツアーをしたことがない、俊の不手際が目立つことになる。

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