第87話 スタジオリハーサル
レコーディングが終わった。
今回はレコーディングにかかる費用は、ノイズの方で用意したものだ。
12曲の厳選されたアニメソング。
昭和から平成にかけて、テレビで放送されたものである。
中には視聴率が30%ほどに達した作品の曲も入っている。
逆に諸事情で途中打ち切りになった作品も混じっているが。
「昔って同じアニメが一年間放送されるって普通だったんだね」
「今だとプリキュアぐらい?」
女性陣はそんな会話をしているが、男の子であった男性陣としては、あまりそういう作品の記憶がない。
毎年やっているものというと、特撮ぐらいであろうか。
「ガンダムもヤマトも初代は途中打ち切りって、今からすると信じられないよな」
俊はネットで調べている間に、昭和の知識を少しだが知ることとなった。
「おもちゃが売れないと打ち切りって、今からすると異次元の思考だな」
「そうは言っても、ちょっと昔はDVDやBDが売れないと、続きがあるのに作られないっていう作品も多かったみたいだし」
そもそも俊たちは栄二であっても、ネットインフラネイティヴの世代である。
新宿駅の伝言板にXYZと書くとか言われても、伝言板の意味が分からない。
スマートフォンがなかったら、どうやって連絡を取り合うのだ。
行ったことのない場所へ車で向かうのも、かなりの無理があるのではないか。
「でもまあ、昔は電話すらなかった時代もあるわけだし」
「そういえば戦前からあったラジオが、未だに現役だったりするんだよな」
ノイズのメンバーの中では、そういった古い時代の知識というのを、実感しているのはまず月子である。
淡路島では玉葱栽培が島のあちこちで行われていたし、漁業も重要な産業であった。
それから山形に引き取られていったのだが、祖母は毎年梅酒を作って、また味噌なども自家製のものであった。
何より記憶に残っているのは、梅干の匂いであろうか。
「へ~」
他のメンバーは、信吾が仙台、栄二が埼玉の出身であるが、それほどの田舎ではない。
残る三人は東京出身である。東京でもそれなりに広さはあるのだが。
祖父母まで遡れば、地方に田舎があったりする。
そもそも暁などは母親がカナダ人であったのだし。
古いものがいいものだ、とは言わない。
だが楽器などは古い物の方が価値があったりはする。
たとえば俊の持っている、1958年製のレスポール。
これは同じものに、2000万円の値段が付いていたのを知っている。
ただそれは楽器としてではなく、美術品としての価値。
ちゃんと楽器として使うことも出来るこのレスポールには、果たしてどれだけの価値がつくものなのか。
楽器に限ったことではないが、絵画なども相続時の税金対策に使われたりする。
ともかく昔と今の差を不思議に思いながらも、レコーディングは終わってマスターデータは完成した。
依頼していたイラストなども、期間内に納品完了。
直販用のプレスしたCDを、とりあえずワンマンライブのイベントで販売する。
その数100枚であるが、300人のハコでどれだけ売れるか。
これに関しては俊も、ある程度の勝算がある。
二時間のワンマンライブを全部オリジナルで通すには、ノイズはまだオリジナル曲が足りていない。
一応サリエリ名義とサーフェス名義の曲を全部使うなら、それも可能ではある。
だが人間が演奏することを前提にしていない曲も混じっているのだ。
ライブハウスでカバー曲を演奏する場合は、普通ライブハウス側が著作権管理団体との契約を結んでいる。
そのため基本的にはバンド側が何かをする必要はなかったりする。
だが今回のアニソンカバーは、アレンジが多数入っている。
なので通常の著作権の料金を払うだけではなく、アレンジの許可も得ていたりする。
実際はライブレベルでは、多少のアレンジは見逃されることが多いらしい。
しかしアルバムなどの形に残るものは、確実に許可を得ておく必要がある。
かつてカバーの許可のみをもらって、アレンジの許可をもらっていなかったために、CDが回収の騒ぎになったことは実際にあるのだ。
ワンマンライブの前に、普通にライブは入っている。
ここでもしっかりとワンマンライブの告知をしていく。
そしてカバーの曲もすれば、新曲の発表もする。
この中には俊の苦悩がある。
確かに新曲も、オーディエンスの反応はいい。
だがノイジーガール以上の反応を示す曲は、作れていないのだ。
強いて言うなら学園祭で演奏する二人の姿から発想した、ガールズ・ロックンロールはかなり受けがいい。
ただこれは曲調が、ノイジーガールの一部から取ったものだ。
縮小再生産とまでは言わないが、同じ系統の曲である。
もちろん後から作ったものだけに、それなりの工夫をしていたりはするのだが。
「あたしはいいと思うけどな」
暁はそう言うが、それはこの曲のイメージが、暁と千歳の演奏から生まれたものであるからだろう。
曲はともかく歌詞の深みなどは、かなりアッパーでポジティブな破壊衝動にあふれている。
ノイジーガールのような、俊自身でさえもが共感出来る、曲との一体感はないのだ。
本日も練習ということで、暁と千歳は俊の家にやってくる。
