第89話 パッション 1
『どうも、ノイズです』
俊のMCに対する、観客の反応はもう、既に熱量に溢れている。
『一曲目は、またアニソンですが「GOD Knows」を。けどこれって、実はギターすごく大変なんですよね。うちはアッシュがいるので弾けますけど』
暁が手を振って、それに対して歓声が上がる。
『初めてのワンマンライブということで、かなりカバーもやらせてもらいますけど、前から告知している通り、アニソンカバーアルバムを作ったので、今日の直販から販売しますんで』
300人のハコに100枚なら充分だと思っている。
次の曲は、俊が前からずっとやりたかったものだ。
女性ツインボーカルなのだから、これをやらなければ勿体ない。
打ち込みの部分が多く、千歳もここはボーカルに専念するため、ギターを一度スタンドに置く。
そしてマイクスタンドからマイクを取り外し、完全にボーカルに集中する。
『次の曲も、アルバムに収録してます。マクロスFから、ライオン』
打ち込みとシンセサイザーの電子音から始まり、そしてギターが重なる。
まずは月子のボーカルパート。
そして次が千歳のボーカルパート。
二人がコーラスしていく。
月子の攻撃力の高いハイトーンボイスを、千歳が甘く包んでいる。
これまでもデュオ用の曲はやってきたが、これほど純粋な女性デュオ曲をカバーするのは初めてである。
月子の歌唱力の暴力に、千歳は上手く色をつけていく。
やはりこの二人が組んだのは、天の配剤と言えるであろう。
スパイラル・ダンスでの厄介なライブも、千歳をノイズに会わせるための運命だったのだ。
原作の中では、歌手二人が歌う曲であるため、曲調はアイドルソングとは違う。
硬質なイメージの強い月子であるが、これを歌うと千歳に影響されて、上手く感情が乗ってくる。
ギターのリフにも印象的なところがあり、暁も楽しそうに弾いている。
「ルナー!」
「トワー!」
歌うパートが変わるたびに、そうやって観客が叫ぶ。
どことなくアイドル的な扱いでもあるが、月子の隠した素顔が実は美人だとは、知っている人は普通に知っていて、それが逆に興味を引かれるものになる。
ちなみにダンス的な振り付けは、月子がアイドル時代の経験から考えて、あとはネットに転がっている画像も参考にした。
仰け反るようにして声を伸ばす月子の姿は、ステージパフォーマンスとなっている。
『うちは六人編成で、ちょっと人数は多いんだけど、ルナとトワが揃ったときから、俺がずっとやりたかった曲でした。あんまりカバーばかりでもなんなので、次はオリジナルから。アレクサンドライトを」
バラードに近いオリジナルを、ここで挟む。
こういう曲調であると、ツインボーカルでコーラスをしたり、得意な部分を分担したりと、ぐっと音に厚みが出る。
聴かせる曲もあるのだ。
消費されるだけの音楽は作りたくないと、俊はずっと言っている。
アレクサンドライトも、そんな曲の一つである。
一度は落ち着かせて、今度はまたロックに行こう。
『次はアッシュの選んだ曲でREASON。宇宙の騎士テッカマンブレードの前期OPなんて言っても、ほとんど知らないと思うけど、ゲームしているとそれなりに知ってる人もいるらしいね』
スーパーロボット大戦に、テッカマンブレードは参戦している。
ロボット物の曲が、古くても意外と知られている場合は、おおよそこのルートであることが多い。
ゲームで期待して原作を見て絶望する、という作品もあったりする。
暁は基本的に、ギターの弾き方は正統派というか、正確さを重視しながらそこにフィーリングを乗せていくタイプだ。
だがこの曲に限って言えば、歪ませるのが大好きである。
エフェクターの設定を変えて、これに合わせたものとする。
そしてその、たっぷりと歪ませた音から、曲が始まる。
ロックであるが、歌詞や曲調はソウルフル。
月子が得意とする歌い方を、原曲よりもはるかに高いキーで歌う。
ギターも弾きながら千歳がコーラスを入れると、歌声が攻撃的になっていく。
オーディエンスの凶暴性を増幅させるような、そんな声なのだ。
月子の声はもっと支配的とでも言うか、圧倒するようなものだ。
だが千歳の歌は、感情を乗せて歌うために、オーディエンスの意識までも変えてしまうことが多い。
(まったく、ライブっていうのは麻薬だな)
この感覚が解放されていく快楽のために、ライブハウスに観客は足を運ぶのだろうか。
咆哮のような歌が終わり、そして少しここで息が切れる。
練習ではまだまだ歌えたが、やはりステージでのプレッシャーを考えると、熱狂をさらに上回る熱狂で覆うには、ただ演奏するだけでは足りない。
ライブというのは演奏を聞かせることであるが、同時に聞かれることでもある。
反応を見てそれにどう対応するか、練習とは違ったものが必要となるのだ。
俊のような計算で音楽を作る人間が、ライブバンドのリーダーになるという皮肉。
だが世間というのは、そういうミスマッチが多々あるのだろう。
『この曲、ゴリゴリのロックなんだけど、今ならまださらに音が足せるっていうことで、原曲のままよりアレンジしてあるんで』
本来はハスキーボイスで歌われるのだが、月子の声はクリアだ。
アレンジというのは難しいものだ。
古い曲でなくとも、バンドの楽曲であれば楽器の音の厚みが足らず、音を足してしまいたくなる。
だがそれは本来の曲調からは離れていくということにもつながる。
俊のそのあたりの加減は、バランス感が素晴らしいと言えるだろう。
