第86話 12月

 師走はとにかくイベントが多くて忙しい。

 クリスマスライブなどもあって、これにもノイズは参加が決定している。

 だが先に、ワンマンライブが行われる。

 300人のハコを単体で埋められるほど、ノイズの知名度と人気は上がってきているのだ。

「3000円のチケットが全部簡単にはけたのか」

 SNSでの告知などをした上で、ブログからの導線でネット販売し、全て売れた。

 おそらく当日券も、ライブハウス側で準備はしているのだろうが。


 次はブッキングして、もっと大きなハコでやりたい。

 東京には幸い、大きなハコがたくさんあるのだ。

 次は700人ほどのハコで、そこで手ごたえがあれば、またどこからか出演依頼があるはずだ。

「これでチケットじゃない、ギャラの出るライブも増えてくれるかな」

「結成から半年未満でこれは、かなりいい感じだな」

 信吾と栄二は、同じような過程でメジャー近くまで上がっていったので、感慨深いものがある。

 俊はここまでは、まだ到達していなかった。


 そしてそのあたりは、女性陣三人も同じことだ。

「そういえばチケットノルマっていうの、うちはなかったよね」

「あったぞ。簡単に捌けてたから、そっちに動いてもらう必要がなかっただけで」

 千歳はそのあたり、全く知らない。

 最初にライブハウスデビューした時は、そういえばあったかな、と思ったことはあるが。

 あの時は先輩たちが、ノルマを売っていたと聞いていた。

「うちらって儲かってるの?」

「儲かってると思うか?」

「……あたしはお金もらったことないけど」

 そのあたりも説明はしていない。


 一度ちゃんと説明はしておいた方がいいかな、と理解している男性陣は考える。

「まあ、色々なパターンがあるんだが」

 これはさすがに、一番バンド歴の長い栄二が説明する。

「普通はまずバンドを組んで、ライブハウスデビューするところからか」

 全く何も伝手のない場合、連絡をするところから始めなければいけない。

 だが普通は先輩から後輩へ、または楽器演奏を教えてくれた師匠から弟子へ、ライブハウスを紹介してくれるのが一般的だろう。


 一応ここで、演奏を聞いてみて出演を許可するかどうか決める。

 だがたいがいのアマチュアは、最初は下手くそなのである。

 敷居の低いライブハウスは、ここで普通に許可は出て、ただしチケットノルマが課される。

 チケットが全部はければバンドの収入になるが、無理ならば自腹でその分は払う。

 ただ自腹で払えばそれでいい、というわけでもないのだ。

 いくら自腹を切っても、客が集まらなければスカスカのハコとなる。

 実際のところライブハウスというのは、単価の高いドリンクで稼いでいるところが大きい。

 客がそもそも集まらなければ、ハコの格自体が落ちていくことすらある。

 なので客を集められるバンドと、まだまだ青いバンドが、同じ日に順番に演奏していく、ということになるのだ。




 ライブハウスは完全にバンドが自分たちで企画する場合は、料金を取って貸し出しをする。

 ハコの設備や規模によって、それは違う。

 この場合はチケットノルマというものは存在しない。バンドが全てチケットを売る。

 ただしライブハウスに当日券をある程度渡したり、販売のシステムを使ったりして、これがライブハウスの貸し出し料金に含まれていたりもするし、別の追加料金になっていることもある。

「実際はバンドは演奏するのが第一で、イベントを仕切る専門家じゃないから、イベント屋に話を持っていって、交渉を頼んだりもする」

 年に数回のフェスをやるだけで、イベント屋が成立するはずもないのだ。

 そもそもイベントの運営会社は、先に各地の施設を予約していたりして、この運営会社を通さないとそもそも施設が使えない、ということも多い。

 もちろんそこを埋めるだけのミュージシャンを呼べなければ、それはイベント屋の赤字となる。


 今回のワンマンの件は、ライブハウス側に「そろそろワンマンもやってみたい」と言って「ならば任せておけ」という成立の仕方をしている。

 ライブハウスの持っている導線にワンマンライブの告知をして、ノイズの方でもそれを告知する。

 出演料というのはないが、捌けるだけのチケットを渡されていて、それを捌くことで収入が発生している。

 ライブハウス側も一定数のチケットは残しておいて、自前で販売したり、当日券としたりする。

 たとえ全て予約で埋まりそうでも、当日券はある程度残しておくことが多い。


「え、じゃあ今までのライブでも、収入ってあったの?」

「フェスの時は渡しただろ」

「ライブは?」

「収入は確かにあったけど、必要経費で全部消えてるようなもんだ」

 栄二はそこから、実際にチケットを捌く手続きをしている俊、そもそもこの無料で使えるスタジオを提供している俊、交渉をまとめている俊に、収入が発生しているのだと説明する。

