第101話 冬コミ

 カウントダウンフェスなどというものもあるが、年末ギリギリまで行われる催しというのは、それほど多くないのではと思っていた俊である。

 だがマーケティング的に考えるなら、年末年始は仕事がない人が多いため、ここが稼ぎ時とも言えるのだ。

 今年のコミケは、年末のまさに二日間に開催。

 企業ブースに50枚置いてもらって、告知はノイズとシェヘラザードで行っている。

 果たしてどういう動きをするのか、俊はアルバイトのない高校生組二人と共に、会場を訪れていた。

「すご! 人口えぐい!」

 千歳はおどろいているが、人気バンドの大規模ライブとなると、もっとすごくなる。

 あれはステージ上から見ると、人の手が波のように蠢いて見えるのだ。

「感染症で減った人数も、最近はまた戻ってきてるらしいからな」

 二日で30万人ほどだろう、と予測されている。


 ただこれでも一時期の50万人や、70万人といった数からは減っているのだ。

 前述の感染症の他にも、同人販売ルートが電子や通販で増えたこともあり、純粋な同人誌の購入のために来る人数は減っているのだとか。

 単純にまだ、感染症の影響が収まりきっていないだけ、という見方もされる。

 そもそも開催される期間が、昔は四日間であった時期もあるのだ。

「華やかだね、寒いけど」

「熱気は凄いな」

 暁はステージ衣装であるジーンズとTシャツなどという姿ではなく、当然防寒対策をしている。

 俊も同じく準備はしていたが、まさか近隣のコンビニの棚が空になっているとは、思っていなかった。


 向かう先は同人音楽を扱う、企業ブース。

 同人音楽であるのだが、企業がそれを扱っているというのは、聞くだけなら不思議に思えるかもしれない。

 だが同人誌を扱っているサイトなどが、普通に営利企業であることなどを考えれば、何も不思議はないと思うだろう。

「コスプレ多いね」

「あたし調べたんだけど、ボカロ音楽の販売もしてるんだよね」

「カバーの販売もしてたりするけど、本当に著作権守ってるのか怪しいところはあるな」

 そもそも二次同人は、原則だけならほぼ全て違法なのだ。

 全ては人気の拡大のために、お目こぼししてもらっているという認識が正しい。


 ただ音楽の場合は、二次同人よりは厳しかったはずだ。

 また同人の直販の場合は、脱税がかなり容易であるとも昔は言われていた。

 電子や通販の場合は、会社がデータを提出するので、そこで脱税がばれる。

 直販の場合でも、印刷所からの報告でばれる可能性があるのだという。

 だが実際には零細の同人活動は、お目こぼしされている場合が多いという。

 なぜならそれは、経費を計上した場合、むしろ赤字になっているケースが多いからだとか。

 つまりしっかりした申告をした場合、払った税金が戻ってくる場合さえあるのだとか。

「源泉徴収っていうのがあるからな。……そうか、お前らにも教えないといけないのか」

 正直なところ手間がかかるだけで、税金など全く払わなくていいぐらいにしか、収入にはなっていないのだが。


 動いた金額自体は、相当に大きなものだ。

 5000枚のファーストアルバムだけでも、税別3000円で全て売れたので、1500万円となる。

 ただここから、ショップや流通、レーベルに制作などの金額で、俊たちの手元に来るのは10数%となっている。

 これをさらに人数で分けるので、たいした金額にはならない。

 もっとも栄二などはフリーランスになったので、それもしっかりと申告する必要がある。

 俊も既に、ボカロを発表して稼げるようになった時、開業届を出している。

 月子と信吾もアルバイトの金額と合わせれば、申告しなければいけない金額にはなっているだろう。

 それでもせいぜい、一万や二万ではないかと思うが。

 経費計上すれば、むしろ赤字になっている可能性すらある。


 源泉徴収をされている場合などは、むしろ先に払っていた金額が、還付される場合さえあるのだ。

 暁と千歳は保護者がフリーランスなので、そのあたりはしっかりしていると思う。