既に合鍵まで渡されているのは、それだけ信頼されているということもあるが、防音室にいればインターフォンの音が聞こえないからだ。
どのみち居候の三人には、既に渡してあるものである。
バンドメンバー全員に渡してあるし、また複製の限られた電子キーも渡してある。
セキュリティはばっちりなのだ。
防音室で過ごすことの多い俊のプライバシーが、あまり守られないのでは、と女子高生たちはちょっと心配になる。
たとえばこの日は、地下にやってくると、尺取虫のような体勢で気絶している俊を発見した。
「また寝てるよ……」
電池が切れるように、寝落ちする俊である。
ただ最近は自分でもそれの対策として、マットの上に布団を敷いて、その上で作業を行うことが多い。
寝落ちすればそのまま布団で眠ることが出来る。
12月に入ったが、地下は室温が安定している。
夏場は涼しく冬場は暖かく、そして湿度も一定になっている。
これは置いてある楽器のためにも、最適の温度に近くしてあるのだ。
ちなみにギターなどは基本的に、乾燥させない方がいい。
逆に湿度が高すぎても問題であるが。
「俊さん、今日は通しの練習でしょ」
暁に揺さぶられて、俊は起き上がる。
実際のところ俊の場合は、ステージでの演奏に加えて打ち込みの調整を行う。
この打ち込み自体は全て完了しているので、本番ではマルチタスクでそのテンポの調整などをするのだ。
あと任されている分担は、MCといったところだろうか。
ただ一応全員に、マイクは用意することになっている。
俊が部屋着から着替えている間に、他のメンバーも揃ってくる。
「このスタジオが使えるというのが、やっぱりノイズの最大の利点かな」
栄二はそう言うが、ワンマンライブは対バンのいるライブよりも、準備することがはるかに多い。
開始するのは19時からとなっているが、昼過ぎから余裕をもって準備に入る。
今日は本番を想定して、最初から最後まで通して演奏をする。
MCでほどよく休ませていくのだが、二時間というのはかなりの体力が必要になるものだ。
ワンマンの経験は、俊にもない。
だが信吾と栄二はあるため、事前に準備はしてある。
重要なのはペース配分で、観客にとっても盛り上がり続けるというのは、なかなか難しい。
バラードやテンポの遅い曲もやって、終盤に盛り上げていかなければいけない。
(こればっかりは経験がないと、なんとも言えないもんだな)
今までで一番長かったのでも、本番は40分まで。
これは一つのバンドが突然の都合で、穴が空いてしまった時に、ノイズがそこを埋めたというものだ。
ハードなことではあったが、おかげでペース配分や体力の温存の、実際での予行練習が出来たとも思える。
純粋に演奏だけをするならば、ほんのわずかな休憩を入れて、四時間から五時間も可能にはなっている。
だが女性陣三人は、ライブでは練習以上のテンションで演奏してしまう、リミッターを外すようなことをしてしまう。
思えば最初の、月子と暁しかいなかった頃から、そういう傾向はあったのだ。
観客が盛り上がれば、演奏する側もそれに合わせて実力以上の演奏をしてしまう。
それこそがライブのケミストリーなのだろうが、途中で力を使い果たしてもらっても困る。
そのあたりを見極めて調整するのが、リズム隊の二人である。
基本的には一曲目から、ある程度盛り上げていく必要がある。
そしてその後は、楽しませていく。
ステージというのはドラマがないといけない。
だが音楽の演奏というのは、それ自体が一つのドラマだ。
どういう構成で演奏していくか、それ自体がドラマチックなのだ。
この順番については、随分と話し合ったものである。
誰の体力が一番早く尽きてしまうかなども、おおよそ分かってきている。
この中では高校生二人が、やはり一番体力不足だ。
暁などは一日中ギターを弾いている日もあるのだが、それは自分のペースで弾いているからである。
誰かに聞かせるために、合わせて弾いていくとなると、また違う力が必要になる。
上手くペース配分が出来なかった場合のことも、俊は考えてある。
最悪、打ち込みに合わせて月子か千歳、どちらかが歌えればいい。
そうなると事前のセットリストと変わるので、またややこしいことになるが。
あるいは交互に歌って、体力を回復していくか。
特に歌う二人には、途中で水分補給もしてもらわないといけない。
ただ一番暴走しやすいのは、やはり暁である。
Tシャツを脱ぐタイミングを見て、順番を変更したりする必要はあるだろう。
本当は全て予定通りに、そのまま進行するのが楽なのだ。
ただ楽であっても、それが面白さにつながっていないのなら、苦労してでも面白くする必要がある。
真の楽しさというのは、楽の対極にあるようなものである。
俊はそのあたり、悩んで苦しんで、とても楽しそうには見えないのだが、本人は楽しんでいるらしい。
まったく、創造性のある仕事を行う人間というのは、誰も彼もマゾであるのかもしれない。
「じゃあ、GOD Knowsから行くよ~」
いきなり超絶テクニックを見せ付けるという、分かりやすい導入。
特に暴走する前に、これをやっておくというのは、後半でやるのは難しいからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます