第92話 パッション フィナーレ

 残りはアンコールも含めて三曲、の予定であった。

 だが少し時間が短くなるのが分かる。

 セットリストにない曲をやるにも、オリジナル以外は難しい。

 しかし、だらだらとMCで延ばすわけにもいかない。

 おそらく信吾と栄二は気づいている。

 気づいていて体力を温存していたのであろう。

 そしてフロントのガールズたちは、それに気づいていない。

 一曲増やしたとき、その負担に耐えられるのか。

 少なくとも練習でならば、まだもう少しはいけるはずだが。


 やるとしたらノイジーガールをやるのが一番無難というか、他のオリジナルはライブ未発表というものである。

 おそらくやってしまったら、上手く合わないのではないか。

 そもそもセットリストにないので、PAが上手く合わせてくれるか分からない。

(もう一曲ぐらい予備を用意しておくんだった)

 そう思っても、今さらどうにもならない。


 考える俊に対して、そっと信吾が近づいてくる。

「短くなってるんだよな?」

「悪い。MCの時間、短すぎた」

「このままセットリスト通りに演奏するしかないだろ。それでアンコールがかかったら、ノイジーガールやって終わろうぜ」

 あるいは、アンコールのラストにバラードを持ってきているので、アンコールがかからず終わるかもしれない。

「ちょっと月子たちにも伝えてくれ」

 信吾が伝達していく間に、俊は間を取る。

『そもそもノイズって最初は、俺とルナだけのユニットの予定だったんですよね。それがアッシュが加わって、それならライブやってみたいってなって』

 思えば遠くへきたものだ。

『もう二人に引っ張られてどうしようもなかったところに、栄二さんがヘルプで入ってくれて、そこで信吾が加わって』

 五人で普通なら、充分な数であったのだ。

『もうこの五人でいいやと思ってたんだけど、他のバンドで歌ってたトワがまあ、すごくいい声で歌っていて、臨時にセトリにもないアンコールに、トワを引き入れて歌っちゃって』

 あのライブは順番もぐちゃぐちゃになって、暁がヘルプにも入って、本当に崩壊しかけたものである。


 信吾がフロント三人と、栄二への伝達を終わらせる。ついでに暁からスタッフにも伝達した。

『六人そろってから、夏にはフェスにも出たし、今日はこうやって初めてワンマンライブも出来たし、年末にはまたフェスに参加で、いい感じで終われそうです』

 MCをぶった切るわけにもいかないのが、困ったところである。

 朝倉などがこういうのは、とても上手かったものだ。

 俊は真面目すぎるのである。

『来年は春か夏にでもツアーをしたいけど、とりあえずもっとたくさんの人に聞いてもらえるようにしたいです』

 こういう真面目さも、変に気取った尖り方をするよりは、よほどいいものであるが。

『それじゃあ、次はメロスのように、やります』

 このストレンジでも以前にやっている曲なので、歓声が湧いた。


 なんだか喋っている間に少し時間を使えたが、それでもまだ一曲分は時間がある。

 ドラムから、特徴的なイントロが始まる。

 ギターの歪みもそこそこで、暁もなかなか気に入っている。

 ツインボーカルのコーラスから始まる歌。

 この声の相性があるからこそ、俊はバンドを六人にまで増やしたのだ。

 単純にメジャーデビューなら、千歳は必要なかった。

 だが俊の頭の中の表現力を、人間でアウトプットするためには、どうしても必要だったと言える。


 俊はあまりアニメなどは見ない人間である。 

 レイズナーもOPぐらいしか確認していないのであるが、進撃の巨人は最後まで見た。

 メドレーを作るために、世界観を確認しておきたかったからだ。

 かなり現実に近い世界であるが、ダークファンタジーとでも言えばいいのだろうか。

 実はけいおんも見ていないのだが、それで問題があるとは思わない。

 基本的な嗜好が、日常系ではなくバトル系を好むのだが、ぼっち・ざ・ろっくは全部見ていたりする。

 ギターがなければ虫けら、という姿勢に共感したのかもしれない。

 音楽に自分のリソースを全て振っているというところが共通していると俊は思うのだが、彼の日常を見て似ているなどと思う人間はいないだろう。




 残り二曲。

 本来のアンコール用にラストとして残しておいたのは、secret base~君がくれたもの~である。

 バラード調であり、アンコールで弾いてライブを終わらせるには、相応しい曲であったろう。

 季節感がめちゃくちゃであるが、ラストの曲としてはいいと思える。

 すると残り一曲。

 各自が選んだ曲は、全てここまでに出ている。

 この曲は候補の中から、全員で話し合って決めたものである。

『残り二曲、まずはこの曲から。空色デイズ』

 完全にギターイントロから始まる、まさにロックとも言える曲。

 正統派アニメソングとでも言うべきなのであろうか。


 軽やかに暁は弾いていくが、とんとんとエフェクターの設定を変えて、ギターの音の色を変えている。

 一番を千歳が歌い、二番を月子が歌い、そしてそこからコーラスでハーモニーとなる。

 最強の楽器はボーカルである、ということを証明するかのように、二人の歌声が響いていく。

 しかし比較的新しいこの曲でさえ、暁や千歳が生まれる前の曲なのだ。

(00年代のアニソンは、すごいのが多いよな)

