第98話 年末フェス

 今年の残りのイベントは、年末のフェスとコミケぐらいである。

 コミケに関しては、参加する側ではなく、売れているかどうかを確認する側になるが。

 フェスの方が先であるため、そこでも告知はする。

 フェスで歌う曲も、収録したカバー曲を一つ、また歌う予定である。

 ただ六曲しか歌わないのだから、もうオリジナルだけを歌ってもいいのだ。

 しかしノイズの方針というわけではないが、次に何をカバーしてくれるのかのドキドキ感が、人気の一つにはなっているらしい。


 あのワンマンライブ以降の、CDの売れ行きであるが、とても好調であった。

 通販分がすぐに売り切れて、またも再プレスしたという異例の事態になっている。

 このサブスク配信やダウンロード販売が主流の時代に、どうしてCDが売れるのか。

 それは一つには、レンタルされていない物だから、というのはあるだろう。

 PCを使えば普通に、内容をコピーして曲ごとのデータを取り出すことが出来る。

 しかしレンタルの流通には乗っていないのだ。


 CDのみならずPCゲームやDVDは、今でもデータが海賊版のように、ネットの中を流れている。

 だがそういったものはまず最初に、流す誰かがいるものなのだ。

 たったの1500枚であれば、流すことで何か利益を得ようというパターンになるのか。

 ただノイズのファンであるのなら、そのままCDを買うだろうし、曲が気に入ったのなら原曲は普通にネットに転がっている。

 そしてまたノイズの演奏を聞きたいのなら、やはりCDを買うことになる。


 さっさと配信をしてくれというアンケートの意見もあった。

 重要なのは利益を出すことと、さらなるファンを増やすこと。

 今のところネットで簡単に聴けるのは、月子がカバーしているものだけである。

 これは演奏が打ち込みであるため、ライブを知っている者からすると物足りない。

 そういう希少価値を高めることで、さらに人気は上昇している。


 俊はこの結果を見ていて、なんとなく今の自分たちがやっていることが、なんなのか分かってきた。

 これはブランド化である。

 ノイズの音楽を、CDを買って楽しむ。

 コスパもタイパも悪いこの行為を、楽しめることこそが贅沢。

 そこまで考えてこういう売り出し方をしたのではないのだが、結果としてそうなっている。

 強力なツインボーカルに、流行に喧嘩を売るようなギターソロの使い方。

 そしてリズム隊のグルーヴ感に、シンセサイザーによる多様な楽器のメロディ。


 基本的にはリードギターの強力な曲が多い。

 これを歌唱力の高いボーカル二人が、音階を大きく使って歌う。

 没入するような月子の表現力と、多彩な千歳の表現力。

 そしてハーモニーとなると、音の圧力が魂を貫いてくる。




 アンケートには次にカバーしてほしい曲なども、色々と書いてあったりもする。

「檄!帝国華撃団なんて、今さらだけど20世紀の曲だぞ……」

「女性ボーカルでハモらせて歌うと、なかなかいい感じになるよな」

「鳥の詩はやらないんですか、っていうのもあるな」

「もう、歌ってみたで月子が流してるしな」

「美少女ゲームでロックなら、夜が来るをやってほしいっていうのもあるな」

「この曲に合わせたサクラ大戦のMAD動画があるんだが……」


 ただ女性陣にはたいがい、美少女ゲーム系の音楽は不評である。

 音楽性が優れている曲もあるのだが、嫌なものは嫌、という感情のものらしい。 

 まあ10代の女の子たちは、潔癖なところがあるのかもしれない。

「GOD knows をガチで弾けるアッシュは天才だと思います。本当に高校生ですか?」

「読まなくていいから」

 ただこういった意見が反映されるのは、来年になってからである。

 今年のフェスの曲は、既に前からセットリストにして渡してあるからだ。


 カバー曲は定番、アルバムカバー、新曲カバーの三つで、残りはオリジナル。

 タフボーイ、GOD Knowsの二曲に、アニメカバーではない曲をする。

 なんでアニソンが受けるのかというのは、今の世相を見れば分かるだろう。

 事実上初音ミクから始まる、素人が音楽を編曲までしていくという時代。

 邦楽が停滞していたといわれていた時代から、ネットではこの動きは発展し続けていた。

 そして今は、ボカロP出身のミュージシャンが、相当数いて大きな企画を動かしている。

 日本で一番再生されているMVなどは、アニメ映画の主題歌をアニメの素材を使って作ったものだ。


 別にボカロ界隈から出た者でなくとも、今の流行というか成功の道は、アニメタイアップというものが多い。

 これはアニメの場合、スポンサーに大きなレコード会社がついている場合が多いということもある。

 俊としても将来的には、アニソンタイアップというものは選択肢の一つとしては考えている。

 そもそも小説などから着想を得て、歌詞や曲を作ることもある俊としては、相性はいいぐらいであるのだ。

 だがレーベルにすら所属していない今では、その機会はありえない。

 あるとすればプロデューサーが、一方的に気に入って依頼をしてくるという形になるだろうが、大人のしがらみが多い今の社会、それすらも難しいだろう。


「アニソンかあ。バンドアニメの演奏パート全て任されるとか、やったら面白いだろうね」

 千歳が本当に面白そうなことを言ったが、確かにアニメには歌唱パートは歌手が担当するというものがある。

 ただ歌える声優を使うという方が、主流ではあるだろう。

 かつてはサリエリあてにちょこちょことあった、楽曲提供の依頼が、最近は全くない。

 それは俊がバンドを組んだことで、作曲を全てそちらに回しているからである。

 別にボカロに歌わせて発表してもいいのだが、ネットとライブでは向いている表現が違う。

 また一枚絵のMVを作るのも、面倒なため最近はやっていないのだ。


 今はとにかく、バンド自体の音楽の土台を、しっかりと作っていく段階だ。

 その中でカバー曲のアレンジに力を入れすぎているかな、という自覚はある。

 だがこれで人気が取れているのも確かなのだ。




 いよいよ年末フェスである。

 意識するのを見せないようにしていた俊であったが、暁も千歳も変に動揺するところは見せない。

 1000人の入るハコでやる、今年最後のライブ。

 準備はしっかりとしてきた。

「インディーズデビューはしたといっても、事務所に所属もしてないのに、よく話がきたね」

「うちはそのあたり、全部俊さんがやってるんですけどね」

 暁は同じく参加する、クリムゾンローズのメンバーと話していたりもした。


 前日にセッティングやリハを行い、様々な調整も行う。

 大規模なハコであるので、事前の準備も大変であるのだ。

 夏のフェスでやった3000人規模のものに次ぐ、二番目の規模のフェスである。

 ただ今回は屋内であるので、夏よりも安定した条件で行える。

「最近はノイズと一緒にやりたいバンド、減ってるよね」

「え、何か嫌われることとか」

「いや、単純にトリ以外でやると、先に盛り上がりを見せ付けられちゃうから」

「あ~」

 確かにそういう感じはしている。


 トリを務めることは、確かに多くなってきている。

 300人規模のハコでも、だいたいはその順番だ。

 だからこそワンマンなどをやってみたのだ、という話にもなるが、着実に人気は高まり、知名度も上がってきている。

 ただメジャーシーンの雑誌や媒体などで、扱われることはあまりない。

 口コミのSNSなどで、その人気が拡大しているというところはある。


 なぜにここまでもったいつけるのか、という声も特に地方からは出てくる。

 普通に配信をしてくれれば、もっと売り切れ状態は防げるのではないかと。

 学生三人、特に高校生が二人いるために、地方ツアーをするのは難しい。

 打ち込みに月子だけのボーカルというのは、ある程度ネットで見られる。

 だがストリーミングやダウンロード配信など、どうして手を出さないのかが不思議なのだ。


 暁はあまり意識していないし、月子や千歳もそのあたりが分かっていないように思える。

 ただアンケートやSNSを見ていると、そういうメッセージがあることぐらいは、エゴサして分かるのだ。

 もったいぶっている、という見方もされている。

 だが経験豊富な栄二や信吾がそれに文句を言わないのだから、二人はちゃんと納得しているのだろう。

 そもそも暁も、大金を稼いだり、大規模な人気を得ることにそこまでの執着はない。

 ただひたすら、いい音楽を作りたいとは思っているが。


 それに俊も、何も考えていないわけではない。

 来年はミュージックビデオを作ってみるかという話もあったし、春休みにはツアーをしようかと、色々と交渉をしているらしい。

 リーダーだからといって、色々とやりすぎであるとは、ずっと暁も思っている。

「マネージャーがほしいなあ」

「インディーズでも、今ならいい条件で契約できるんじゃない?」

 クリムゾンローズ自体も、結局はメジャーレーベルとの契約を断念している。

 ただ彼女たちは三人全員がビジュアルも強いので、メジャー路線でタレント的に売って行くのも、間違いではないのだろう、などと俊は言っていた。




 音楽だけをやりたい、というのは贅沢なことなのだろう。

 ただ実力はちゃんとあるので、上手くそれを活かしていかないといけない。

 千歳の拾ってきたアニソンの中には、実力があるし曲もいいのに、その後に売れていないというミュージシャンがたくさんいた。

 実際は音楽業界で食べていけているのかもしれないが、少なくとも楽曲を発表しないようになっているミュージシャンはたくさんいる。

 スタジオミュージシャンなどになるのも、それはそれで狭き門だ。

 技術的にはライブバンドよりも、高いものを求められるのだから。


 暁はとにかく、死ぬまでギターを弾いていたい。

 ギターが弾けなくなった時が、自分が死ぬ時だと思っている。

 ノイズのメンバーの中では、そこまで音楽に耽溺しているのは、俊ぐらいであろう。

 月子はもっと、ただ生きていくために必死であるし、栄二はあるていどの保身を考えている。

 信吾としては音楽以外にも女癖の悪さが、時々見受けられる。

 千歳はまだ、音楽に人生を捧げる覚悟などは出来ていなさそうだ。


 誰もが何者かになりたいのだ。

 暁の場合は、それよりもギターを弾き続けることの方が大事だが。

 それでも反応をもらいたくて、俊たちと出会った。

 その俊はかなり貪欲に、音楽的な成功を求めている。


 俗物なところがある、と自分では思っているらしい。

 実際にどうやら儲けられるか、ということは考えているし、交渉などもしている。

 あれはむしろ、俗物的なところを見せようとしているが、実際には音楽に取り付かれている。

 そんな俊であるからこそ、暁も信用してバンドの方向性を任せているのだ。


 ある程度のブランド化には、成功した。

 こういう形になるとは、俊自身も思っていなかったらしい。

 今は知る人ぞ知る、というバンドは少なくなってきている時代だ。

 ネットの拡散によって、すぐにその神秘性は薄れていく。

(ツキちゃんの顔を隠すのを続けてるあたりも、その手段の一つなのかな)

「次、ノイズさんお願いしまーす!」

 スタッフに呼ばれて、暁はメンバーたちのところへ向かう。

 その背中を見つめるクリムゾンローズの目には、わずかながら嫉妬の感情が混じっていた。

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