第96話 イヴの夜

 クリスマスと言いながら、盛り上がるのはクリスマス・イヴである。

 聖夜と言いながら日本では、男女の交わいが最も多くなるという夜。

 それなりに女にだらしないように見える信吾が、むしろ嬉々としてこちらに来るというのは、どうにも不自然であると思う人間もいる。

「イヴに会うとなると、どうしても誰か一人に特別感が出るからな。それよりはバンドメンバーの集まりって言ってた方が気持ちも楽だ」

 俊にそう言ってしまうあたり、信吾は気を許しているのだろうが、普通に最低である。

 だが俊はミュージシャンとしてさえちゃんとしていれば、信吾の女関係など、心の底からどうでもいい。

 逆に信吾は、女が苦手そうにさえ見える俊は、そもそも性欲があるのかと思ったりもするのだが。

 月子たちを見つめる俊の視線は、人間ではなく楽器を見つめているように感じることもある。

 もっともそれは、男のメンバーに対しても一緒だ。


 食事に飲み物までそろえて、完全にパーティーのノリである。

 だが案外こうやって、本当のパーティーをしている人間はいなかったりする。

 意外と言ってはなんだろうが、月子はこういうものを多く経験している。

 ただ山形にいた頃までは、あまりやっていなかったそうだが。

 京都の叔母に引き取られてからは、東京にまで作家仲間のパーティーに連れてきてもらっていたらしい。

 なので東京にはずっと、憧れがあったというわけだ。


 その叔母である槙子は、むしろ月子にそういう仲間が出来たことを、喜んでくれたらしい。

 あちらはあちらで、普通に集まっているそうだが。

 しかしそれなりの年齢になった大人が、仲間内だけで集まるというのは、ちょっとあれではないのか。

 元は家族で過ごすのが欧米流なので、それはそれでいいのかもしれないが。

「けっこう酒買ってきたんだな」

「俺は普段飲まないからな」

 女性陣はまだ月子でも20歳未満なので、アルコールは厳禁である。

 正直なところ、月子が飲んでも別に構わないと俊は思っているが。

 ドラッグをするのが元のロックスターなのだから、ちょっとぐらいのアルコールに文句はない。

「だけどボーカルは強い酒で喉を焼くなよ。それは商売道具なんだから」

 俊の価値観は一貫している。


 酒を飲むこと自体を止めるほど、この場に遵法精神の高い人間はいない。

 俊などは常に脱税の方法を考えている人間だし、音楽で成功することの次ぐらいには、音楽で稼ぎたいと思っている。

 女性陣は、ちょっと背伸びをしたいお年頃が多い。

 もっとも暁と千歳は、酔っ払った状態で帰すわけにはいかないが。

「来年はクリスマスにワンマンやりたいな。1000人ぐらいのハコで」

 陽キャのようなことを俊は言うが、純粋にそれぐらいにはなりたい。

「あとは年末に幕張とか?」

「あ~、いいな」

 信吾の言葉にも、シャンパンでほろ酔いの俊は応じる。




 まだ数日、今年は残っている。

 それこそ1000人規模のハコのフェスで、演奏する予定なのだ。

 年明けにもいくつか、ライブの予定は入っている。

「学生組が春休みになったら、ツアーとかもしてみたいんだけどな」

「あ、あたし夏はあれに出たい!」

 暁が望むのは、日本最大規模のロックの祭典である。

 確かにあれは、一つのバンドのランクの目安と言ってもいいだろう。


 高校二年の夏休みとなると、それはもう遊ぶための時期である。

 俊はもうその頃には、将来のことを決めていたが。

「海とかでやってるフェスってないの?」

「そりゃあるけどな」

 俊がやりたいのは、とりあえず地方でのライブだ。

 東京ではそれなりに集められるというのは、もう確認できている。

 だがこれだけでは、まだまだ足りないのだ。


 俊の自分自身の目標としては、30年後や40年後にも歌われる曲を作ることだ。

 一曲でもそういうものが出来れば、不労所得である程度の金が毎年入ってくる。

 だがそんな曲が、そうそう作れるはずもない。

 ただ一発屋と言われるミュージシャンでも、本当にその一曲だけで、相当に長く食っていくという例はないではない。


 結局は音楽活動の話になり、クリスマスと言うよりは少し早めの忘年会、とでも言えそうな展開になってきている。

 フェスでやる六曲は決まっているし、ちょっとハコが大きい分演出も色々と出来るようになっている。

 そのあたりはイベンターとライブハウスの提案に、こちらが乗ることになる。

 ただこういうことも経験を積んでいけば、自分たちでやることが出来るようになる。

 もちろんこれ以上の負担を、今の俊が受け持つわけにはいかない。


 いっそのこと作曲作詞とマネジメントに全てをかけるか、ということも考えるのだが、打ち込みの調整を演奏の中でするのも、シンセサイザーを操作するのも俊である。

 ひたすら歌唱力に全振りの月子と、まだまだ演奏までが限界の千歳と違い、暁などは自分の分のセッティングまでは出来る。

 ただ彼女は彼女で、ギター周りの技術に全振りである。

 極端な人間二人と、未熟者をカバーする。

 ノイズというのは、そういうバンドではあるのだろう。

(のんびりするわけにもいかないが、焦ってもどうしようもないこともあるか)

 千歳は初心者であるのだし、これが補助なくやれるようになるまで、どれぐらいかかるか。


 売れるようになっても、そこからどんどん進化するか、変化していかなければいけない。

 既にある程度、聞き苦しくない程度には、千歳も上手くなった。

 だがあとは練習と本番で、どれだけ技術を上げて経験を積んでいくかだ。

 ライブというのはある程度、経験の蓄積でどうにかするところがある。

「なんか難しい話になってきたなあ」

 そう言った千歳であるが、難しい話ではなく真剣な話をしていたのだ。

 しかしクリスマスはもっと、騒ぐものであるかもしれない。

「いつもはやらないようなの歌ってみたいな」

「お~け~、弾くよ~」

 そう言って立ち上がった暁は、いつの間にか完全に酔っ払っていた。

「おま、高校生が何を飲んでんだ!」

「え、あれ? 甘かったから」

 度数の弱いシャンパンで、酔っ払ってしまったらしい。


 月子と千歳はアルコールによる喉焼けを、一応は注意していた。

 だが暁はノーマークであったのだ。

 そもそも酒というものは、美味いから飲むと言うよりは、酔うために飲むものだ。

「アルコールの匂いのまんま、家に帰すわけにもいかないよな」

「だいじょうぶ~、お父さん明日もまだ帰ってこないから~」

 それならこのまま、月子のベッドにでも一緒に寝てもらえばいいか。




 結局クリスマスだというのに、音楽をしているノイズのメンバー。

 ただノリノリで歌う千歳の選曲は、完全にオーディエンスを無視したものとなる。

 そして暁も酔っ払ったまま、ギターを弾いていく。

「かめんら~いだ~ぶら~っく! あーるえっくす!」

 昭和から平成をまたいで放送された、仮面ライダーBLACK RXの主題歌が最初に歌われた。

「じゃあわたしは、鬼束ちひろの月光」

 歌唱力に振ったバラードというか、いまだにカラオケなどでは歌われるし、歌ってみたでカバーされていることも多い曲だ。


 俊としても気になった曲を流してみる。

「お前ら、これって歌えるか?」

 流した曲は男女のツインボーカルであったが、女性側の声があまりにも特徴的すぎる。

「あ~、これね」

 千歳は知っていたが、ちょっと歌えたとしても、雰囲気が大きく変わってしまうだろう。

 歌えることはもちろん歌えるが、曲のイメージを損なってしまうのではないか。

 男性ボーカルの方を千歳が歌って、女性ボーカルパートはいっそのこと、月子がとんでもないハイトーンで歌えば、新しい世界観で歌えるかもしれない。


「あのさあ、俊さんもギター弾いて、モザイクロールとかカバーしてみない?」

「あれか。打ち込みにして、お前ら二人のギターの方がいいんじゃないか?」

 ボカロPをやっていた俊は、普通なら人間では歌えない、というような曲があることを知っている。 

 モザイクロールはそこまで無茶な曲ではないが、とんでもないハイトーンにまで音階を使っていったり、息継ぎがなかったり、早口の歌詞があったりする曲は知っている。

 だがノイズであれば少なくとも、ノンブレスの曲は二人で分け合えばいいだけだ。

 音階にしても低音を千歳、高音を月子が歌えばどうにかなる。

 早口言葉だけは、ちょっと難しいとは思う。


 ついでとばかりに、俊はまた一曲流す。

「アニソン?」

「あたしは知らないなあ」

「アニソンっぽいけど、ちょっと分からない」

 千歳も知らないし、信吾も知らない。

 だがイラストは明らかに、アニメであろうと思うものなのだ。

「けっこうPVは回ってるな」

 Yourtubeの再生数に、信吾は注目する。


 なかなか近いところであるのだが、世の中にはもっとマニアックな部分があるではないか。

「これは元は、エロゲーのOP曲だった」

「「「……」」」

 女性陣からの視線が鋭いが、ただこれが美少女ゲームの曲であると言うのか。

「なんだか、曲調がかなり、壮大な感じがするんだけど」

「まあ今の世の中、元がエロゲーでも大きなコンテンツになってる作品はあるからな」 

 信吾はそう言うが、美少女ゲーム市場が強い影響力を持っていたのは、20世紀終盤から、00年代半ばぐらいと言える。

「女性ボーカル二人で歌うと良さそうだね」

 そう言いながらさっそく、暁がギターを爪弾きだす。

 クリスマス・イヴの夜はそれなりに楽しく過ぎていったのであった。

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