第99話 今年最後の

 いよいよ今年最後のライブが始まる。

 この1000人のハコを埋めるフェスのヘッドライナーを務めるのは、偶然というわけでもないが、夏のフェスでもヘッドライナーであったザ・ビジョンである。

 そもそもイベントを立ち上げているのが、同じイベント屋のメタルナックルなので、ある程度は被るのは当たり前なのだ。

 クリムゾンローズも、ステージは違うが同じフェスには出ていたわけだし。

 そのメタルナックルの社長である袴田は、フットワーク軽く動きながら、今日も会場に顔を出している。

 トリが終わった後に、打ち上げでもしないかと言われて、俊は頷いておいた。

 ついでに相談したいこともあったのだ。


 トリ前のノイズのメンバーは、それなりにライブ慣れしてきている。

 数だけであれば、毎週やっていた月子が、一番多いのかもしれない。

 ただ規模を考えれば、やはり栄二が一番となる。

(これだけ上手いやつがいても、全部が売れるわけじゃないんだしな)

 そこはもう、本当に不思議なのだ。栄二が見てきた中でも、実力もルックスもあるのに、売れなかったというミュージシャンは大勢いる。

 だがこのノイズに参加して、そして俊が千歳を入れた時点で、ようやくその一端は分かった気がする。


 千歳が入ったことで、確かに表現力の幅は広がった。 

 しかし重要なのは、予想を超えた演奏がなされてくるということだ。

 そう、人間はただ上手いとか、凄いと思うだけでは届かない。

 上手いとか凄いの上に、もっと予想を超えた何かがあって、ようやくそこにはまっていく。

 簡単に言えば意外性なのかもしれないが、そんな簡単なものでもないと思う。

 ギターボーカルの千歳が、もう少し習熟した時、それがノイズの本当の完成の時であろう。

 いや、さらにまだそこから伸びていくのか。


 ここまでの完成度があるのに、まだ未完成。

 全力で未完成な六人に、あとどれだけの伸び代があるのか。

(まあ俺が、一番伸び代はないんだろうな)

 年齢的に見ても、一番上の栄二はもうすぐ29歳になる。

 20代前半あたりにしかない、無尽蔵のパワーというのは存在するのだ。

 だが少なくとも今は、まだ栄二の力が必要だ。


 俊は自分に才能がないと言い、苦心して曲を作ってくる。

 だがそういった悩みの果てにではあっても、メンバーが納得する原曲を作ってくるだけ、やはり才能はあるのだ。

 そしてもっとも大事な才能は、他人の才能を見抜く才能である。

 月子を発見し、千歳を取り込んだ。

 その才能に対して反応する感覚は、英才教育もあるがやはり特別なものだと思うのだ。

 才能や経験が、人間を育てる。

 しかしその最果てでアーティストが重視するのは、直感であるのだろう。

 俊は少なくとも、その欠片は持っている。




 一度全員が楽屋に戻ってきた。

 普段のハコとは違い、バンドごとに準備できるほど、設備は整った場所である。

 ライブハウスで1000人という規模は、初めてのものである。

 東京の中でもここは、おおよそイベント会社がずっと抑えていることが多く、ただワンマンをやりたいと言っても、通らない場所なのだ。


 1000人というと凄そうだが、この間の暁と千歳の学園祭も、最終的には体育館に、1000人近くの人間が集まったと言われている。

 全校生徒の九割というのだから、とんでもない集客率だ。

 もっとも外部の人間もいたので、実際はそこまでではないのだろうが。

 この渋谷にあるMOVEというハコは、ライブばかりを行うところでもない。

 様々なイベントを行うため、設備はステージ以外にも色々とある。

 前のバンドが終わり、撤収してくる。

 スタッフによる機材の移動が行われるが、基本的にドラムはセットがあるので、栄二は自分の使う部分だけを持ってきている。


 アンプは基本的に、備え付けのものを使うしかない。

 それぞれの配置について、最後のチューニングを行う。

 ここでの単純な音を聞くだけでも、上手いか下手かは分かる。

 暁は前日のセッティングから、さらに微妙にエフェクターを調整していく。

 完璧に合わせるところと、あえて歪ませるところ。

 そういったものをどうするかは、もう才能と言うよりはフィーリングの問題である。

 どれだけ音楽の中で生きてきて、どれだけ音楽に没頭してきたか。

 それがその人の音楽として現出する。


 月子や千歳のように、人生で強烈な体験があったため、それが魂となって歌に乗る、というのとは違う。

 分かりやすい天才という意味では、暁が一番なのだろう。

 彼女は親の離婚や、友人のいない孤独さこそは体験しているが、人生で欠けてしまった何かを、代償として満たそうという考えはない。

 純粋にギターを弾いているだけで、ここまでのものとなってしまった。


 あの件以来俊は、少しだけ暁を意識している。

 だがそういった感情よりも先に、音楽に対する執念が湧き上がる。

「ノイズさん、時間です」

 スタッフに呼ばれて、立ち上がる一行。

「今年最後か」

 ぽつりと月子が、寂しそうに言った。

「コミケには一緒に行くじゃん」

 千歳と暁に加え、俊もCDの売上や音楽ブースには顔を出す。

 去年までと比べると、俊も忙しくなったな、と自分の変化を思う。

「行くぞ」

 こうやって声をかけるのは、リーダーの俊の役目である。




 薄暗い中で、セッティングとチューニングを行う。

 この時点で既に声援があったり、口笛が吹かれたりする。

 弦の一本一本を、最終的にチェックする。

 俊たちのバンドが使う楽器は、さほどチューニングが狂わない機種が多い。

 だがギターなどは一曲弾いただけでも、わずかに狂ってしまうことが普通にあるのだ。

 それが逆に味になったりもする。


 ノイズのメンバーの中では、俊と暁は絶対音感を持っている。

 なので器具を使わなくても、最終チェックは行えたりする。

 変に格好つけず、使っても別にいいのだ。

 大事なのはイメージやスタイルではなく、音そのもの。

 そのあたりが完全に逆転しているミュージシャンも、それなりにいたりするのだが。


 スタイルこそが重要である、という時代もあったのだ。

 パンクなどはそういう、スタイルで音楽を語る走りであったのだろう。

 弾きもしない楽器を持つ人間は、今でも普通にたくさんいる。

 MVなどは当たり前だが、他で録音したものを画像に合わせているのだし。

 だがそういった整合性よりも、ライブ感が重要であると思う者もいる。


 俊などは本来、レコーディングからミックスにマスタリングと、全てを自分でやって理想の音を作りたいと思う人間であった。

 しかしライブには、それ以上のケミストリーが存在する。

 演奏する側からだけではない、オーディエンスの反応の強さ。

 ライブとは双方向のものだとは、ノイズを作ってようやく実感出来た。

 音楽は聴くものではなく、鑑賞するものであると、頭では前から分かっていたのだが。


 全員が準備完了である。

 この日の一曲目は、俊のシンセサイザーから始まる。

 本来は違うのだが、そこはアレンジして、40代から50代の人間に分かりやすくしてあるのだ。

 MCから始まらないのが、ノイズの定番となりつつある。

 もっともステージによっては、MCからであったりと、別に決めているわけではない。


 ギター、ドラム、ベースからなる正統派メタル的な楽曲。

『『『HEY! HEY! HEY!』』』

 オーディエンスの側からも聞こえてくる、ライブでは定番でカバーしている曲。

 思えばファーストライブは、この曲が印象を決めたと言ってもいい。

 月子と暁が力尽きて、ダウンしてしまったものだ。


 今はあの頃よりも、さらにパワフルになっている。

 だが演奏のスタミナは、ライブと練習を繰り返すことによって、はるかに鍛えられている。

 しかし音の厚みは、あの頃の比ではない。

 女性ツインボーカルでありながら、その強さはアメリカ的ですらある。

 太く厚みがありながらも、あくまでもクリアな月子。

 そして感情のノリが豊かな、表現力の高い千歳。

 二人はまるで踊るように、メインをそれぞれ入れ替わる。

 サビでは美しいハーモニー。

 タフボーイは基本的に、Aメロ、Bメロ、サビの構成であるのだが、俊からすればこの曲は、Aサビ、Bサビ、Cサビである。


 まずは一曲目に、グルーヴ感の強烈な曲を演奏し、一気に暖めていく。

 ライブの鉄則のようなもので、カバーで始めるならだいたいこれが定番になりつつある。

 もう一つはGOD Knowsであろうか。

 オリジナルでやるなら、ノイジーガールの場合が多いが、逆にラストにもって行くことも多い。




 演奏が終わると、そこで一気に大歓声が上がる。

 収容人数が広く、天井も高いのだが、それでも熱量の方がステージを熱くする。

『どうも、ノイズです』

 面白みのない、生真面目な俊のMCであるが、聴衆はノイズに面白さなどを求めているわけではない。

 ノイズのライブは、言うなればシリアスなのだ。

 アニソンをカバーしていても、その原則は変わらない。


 この日が今年最後のステージ。

 出し切って来年につなげたい。

『俺とルナがユニットを組んで、そこから半年もしないうちにバンドになって、今年は夏にもフェスに出て、アルバムも二枚出せて、素晴らしい年になりました』

 そう、金にはなかなかつながっていないが、スタートとしては素晴らしいものであるのだ。

『よく言われるのが、配信で早く出してくれとか、CDが売り切れとかいうものなんですけど、とりあえずCDはまたプレスしますんで、通販の方でまた買えるようになりますんで』

 こういう事務的な伝達をするあたり、俊は生真面目と言うべきなのだろうか。

『あ、あとアニソンカバーの方は、ちょっとだけコミケの方に委託してあるので、ブログの方も見ていただけたらなと』

 畑違いの場所になるが、それでも売り切れるのではないか。


 来年は、さらに飛躍の年になる。いや、しなければいけない。

『ツアーとかもしたいんですけど、うちは学生が三人もいるんで、なかなか合わないんですよね。ただ春休みには幾つかする予定になってます。対バンライブに招かれる形ですけど』

 そこでも歓声が上がるあたり、ひょっとしたらこの中には地方から出てきている客も多いのかもしれない。

 年末なのだ。いつもと客層が違ってもおかしくはない。

『他にもいろいろ、イベント会社の人にも相談に乗ってもらってるし、インディーズからかかってる声も検討中なんで、もっと音が届くようになればいいな、と思ってます』

 本当に、ノイズはその基礎の部分に、浮ついたところがない。

 俊がそういう姿勢でいるからこそ、他にも信用されるのかもしれない。


『じゃあ、次はオリジナル行きます。砂の地平線』

 バラードに近いながらも、音の選び方は奇妙に不安になる。

 アレクサンドライトと同じ曲調ではあるが、あちらよりもさらに旅情を感じさせる。

 アルペジオの演奏が多いギター。

 ベースの音もそのままソロに聞こえる部分があり、盛り上げるよりも聴かせるための曲である。

 だがこれは、次で盛り上げるための、あえて抑えた部分。


 演奏の終わりには、盛り上がりを落ち着かせていた。

 そして次は、高難易度ギターのカバーを持ってくる。

『次は盛り上げます。GOD Knows!』

 リズミカルなドラムから、高速のギターへとつながっていく。

 テクニカルな演奏に、すぐにまたオーディエンスの熱量は上がっていった。

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