第100話 ファイナル・カウントダウン

 どれだけ難しい曲であっても、軽やかに弾いてしまう。

 苦しみの中から生まれるような音楽であっても、暁は陶酔してメロディを奏でる。

 リードギターとして、圧倒的なリフを弾き、イントロやソロも作る。

 サビから始まらないと聞かれない、などと言われる時代に逆行した曲を、俊が作るのは暁がいてくれるからだ。

 月子と二人で始めたユニット。

 それがバンドに発展したのは、暁のおかげでもあるし、暁のせいとも言える。


 難しいギターソロを、さらに音を歪ませながら、簡単そうに即興で弾いていく。まさに狂気の沙汰。

 これは人間にしか出来ないことで、これをやってしまえるのがフィーリングなのだ。

 本当にそうなのか、と俊は思うところはあるが、暁は基本的にフィーリングだけで弾いている。

 そして人の心に、そっと裏口から忍び込む。

 正面突破する月子とは、ちょっと違うタイプだ。

 もっとも二人で一緒に、正面から粉砕するような音を、出すこともある。


 四曲目に入っていく。

 これもまたギターのテクニックが冴え渡るグレイゴースト。

 だが単純に速く弾くだけではなく、ところどころで音が消失する。

 ディープ・パープルのパクリと公言しつつ、その音の厚みは明らかに70年代とは違う。

 何より70年代に比べれば、歌唱パートが絶対的に長い。


 ギターのリフのテクニックが、一時期のロックを牽引していたことは確かだ。

 今でもロックとなると、基本的にギターが一番目立つ。

 EDMをいくらでも駆使する俊なのに、そこには限界があると思う。

 アナログを温かみなどとは言わないが、生演奏はやはりどこか、フィジカルを感じさせるものなのだ。

 そして五曲目は、これまでカバーしていなかった曲。

 だが既に同じデュオの曲は披露している。


 イントロから入っていくが、これは古くてもそれなりに知っている人間はいる。

 もっともサブスクなどでの配信がないので、聞く手段は限られている。

『モーニングムーン』

 俊がタイトルだけを告げて、そこから演奏が始まる。

 歌唱力に全てを振っているようなのは、それだけ作曲者に自信があったからだ。


 ノイズの最大の強みと言えるのは、やはりほぼツインボーカルと言える、月子と千歳にあるだろう。

 違うタイプの強力なボーカルを、二人も抱えているという。

 幸いなのはこのバンドの中では、喧嘩らしい喧嘩が起こっていないことだ。

 バンドというのは誰がリーダーシップを取るか、また方針を巡って衝突が起こることが多い。

 だが特に強力なボーカル二人に、強い自己主張がない。

 それはあるいは、アーティストとしてはエゴが少なすぎる、と言われるのかもしれない。

 実際のところは二人の個性は、演奏の中ではっきりと表れている。


 デュオの曲を原曲とは完全に違う形で、役割分担している。

 絶対的な声量では月子の方が上だが、声が大きいだけがボーカルの強さではない。

 そもそも千歳も、最近はどんどんと声量は上がっているのだ。

 二人の中にある感情を、どういうように割り振るか。

 そこまで考えて、俊は曲を選んで、アレンジをしているのだ。




 名馬は少ないが、名伯楽はもっと少ない。

 そういう点では俊の能力は、下手な演奏者やボーカルよりも稀少なものだ。

 もっともこれは能力と言うよりも、磨き抜いた感性と技術と言えるのだろう。

(フロントに三人必要な意味が分かってきたぞ)

 なぜ月子と暁だけでは、まだ不充分であったのか。

 それはバランスなのである。


 人間は例外であるが、おおよその生物は四足歩行が多い。

 また鼎なども足が三本あってこそ、その用に役立つというものだ。

 これが四人であると、逆にがたつくのかもしれない。

 三人の関係性も、上手い感じでそれぞれが緩衝材になっているのだろう。

 もっともこの三人は、本人たちには自覚も責任もないが、個性の強いところはある。

 それを上手く抑えるのが、年長の三人の役割となっているのだ。


 圧倒的な歌唱力で、空気を暖める。

 そしてラストはそれに相応しく、バンドの基礎となったノイジーガール。

 ギターリフから始まるのだが、毎回微妙に暁のイントロは変わっている。

 それは単なるテンポの違いだけであったりもするのだが、ハコの中の空気を読んで、そのスピードも調整する。

 あとは単純に音を増やして圧力を上げていく。


 ノイジーガールなどというタイトルをつけても、これがノイズだと思う人間はいないだろう。

 ただ俊としてはあえて、これは雑音ではないという思いを込めてタイトルをつけている。

 あるいはただのノイズだなどと、切り捨てられるなら切り捨ててみろ、という信念がある。

 耳障りで誰も無視することなど出来ない。

 それぐらいの曲なんだ、と自信を持って言うことが出来る。


 ギターソロを奏でる暁の表情は、まさに陶酔の極み。

 既にTシャツを脱いで、水着のトップス一枚となっている。

 このあたりにもギャップがあって、それが受けていうるのだろうな、とも思う。

 バンドでありながら、全くファッションに統一性がない。

 それもまた雑音ではないが、雑味があっていいではないか。

 俊や信吾のカジュアルファッションも、実際はただの普段着。

 むしろドレスの月子に、Tシャツとジーンズの暁だけが、演奏用のファッションになっているのだ。


 暁のギターの残響が、本日最後のノイズの音となる。

 盛り上げに盛り上げて、演奏は終わった。

『来年もよろしく~!』

 ここからトリを務めるのはザ・ビジョンだが、固定ファンも多いバンドなので、上手くまとめてくれるだろう。

 暖めておいたので、盛り下がってもノイズの責任ではない。




 今年最後ののフェスは、間違いのない成功に終わった。

 ザ・ビジョンは最年少が18歳という若いバンドだが、活動期間自体はノイズよりもだいぶ長い。

 インディーズ契約もしているというので、上手くその話も聞けないかな、と俊は思っていた。

 この日の打ち上げは、店舗を一つ借り切ってのもの。

 クリムゾンローズのお姉さまがたも、三人全員参加。

 ライブハウスのスタッフの他にも、ローディストや音楽関係者などが、思った以上に集まっていた。


 普段はあまり参加しない栄二も、今日は仕事関連の集まりのようなものなので、忘年会のノリで参加している。

 信吾はタダ酒をかっ食らう予定らしいので、女性陣が変にならないよう、二人で見張っておいてやらないといけない。

 特に月子は、こういう場所では普通に素顔を晒している。

 なんで美人が顔を隠すのか、意味が分からないなどとも言われていたりはする。

 当初はメイプルカラーのミキと同一人物であることを隠すため、というのが理由であった。

 だがメイプルカラーが解散した今も、俊はこの路線を守ろうとしている。


 ステージ以外では、普通に素顔を見せてもいるのだ。

 それなのに隠すというところに、神秘性が生まれる。

 隠すことによってあえて、美人だという関係者の話だけが伝わっていく。

 いずれは顔を晒すことも考えているが、そのタイミングは慎重に図っている。

「じゃあ写真撮るよ~」

「だからお前は顔出しNGと言ってるだろうが!」

 普通に写真に入ろうとしている月子に、こんなこともあろうかと持っていた仮面を装着させる俊である。


 俊も他のバンドの人間とは、それなりに話すようにはしている。

 バンドの歴史だけを言うなら、この日の五組のバンドの中では、ノイズが一番新しい。

 もっとも栄二や信吾、また俊自身でさえ以前にやっていたバンドを含めるなら、それより新しいバンドはある。

 インディーズからCDを出していたり、インディーズ事務所に所属しているというバンドもいる。

 それこそザ・ビジョンがそうであったし、クリムゾンローズもメジャーデビューを蹴った後、彼女たちに惚れ込んでいたマネージャーは会社を辞めて、新しく事務所を作るようになったのだとか。

 ここからまた売って行くのは、さぞ難しいことだろう。


 メジャーレーベルからデビューして、大々的に宣伝して、大量のCDを売るというのが、00年代の前半ぐらいまでであったか。

 その時代であれば俊も、素直にメジャー路線を目指していたのだ。

 だが今は、それで売れても儲からない時代になっている。

 プロデュースにマネジメントを、自分でやらないければいけない時代。

 宣伝の仕方などが、まさに一般人の口コミの力が強くなっている時代なのだ。

「MVぐらいは作った方がいいんじゃない? 俊君なら作れるでしょ」

「やってみないと分からないけど」

 クリムゾンローズの堂本マネージャー、というか事務所の社長は、そんなことも言っている。

 彼女たちがインディーズにとどまった原因は、暁にあるのでそのあたりに恨みはあるらしい。


 MVの作成は、映像作成の授業である程度受けている。

 俊は天才ではないが、小器用ではあるので、それなりのものは作れるかもしれない。

 今のままでは露出が少なすぎる、というのはその通りなのだ。

 東京、せめて首都圏ならばともかく、他の場所でノイズの音楽を聴く機会が、ほとんどない。

 月子の歌ってみたはあるが、それはノイズの音の一端に過ぎない。

 サブスクやDL販売に関しては、俊はまだ手を出していない。




 俊はほとんどアルコールを入れず、情報収集をしながら、さらに女性陣の動向にも気を遣うという、大変なことをしていた。

「サリエリ君」

 そう声をかけてきたのは、見覚えはないがどこか業界臭を感じさせる眼鏡の青年。

「君が前にいたバンドで、一回だけ会ったんだけど憶えてないかな?」

 そう言われても朝倉のバンドの他、ヘルプに入ったことは何度かあるのだ。

「まあ、あの頃とは立場も変わってるだけど」

 そう言って渡してきたのは、俊も知る大手ながらもインディーズレーベルの事務所の名刺であった。

「他にも話とかあると思うんだけど、年明けにでも一度、話したいんだよね」

 大手ではあるがインディーズというのは変に聞こえるかもしれないが、音楽だけを売るならそういう手段もあるのだ。


 阿部からも似たような話はきている。

 冬コミが終わって、来年になったら改めて話そうとは思っていたのだ。

 しかしここに、業界関係者がこっそりと混じっている。

 イベンターの仕事であることは間違いない。


 俊としてもそろそろ、マネジメント能力については、限界が近いのを感じている。

 本当ならもっと作曲や作詞に力を入れて、ライブを増やしていきたいのだ。

 ワンマンをやるにはまだ、オリジナルが足りていない。

 カバーをやるのはそれだけ、事前の申請などが大変になったりもする。

 ライブハウス側でやってくれる場合もあるが、企画をどこがやるかによって、それらの手間も変わってくるのだ。


 さすがに、一人で全てを把握するのは限界か。

 条件次第では、インディーズならばやってもいいだろう。

 もちろんそのためには、仲間たちの同意を得る必要がある。

 栄二の予定に、千歳への説明なども必要だろう。

 月子や暁、信吾は問題ないと思うが。


 音を届けるということが、単に流すというだけなら簡単な時代。

 だがあえて選んでもらって、そして稼ぐというのは難しくなっている。

 MVにしてもどういうタイプのものにするか、考えていかないといけない。

 ボカロ曲であれば一枚絵に、歌詞が並んでいくというそれだけでも充分なのだろうが。

 ただその場合、また一枚絵のイメージが重要になってくる。

(長い一年になりそうだな)

 その予想が当たるというのは、ほぼ確信の段階にまで至っていた。 




×××




 解説

 モーニングムーン/CHAGE and ASKA

 SAY YESで大ブレイクする前の曲。全く傾向の違う万里の河を除いた中では、それまでの中で最も高いオリコン順位を記録した。

 またこの曲はロングヒットしたため、オリコンチャートでは最高11位ながらも年間では68位に位置している。

 CHAGE and ASKAは万里の河以降方向性を模索していたところがあり、モーニングムーンからジャンルが変わったとも言われる。

 このあたりで大ブレイクしてもよさそうな名曲なのだが、90年代序盤以降の無敵感はまだなかった。

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