第95話 年末のイベント
年末のフェスに向けてのレッスンが佳境を迎えている。
1000人入るハコで、六曲を演奏する予定である。
トリではないのでアンコール用の曲は用意する必要はない。
「ちなみに今回もある程度出演料は出てるからな」
六人で分けたら、さほどの金額にもならないが。
それでも高校生にはかなりのお小遣いになった。
俊としては自分が作詞作曲分で、他のメンバーより金銭を得ていることは分かっている。
だがスタジオ代に下宿代、また機材の維持費などを考えれば、一番自分が持ち出しているのでは、という気はする。
来年からの方針についても、いろいろと考えておきたい。
「あのさ、今さらなんだけど、聞いていい?」
千歳がそう言ってきたが、彼女は時折本質的なところを質問してくるので侮れない。
「あたしって、才能あるのかな?」
本当に今さらであるが、面白い質問ではある。
俊などは最近、才能というものは存在しないのでは、と思うようになってきつつある。
かつては自分の才能のなさに、絶望するような思いであったが。
たとえば素質というものならば、はっきりと分かるものだ。
「また面白いこと言ってくるな」
信吾や栄二などは、苦笑してしまっている。
才能は確かに、ある程度はあるのだろう。
どこかどうしようもなく、超えられない壁というのは、感じることがある。
しかし才能があっても、いい曲やいい詩が作れるわけではない。
「とりあえずギターに関しては、始めて一年もしていない割には、かなり上手くなってる」
周囲が、特に暁が上手すぎるため、あまりそういう実感はないのだろうが。
「信吾からするとどう思う?」
「少なくとも上達速度は早いと思う。まだまだだけどな」
暁にしごかれて、スタジオでも相当に練習しているのだから、ある程度までは上達するのは間違いない。
ただ上手く演奏するという段階であって、まだ何かを表現するという段階ではないな、とも思っている。
「それで、暁先生から見たらどうだ?」
おそらく楽器によって何かを表現するという点では、暁がこの中で一番優れている。
そもそもギターという楽器が、そういう性質のものとなっているのだ。
「う~ん……あたしはギターに関しては、才能がどうとか考えたことないから……」
生まれたときからギターの上手い父がいて、子供の頃から上手い人間ばかりが周囲にいた。
確かに技術の優劣というのはあるし、表現力やパフォーマンスというのはある。
だが結局ギターというのは、フィーリングが全てではないか、とも思う。
下手くそでも、一生懸命やる方が、胸を打つことがある。
暁の場合は難しいものでも弾けるのは当たり前で、問題はさらにその先にあるのだが。
音を歪ませるというのは、単純に楽譜から見れば、ずれていることになる。
だがギターという楽器には、音をもっと微調整して出すことが出来る機能がついているのだ。
それをどう使っていくか、が表現力ではなかろうか。
チューニングをわざと少しずらすとか、エフェクターで特徴をつけるとか、そういうものだ。
「遊ぶのがギターなのかなあ」
遊んで楽しくというのが、暁の根底にある。
圧倒的な技術は、まずあって当たり前のものなのである。
ギターに関してはそういうレベルだ。
ツインリードで自由自在に遊ぶには、まだまだ遠い話であろう。
「でもボーカリストとしての資質はえぐいからね」
「それははっきりと分かる」
月子の言葉に、俊も頷く。
「でもツキちゃんの方が上なんでしょ?」
「いや、それもちょっと違うんだよな」
千歳の言葉を、俊はすぐに否定する。
シンガーとしての特徴を言うならば、月子の方がはっきりとしている。
しかし千歳がそれより下、ということは絶対にない。
透明感がありながらも、太く厚みのある月子の声。
それが高音に抜けていくと、観客を貫いていくような力になる。
フェイクの安定感というのは、民謡が明らかにベースとなっている。
だが根本的に月子は、器用になんでも歌う、というタイプではないのだ。
特に分かりやすいのは、アイドルソングを歌った時だ。
アイドルソングも色々とあるので、ひとまとめにするのは乱暴な話だ。
しかしとりあえず千歳は、声質の表現幅が広い。
ピッチを外すことがないという基本的なことも出来ているし、月子のように歌唱力で問答無用にぶん殴るということもしない。
感情の色を上手く変えて、歌詞に乗せて歌っていく。
表現力の幅が、月子よりも広いのだ。
アメリカのディーヴァとか言われる、いわゆる歌姫ならば月子であろう。
だが本来のバンドボーカルで、様々なタイプを歌うならば千歳だ。
事実誰でも歌える歌を歌うなら、千歳の方が上手く思える場合もある。
「作曲や作詞を考える時も、俺はメインに月子を考える場合は、月子に合わせて作っている。とにかく面白さだけを追及した場合、千歳がメインになることがあるからな」
「そういうことはもっとちゃんと言って、誉めてくれないと」
別にこれは誉めているわけでもないのだが。
俊は最初に、月子に合わせて曲を作ろうとした。
月子から受けたインスピレーションに従って、ノイジーガールは完成した。
千歳はそれを、さらに上手く拡大していくボーカルであった。
ピンでも月子は歌えるが、千歳はバンドの中の方がいい。
もっとも千歳も千歳で、ピンで歌っていける曲はある。
あとは単純に、本来男性ボーカルで歌う曲は、千歳の方が上手く歌うことが多い。
カラオケで熱唱する曲は千歳の方が多いのだ。
レッスンも終わり、年末の話になってくる。
もちろんフェスが一番、重要なことではある。
ただその前に、年末であるとイベントがあったりもする。
そう、クリスマスだ。
「せっかくなんだからさあ、パーティーとかしない?」
こういう当たり前のことを、当たり前のように提案してくるのは、一番感性が一般人に近い千歳である。
この中でクリスマスに縁がありそうなのは所帯持ちの栄二に加えて、女性陣に見えないようにはしているが、女の家を訪れることの多い信吾であろう。
ただ逆に信吾は、そういう寄生先をいくつか持っているため、特定の誰かと過ごすのは難しい。
「俺は仕事があるからなあ」
一応ノイズの一員ではあるが、フリーでも仕事を受けている栄二は、まさにクリスマスのイベントでバックミュージシャンとして仕事がある。
「俺ももう、バイトのシフト入れたからなあ。夜には帰ってこれるけど」
信吾は配達のアルバイトなので、夜までには終わるらしい。
「うちもお父さんが仕事……」
イベントのある日には、やはりミュージシャンもあちこちに駆り出されるらしい。
俊も母は帰ってこない。
ただ千歳にしても、同居している叔母などはどうなのか。
「クリスマスの予定はないの? とか言われたから、こういうこと言ってるんだけど」
ただ千歳はそれなりに友達も多いので、そういったところの集まりはないのだろうか。
「彼氏と一緒だとか、バイトを入れたとか、そういうのばっかなんだよ」
高校生なら集まって騒ぐだけでも、それなりに楽しそうな気はするが。
俊も中学生までは、珍しくも母親が帰ってきてくれることが多かったため、そこは不思議に思ったものだ。
ただ後に知ったことであるが、欧米ではクリスマスに子供を一人にするというのは、立派な虐待にあたるのだとか。
なのでとりあえず一人でどうにかなる高校生になるまでは、一緒にすごしていたということらしい。
このあたりは主に欧米圏で過ごす、母の価値観によるものであった。
今でもクリスマスには、カードぐらいは普通に贈ってくる。
欧米に無理に合わせる必要などない。
日本の場合はバレンタインと並んで、恋人同士の日であるからだ。
ただ欧米ではバレンタインはともかく、クリスマスは家族で過ごす日と言われている。
「家族じゃないが、まあ身内みたいなもんか」
俊としても納得である。
バンドメンバーというのは、あるいは家族よりも強い身内意識でつながることもあるだろう。
もっとも夫婦が離婚するように、バンドが解散するということもあるが。
しかし今は、それぞれがそれぞれを必要とする、仲間であり戦友である。
「じゃあ色々と準備して、パーティーとまではいかなくても、ちょっと豪勢な食事でもするか」
せっかくだし佳代も誘って、ちょっと男女バランスは悪いが、そういう関係でもないのだし。
佳代は佳代で、イラストレーターやデザインの人たちのパーティーに、お呼ばれしているようであった。
なので結局は栄二を除く、ノイズの五人が集まることとなる。
なんなら千歳の叔母も、と話だけはしたのだが、そこは若い者は若い者だけで、と言われてしまった。
実際のところは仕事の締め切りが迫っていたらしい。
「仕事か……」
俊もまた、色々とやりたいことがないわけではない。
しかしそれを一人でやるというのを、今後は変えていかないといけないだろう。
もっとも月子は事務作業に不向きのため、信吾に頼ることが多くなる。
場所は俊の家で、基本的にピザやケーキにチキンなどは、出来合いのものを買ってくることとなった。
下手に作ってもなんなので、まさにただ集まって騒ぐだけの日となる。
「こういうのもまあ、最初だけになるのかもしれないな」
信吾がそう言うのは、だいたいはバンドでも、クリスマスにはイベントに参加することが多かったからだ。
「栄二さんはそうだし、他のメンバーにも予定がありそうだから、わざわざ空けておいたんだよ」
「俺はともかくお前やアキは寂しく一人で過ごしたかもしれないな」
「……そうなったら二人で作曲でもしてたさ」
俊はそろそろ、他のメンバーにも作詞や作曲を振っていきたいのだ。
最終的なアレンジに関しては、俊が行うのはこれまで通り。
だが信吾や暁あたりなら、作詞はともかく作曲はある程度出来ると思う。
すると著作権印税がそちらに発生するため、今のような俊の独占体制がなくなる。
そちらの方がバンド内でのバランスがいいと、俊は考えている。
「クリスマスに、男女二人でか?」
「……ああ、そう言われるとちょっとまずそうだな」
もっとも言われるまでは、意識すらしていなかった。
それに今なら月子もいる。
「月子とアキが二人で遊びに行って、俺は寂しく作詞作曲だったかもな」
「うわあ……」
信吾に同情の視線を向けられたが、とりあえず今年のクリスマスは、孤独に過ごさなくてもよさそうな俊であった。
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