 俊はそう思っているが、実際のところはもうちょっと複雑である。


 80年代からアニソンは一般のPOPSで歌われるような曲が増え始めた。

 そして90年代などには、有名歌手とのタイアップも増えてくる。

 ここから合っていないタイアップよりも、といった感じでアニソン用のユニットや、声優によるアニソンが増えていく。

 この流れがおおよそ、2010代まで続いたと言っていいだろうか。

 その後はむしろ、アニソンタイアップこそが成功への道、という時代になっていく。


 2010年代は表の音楽シーンが、アイドルの曲で焼け野原になっていた。

 しかし地下では後に活躍するボカロPたちが育っていたのである。

 もちろんそれ以外のムーブメントも、今は大きな流れとなっている。

 ネットではVの歌い手が、多くの曲をカバーしていたりする。

 容姿の劣化しないVの歌い手というのは、まだ歴史こそ浅いが、新たなムーブブメントになるのかもしれない。

 俊の目指した、ボカロPとつよつよボーカルによるユニットというのも、本来はその流れに乗る予定であった。




 旋律の余韻の残る中、俊は最後のMCを行う。

『一応これがラストの曲となります。secret base~君がくれたもの~。これは夏のフェスで歌ったもので、来年の八月もまた、どこかのフェスで歌えたらなと思っています』

 完全に時期はずれではあるのだが、ライブのラストで歌うには、上手く終われる曲であるのだ。

『ちなみに今日、アニソン12曲も歌ってるんですけど、これ全部アニソンカバーとして発売したアルバムに入ってます。直販でも置いてますけど、通販でも対応しますんで、買ってくれたら嬉しいです』

 300人のハコに100枚のアルバムなのだから、まあ行き渡るだろう、と俊は考えている。

 その計算が間違いであると分かるのは、ライブが終わってからであるのだが。


 別れと再会の約束。

 夏の終わりに聞くのならば、最高レベルにしっとりとした曲である。

 季節感を無視しても、今年はもうすぐ終わりと考えると、来年もまたよろしくとなる、都合のいい曲である。

 これも女性ツインボーカルであると、ハーモニーが心地よく聞いてもらえる。

 ギターが種類によって音が変わるよりも、さらにボーカルの特徴というものは大きい。

 ボーカルこそがバンドの顔、と言われるゆえんである。


 切なさもしっかりとたたえて、曲が終わる。

 そしてメンバーはいったん撤収する。

 これで素直に終わるなら、それはそれでいいのだ。

 曲調からしても「これでラスト」という感じは大きかっただろう。

 しかし拍手が鳴り止まない。

 ステージ脇にはけてきたメンバーであるが、そこで俊は手を合わせていた。

「すまん、MCの時間が短すぎた」

「よくあることだな」

 栄二はそういって信吾も苦笑する。

 対して女性陣は、お互いの顔を見合わせる。


 一応説明は受けていたので、まだ体力が残っている。

 もっとも突然一曲増やすというのは、慣れた曲でなければ出来ない。

「アンコールのノイジーガール、大丈夫かな?」

 特にフロントメンバーは、体力の消耗が激しいであろう。

 だが何度も繰り返し演奏してきた曲は、体がもう憶えているものである。


 頷いた六人は、再びステージに立つ。

 そして俊はマイクに向いた。

『え~、実はアンコール用の曲が用意してなかったんで、一番慣れたやつをやらせてもらいます』

 思えばこの曲から始まったのだ。

『ノイズっていう名前の元にもなった、一番最初のユニットオリジナル、ノイジーガール、やります』

 それに返ってきた歓声は大きいもので、メンバーが顔を見合わせてタイミングを計る。


 栄二がスティックを叩き、そして暁のギターイントロから始まる。

 本来ならここはなかったのだが、ギターテクニックで引き込むために後から作ったもの。

 だがライブではもう、絶対にやるようになっている。

 完全版のノージーガールは、さらにツインボーカルも入っているのだ。

 初のワンマンライブの最後を飾るには、まさにこれが相応しかったであろう。

 本日最後の熱狂の中に、ノイズの演奏が響き渡っていった。




×××




 解説

 メロスのように-LONELY WAY-/蒼き流星SPTレイズナー

 聞けば分かるように名曲であり、カラオケでも普通に歌いやすい。

 既に作中でも二度ライブでやっているが、これは客からのアンケート結果が良かったからである。

 実は書いていないだけで、設定ではさらに数回やっている。

 原作も評判は良かったのだが、諸事情でスポンサーが下りてしまったため打ち切りになった。

 なお作中は人類が火星に進出しているが、普通にソ連が残っていたりする。

 後半は北斗の拳っぽい展開になって、エイジがトンファーを使うのを見た人も多いだろう。

 アイマスでカバーされていたりもして、主に女性の歌ってみたが多い。


 空色デイズ/天元突破グレンラガン

 OP曲。作中の前半は一番の歌詞、後半は二番の歌詞で歌われている。

 しょこたんのシングル曲で、オリコンでも長く上位に残っていた。

 作中のクライマックスシーンでも流れることが多く、紅白歌合戦でも歌われている。

 明るいノリの曲であるが、ストーリー自体はかなりハードな展開もある。

 グレンラガンはスパロボに出てくるとだいたい、終盤で主人公よりもはるかに強い形態になり、使い易さを比較するとイデオンよりも上の最強ロボと言えよう。

 純粋にロボットアニメの主人公機としては、だいたいこれが最強と言われる。

 スパロボに登場するとあまりの強さに「救済ユニット」などと呼ばれることもしばしばである。

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