 ただこういったことも事務所に所属すれば、ほぼ全てやってくれるようになる。

 そうでなくとも事務処理能力のないアーティストの場合は、普通に税理士を雇った方が早いかもしれない。

 むしろ税理士に払う金の方が、高くなってしまう可能性もある。




 なんだか税金の話になってしまったが、ミュージシャンなどは一発当てて大金を得ても、それをすぐに使ってしまってはいけないのだ。

 税金を払うのは、収入があった翌年になる。

 それまでに散財して、税金が払えなくなって、後から加算して払わなければいけなくなるという例もある。

 ちなみにこれはマンガ家やプロスポーツ選手にも同じことが言える。

 フリーランスは忘れてはいけないことだ。

 もっとも今のところノイズは、これだけCDを売っていても、経費計上をすれば赤字になる。

 だからこそ月子も信吾も、アルバイトをしているわけだ。


 年末でありながらも、アルバイトに精を出す二人。

 対する俊は、アルバイトを休んでいる。

 そもそも働かなくても、生きていくだけならばどうにかなる。

 ただそれを本当に、生きていると表現していいのかどうかは疑問だ。

 誰もが何者かになりたく、そして自分の生きてきた痕跡を残したい。

 死せる運命である人間という知的生命体にとっては、当たり前の欲望と言うか、本能であるのかもしれない。


 一般的というか世俗の人間は、それを自分の遺伝子とするのが多いのであろう。

 少子化と言ってもそれを肯定的に考える人間は、まだ内心まで含めれば少数派であろう。

 ただ創作系の人間はそうではない。

 鬼となって後世に作品を残すためには、自分の妻子をも捨てるという人間は多い。

 本来の人間的に破綻しているように見えるのは、本能の順番が変わってしまっているからだ。


 ただこの高校生二人はどうなのだろうか。

 会話をしてみたり、演奏をしてみたりすると、暁はもう俊と同じような世界の人間になっている気がする。

 しかし千歳はかなり歪になりつつあるが、まだ一般人と同じ感性だ。

 その人生において、衝撃的なことがあったため、それに引きずられているということはある。

 それでも人間は、忘れることが出来る生き物だ。


 両親の死という巨大なトラウマが、千歳の歌に切迫感を与えているのは間違いない。

 だがその傷がいずれ癒えていけば、平凡な表現力に落ち着くのだろうか。

 不幸は芸術を生み出す。

 平凡な幸福に包まれた人生から、人の心を動かすものが出来てくるのは、あまりないのではないか。

 あるいは特定の分野に対する、過度の傾倒が成果を出す。




 広大な会場を、人の波を掻き分けて、目的の企業ブースに到着する。

 本来ならボカロ関連やVturber関連の商品を展開する場所である。

 ノイズもメインボーカルである月子が顔を隠しているので、中の人扱いされてもいいのかもしれない。

 そこのスタッフに俊が挨拶をする。

「お疲れ様です。ノイズのサリエリと申しますが、うちの委託販売順調でしょうか?」

「え、あれノイズの人?」

「はい。メンバー全員ではないんですが」

「売り切れましたよ。たぶんあと五倍は持ってきた方が良かったでしょうね」

「……売り切れましたか」

 ある程度は予想していたことである。


 開場してすぐに、30枚ほどが買われていった。

 その後も数分ごとに購入者が現れて、15分ほどで売り切れたという。

 あまりにも早く売り切れたので、五倍でも足らなかったかもしれない。

 そうは言われても、売れ残る可能性を考えたら、あまり冒険も出来ないものだ。

「やっぱ俊さん、慎重すぎるじゃ~ん」

 千歳はそういじってくるが、在庫を抱えることは単純に場所のコストがかかるわけではないのだ。

 次のCDを作る時に、プレスされる枚数が減らされるか、そもそも次の機会が回ってこない。

 だからクラウドファンディングで、レコード会社のリスクを最大限減らそうとしたのだ。


 儲からないと続かない。

 売れ残るリスクと、売り切れる機会損失。

 一応は再プレスは、50枚単位で請け負ってくれるところがある。

 ただそのうちの15%はシェヘラザードの確実な取り分となる。

「え、追加の料金は全部うちで出しても?」

「そりゃあだって、最初の宣伝とか流通とかに、金を使ってもらってるから」

 高校生には難しいかもしれないが、世の中はそういうものなのである。


 最初の直販の場合は、75%がノイズの取り分であった。

 だがシェヘラザードに任せているショップ流通や通販は、30%しか儲からない。

 それでもレコーディング費用を自分たちで準備したので、最初のアルバムを出した時よりは、はるかに取分が多い。

 3000円が1350枚売れて、その30%を六人で分ける。

 ただ俊は作曲作詞の著作権印税が6%入ってくる。


 他のメンバーは20万円ほどの現金が入ってくるわけだ。

「20万! 下手なバイトよりたくさん入ってくるじゃん!」

 これには暁も共に驚いているが、俊としては高校生だなあ、と生暖かい目で見るのみである。

「それとサリエリさん、レーベルの人が二人ほど名刺置いていきましたよ」

「二人もですか」

 片方は知っているが、もう片方は知らないレーベルだ。


 声がかかり始めている。

 それも複数のところから、こうやって声をかけてもらっている。

 そろそろ飛躍のタイミングになってきているのかもしれない。

 年が明けたら、連絡を取ってみようか。

(いい流れのはずなんだけど、売れるかどうかは分からないからなあ)

 様々な条件が絡み合って、音楽というものは売れるものである。

 いいものは必ず売れる、などというナイーブな考えは捨てろと、どこかのラーメンハゲも言っていた。




 そこから俊は同人音楽界隈の島に顔を出したりした。

 知っている人間や、名前だけは知っている人間が、それなりに参加している。

「サリエリ氏、最近は三次元の方に行ってるからなあ」

 そんなことを言われたが、確かにボカロ特有の曲なぞは作っていない。

 ただ歌える曲を作るというのは、そのうち誰かが「歌ってみた」をしてくれるかもしれないので、念頭に入れて作るのは重要なことだ。


 ボカロPとしては、打ち込みだけをしたものなら、確かに発表はしている。

 月子のボーカルのみで完結するなら、それは流してもいいのだ。

 ノイジーガールもフルではなく、ボカロ版などは流している。

 そろそろ歌い手なりVなりが、歌ってくれてもよさそうな気はするのだが、そういうメッセージなどはない。


 そもそもノイズが秘密主義というか、宣伝などをあえて控えめにしていると、思われているらしい。

「え、じゃあ普通に歌ってみてもいいんですか?」

 そう質問されたので、俊は普通にアレンジの許可なども出す。

 歌ってみてPVが回れば、その収入は作曲作詞をやった、俊のものとなるのだ。

「他にも歌ってみたしたい歌い手さんとか、けっこういますよ?」

 そうも言われたのだが、最近はノイズの活動の方に手をとられていて、あまり情報交換が出来ていない。


 歌ってみたの場合、音源をそのまま使うのは、禁止されている。

 また原曲のままに演奏するのはいいが、アレンジを加えるのも許可がいる。

「何を歌ってみたいんですか?」

「ノイジーガールとアレクサンドライトです」

 なるほど、初期に作った歌である。


 それはいいのだが、これで聴くのに満足されてしまった場合、稼げるのは作曲作詞の俊だけとなってしまう。

 やはりストリーミングやサブスク、DL販売などに手を出していくべきなのだろう。

 プラットフォームに何を使うかで、収入は大きく変わる。

 あとは他のメンバーにも、作曲か、でなければ作詞をやってもらうかだ。

(考えること、また多くなってきたよな)

 とりあえずこの二曲は、原曲でも聴けるように、フルバージョンをアップすることを考えた方がいいだろう。

 やることばかりが増えていく、俊の年末であった。

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