第90話 パッション 2

 感情は上手く乗せていたが、エネルギーはそれほど使わない曲が終わった。

 ここでMCは入らない。

 メンバーの視線が俊に集まり、そして俊は頷く。

 ドラム、ベース、ギターの順で音が鳴らされる。

 そして千歳が叫んだ。

『YAH-YA!』

 フェスでもやった曲なので、知っている者は多いのかもしれない。

 あのステージにはおよそ、2500人ほどが集まっていたのだから。

「YAH-YA!」

 観客の方からも、呼応するように返って来る。

 甘いメロディと歌詞で聞かせた次は、声の暴力で殴り飛ばす。

『僕はこの! 瞳で! 嘘をつく!』

 暁のギターがギュンギュンと軽やかにイントロを弾いていく。


 二曲連続で、デュオ用の曲である。

 ただこちらは、圧倒的な歌唱力が必要となる。

 月子の声も先ほどとは違い、腹のそこから出しているように、高音で太く響いていく。

 オーディエンスの多くが、生まれる前に発表された曲である。

 だが二人の歌唱力の支配力は、ライブハウスの奥まで届く。


『今の曲は、夏のフェスでもやったもので、基本今日はカバーアルバムでやったの以外は、これまでカバーしたものが多くなります』

 12曲をアニソンでやるというのは、事前に決めてある。

 ただそれ以外にも、今日が初めてのカバーという曲もある。

『ギターのアッシュがやりたいと言った曲で、ポルノグラフィティのサウダージ!』

 ギターに思い切りエフェクトをかけまくる。

 ギター単体で終わらず、エフェクターまで使って遊ぶのが、暁のプレイスタイルだ。

 単純に技術だけで演奏するわけでもなく、とにかく楽しむ。

 ギター中毒の異名は伊達ではない。


 ドラムの役割が本来は少なく、また俊も大胆なアレンジなどはしていない。

(どうせエフェクトかけるなら、いつかはあれをやるぞ)

 前にも思っていたが、なかなか洋楽をやる機会というのがない。

 これまでマイケル・ジャクソンとディープ・パー^プルだけなのだが、実は千歳はマドンナを歌えたりする。

 いつの時代のマドンナか、と問われれば80年代となるので、こいつはどうしてアニソンに限らず古い曲ばかり持ってくるのだ、と思ったりもする。

 暁がピックアップにコインを使っているのも、ブライアン・メイの影響っぽくもあるが。

 基本的に60年代から70年代のハードロックが好きというのは、誰しもが通る道ではなかろうか。




 それにしてもワンマンライブというのは、終わりがなかなか見えないものだ。

 体力が練習に比べても、圧倒的に消耗する。

 練習とは違って、誰かに伝える、届ける音楽というのは、魂の燃焼を必要とする。

 そしてそれに対して、オーディエンスも全力で応えてくれるのだ。


 何かが伝わっていく。

 世界中のどの民族でも、音楽のない民族はない、などと言われたこともあっただろうか。

 だから音楽ならば、誰の心にも届いていくのではないか。

 そんな幻想が、60年代から70年代にかけては、一時的にだが本気で信じられたのだ。

 実際はそんな甘いものではない。

 イスラム教は明確に音楽を禁止しているわけではないが、一部に音楽は人を堕落させるとして、宗教的なもの以外を排除しようとする一派がいる。

 またキリスト教にしても、その他の宗教にしても、歴史的に地理的に見て、音楽を禁止していることがなくもない。


 俊が音楽に感じるのは、せいぜいがその自由さだ。

 神を賛美しようと、神を罵ろうと、自由であるのが音楽だ。

 そういった哲学的なことは、考えはしても口にはしない。

 なぜなら音楽は、理屈ではなく衝動であるべきだからだ。

 そのくせプログレの理解には、言葉の理屈が説明であったりするが。


 ここから、俊が珍しくもメインで演奏する部分が入る。

 ボーカル二人が、少し声を整えたところだ。

 次の曲は冒頭が、ピアノとストリングスから始まるロックなのである。

 シンセサイザーを生ピアノの音にするが、どうしても本当のピアノとは違うところがある。

 ならば打ち込みの方がいいのかもしれないが、生演奏はむしろ単純な正確さではない、音が生きていることに意味がある。

 よりアナログな方向に、人間の五感は働きやすいのかもしれない。


『声帯破壊の「IN MY DREAM」行きます』

 ピアノの音が終わるのと同時に、ギターの音が激しく響く。

 メロディーは同じであるのだが、完全に曲調が変わっていくのだ。

 ここのボーカルは最初の部分は千歳が歌う。

 語りかけるような、どこか粘りさえもある歌い方は、月子にはないものだ。

 これはかなり、天性の素質とでも言おうか、声質の問題である。


 そして高音域に入る。

 ボーカルは月子に代わり、ハイトーンで歌いだす。

 この音階の高さが、一般的に声帯レベルであると、喉を痛めるものなのだ。

 もっとも千歳はともかく、月子は自分一人だけでも歌える音階である。

 序盤の表現力の部分を、千歳に任せているのだ。


 千歳の声にもパワーがないわけではなく、むしろ表現の幅は広い。

 だが問答無用の貫通力は、月子の声の方が上だ。

 ボーカルが圧倒する。

 このあたりは千歳は、月子には絶対に敵わないと感じるところである。

 それがむしろ、彼女がギターに集中する理由になっていて、とても一年未満の初心者には思えないほど、既にある程度のレベルには達しているのだ。

 周りがすごすぎるため、本人もそれに気づいていないが。




 ライブは客との交感である。

 だが同時に、圧倒的なパワーを浴びせかけるものでもある。

 その熱量に熱狂するのだが、そんな曲ばかりをしていても疲れる。

 月子の歌うパートは短いため、比較的休みながら歌うことが出来た。

 だがペース配分は完全ではなく、わずかに息が切れている。


 ただ、選曲した順番はやはり都合が良かった。

 次も月子の圧倒的な声ではなく、千歳の表現力の方が効果的な歌である。

(思ったよりも、やっぱり疲れてるな)

