七章 インディーズ

第94話 売れたい!

 どうやったら売れるのか。

 人気を上げて、実力もついて、ファンが物販を買ってくれる。

 確実にいいルートは進んでいるはずなのに、収入が安定しない。

 やはりこういったことは、作詞作曲に演奏といったものとは、別の才能が必要になるのか。

(宣伝が不足しているのか?)

 ただファーストアルバムもカバーアルバムも、共通していることは一つだけ。

 想像以上に求められている。


 5000枚といったシェヘラザードの提案に、随分強気だなと俊は思った。

 だが実際にはその分は普通に売れて、二度再プレスしている。

 一応手元の物販や、挨拶代わりのものとして、10枚程度は常にストックはしてある。

 一時期のアイドルのように、一人が何枚ものCDを買うという馬鹿らしさはない。


 次はアニソンカバーというところで、1500枚でオーダーした。

 シェヘラザードはこちらの方には、あまり乗り気ではなかった。

 レコーディングの資金を自分たちで集めたのも、そのためである。

 だが少なくとも、ワンマンの会場に持ってきたものは全部売れてしまった。

 電話はともかく、この売上については、シェヘラザードへもメッセージを送っておいた。


 予想以上に売れていて、直販で売ればもっと儲かるのに、安全マージンを取りすぎて、レーベルに任せてしまっている。

 300枚は持ってきても売れたのでは、と販売スタッフを頼んだ友人は言っていた。

(宣伝じゃないな。これはマーケティングなのか? さすがに専門外な気がするぞ)

 冷静に考えていくと、どうしても戦略的に売っていくための知識が必要となる。

 だがそれは自分一人で考えていくことなのか。


 考えるリソースが足りない。

 どうせなら年末年始、高校生組が動きやすい時に、地方へのツアーなどを考えていればよかった。

 だがワンマンライブ、カバーアルバム、フェスへの参加と考えることが多すぎて、先のことを見られていない。

 もちろん来年も、ライブの予定は入っている。

 1000人規模のハコでのブッキングも、向こうから依頼が来ていたりもする。

 いや、そもそもその、依頼の量がもんだいなのだ。


 地方で人気のバンドなどが、東京でやろうという場合、自分たちだけでは人が集まらないと思ったりする。

 すると東京の方でも人を集められるバンドにも声をかけ、ハコをガラガラにしないようにするのは当然だ。

 ただ俊はSNSを宣伝でしか使っていないし、ブログについてもQ&Aの部分はあるがメッセージを直接受け取るようにはしていない。

 対応するキャパシティが、完全に足りていないからだ。

 地方でのライブなどはむしろ、信吾や栄二の方が詳しいだろうから、その時になれば力を借りるだろう。

 とりあえずは年末のフェスについて注力すべきだ。

 しかしこのままではいけない。

 少なくとも月子と信吾が、音楽だけで食っていける程度には、収支を黒字にしなければいけない。


 俊の家に同居することで、二人が生活のために時間を使うことは少なくなった。

 練習すればするほど、さらにバンドが合っていくのが分かる。

 間違いなくこれは、恵まれた環境にある。

 それでもまだまだ、目指す先が遠い。




 こういったことは餅は餅屋ではないが、経歴から分かる人間に訊いて行く。

 父が生きていれば、おそらくスムーズに道を示してくれただろう。

(いや、時代が違いすぎるか)