やろうと思えばシンセサイザーの打ち込みで、いくらでも音を分厚くは出来る。
だが暁のギターを、殺すような厚みは必要ないのだ。
上手くペース配分した演奏が出来ている。
ノイズはツインボーカルであるので、やりようによってはボーカルを休ませながら歌っていく構成が出来るのだ。
単純に歌うにしても、難易度や疲労度の違いというものはある。
『次はもう完全にPOPSなんだけど、うちはまさにツインボーカルがいるということで、硝子の少年行きます』
男性アイドルユニットを、デビュー曲でオリコン一位を取らせるという、無茶なコンセプトで依頼された曲。
だがそれに応えてしまうあたり、作曲も作詞もとんでもない才能だと分かる。
歌ってみたでも歌われるし、カラオケでも歌われやすい、難易度自体はそれほどでもない。
だが単純に上手く歌うのではなく、叙情的に歌うのであれば、やはりボーカルの力に依存する。
本来は男性が歌うのが相応しい歌詞であるが、少年時代というか少女時代を、強制的に切り取られた月子と千歳には、この歌が歌える。
哀愁と言うよりは、もっと切実なものである。
何かを失ってしまったからこそ、歌えるという人間がいる。
ソウルフルなボーカルというのは、必ず何か哀しみを背負っているのだ。
演奏がこの二人を後押しする。
アイドルソングであろうと、そこに暁のギターが加われば、フィーリングの重みと躍動感が発生する。
このリードギターを支えるのは、鉄壁のリズム隊。
目立つのはボーカルやギターであるが、バンドの背骨となるのはドラムとベースなのだ。
二人の演奏は地味に見えるかもしれないが、絶対に不可欠のものである。
暁のギターが躍動するためには、このぶれないリズムが支えないといけない。
まだ経験の蓄積が足りていない。
本来ならドラムやベースには、リズムキープと同時にグルーヴ感が発生する。
暁のギターが派手すぎて、今はまだ走りすぎている。
演奏という点だけならばともかく、バンドとしての一体感は、まだまだ発展の途上にある。
それは俊も分かっているし、年上の二人も分かっている。
だが今はまだ、暁やボーカルの好き放題にさせればいい。
このレベルのステージであれば、それだけで充分に届いていく。
五曲目が終わり歓声や口笛がライブハウスに響く。
普段のステージなら、もう次の曲あたりで、ラストになるものである。
(体力はちゃんと温存できてるか)
バンドを一番後ろから見ているのは、一番後ろにいる一番年上の栄二。
そして俊もまた、メンバーを俯瞰して見ているのに気づく。
いつでも、どこか冷めている。
俊はそういうタイプの演奏をするのだ。
だからギターや、パワーを要するドラムには、それほどの適性がなかったのか。
しかし打ち込みのための技術などは、間違いなく積み重ねたものである。
(まだまだ続くけど、大丈夫そうだな)
12月のライブハウスの中は、熱気に満ちている。
流れる汗を拭って、メンバーは次の演奏の準備を始まるのだった。
×××
解説
GOD Knows…/涼宮ハルヒの憂鬱
アニメのライブシーンで演奏された曲であり、多くの視聴者をギターに走らせたという点では、後の「けいおん」などにつながるところがある。
ただこの曲はコメントなどで言及している人もいるように、相当の難易度を持っていて、挫折した人間が多数だそうな。
けいおんや「ぼっち・ざ・ろっく」の楽曲はまだそこまで難しい曲はないのだが、ハルヒにおいてはギターを弾いている長門が(ネタバレ)のため超絶技巧のリードギターとなっている。
ぶっちゃけ難しくて高校生レベルでは弾けないとも言われているが、例外は必ずいるものである。
ライオン/マクロスF
マクロスFの後期OP曲。ただアニメだとイントロが短くなっていて、フルで聞かないと物足りない。
マクロスの歌でベストを選ぼうとなると、だいたいこれか「愛~おぼえてますか~」が選ばれる。
歌詞の意味がよく分からないところはあるが、女性デュオで歌うとしたら、一般のPOPSも含めて最強クラスの曲ではないか。
個人的にはマクロスの曲の一番は「突撃プラネットエクスプロージョン」ではないかと思う。(反則
好みだけならAXIAなのだが。メッサー!
REASON/宇宙の騎士テッカマンブレード
前期OP。90年代はまだ普通に一年もの、つまり4クール作品が多かった。
テッカマンブレードははるか昔の打ち切りアニメ、テッカマンのリメイク作ではあるが、実質ほぼ別の作品と言えるだろう。
主人公のDボウイは長らく、アニメ史上最も不幸な主人公だとか、もっとも過酷な運命を課せられた主人公だのと言われていた。
作品自体は設定もストーリーも面白いのだが、製作体制がやばいのが90年代アニメによくある特徴で、話によって明らかに作画がおかしかった。
ちなみにこの作画の揺れは、誰もが知るエヴァンゲリオンにさえ存在し、京アニが出てくるまではなかなか安定した作画の作品は少ない。
作画が悪いわけではないが、セーラームーンなども明らかに作画監督によって話ごとにキャラがの顔が変わっている。
もっとも80年代と違って、打ち切りというのは少なくなったのが90年代ではある。
動かないアニメ、というのが90年代の特徴の一つであるが、それは既に80年代からも存在した。
意外と曲が知られているのは、まさにスパロボのおかげであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます