第91話 パッション 3

 技術的にはそれほどひどく難しいことをするわけではない。

 またコード進行も正統派のものだ。

 それだけに逆に、失敗したら笑いものなのだが。

『ロビンソン』

 暁はオーバーなリアクションもなく、正確にピッキングをしていく。

 アルペジオのイントロから始まる曲は、月子のハイトーンボイスともよく合う。


 ギターイントロに入っていっても、この曲には攻撃的な印象がない。

 そのくせメロディが自然と体に染みていく。

 不思議な曲であるが、暁などはこの曲を、ポップすぎて逆にロック、などと言っている。

 月子の歌は変に力を入れることもなく、伸びやかに届いていく。

 ライブハウスの熱気を、一度鎮めるのだ。

 ずっとハイテンションのままでは、二時間の長丁場はこなせない。


 バンドにもオーディエンスにも、少し息が入る。

 だが落ち着かせたからには、次はもう一度盛り上げていく必要がある。

『ロビンソンはノイズが初めてのライブでやったんですけど、あの時とはかなりメンバーも増えました。この曲やるだけなら、MCやってる俺がいらないんですよね』

 わずかに笑いが洩れた。いい感じだ。

 凶暴で攻撃的で、熱狂的。

 ロックがそんなものばかりであっていいわけがない。


 そうは思うが次は、まさに暴力の支配するかのようなセレクション。

『え~、次の曲は本当にマイナーで、どっから持ってきたんだって言われるけど、だいたいトワが持ってきてるんで』

 また少し笑いが洩れるが、事実なので仕方がない。

『責任とって、トワに歌ってもらいます。Reckless fire』

 早いテンポのギターとドラムから入る。

 この先のギターの入り方が、意外と繊細で難しい。

 ただギュリギュリしていて、暁には気持ちがいい。


 月子はここで、完全にお休みである。

 元が男性ボーカルの曲ということもあるが、月子の表現力では楽曲に合わないのだ。

 合うまでアレンジをしてもいいのだが、千歳一人で歌いきることが出来る。

 ただ歌詞の熱量などで、相当のエネルギーを消耗するだろう。

 ギター演奏とボーカルを両方するのは、今の千歳ではかなり苦しい。 

 しかもこの曲は、6分以上あるバージョンなのだ。

 なのである程度は打ち込みを使って、管楽器パートを無理にギターにアレンジするのは最低限にしてある。


 男性ボーカルが合いそうな、しかも粘りある楽曲であるが、千歳なら上手く歌える。

 不思議なことに千歳は、お手本さえあればそれに合わせて、男性的な色気を出して歌うことも出来るのだ。

 小器用であるのか、それとも才能の一種なのか。

 少なくとも月子には、同じような真似は出来ない。

 一点突破型のボーカルではない、万能性が千歳の魅力である。




 ようやくライブも半分が過ぎた。

 やたらカバーが多かったが、今度は千歳を休ませるために、オリジナルである「砂の地平線」を月子が歌う。

 曲のパターンとしては、アレクサンドライトと似たタイプである。

 声域の広い月子が、その限界近くまでのハイトーンで歌う。

 最初から月子の声を想定して、作られた曲である。

 ただ千歳も低音域で、コーラスをする部分があったりする。


 まだ体力の残っているうちに、カロリーの必要な曲は終わらせておかないといけない。

 フロントの三人はとにかく、汗をかきながら演奏をしている。

 三人が走り過ぎないように、コントロールしている栄二も、それとは別の疲労を感じてはいる。

 だが多くの大舞台を経験してきた彼は、上手く力を抜いて、それでいながら三人が走り過ぎないようにコントロールしている。

 バンドはベースとドラムが土台となっているが、特に上手いドラムというのは本当に少ない。


『オリジナル、砂の地平線でした。それじゃあ次に、またロックなアニソン行きます。北斗の拳から「愛をとりもどせ」』

 今ではかなりの人間が勘違いしていたりもするが、タフ・ボーイは北斗の拳2の主題歌である。

 物語としてはここで完結しているではないか、と言われる1の主題歌は主に愛をとりもどせがOPなのだ。

 こちらはツインボーカルであるクリスタルキング曲であり、オリコンでの順位はタフボーイと同じく奮わなかった。

 だがカバーは多く、タフボーイがメタル系であるとしたら、こちらはゴリゴリのハードロックであろう。

 昭和のアニソン名曲であると、むしろタフボーイよりこちらが入っていることが多かったりもする。


 ギターイントロにシンセサイザーとドラムを上手く合わせて、曲がスタートする。

 最初のパートは千歳が歌うが、コーラスは月子だけではなく、暁も少しだけ声を入れる。

 そしてキーが上がっていって、月子のパートへと。

 ハイトーンボーカルは声の色の変化で、曲調も変わっていく。

 激しいものから、どこか哀しみを湛えたものへと。

 最後までギターの目立つ、分かりやすいロックである。


 ツインボーカルのハーモニーが、見事に活かされた一曲であった。

『次も、80年代アニソンから一曲。なんでもアニソンが一般曲に近くなったのは、キャッツアイが最初らしいですね。ジャンプ作品にアイドルグループの歌をつけたり』

 ただし俊が選んだこれは、その中ではマイナーなものであろう。

 シティポップ路線ということで、これを選択したのだ。

 おそらくOPとして採用した、アニメのタイトルのほうは、かなりの人間が知っているだろうが。

『NIGHT OF SUMMER SIDE』

 ロックと言うよりは、明らかにPOPSである。

 だがツインボーカルでパートを分けて歌わせて、サビではハモらせる。

 これで一気に楽曲としての破壊力が増すのだ。


 極論してしまえば、ボーカルの力があれば、バンドは成立する。

 重要なのはそれをどう活かし、サポートするか。

 まだ若い二人のボーカルに、この曲の空気を感じることは、かなり難しいだろう。

 時代性というものもあるのだ。




 ここからは二曲、オリジナルが入る。

 ディープ・パープルの初期作をまとめたような曲は、グレイゴースト。

 ちなみに名前をつけてから調べてみたら、同名の異名を持つサラブレッドがいたりする。

 ネイティヴダンサーというアメリカの競走馬で、戦績は22戦21勝2着一回というもので、とんでもない化物である。

 日本ではオグリキャップの祖父と言えば、分かる人間は多いかもしれない。

 これは暁がノリノリで演奏するための曲で、まさにリードギターのテクニックとフィーリングが勝負となるものだ。


 そして次がツインボーカルを意識して作った二人歩き。

 同名の曲があったりもするのだが、タイトルかぶりは楽曲なら普通にある。

『オリジナル二曲、こちらプレスしたアルバムに入ってますんで。まだ少しだけ在庫あるんで、今日の物販としてよろしかったらどうぞ』

 とは言っても、ここまでワンマンに来てくれているようなファンなら、もう買ってくれているであろうが。

『じゃあまた、カバーいきます。せっかく女性のつよつよボーカルがいるということでDon't say“lazy”』

 これもまた、色々な点でアニソンの歴史に残っている曲である。

 だが曲自体は、ごく正統派のロックであることは間違いない。

 

 エフェクターをガンガンときかせて、暁が音を歪ませる。

 だがころころと切り替えて、難しいところを全て引き受ける。

 アレンジでコーラスを入れているところは、千歳がメインで歌う。

 だがおおよそはハーモニーで歌っていると、声の重さと厚みが違う。

 女性ツインボーカルで歌うと、こういうことになるのか。


 やっとライブも終わりが見えてきた。

 長時間のライブから離れていたのは、信吾や栄二も同じこと。

 フィーリングよりはテクニックでシンセサイザーとPCを動かしていた俊も、また違う疲労を感じている。

(アンコールまで考えても、あと三曲)