「チケットを捌くことが出来るなら、自分で友達とかに売って稼いでもいいんだぞ? 売れないと自腹になるけど」

 う、と詰まってしまう千歳である。


 そもそも千歳は、自分がまだまだ下手くそであるという自覚がある。

 ノイズの中で役割を振られたら、それをこなすことは出来ている。

 だがそれだけで、まだバンドの中で何をやるか、という役割が出来ていないのだ。

「それでもさすがに、そろそろ収入の割合を考えていくべきだろうな」

 千歳はライブの中で、価値のあるパフォーマンスをしている。

 まだまだ未熟であるが、それは間違いない。


 バンド自体の収入というのは、色々とあるのだ。

 ライブでのチケット販売による収入以外に、出演料まで払ってくれるというものもある。

 ただしこの場合は、チケットが普通に捌けるぐらいのバンドになるので、そもそもライブハウス側が主体に販売を行う。

 そして物販である。音源を現在は販売しているが、いつまでも最初のアルバムだけでいいわけがない。

 ノイズは作っていないが、バンドTシャツなどというのも、よくあるものだ。暁がステージでいつも着ているものがそうである。


 バンドではなく月子の場合は、ノイズのルナとして配信をしていて、それで収入がある。

 それなりに上下するが、およそ月に10万円ほどは収入になる。

 ただ本来ならこれも、楽曲の著作権を持つ俊に分けなければいけない。

 俊が今やっていることは未来への投資だが、それでも俊の負担が大きすぎる。

 SNSの告知やブログの作成と更新、チケット販売の手続きなども全て、俊がやっているのだ。

 ただこれはメンバーに、作業を割り振っていない俊の方にも問題はある。




 基本的にノイズのメンバーは、演奏の技術屋である。

 信吾と栄二の二人は、経験からある程度の手伝いは出来るが。

 しかし全体を見て差配しているのも、また作曲作詞をしているのも、交渉もほとんどが俊である。

 信吾と栄二も出来なくはないが、俊に最終的なチェックを任せている。

 リーダーというのはそういうものなのだ。


 なんだか音楽以外のところで、ものすごい労力がかかっている。

「あのさ、うちらって音楽事務所とかから、デビューの話とか全然ないの?」

「あることはあるけど、条件がな」

 シェヘラザードからアルバムを出して、初回プレスが全て売り切れて、何度かプレスしたというのは、それだけで驚異的なのだ。

 なのでインディースレーベルの芸能事務所などからは、声がかかっている。


 それを保留しているのが、俊なのである。

 確かに事務所に所属すれば、様々な雑事は任せることが出来る。

 だいたいレーベルともつながっているので、レコーディングから制作に流通と、そういうルートも今はある。

 しかしおそらく、今ならサブスクでの配信など、事務所の方針にも従わなければいけない。

 事務所というのは会社であるので、当然ながら利益を出さなければいけないのだ。


 男性陣と、あとわずかには月子も分かっている。

 俊はおそらく、自由度の高い活動がしたいのだと。

 単純にメジャーデビューするわけではなく、もっと先のことを見ている。

 だからこそまだ土台を作っているこの段階で、下手な外部からの介入を許したくないのだろう。

 しかし俊がそのつもりでも、メンバーにも都合というものがあるのだ。


 信吾はいいかげんに、バイトの必要がない程度には、音楽のみで稼げるようになりたい。

 月子はとにかく、自分の人生の収支をプラスにしたい。

 栄二は巨大な成功の可能性をノイズの中に見ている。

 その中ではギターが弾ければ満足な暁と、まだモラトリアムな千歳は、社会を知らないと言える。

 俊もまだ学生なのだが、一応はアルバイトはしているし、交渉や契約などは、既に社会人経験と呼べるようなことをしている。




 栄二が客観的に説明してくれるのを聞いて、俊は自分の説明が足りていなかったことに気づいた。

 それでもここまで付いてきてくれたのだから、ありがたいことである。

 おおよそ言われている通り、俊は大きな成功と、そして自分たちの方向性を決められたくないため、メジャーレーベルからの誘いを断っている。

 もっとも今の段階では、正式に契約をしたいという話は来ていない。

 せいぜいが匂わすという程度であって、それに対してはこちらも迂闊に飛びついたりはしない。


 メジャーデビューとなると、基本的にレーベルなどが方向性も決めていく。

 プロデュースする人間がいるのが普通なのだ。

 だが今のノイズは、方向性が定まらないまま、俊がプロデュースをしている。

 ボカロPをやっていた俊だからこそ、自己プロデュースが出来ている。

 前にバンドをやっていて、それなりに業界に詳しいというのも強みであろう。


 大学ではメジャーレーベルで、それこそ死ぬほど売れた岡町などに、どういう流れなのかも聞いてはいるのだ。

 だがマジックアワーは基本的に、リーダーのカリスマが強かったため、それを主体として売り出していた。

 なのでそれを失っては、バンドとしては解散するしかなかった。

 むしろ今なら、父が生きていたら、相談に乗ってくれただろう。

 そもそもこういった、回り道をしているようなことは、最初から避けていたかもしれない。


 ともあれ千歳と、ついでに暁にも仕事は振っていくべきだろう。

 そしてその上で、俊がやっていたことの大変さも知ってもらう。

 思えば機材の運搬などで、車を出すのも全て俊なのだ。

 月子の衣装についても、俊の母のドレスを借りていることがほとんどだ。

 俊の持っている、親から受け継いだ資本の上に、ノイズの活動は成立していると言ってもいい。

「東京だけで充分にライブは出来るんだけど、本当は地方でもやっていきたいんだよな」

 俊は今、とにかく土台作りをしている。

 インディーズの強固なファンが作れれば、メジャーにこだわる必要もない。

 今はCDが売れる時代ではないのだ。

 それでも最終的には、どれだけ大きなライブが出来るかなど、重要な問題となってくる。


 将来のことを考えると、不安になるのは千歳である。

 他のメンバーは音楽で食べていくことを、既に決断している。

 だが千歳だけは、部活の延長のような感じでいるのは間違いない。

 もっとも、ガチな部活で全国制覇を目指しているような、そういう気合は感じられるのだが。

 指の皮が何度も剥けて、頑丈になっていく。

 それを見ればどれだけ真剣かなど、すぐに分かってくるものだ。


 学生組、特に高校生二人の生活が、バンド活動を制限させているのは確かだ。

 だが冬休みにはフェスにも参加し、そしてワンマンライブもある。

 高校一年生の二人なら、次の春休みにでも、遠征を考えてもいいかもしれない。

 もっともアマチュアの地方ツアーなどというのは、完全に赤字になるのが当然なのだが。

「東京に本拠地があるってだけで、充分にメリットになってるんだよな」

 信吾はしみじみ、といった感じでそう言葉にしたのであった。

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