 そういうわけで俊は、まず大学で岡町に話を聞いてみたのだ。


 日本最高のバンド、とも呼ばれていた時期もあったマジックアワー。

 リーダーの突然の事故死などによって、もはや伝説的に語られることも多い。

 元メンバーの中でも俊の父は、もっとも成功した人間と言ってもいいだろう。

 作曲作詞だけではなく、アーティストの総合的なプロデュース。

 しかし一人の天才が、当時のムーブメントを瞬時に破壊した。


 CDが売れている時代ではなくなったのだ。

 そもそも音楽自体が、あまり聴かれなくなったと言ってもいいのかもしれない。

 ボカロ界隈はある程度にぎわっていて、そこから大きな才能が飛び出した。

 ある程度の波はあるが、あそこは参入の障壁が一番小さいと言っていい。

 かつてのバンドブームと違って、維持費もあまりかからないのだ。

 こんな時代にロックをやるという方が、頭がおかしいのかもしれない。


「売れてるのに儲からないか……」

 俊から相談を受けた岡町も、難しい顔をする。

 そもそも音楽で稼ぐということが、今では難しくなってしまった。

 副業で音楽をやっていて、そこからプロになってしまったという人間が多い。

 もちろん今でも、アルバイトをしながらメジャーシーンを目指している人間はいる。

 だが純粋なバンドの活動であると、もうメジャーレーベルを選択する方が間違いだとさえ言える。


 時代の違いは、確かにあるのだ。

「俺らの頃はまだ、メジャーレーベルでガンガン広告つけて、CMでもガンガン流して、それで売っていたってところはあるしな」

 90年代はおおよそ、売上的には絶頂期と言っていいだろう。

 00年代も半ばほどまでは、その傾向がまだ残っている。

 ただ集団アイドル時代から、明らかに変な方向性に行っているな、と感じるようにはなった。

「90年代に活躍したバンドが、未だに一線であったりするしな」

 ただ俊の父はムーブメントを作り出せたが、それは長続きしなかったのだ。

「それこそお前らは、ムーブメントを作り出してるんじゃないか?」

 岡町としては、そんな感想を抱いたりしている。


 ノイズは俊がサリエリとして、数年活動してきたことは知られている。

 だが月子の登場は、本当に突然であったのだ。

 暁の登場も突然であり、そこから実力派バンドのメンバーがリズム隊となっている。

 そしてこれまたどこからか、千歳が出てきてフロントが完成した。

 フロントメンバー三人の新しさが、ただ新しいというだけでも、充分に売れる要素にはなっている。

 作曲作詞とバンドを支えるリズム隊は、実績のあるメンバー。

 バンドの華となるリードギターとボーカルは、新鮮な若手。

 いまだに月子の正体を隠していることも、ミステリアスさと思われたりしている。

 今の若者は消費するのが早いだけに、逆に隠されたものにずっとひきつけられているのだ。




 岡町からの話で、なんとなく俊は分かった気にはなった。

 そしてもう一つ、ノイズが人気になっている理由。

「お前ら、方向性の自由度がすごいだろ」

 基本的にはロックバンドであるのだが、カバーしている曲に節操がない。

 ただそれだけに逆に、いいと思った曲をそのまま、ジャンルに関係なく歌っている。

 コンテンツの消費速度が激しい現代では、どんどんと変わっていけることが強みである。

 もちろん変わらないことの強みも、それはそれとしてある。

 ローリングストーンズなどはその代表であろうし、日本でもサザンオールスターズを筆頭に、ミスターチルドレンやスピッツなどのライブバンドは長く残っている。

 もっとも、時代を変える若者に支持されるのは、ほとんどが新しいアーティストである。

 リバイバルブームなどというものもあるが、それはあくまでリバイバルだ。


 ノイズは洋楽もやる。グレイゴーストなどは知っている人が聞けば、ディープ・パープルのヒット曲を寄せ集めて再構成したものだと分かる。

 マイケル・ジャクソンのヒット曲もやるし、そしてアニソンもやる。

 歌唱力に全振りの曲などもやったし、バラードも普通にするし、ボカロ曲の歌ってみたを月子がやっている。

 70年代の曲もやっているし、そこにしっかりと音の厚みを加えている。

 アレンジが凄いのは、俊の才能だろうと岡町は考えている。


 どんどんと新しいものや、やっていないものにチャレンジしていくべきだろう。

 それはまさに若者の特権である。

 だがそういった音楽の方向性とは別に、売れなくてはいけないという意識を俊は持っている。

 ボカロPとして趣味でやるなら、それは俊の自由である。

 だが月子をユニットに引き込んだ時点で、ある程度の成功は絶対に必要になった。

 もっとも月子の実力であれば、俊だけと組まなくても、成功のしようはあったろうが。

 そしてやりたいことをやっていくうちに、バンドを組むことになって、バンドを組むからにはライブをやらなくてはいけなくなった。

 このあたりで俊のキャパシティを超えているのだと思う。


 俊の話を聞く限り、もう事務所のバックアップがないと、どうしようもないところにまで来ていると思う。

 幸いと言っていいのかどうか、レーベルが新たにインディーズを作ってまで、その第一号として売り出そうという話まで来ているのではないか。

 詳しい条件はともかく、それに乗らない手はないと岡町も思う。

 もっとも岡町自身は、時代が時代であったので、メジャー志向の人間であったが。

「年末のフェスは、それなりに規模が多いところだし、また接触があるんじゃないか?」

 そのあたり俊は、色々と考えることが多いのだ。


 単純にバンドとして売っていくなら、今はもうインディーズの方がいい。

 ただしメジャーの資本力というのも、それはそれで魅力的なのだ。

 最終的に世界的に知られるほどになろうと思えば、やはりメジャーのバックアップが必要になる。

 もちろん契約によって、ある程度縛られることは仕方がないが。

「あとは、高校生が二人いるっていうのも、難しいポイントなんじゃないか?」

 それはある。




 暁はともかく千歳が、果たしてどれだけプロ志望であるのか。

 そもそもプロとなって、どうやって活動していくのか理解しているのか。

 そのあたりの覚悟を、確認しなければいけない。

 暁はもう、あれはギターを弾いて生きていくしか、他に仕事は出来ない人間だと思うが。

 月子にしても、暁とは方向性は違うが、これで生きていくという覚悟は感じる。

 信吾と栄二は、今さら言うまでもない。


 そもそも俊の覚悟が定まっていないから、こんなことが問題になっているのではないか。

 覚悟自体は定まっているが、明確な方向性が見出せていない。

 ただ当初の予定とは、かなり変わってしまったため、それも無理はないとも言える。

 バンド内で話し合って、もっと他のメンバーの知恵も借りるべきだろう。

 俊はリーダーではあっても、ワンマンではないのだ。

 特に栄二などは、それなりに会社のスタジオミュージシャンとして給料を貰っていたため、内部事情にも詳しいだろう。


 スタジオミュージシャンという点なら、暁の父である保も、それこそ二十年ほどはやっている。

 そちらの方からも話は聞くべきであろうし、まだまだ伝手はあるのだ。

 今は方向性と言うよりは、方針を考えるべきである。

 たとえばラジオなどでは、ノイジーガールが圧倒的であるが、他の曲もリクエストで流れることがある。

 バンドとして活動して半年ほどで、それぐらいの知名度は手に入れたのだ。

 この知名度をどうやって、金に変えていくか。

 それはまた音楽とは、別の才能になるであろう。

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