 ただ思ったより、時間が余っている。

 MCでもう少し時間を稼いだ方が良かったのかもしれない。

 こういったことはどうしても、場数をこなさなければ分からない。

(しんどいのは、せいぜいあと一曲だ)

 12月のライブハウスの中、感じている熱気はまさに真夏のごとくであった。




×××




 解説

 ロビンソン

 スピッツの代表作であり、ブレイク曲。

 Wikiでの発売順を見ると「空も飛べるはず」がオリコン一位で、これによってブレイクしたように見えるが、実はロビンソン以降にドラマ主題歌となって売れたので、ロビンソンがブレイク曲としては正しい。

 ロビンソンは95年に長期間オリコン上位にあり、単調だけど全く不快感がなく妙に耳に残るな、というのが当時の感想であった。空も飛べるはずが一位を取ったのは96年である。

 スピッツはちょっと意外だが、ロビンソンのロングヒットを迎えるまではオリコントップ10に入るまでにかなりの曲を発表していた。

 売れるまでにそこそこの時間がかかったというのは、今に至る長期間の人気を思うと不思議な感じもするが、下積みが長いバンドは活躍も長い印象がある。


 Reckless fire/スクライド

 特徴的なのは1~3番まである歌詞のうちのどれかを、話によって選択しOP映像なども変わるという演出であった。

 ジャンルとしてはSFバトルアクションだが、その能力はジョジョのスタンド系である。

 可愛い女の子キャラも出てくるのだが、基本的に男たちのどつき合いがメインの作品。

 クーガー兄貴の「速さが足りない!」のAAはネットのどこかで見た人間も多いであろう。

 10周年記念として、4番が加わったバージョンもある。


 愛をとりもどせ/北斗の拳

 北斗の拳の主題歌として超有名であるが、歌っているクリスタルキングも大都会などの超大ヒット作を持っているロックグループである。

 特に大都会のイントロ部分など、聞けばあれかと気づく人間は50代以上なら多いであろう。

 これも時代に早すぎたというか、北斗の拳レベルの作品のOPであるならば、大ヒットしていてもおかしくない。

 ちなみにその後のカラオケなどを含む著作権使用料ではかなり儲けている模様。

 カバーもたくさんされていて、80年代の空気を知っている人間でなければ分からない曲なのかもしれない。


 NIGHT OF SUMMER SIDE/きまぐれオレンジ☆ロード

 三つあるOP曲の最初のOPであるが、膨大なカットを持つ狂気のOP映像。

 なお三曲目の鏡の中のアクトレスも狂気のOP映像と言われているが、今の時代ではあまり分からないかもしれない。

 作品人気としてはメインヒロイン鮎川まどかのキャラ人気が凄まじく、当時ラブコメ路線で強かったサンデーに対抗できたラブコメの数少ない作品の一つ。

 タッチの朝倉南の正統派アイドル的な人気に対して、鮎川まどかはミステリアスでまさにきまぐれなところがあり、性癖を狂わされたのはむしろこちらの方が多いかもしれない。


 Don't say“lazy”/けいおん

 アニメけいおんの第一期ED。

 何がすごいかは色々とすごすぎるので、Wikiで調べてもらったらいいと思う。

 当時のけいおんブームはすごいもので、多くのオタクが楽器屋に走った。

 レスポール・スタンダードのヘリテージチェリーサンバーストカラーが爆発的に売れたとも言われている。

 もっとも作中でも言われるとおりに25万円と高かったため、似たようなもので妥協するしかなかった人もいるだろう。

 ちなみに現在で同じ物を買おうとすると、30万は普通に超える。ヒストリックコレクションだとしたら、さらに高いはずである。

 これを5万円にまでまけさせた紬は、いくらなんでも鬼畜である。

 つーかあの原作をあのアニメにした京アニの存在は、まさに奇跡。

 その後も良質の音楽アニメを作っていたものが、まさかあのようなことになるとは、間違いなく日本アニメ界の史上最悪の出来事であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る