 月子の音楽のルーツは民謡であり、彼女の年齢であるとおおよそ、それほど長く歌うことなどはない。

 それはアイドルになってからも同様で、やはりスタミナというものがないのだ。

 暁と一緒に倒れるまで演奏したファーストライブに比べれば、ずっとスタミナもついたし、ペース配分も出来るようになっている。

 だがそれでも、ワンマンライブであれば、これが初めての経験になるのだ。


『90年代のアニメは、もう有名歌手などとのタイアップも始まっていましたけど、オリジナルはまだまだ大物が歌うことは少なかった時代です』

 正直この曲は、もっと評価されてもいいのでは、と俊は思っている。

 ただ本当に、カラオケなどで歌うのは苦しい。

 90年代は既にカラオケ全盛期であったというから、そこで歌いやすいかどうかも、人気につながりやすかったのだろうか。

『じゃあ次はさらに遡って、80年代に行きます。タッチ』

 ギターイントロと小刻みなドラムから始まる。

 そしてドラムの連打。


 千歳がリズムを弾きながら、甘く歌い上げていく。

 どこか少年っぽく歌うこともできるし、もっと大人っぽく歌うことも出来る千歳は、ここでは年相応の歌い方。

 だれもが知っているこの曲であるが、主に暁のギターの音色が、かなり太く聞こえてくる。

 それに負けないだけの歌を、千歳が歌えるからであるが。

 月子はここでは、コーラスとバックコーラスに集中する。

 スポットライトが最もあたるのは、当然ながら千歳である。


 ライブハウスに来るような年代の人間であれば、日本人はほぼ100%、テレビが運動会で聞いている。

 カバー自体もそれほど難しくはなく、実際に多くの歌手がカバーをしている。

 だからこそボーカルの力がそのまま反映される。

 薄くなりかけるボーカルの部分を、しっかりと月子のコーラスとバックコーラスがカバーする。 

 メインを千歳が歌うというのは、この曲にはやはり合っている。

 バラードにアレンジしたら、むしろ月子の方が上手く歌ったりもするのだが。


 上手く月子は呼吸を整えることが出来た。

 ステージの上でも水分補給し、千歳もそれに倣う。

『え~、誰でも知ってる名曲アニソンでした。アニソンばかりもなんので、POPSの名曲もやっていきます』

 どうにか月子も回復しているが、他はどうなのか。

 千歳はそもそも、全力を出し切るという技術を持っていない。 

 暁にしてもこのあたりは、まだそれほどフルパワーで弾くようなものでもないだろう。

 ただ次は、暁を休ませるための曲になっている。




×××



 解説

 サウダージ

 ポルノグラフィティの代表曲の一つ。ラテンサウンドを使っているのが特徴的な曲。

 今となっては信じられないが、ポルノは当初アポロの一発屋ではないかと言われたらしい。このサウダージでオリコン一位を取って人気を不動のものとしたんじゃないかな、と思ったりもする。

 なお信吾のリクエストした「メリッサ」もポルノの曲である。あちらは鋼の錬金術師の旧アニメの第一OPとしてロングヒットとなった。

 ちなみに作者の記憶では、あの時代はワンピ、ブリーチ、NARUTOのジャンプ三強がコミックで絶対的な売り上げを誇っており、鋼の錬金術師はそれに対抗できる数少ない作品の一つであった。

 もうちょっと後になると、進撃の巨人が出てくる。


 IN MY DREAM/ブレンパワード

 オープニング曲で、繊細で流麗なイントロから始まるものの、全体としてはギターとボーカルの破壊力を感じさせる。

 特にハイトーンのサビは「声帯破壊」という異名を持っていた。

 ただアニメのオープニングは、楽曲以上にその映像が狂気である。

 どうやら連絡に齟齬があったため、あんなOPが通ってしまったらしいが、当時はWOWOWの限定放送であったため、子供が見るのは難しかったから許されたのだろうか。

 ちなみにEDもそれなりにクセになるものである。

 キャラデザいのまたむつみ、メカデザ永野護、監督冨野という狂気の組み合わせであり、内容もかなり穏便に狂っている。

 ただ冨野監督は、黒から白への移行期にあって、比較的無茶苦茶なのは親子関係だけという、平和な作品。


 タッチ/タッチ

 国民的人気マンガ、タッチのアニメ第一OP。

 オリコンでそこそこの順位までは上がったが、爆発的な人気とまではならなかった。

 もしも現代であれば、超人気マンガのタイアップとして、爆発的に売れていたのではないか、とも思われる。

 アニソンがまだ時代に受け入れられきっていなかったころの名曲であろう。

 もっとも甲子園の応援では定番の演奏曲となっており、また運動会でもよく流される。

 テレビなどの企画でアニソン名曲を選出すると、必ず上位に入る曲であり、50代以下の知名度では日本一であるかもしれない。

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